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親切と寛容は両立せず

最近、リベラルと言う言葉をよく聞くようになったので、先日にちょっと書きましたが、またその話を。

「リベラル」には「寛容な」という意味があります。従って、「リベラル」な態度とは、相手の自由を認める、自分と違う価値観を認める、そのような態度です。しかし、日本にはそういう文化はあまりありません。「親切」な人は多いですが、「寛容」な人は少ない。「親切≠寛容」であり、むしろ「親切さ」と「不寛容さ」はセットになるのです。

日本の社会は、欧米と比較して集団主義的だと昔から言われています。これは、たぶん正しいでしょう。欧米のほうが個人主義的なのはなんとなくそうなのかなと思います。その理由は、集団で協力して作業しないと成果が得られない「稲作文化」と関連しているとか、いろいろ説明はあるでしょうが、この近代以前の影響が未だに残っていて、集団主義的なのかなと思います。

集団と言うのは、仲間同士が助け合うことでお互いの生存にとってメリットがあります。そのような目的でできあがった集団を維持するためには、守らなければならない点が2つあります。

①外敵から集団を守る
②内部の裏切り者から集団を守る

ようするに、集団とは外敵や内部の裏切り者を「排除する」ことで成り立ち維持されるものなのです。外敵や、集団のルールを守らない裏切り者はその集団の秩序を脅かす脅威なわけですから、集団に帰属して集団を守ろうとする者からすれば、その脅威に対して寛容な態度を取るなどと言うことは考えられないはずです。

従って、仲間意識と言うのは、仲間には親切でも、仲間以外には不寛容なものになります。敵や裏切り者を「排除」することで集団が維持されるわけです。

日本社会に限らないのかもしれませんが、芸能人や政治家のちょっとした失言や不倫などを異様にバッシングしたり、学校でのいじめなど、これらは集団の秩序を維持しようと言う意識と関係しているものなのでしょう。しかも、そういうバッシングやいじめが脳にとっては「快感」になっているようです。

失言バッシングについてはわかりませんが、フランスなどでは不倫でバッシングなどされることなないようで、その点ではフランス社会のほうが寛容なのでしょう(日本もそうしろと言う意味ではありません)。

あと、特に、主義主張がからむと「不寛容」なのは日本に限った話ではなくなります。右や左どちらのイデオロギーの人であっても、自分と異なる考えの相手を口汚くののしって排除しようとする人達ばかりです。特に私は、自分たちのことを「リベラル」と言っているくせに、その態度はリベラルとは真逆であるような人達には特にあきれます。

逆に、本当の意味でリベラル(寛容)な態度の人は、「あなたはあなた、私は私」と言う冷たい人である可能性もあります。普通の人なら、身近に自分と大きく価値観が違う人がいた場合には、戸惑ったり衝突したりすると思いますが、それが気にならないわけですから、冷淡でドライな人かもしれません。

ちょっと前に何かで見た記事に、以下のようなことが書いてありました。
矛盾した日本人像=礼儀正しく親切で、冷淡で不寛容?―中国メディア

印象:礼儀正しく優しい日本人
現実:冷酷で不寛容な日本人

記事では、「礼儀正しく親切」であることと「冷淡で不寛容」なことを「矛盾している」と書いていますが、そうではありません。まったく矛盾していないどころか、「親切」と「不寛容」はセットなのです。

日本人にとって、「寛容(リベラル)」であることはかなり難しいのだと言うことをまず自覚してみることからはじめてみてはどうでしょうか?

そして、「親切な人≠心が広い人」であることも知った方が良いと思います。

「集団の秩序を維持するために異様に不寛容なルール」ですぐに思いつくのは、中学・高校の校則でしょう。ああいう不寛容さはどうかと思いますが、しかし、日本社会が本当の意味で「寛容な」社会になったとしたら、それは「あなたはあなた、私は私」と言う個人主義でお互いに助け合わない仲間意識を抱かない社会になった証拠かもしれません。

と言うか、現に「自己責任」の社会になりつつあります。政府は国民が貧しくなってもお金がもったいないから助けない、それを国民も望んでいる(政府が金を使うことを税金のむだ遣いとか言っている)わけですから。

今の日本の問題は、財政規律など気にせずに、政府が国債を発行して、必用なところ(医療・介護・教育・地方自治体・その他格差解消など)にお金をじゃんじゃん流せば解決することばかりなのです。それを、借金を増やしたくないと言う財務省の都合で、困っている人をたすけず見捨てる社会になっており、それを国民も批判しない(お金がもったいない)のだから、仲間同士の助け合いの気持ちを忘れた国など滅びて当然なのかもしれません。

国の借金など、日銀がお金を刷って政府が使えば、それはすべて国民の所得になり、結果として税収も増えてすべて片付く話なのですが。

お金を使うとお金が消えると思っているせいかもしれませんが。お金は、使えば使うほど(相手の)所得が増えるのです。使ったお金は相手の所得になります。お金は消えません(自分の前からは消えますが)。お金を消せるのは日銀だけです。

金は天下の回り物、回れば回るほどみんなが豊かになるものなのです。デフレだとみんな金をつかわず金が回らずみんなが貧しくなる。金を貯め込む拝金主義が蔓延しています。

・・・と、またいつもの話になってしまった。

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