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「党派意識」と言う病

「党派意識」とは、ちゃんとした定義のある言葉ではないようです。最初、「党派性」と言う言葉を使おうと思ったら違う意味だったので、この言葉にしてみました。

ここで私が使う「党派意識」と言う言葉をいちおう定義しておきますと、「同じ党派の者の言動なら賛同・擁護するが、敵対する党派の者の同じ言動は批判すること」です。

身内の言動は擁護する。これは一見あたりまえですが、その一方で、嫌いな奴や利害関係者が同じような言動をした場合には非難して足を引っ張る、これが「党派意識」です。誰でも多かれ少なかれあるとは思いますが・・・

政治の世界ではよく見られますね。敵対する政党の議員の不倫は叩くが、支持する議員の不倫は擁護または静観する。ダブルスタンダードと言うやつです。ちなみに私の個人的な意見としては、不倫は個人の人間関係の問題なので、関係者に対して責任を取れば良いだけで、そのことで議員の進退などに影響するのはおかしいので、取り上げる価値はほぼゼロと考えています。

もちろん不倫が良いと言う意味ではありません。国会議員は有権者の代表なので、進退は有権者が決めるものであり、ダメなら次の選挙で落とすのが基本です。例外は、違法行為を働いた場合ですがその場合も国会議員には不逮捕特権と言うのがあます。

そういう点で、森友や加計の問題もいまのところ違法行為が出ていないので、あれで倒閣とかは無理な話ですし、これ以上やっても時間の無駄でしょう。ワイドショーや週刊誌がどれだけ騒いだかで倒閣できたら、今後とも同じことがくりかえされて政治が不安定になります。安倍嫌いの人は安倍政権を倒せば満足なのかもしれませんが、仮にその次に自分たちが満足する政権ができたとして、また同じようなことを反対陣営にされて引きずり下ろされるかもしれないとは考えないのでしょうか!?

民進党がまったく信用されないのは、彼らのこうした言動がすべてブーメランとなって自分たちに返ってきているからでしょう。不倫を叩けば自分たちも不倫をする。違法行為の説明責任を果たさない。政治資金の収支報告書がいいかげんである。ぜんぶブーメランです。今期待されている都民ファースは、まだ何もしていない集団で、ただ期待感だけです。同じレベルのスキャンダルなら、さがせば出てくるでしょう。

いずれにしろ、違法行為の証拠が乏しいスキャンダルで足の引っ張り合いは政治不信だけ強めるだけでかえって有害ですからやめるべきだと思います。

でも、所詮は誰しも党派意識によって行動しているので、敵だから叩く、味方だから守る、その中身はダブルスタンダードでかまわない、そのことにすら気づかない、と言うことになるのでしょう。

こういうのは、どの党派でもあることです。私は右と左の両方の新聞や有名人の言動をチェックしていますので(笑)、まあどちら側も同じ、自分と同じ側の人間を擁護するが、敵対する側が同じことをした場合には全力で批判しています。

私はこれが嫌いなんですよねー。○○党が言っているからダメだとか。そんな単純な話ではないのですが、個別の政策の是非について考える能力が乏しいからなのか、人間がそもそも共同体を作って生きる生き物だからなのか、そういう発想をする人のほうがむしろ普通のようで、私はまた疎外感を感じるわけです。

たとえば、新自由主義者に多いのですが、共産党が言っているからダメだとか、共産党と組むのはダメだとかよく言います。新自由主義も共産主義もどちらも両極端のイデオロギーで私はどちらもダメだと思いますし、どちらも「古い政治」への批判ではよく似た主張なので、ライバル関係だから余計に叩き合うのかと思います。ちなみに私は「改革」などするのは間違いで、古い自民党政治が(当時は間違っていても)今は正しい時代に逆戻りしていると思っているので、どちらの党派も支持していません。

そもそも、共産党はわかりやすい政党で、与党の反対ばかりしている政党です。典型的な党派意識の塊のような政党と言っても良いでしょう。そういう人達の言っていることを、「あいつらが言っているからダメ」と言ってしまうと与党や主流派の意見が常に正しいと言うことになってしまいます。そんな訳ありません。

最近だと、グローバリズムと新自由主義(構造改革)を批判すると「お前は共産党か」と言われます。いやいや、世界的にグローバリズムと新自由主義のセットが各国の国民を苦しめていると言う指摘は左右に関係無いです(アメリカなら共和党のトランプと民主党のサンダース、フランスなら極右のルペンと極左のメランション)。この問題で私が1番信用しているフランス人のエマニュエル・トッド氏はどちらかと言うとややリベラルなほうの学者ですが(でもフランス大好きドイツ大嫌いなナショナリスト?)。

与党や主流派が間違っている時には野党はたまたま正しいことを言ってしまうのです。もちろん、その逆もしかりです。与党のやることのすべてが間違いだったり、すべてが正しかったりするはずがありません。

だから、個別の政策の是非について党派意識を取り除いて考えなければならないのですし、与党が間違った政策を進めようとしているとき、その間違った政策の実行を阻止するためならば「共産党」だろうが「日本のこころ」だろうがどんなマニア向け政党とだって組んで良いと私は思います。でも、どうもそれができない人が多いのは何故か?敵・味方でしか考えられないからでしょう。

人間は共同体を作って集団で生活する生き物だからでしょうか?仲間を守り敵を排除する。まあ、家族を守ろうとするとかならわかります。しかし、一般の国民が特定の政党をまるごと支持したり批判したりと言うのはおかしくないでしょうか?

この党のここは正しいがこの政策はおかしいと言うふうにどうして考えられないのか、不思議でしょうがない。と言うか、ちょっと前に書いたことと関係があるのでしょう。共感や反感は論理をゆがめると言うことです。

あの人は仲間だから、あいつは敵だからと言う共感や反感が強すぎると、適当な理屈を作って仲間を擁護し、同じことを敵がした場合はまた別の理屈をこねくりまわして批判する訳です。その論理矛盾に気づかないのはバカだからではありません。感情(共感や反感)が強すぎて自分を騙してしまうのだと思います。

何事も自分で考えて自分で判断するのは難しいですから、私だって誰それが言っているからと言うことで納得したり否定したりすることが多いですが、なるべく「誰かが言っているから」と言うことだけで判断はしないように心がけています。

どれだけできているか、わかりませんが・・・。そう、自分の欠点に自分で気づくのは難しいのです。

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