カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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釣りは「楽しさ」か「嬉しさ」か

私自身、釣りにおいては結果(釣果の多さ)が一番重要だと思っております。でも、人によっては違うでしょう。どうしてそうなのかの考察です。半分言葉遊びみたいな内容ですので、超ヒマな人のみ限定です(笑)。

釣りの楽しさとは何でしょうか?私の場合、釣りに求めているのは「楽しさ」と「嬉しさ」です。「楽しい」と「嬉しい」はどちらも好ましいものですし、似たような意味の言葉ですが、微妙に違っているので、ここではあえてその違いを区別して使うことにします。

「楽しい」とは、その瞬間(現在)の状態にたいして抱く感情です。一方、「嬉しい」とは、何らかの結果(過去)について抱く感情です。便宜上、そう定義さしてもらいます。それほど間違ってもいないでしょう。

まあ、定義しただけではイマイチわかりにくいので、具体的に釣りにおける「楽しさ」と「嬉しさ」にはどんなものがあるかを並べてみます。私の場合、4つあります。

(1)アタリを出すためにあれこれ考えたり試している時。【楽しい】
(2)考えが当たって魚がヒットした時。【嬉しい】
(3)魚とのやりとりで引きを味わっている時。【楽しい】
(4)魚を無事に釣り上げた時。【嬉しい】

(1)と(3)はその瞬間が【楽しい】わけで、(2)と(4)は結果が出たことにたいして【嬉しい】わけです。私が重視しているのは「楽しい」より「嬉しい」なのかもしれません。もちろん両方とも求めてはいますが。

魚がヒットすると言うことは、あれこれ考え試した釣り方が正解だったという「結果」です。「釣り上げた時」も、やりとりがうまくいって成功した「結果」です。いずれも、「結果」が出たことで「嬉しい」と感じるわけです。

そして、正解の結果としての「ヒットの数」と、成功の結果としての「釣り上げた数」の両方を反映しているのが「釣果」になるわけで、「釣果」こそが、私にとってはその日の釣りにおける正解と成功の結果になるわけです。

これはもちろん、あくまで私の場合であって、「楽しさ」か「嬉しさ」かは、人それぞれなのではないでしょうか!?だから、釣果にこだわるのもこだわらないのも、人それぞれと言うことです。

それにしても、なぜ「楽しさ」より「嬉しさ」重視なのでしょうか。それは、「その瞬間(現在)」より「結果(過去)」にこだわってしまうからと思われます。釣りの場合は「釣果」ですが。

釣果が多ければ、やはり家に持って帰って「こんなに釣れたぞ」とか、釣行記で結果として「こんなに釣れた」と書けるし、それを後で見返して「こんなに釣れた」と思い返せるわけです。あちこちに魚を配って人と接することもできますし感謝されたりもします。

釣果が少なくても釣りの間の楽しさが多い場合もありますが、楽しい気分と言うのは、帰り道で嫌なことがあれば帳消しで一時的なものです。でも結果として数字や量があれば、後から思い返しても「よく釣れたんだ、なら楽しかっただろう」と思い出せるわけです。証拠としての現物(釣果)もそこにあるわけですから。

この考え方は、私が何かと「過去をふりかえるタイプ」の人間だからかとも思います。逆に、結果よりもその瞬間の楽しさ重視の方は「今こそが大事」なのではないでしょうか。

人間には時間の観念があり、そこから、「過去をふりかえる」、「現在を生きる」、「未来を想う」、の3つの思考が出てくると思います。そして、人によってこのどれが一番強いか、どれを重視しているかが違うのではないかと思います。

今、この瞬間が大切であり、目の前にある現実が一番大事と思う人。悪く言えば刹那主義でしょうか、私はこのタイプではありません。今が楽しければ良いとは必ずしも思えない。楽しいにこしたことはありませんが。

それより、結果として残ったものを後からふりかえってみて懐かしむタイプ、懐古的な性格だと思います。なので、今現在が楽しいかどうかはさておき、結果として残るかどうか、それが大事だと思ってしまうわけです。

昔に読んだ「本田宗一郎」の本で彼はこの「昔を懐かしむタイプ」の人間を徹底的に批判して嫌っていました(笑)。彼はひたすら「未来を想う」タイプの人のようです。

私のように過去を振り返るタイプの人間は、当然のことながら、釣りのプロセスそのものが楽しいとか満足行くものであるかとかよりも、結果としてどれだけ釣れたかが大事と思うのではないでしょうか!?

もちろん、プロセスだって大事ですしその時が楽しいほうが良いから、「現在」も大切ですし、そのプロセスが次につながるほうが良いと考える点では、多少とも「未来を想う」要素だって持ち合わせていることになるわけですから単純ではありませんが。

なので、人間である以上は、「過去をふりかえる」、「現在を生きる」、「未来を思う」の3つの要素のいずれもを持ち合わせているものの、どれを最重視するかは人によって違う、そしてその違いが何を重視するかにあらわれてくるのかと思います。

例えば、釣行記に何匹釣れたとかちゃんと書かないタイプのブロガーの方もしばしば見かけますが、それは、実際にはたいして釣れてないことが多いから見栄を張って正確に書かないのではなく、釣りの過程そのものの楽しさが重要であって、何匹釣れたとかの結果にさしたる意味はないと思っているから書かないのではないかと想像いたします。

そういうことを考えながら、他人様の釣行記を読むのもなかなかその人の人柄・価値観がわかって興味深いものがあります。

いずれにせよ、私が釣果に一番こだわるのは、釣りにおいても「楽しさ」より「嬉しさ」を求める性格、今現在よりも過去を懐古するタイプの人間であることによるものなのではないかと思います。

・・・だから、どうした!?と言う話でした。



うれし・い【嬉しい】[形][文]うれ・し[シク]
1 物事が自分の望みどおりになって満足であり、喜ばしい。自分にとってよいことが起き、愉快で、楽しい。「努力が報われてとても―・い」「―・いことに明日は晴れるらしい」⇔悲しい。
2 相手から受けた行為に感謝しているさま。ありがたい。かたじけない。「あなたの心遣いが―・い」

たのし・い【楽しい】[形][文]たの・し[シク]
1 満ち足りていて、愉快な気持ちである。「毎日を―・く過ごす」「テンポのよい―・い曲」「―・いピクニック」
2 富裕である。金持ちである。

釣り | Comments(2) | Trackbacks(-)

Comment

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こんばんは。
面白い!実に面白いです。
自分は楽しいを追求するタイプなんだと初めて知りました。
でも、1と2の間にお願いがあります。
それは、『アタリを得た刹那のトキメキ』です。私はそこが一番楽しいです。アタリがあってもフッキングするとは限りませんから。ウキが沈んだ瞬間、竿先にコツンときた瞬間、手元に感じるガツンの衝撃…どれも大好きです。
4番目の結果は、私の場合は釣れば釣っただけ処理の手間が増えますのでホドホドに釣れたら十分かと思ってしまいます。これは結果に拘らない、欲が無いのと同じなので、結局はイマイチな釣果で終わることが多いと自覚しています。
2016年12月16日(Fri) 21:14
編集
>七流釣師さん

私の言葉遊びにおつきあいいただき、ありがとうございます(笑)。
たしかに、アタリが出た瞬間は一番の喜びですねー。アタリ=フッキングな釣りと、そうではない釣りとありますから、釣りの種類にもよりますが、アタリをとって釣る釣りが一番楽しいかもしれませんね。

やはり人により感じ方が違うものだと私もあらためてわかりましたので、おつきあいありがとうございます。

でも私も、あまり釣れすぎたら配るのもそれなりに手間ですから、最近はちょっと釣れすぎたら無意識にブレーキをかけている自分にふと気づくこともあります。
2016年12月16日(Fri) 22:28












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