カーク船長の娯楽日記

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国民国家の崩壊

イギリスがEUを離脱することへの影響は、計り知れないものがありそうですな。日本への影響は一時的なもので、そのうちおちつくとの見方もあるようで、そうなら良いですが・・・でも、離脱までにまだ何年かかかるようで、その間にたびたび何か影響があるでしょう。

アベノミクスの問題点はブレーキ踏みながら(消費増税)アクセルふかした(金融緩和)わけで、だから前へすすまなかったのであって、これからようやく、さらにブレーキを踏むのはやめて、もうひとつのアクセル(財政出動)も踏んで少しずつ前へ進もうとしていたところでしたが・・・

知らない人のほうが多いと思いますが、安倍政権は、一年目だけちょっと財政出動をしたたけで、あとは財政引き締めで野田政権並の緊縮路線に転換していたのですが、マスコミがさっぱり報道しないので。

せっかく消費増税を延期して、金融緩和だけでなく財政出動もやろうかとしていたところでしたが、それをやってようやく、どうにかぼちぼちデフレ脱却できるかなあ、くらいだったところに今回のことですから、かなり足をひっぱられるし、もっともっとアクセルを踏まないと(ヘリコプターマネーの投下など)不十分になってしまいましたが・・・マスコミがアホだからまた足をひっぱるようなことをするでしょうね。

それはともかく、今、世界で起こっている現象というのは、どうやら国民国家が崩壊しつつあることと関連しているのではないかと思いました。

そもそも、EUというしくみそのものが、ある種、国の主権を部分的に放棄することになるわけですから、国民主権を制限する方向の流れになっています。

イギリスは通貨発行権までは手放しませんでしたが、貿易のルールにしろ、人の移動のルールにしろ、自分たちの国のことを自分たちの国で決められなくなるわけです。

自国の通貨が発行できないと言うことは、金融政策ができないと言うことです。これは恐ろしいことでしょう。

それ以外のさまざまなルールが、どこかで勝手に決められることになるわけです。

つまり、民主主義で選ばれた国民の代表である国会議員ではなく、ブリュッセルにいるEUの官僚たちが決めるわけですから(EU議会はそれをただ承認するだけ)、これは明らかに民主主義の否定、国民主権の制限であることは間違いありません。

ヨーロッパのエリートたちは庶民の暮らしなど理解していませんので、イギリスに流入してきた移民がどれだけイギリスの庶民の生活をおびやかしているかも理解できないでしょう。雇用を奪われ賃金は低下、そして病院には長蛇の列ですし、いずれ社会保障制度も成り立たなくなるでしょう。

そういう状況を民主的に決めることができないわけです。勝手に決められるわけですから。

同じようなものに、TPPのような過激な自由貿易協定があるでしょう。これも、TPP交渉で合意した内容に各国が無理矢理従わせられるのですから(日本の法律よりもTPPで決めたことが優先になる)、明らかに、国民主権の侵害です。

要するに、国家以上の枠組みを作ろうとして、より上位の組織に権限を委譲すれば、自国のルールを民主的に決めることが不可能になるわけです。

まさに、国民国家の崩壊でしょう。

イギリス人はそれを嫌って、あえて独立を取り戻したと考えられますが、しかし、EUから離脱したところで、すでにはじまったイギリスの崩壊は止めようがありません。

しばらくは経済がボロボロになって、一般庶民の暮らしはかえって今より悪くなるでしょう。イギリスから外国企業が逃げ出して雇用も減るでしょう。良くなるはずがありません。

さらに、今回の件で国民投票をやったことにより、国民が真っ二つに分断されてしまったことそのものが、国民国家の崩壊と言えるでしょう。国民意識、仲間意識、同胞意識が分断されたわけです。

これは、国が分裂するのと同じことです。お互いに譲り合えない理解しあえない人達に分かれてしまうわけですから。それが同じ地域に一緒に住んでいるわけですから、よけいにややこしいです。

賛成派と反対派はお互いにののりしあいです。大阪も同じでしたね。

国家と言うのは国民がお互いに仲間意識、同胞意識を抱いているからこそ、所得再分配や福祉政策なども可能になってくるわけです。

同じ国民、同じ仲間だから助け合おうと言う考え方です。

ところが、移民もそうですが、このように意見がまっぷたつにわかわるようなことになってしまえば、もはや同胞ではなく、イギリス国内に2つの国民が分断されて存在しているのと同じことになります。

特に、今回のように、お互いに中間地点で妥協することが不可能な場合、離脱か残留か、1か0かの選択の場合ほど深刻だと思います。

大阪都構想の住民投票も同じでしたね。賛成派、反対派はお互いにののしりあいで、相手のことをまるで自分のエゴで判断したかのように批判していました。これほど大阪に住んでいていやになったことはありません。近所どうし仲が悪くなったところもあります。

いずれにしろ、イギリスの場合は、EUに残留しても主権の喪失によって国家は崩壊へと向かったでしょうし、だからと言って、EUから離脱しても国民意識の分断による国家の崩壊へと向かうわけです。スコットランドも独立するでしょう。

これも、そもそも目先の損得のためにEUなどという幻想の共同体、ある種のグローバリズム思想に手をだしたことそのものが間違いだと思います。

私は、残念ながら国民国家は乗り越え不可能だと思います。

人々は、国家と言う単位でまとまるのが唯一最善の道なのではないかと思います。

EUがうまく行くためには、EUに加盟している国々の国民どうしがお互いに同胞だと思えなければ、うまく行きません。

同じEUの仲間だから、困っている人がいるならお互いに助け合おうと思わなければ、こういうことになるのはあたりまえです。

そして実際、EUでさんざんトクしまくっているドイツなどは、ギリシャやスペインやイタリアが困っても、彼らを責めることはしますが、一切助けようとはしません。

EUにはギリシャのような落第生も加盟していることによって、ユーロの通貨があまり高くなりませんので、ドイツなどは国の実力以上に通貨が安くなって輸出で儲けまくっています。

もしドイツが以前の通貨のマルクのままだったら、輸出が伸びれば為替変動で通貨高になり、輸出しにくくなります。ドイツは財政も黒字ですからなおさら通貨高になるでしょう。

ドイツが輸出でかせいで経済成長できるのは、ユーロに加盟している劣等生のおかげなのです。にもかかわらず、自国の経済が良いのは自分たちが頑張っているからであり、ギリシャその他の国がダメなのはお前らの自己責任・・・とやるわけですから。

助け合う気がないなら、最初から仲間に入れるべきではないのですが、結局、目先の損得勘定でばかり動くからこうなるのです。

だから、仲間意識をいだけない者どうしが共同体を作るなど100年早いというか、それこそ愚かな過ちだと言わざるを得ません。

また、アメリカはアメリカで格差の拡大がハンパではなく、これまた国家が分断されつつあります。

グローバリズム、移民、格差・・・いずれも国民国家を分断し崩壊へと向かわせるものです。

このように世界中で国民国家が崩壊しつつある現状で、日本はどうするのか。

日本は、いまのところ移民はほとんど入れていませんし、経済格差もアメリカほど極端にはなっていません(なりつつありますが)。

日本の格差で深刻なのは、世代間格差(正規雇用と非正規)と地域間格差(東京とそれ以外)ですが、これはこれで大問題です。

そして何より日本もグローバリズムへまっしぐらです。安倍首相はナショナリストのはずなのに、ナショナルなものを否定するグローバリズムに前のめりなのが不思議でなりません。

左派は民主主義とか憲法を守れとか言っているくせに、グローバリズムによって国民主権が侵害されたり、明らかに憲法違反と思われる国民主権の否定につながりかねないグローバリズムに無警戒です。

まあ、日本は自分の国も自分で守れない、自分の国のことも自分で決められないそんな国ですから、いまさら主権が奪われたところで何も感じないのかもしれませんが(爆)。憲法もアメリカに作ってもらったものを後生大事に守ってますから(大爆発)。

国民国家が崩壊して、国家の枠組みがなくなった時に、我々普通の国民の生活は一体誰が守ってくれるのでしょうか?

それはやっぱり、国民意識を共有する人々に支えられた政府しかありえないのではないかと言うのが、現時点での私の結論です。

そういう観点から考えて、グローバリズムや格差や移民流入などは、かなり警戒しなければならないと思うわけです。

インテリは理想論ばかり言ってきれいごとにおぼれてラリっていても生活に困らないかもしれませんが(EUを主導しているインテリたちがまさにそうです)、一般庶民は国民同士の連帯で助け合うしかありませんし、誰とでも連帯意識を抱ける訳ではない以上、選択の余地は限られているのではないかと思います。

では、あらためて、エマニュエル・トッドの本でも再読したいと思います。



池上彰は、エマニュエル・トッドと対談までしていたはずですが、さっぱり理解できていないようで、本当にただ台本を読んでるだけなんじゃないかと思いますが、なんであんなオッサンの解説がわかりやすいと人気なのか・・・

日本の未来も暗いのは間違い無いでしょう。




それにしても、何故離脱派が勝ったかを分析しているアホがいましたが、そんなことしても意味ありません。

世論は完全にまっぷたつに割れていたのですから、どっちが勝ったかは、偶然の結果であって、意味はほとんどありません。

だから、分析するならば、どうして世論がまっぷたつに分かれたか、についてです。

離脱派が勝ったのは、たまたま少しだけ多かったから、それだけで、たった数%の差ですから、たまたまの偶然です。もう一度やればどうなるかわかりません。

と言うことは、これだけ拮抗した場合は、国民投票で決めてはいけないと言うことです。議会が議論して決めるのが良いと思います。そして責任は議会が取れば良いでしょう。

少なくとも、議会の議員は国民が選んだ人達、国民の代表者たちです。

国民1人1人は判断能力に差もありますし、忙しいですからじゅうぶんに勉強する時間などないし、みんなが集まって議論するなど物理的に不可能です。

でも、難しい問題ほどきっちり勉強してさらに反対意見の人と議論してみないと、おいそれと結論など出せないはずなのですが、たいして勉強していない人も判断能力の無い人も誰も彼もが一緒くたに平等に1票のみを投じるのですから、そんな結果にたいして意味はありません。

そこはプロに任せるのが良いでしょう。それが議会制民主主義の利点ですし、これでも十分に国民主権は守られます。

国民投票や住民投票で決着をつけようと言う発想そのものが間違いのもとです。特に賛否が明らかに拮抗するようなもので直接投票したところで、結果の差は偶然の差にすぎません。

賛否が拮抗するものほど、議会で議論して決めるべき。賛否に差が大きいものはそもそも住民投票は不要。そう考えると、住民投票などはまったく不要かと思います。

重要なのは、「自分たちの代表者」だと思える議員をちゃんと選ぶ、選べるしくみを確保する、それに尽きます。

まともに「自分たちの代表者」と思える人物すら選べないのなら、それぞれの政策についての判断だってまともにできるわけありませんから、直接民主制などどっちみちやるだけ無駄です。

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