カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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謝罪の理由がおかしくないか

最近、世界中を敵に回すような発言をしております。たいして読んでる人がいないから助かってますが・・・。

イライラした時はどうするか!?音楽を聴く?本を読む?暴れる?

まあ、さっさと帰宅するのが一番ですな、私の場合は。

さて、今日もまた気むずかしいことを言わせていただきます。

最近あった話ではなく、前からなんとなく思っていたことですが、芸能人や文化人などが失言などで謝罪する時に、「傷つける発言をしてすみません」、とか、「不快な気持ちにさせてしまって申し訳ありません」、みたいな言い方がありますが、私はあれが納得行きません。

と言うのも、テレビなんかを見ていると、コメンテーターなどの発言を聞いていて、私が傷ついたり不快に思ったりなどと言うのは日常茶飯事です。特に、池上彰の発言など(笑)。なにを知ったふりしとんねん、このオッサン!

でも、当然謝罪などしてもらったことがありませんし、彼らが私を不快にさせたり傷つけていることなど、わからないでしょう。

日常でもそうです。不愉快な言動をして私を傷つけたり不快にさせたりする人が少なからずいますが、誰も私に謝罪してくれません。

人間が生きて行く上で、他人とかかわれば、お互いに傷つけたり不快にさせたりと言うことが一切ないなどと言うのは不可能でしょうし、それをすべて謝罪するのもおかしいと思います。

もちろん、傷つけたり不快にさせたりの程度や種類によっては本当にダメな場合はあると思います。

ですから、謝罪するときにはそんな大ざっぱな表現ではなく、もっと具体的に謝罪すべきだと思うわけです。

人は何らかの価値観について言及するとき、どうしても違う価値観の人を不快にさせたり傷つけたりしてしまいます。

政治の判断も価値観と関係しています。お互いの価値観を尊重しあいましょう・・・では話になりません。

どの価値観がすぐれているのか劣っているのか、主張して議論しなければ政治的な決断などできないですし、バラバラの価値観をそれぞれ勝手に主張し尊重と言いながらかかわりあわないようにしているだけでは社会がバラバラになってしまいます。

こういう場合はむしろ誰かを傷つけたり不快にさせたりと言うのはしょうがないと腹をくくる必用があると思います。

ただし、傷つけたり不快にさせたりと言うのでも、たとえば、わざわざ言わなくても良いようなこと、相手の容姿が悪いとか知能が低いとかその他の差別的な発言など、そういう発言をしてしまったら、それは当然謝罪しなければならないと思います。

それは、傷つけたとか不快な気持ちにさせただけではなく、わざわざ言う必用のないこと、相手を傷つける以外に何の意味ももたらさない発言だからです。そういう発言はマナー違反、もしくは行き過ぎれば名誉毀損と言うこともあります。そこを謝罪すべきだと思うわけです。

人と人がかかわりあえば、お互いに傷つけたり不快な気持ちにさせたりするのはある程度しょうがないことです。それがある一定の限度を越えたり、マナーやルールを破った場合には謝罪すれば良いだけだと思います。

そして、限度を超えたこと、マナーやルール違反であったことを謝罪すべきです。

「不快にさせてごめんなさい」と言う謝罪を聞くたびに、

「お前は誰かに不快な思いをさせるたびに、すべてもれなく謝罪しているのか!?」

と言いたくなり、そういう謝罪の仕方が、また私を不快にさせてくれるわけです。当然、不快にされた私にその人から謝罪の言葉はありません。

不快にさせただけでなく、どう不快にさせたか、なぜその場合の「不快にさせ方」がダメなのか、それがわかるようにちゃんと謝罪しろと言う話です。

だいたい、人の気持ちなどというのは、よくわからないものです。私がどれだけ不快に思ってそれを我慢して生きているかなど、まあわからんでしょうね。

だから不快な気持ちになったら、さっさと家に帰ることにしていますし、家で不快な気持ちになったらチャンネルを変えることにしています(家で不快になるのは、だいたいテレビを見ている時なので)。

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