カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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ものの見方

世の中を理解するためには、まず、どういう視点で見るかと言うことが重要になってきます。

社会全体を見るのか、個別のケースを見るのかで考え方が違ってきますので。

「大きい視点・全体(マクロ)」で「見るか小さい視点・部分(ミクロ)」で見るか。

つまり、「一般的な傾向」について語るのか「個別の例」について語るのかと言っても良いかもしれません。

それぞれのケースで物の見方や基本的な考え方が違ってきますので、ごちゃまぜにしないよう注意が必要です。

たとえば、マクロとミクロについてで言えば、人体について理解したいと思った時に、人体の構成要素を組織・臓器ごとに分割し、それぞれの臓器・組織について研究するのがミクロな見方と言うことになります。

ミクロな単位に分けることで対象について研究しやすくなります。

しかし、その単位ごとに理解できた結果を寄せ集めただけで、人体について理解できたことになるかと言うと、そうではありません。

各臓器ごととの相互作用や臓器をまたいでそれらを連携させるしくみなどについて、マクロな視点で研究しなければならないからです。

別の例で言えば、たとえば、国家財政を家計簿に例えて考えるのも間違いです。なぜなら、国の財政は規模が大きいため、財政政策が翌年の歳入に影響を与えることがあるからです。

財政が赤字だからと言って歳出削減をした結果、景気が悪化して税収が減れば、翌年の歳入が減りますから、いつまでたってもバランスしません。今のギリシャが典型的にそうなっています。

家計なら、節約したからと言って収入が減ると言うことはあまりありませんが(これとて絶対ではない)、国の場合はそれがありえるのです。

一般的な傾向と個別の例の話で言えば、「男性は女性より背が高い」と言う一般的な傾向に対して、個別の例を見れば「男性より背が高い女性もいる」と言うのもまた事実ですが、この個別の例によって一般的傾向を否定することはできません。

他には、たとえば、インフルエンザワクチンを接種したにもかかわらず自分がインフルエンザを発症して重症化したからと言って、「だからインフルエンザワクチンなど無意味」と言ってしまうのも間違いです。

「ワクチン接種をしても重症化する場合がしばしばある」と言っても「だから無意味」とは言えません。

その判断をするには、「ワクチン接種した人の集団」と「接種しなかった人の集団」で重症化した割合を比較しなければなりません。これは統計的に調べるしかありませんし、実際いくつも研究があり、大規模に調べられてすでに結論が出ていると言うのは以前に書いた通りです。

全体としてインフルエンザの予防接種が重症化およびそれによる死亡者数を減らすことははっきり証明されています。

一般的な傾向にたいして、個別の例を一つ二つ出して反論しても無意味と言うか、厳密に言えばこれは詭弁にあたるのです。

同じように、自分がワクチン接種してインフルエンザにならなかったり、かかってもすぐ治ったからと言って、それがワクチン接種のおかげとも言えません。それを証明することはほぼ不可能です。

あくまで全体の傾向として、ワクチン接種によって発症や重症化のリスクが減ると言うことでしかありませんので。個人個人はその人の体質や体調その他の影響が大きいので、何とも言えません。

(ちなみにインフルエンザワクチンでは粘液に分泌されるIgAと言うタイプの抗体はできないので、「感染」を予防する効果はありません。発症および重症化の予防効果です)

だから、個人がワクチン接種するかどうかは自分の責任で決めれば良いことなのです。重症化するリスクは多少減りますが、そもそも健康な大人などはインフルエンザにかかってもそう簡単に重症化などしませんから、ワクチン接種の効果が金額に見合うとも思えませんので。

しかし、全体の傾向として重症化のリスクを減らすことが明らかな以上、政府や行政がワクチン接種を特に子供や高齢者にたいして推奨することは当然と言うことになります。

インフルエンザ・ワクチン接種に意味があるかどうかは、全体の話をしているのか、個別の話をしているのかで違ってきます。

自分にとってはたまたま無意味であったからと言って、他のみんなにも無意味と言うのは暴論です。

ワクチンなど無意味と言うことを一般論として言いたいなら、一般論の根拠となる統計的なデータを引用して言わねばなりません。

あの人が言っていた、この人が言っていたと個別の例を少々集めても無意味です。研究論文で示されている統計データを持ち出して議論してくださいと言う話です。それ以外に議論する方法はありません。データが無ければ集まるまでは議論できません(実際にデータはいくつもあります)。

私は仕事柄、一般の話と個別の話をごっちゃにできないことを切実に知っていますので、ここらへんの考え方が多くの人に通じないのが残念です。

そのために、無駄な議論に延々と時間を費やしているのを見ると本当にもったいないなと思います。

どうかみなさん、「全体の傾向」と「個別の場合」、もしくは、マクロとミクロについてごっちゃにして考えないようにお願いします。

そして、物事を考えるのはこのようにわかりにくいものです。単純でわかりやすいことを言う人には注意しましょう。「わかりやすさ」と「間違い」とは紙一重です。

マスコミもわかってません。報道ステーションの解説者や辛○治郎などは論外、池○彰などもあまり盲信しないでいただきたいものです(話がそれた!?)。


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