カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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無事終わりました

YUKAの父上の葬儀などが無事終わりましたので、記録の意味でも書いておきたいと思います。

最初に病気が見つかったのが去年の10月下旬だったと思いますが、それから約半年ほどでした。

3月下旬頃だったか4月はじめ頃だったか、医者からは余命あと1〜2ヶ月と言われていたのでそれなりに覚悟できていたものの、それにしても急な話でした。

病院の配慮で4月中旬に一旦退院させてもらい、その時はかなり元気になっていたものの、20日の夜にトイレで倒れて再入院、その時の血液検査の結果ではかなり悪化しており、感染による敗血症なのか、ガンの毒素によるものなのか、DICをおこしていて、持ってあと1〜2週間とのことでした。

しかし、入院して点滴その他の治療でまた元気になられたので、持ち直したのだろうと思って私も釣りに行ったりしたのだが、何とその翌日の朝8時に病院から容態が悪いと連絡があり、私らの家が病院に一案近いので、最初に到着。

しかし、すでに息をひきとられていました。

すぐに家族みんな揃って、死亡を確認したのが4月26日(土)の午前9時33分でした。

容態が悪化してからあっと言う間だったようで、最後を看取ることは出来ませんでした。

しかし、前日までに、今後の会社をどうして行くのかとかなどに関して父上の意志を確認することができていたし、これまでの人生で父上には家族みんながいかに感謝していたかなどを伝えることができていたそうなので、そういう点ではまだ救いがあったのかもしれません。

私の父の場合は突然亡くなったので、最後にはまともな会話もできなかったために心残りが多かったです。

その後、YUKAは葬儀その他の準備や各方面への連絡などでバタバタと大変忙しくなり、悲しんでいる間もなし。

お寺と会場の都合でお通夜が4月29日の午後6時から、告別式が翌日の午後1時半からどちらも阿倍野やすらぎ天空館にて、火葬が4時から瓜破斎場にて行われることとなりました。

お通夜・告別式の式場です。

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会社と家族の合同葬でやることに。葬儀委員長は次期社長の長女(YUKAの姉上)、喪主は妻(YUKAの母上)です。

お通夜は100数十人、告別式も100人ほどの方々が来て下さいました。

葬儀の後に火葬場で骨になったのを見た時にはショックでした。お骨を拾うところまで参加したのは、自分の父の葬式以来だったもので・・・あれは私が学生の頃でしたから、23年前になりますか。

YUKAが一番あれこれ動き回って大変そうでした。社長を引き受けなかったとは言え、これからも色々大変になることと思います。

すべて終わって帰宅したのは夜の10時過ぎ、そこから風呂に入って11時半頃に就寝、さすがに疲れていたので、あれこれ考えることも無く、ひさしぶりに私もYUKAも熟睡でした。

私の母も札幌から来ていたので、うちに泊まって、翌日は午後の飛行機で帰ることになっていたので午前中はどこかへ行こうかと言うことになり、最初は通天閣とか言う話も出ましたが、私があまり乗り気で無く中止。

では、あべのハルカスはどうかとなり、電話で問い合わせしてみたところ、午前中の早い時間はあまり待ち時間が無いとのことだったので、ならばと言うことで、ハルカスへ行くことに。

家から電車で10時には到着、なんと、まったく並ばなくても入場できました。

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前日に葬儀をした会場のとなりに広がっている墓地がはっきり見えます。

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YUKAもまだこの時は元気でしたが・・・

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真ん中は私の母ですが、右目の視力がほとんど無くなってからものすごい斜視がひどくなり、あまりに人相が変わってしまったので、なるべくサングラスをしています。

その後、私の母に私とYUKAの写真を撮ってもらったら、こんなふうに全然違うものが写ってました・・・

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この後にちゃんと撮り直してもらったのですが、私の顔がものすごい怒りの表情だったので笑えました。

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ハルカスのゆるキャラ、「あべのべあ」だそうな。

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その後、一旦帰宅後、11時半に家を車で出て母を関空まで送りに行きました。関空で昼飯を食っているあたりからYUKAの体調が悪くなり、トイレでリバース(ゲロゲロ)。

母を搭乗ゲートに放り込んでさっさと帰ることに・・・。

その後にYUKAは完全に体調を崩してしまい、熱を出して上からも下からゲロゲロピー。

翌日5月1日に病院へ行って見てもらったら、たぶんウイルス性の胃腸炎だろうとのことで、症状(白い便)からロタウイルスのようです。

1日、2日は飲んだり食べたりしたものをすぐに出してしまう状況でしたが、3日の午後くらいから食事もできるようになり、今朝4日には何とか歩き回れるくらいには回復しました。

そんな感じで、ようやく落ち着きを取り戻しつつある現状のメモでした。

YUKAの父上はとても社交的でやさしい人柄でした。ちょうど私とは正反対です。

私は、よく人から「とっつきにくい」と言われることが多いですし、社交的でもありませんからなかなか人と親しくなりにくいので、父上から見たら残念だったのではないかと心配していましたが、優しい人ですから、「自分には立派な息子ができた」などと言って頂き、感謝感激でした。

見た目は無愛想ですが私なりにいろいろ思う気持ちはあるのですが、人は表面の見える部分からでしか判断できませんから、心で思っていると言うのは通じませんからしょうがないことです。

今後とも、愛想良くなったり社交的になったりすることは無いと思いますが、みなさまご理解の上、よろしくお願いいたします(笑)。

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