カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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「宇宙戦争」論

土曜日にテレビでやっていた「宇宙戦争」を見た。スピルバーグ製作、トム・クルーズ主演のやつ。

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こんなのを見てしまったので、翌日の釣りがイマイチだったような気もするが(笑)。正確には途中まで見てあとは録画して翌日に見たのである。

見たのは今回が2回目で、最初に見たのは公開されてしばらくした後に。レンタルしてきて見たと思う。

その時は見て呆然、なんじゃこりゃ!?という感じで、このブログでもボロクソに書いた記憶があるが、今回改めて見て、ずいぶん違った感想を持った。

正直言って、かなり面白かった。

数年前に最初に見た時にどうしてつまらないと思ったか。いや、正確に言うとつまらないのではなく、見てしんどい憂鬱、欲求不満、やるせない気持ちになって疲れてしまった。

しかし、スピルバーグはまさにそういう意図で制作したとするなら、成功したのかもしれない。

面白くないと思った理由を私なりに分析してみると、たぶん、「期待していたものと違うものを見せられた」ことによるのかと思う。

よくあるこの手のSFもののストーリーと言うと、だいたいは、異星人と地球人が戦って、最後はどうにか解決方法を見つけてなんとか勝つ、人類は助かる、そういう話である。

アメリカ人の作る映画というのは、もうほとんどそういうパターンのハッピーエンドと相場が決まっていたので、見る側も無意識にそんな話を期待して見ているということなのだろう。

ところが、内容は、ひたすら逃げるトム・クルーズ。逃げる彼の目線から見たものがこの映画のすべてであり、米軍もまったく歯が立たずに、とても「戦い」にはなっていない。

一方的な虐殺のみで時間が過ぎて行き、いちおう偶然から敵を1機倒すことができたものの、最後は相手が勝手に自滅というか自然に動かなくなっておしまい・・・

無意識に期待していた内容とまったく違うストーリー展開でラストもあっけなく終わる、これではお口あんぐりになって当然かもしれない。

最初に見た時には、一体どうやって敵を倒すのか、どうやって地球を救うのか、そこにトム・クルーズはどうやってからむのか、そういうことを期待して見ていた記憶がある。

こういう映画で、私が一番見たいと思うポイントは、戦いの全体像、敵は何者なのか、どうして地球に攻めてきたのか、何を目的に行動しているのか、どういう戦いをしているのか、そしてどうやって敵を倒すのか、ということである。

しかし、この映画は、ひたすら逃げまくるトム・クルーズの視点のみで構成されている。主要なキャラクターは3人だけ、ただ逃げまくるトム・クルーズと、ややこしい息子、キャーキャーわめくだけの安達祐実のような娘。

ダメおやじとできそこないの子供らが、お互いにもめながら、とにかく逃げるだけの話である。これで家族愛がテーマというのも、どうなのか!?と思いたくなるような親子である。

それがリアルと言えばリアルなのかもしれないし、スピルバーグが描きたかったものなのかもしれないが、こちらが見たいものをまったく見せてくれなかった。

登場人物には誰ひとり共感できる者が出てこない。出てくるのは、ちょっとイカれたような者たちばかり。もちろん、ヒーローなんて出てこない。トム・クルーズら親子が助かるのも、家族愛によってというより、偶然が積み重なったラッキーによるところが大きい。

今回は、そういう映画ということであることをわかっていて見た。この手のSF映画に対する変な期待というか、偏見を持たずに見たら、なかなか面白い映画と思った。

基本的に、結末のナレーションを除けば、話の中でトム・クルーズのわからないことは観客にもわからない。ほとんど説明も無い。余計な説明が無いだけに、突っ込みも封じられてしまう。

たとえば、インディペンデンス・デイという侵略ものの映画だと、敵の母船に乗り込んでmacのパソコンからコンピューターウイルスを送り込んで相手を倒すという話だったが、そうなると、そんなバカな!と突っ込みたくもなる。

今回の話でも、最後にナレーションで、敵が自滅したのは地球上に無数に存在している微生物に対して彼らが免疫を持たなかったから感染症で死んだみたいな話になっているが、これも説明してしまっているために、突っ込みが生じる。

地中にトライポッド(三脚)を埋めに来た時にはそういうことに気づかなかったのかとか、あれだけ科学が発達しているのに、また地球上に自分たちの星の変な赤い植物を繁殖させる技術があるのに、生物学のごく基本的な知識である微生物学や免疫学を知らなかったのか!?とか、ラストについては突っ込みたくなってしまう。

しかし、この説明すら無かったとしたら、観客はもっと混乱しただろう。

破壊と殺戮の限りをつくした敵が、勝手に動かなくなって終わりでは・・・

私が一番気に入ったのは、敵のマシン(トライポッド=三脚)の発するうなり声みたいな音である(笑)。



スピルバーグはこういう音が好きなのか、未知との遭遇でもUFOと音で交信していたが、音の種類としては似ていたが、トライポッドのほうの音は、ちょっと不気味な旋律のようでもあった。

できれば戦闘シーンをもっと見せて欲しかったが・・・少しだけ。それも、バカ親子がもめているシーンの傍らで戦いがおこっており、終わりの法に戦闘シーンがちょっと出てくる程度である。



親子のもめごとなど、日常でもありふれているものを、今さら見たくもないというのが正直なところ。

この後で「大阪では何体か倒したらしい」というセリフが出てくるが、だったら大阪で敵を倒した話を映画にしたほうが、普通の面白さになったかもしれない。

ともかく、2回目に見てようやく気づいた。善し悪しや好き嫌いはともかくとして、スピルバーグはたぶん今までのこの手の映画とは違うパターンのものを作りたかったのだろう。少なくともそのようにはなっている。

世の中には、「こうすれば良くなる」「こうすれば勝てる」みたいな話が多いが、そういうのは大概は眉唾ものであって、現実には解決方法など無い、どうしようもないことが多い。

それが、どうにもならない場合もあるが、単なる偶然であっさり解決してしまうようなこともある、ということかと勝手に納得した。

それにしても、最初に見た時と2回目でずいぶん印象が違うとは・・・

それならば、先日見て呆然となった「Space battleship ヤマト」というより「Space bullshit ヤマト」と言ったほうが良いような映画も、数年後にもう一回見たらやっぱり良いと思うのだろうか・・・

いや、たぶんそれは無いな(笑)。
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