カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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年頭所感

新しもの好きな人がよく言う言葉に

「従来の発想にとらわれていてはいけない。これからは○○である」

というものがある。

しかし、こういう発想こそ「従来の発想」そのものなのではないかと思う。カビくさい言葉であるが、これを新しい進歩的と感じる人が多いようで・・・

確かに、○○の部分は目新しいことを言っているかもしれない。

しかし、そういうことをよく言う人の発想はコロコロ変わり、中にはたまたま当たってうまく行くこともあるかもしれないが、それはあくまで偶然にすぎないし、たいていは目論み通りになど行かないものだろう。

変わるということがもてはやされるのは、現状に不満があるから、現実の人間というものが不完全だから、その不完全な人間が作る社会が不完全だからだろう。それはわかる。

しかし、どう変わるかを選択するのもこれまた不完全な人間のすることであるからには、その選択そのものも不完全なものに決まっている、そして当然のことながら、不完全な選択により変わった後の結果は、これまた不完全なものになると決まっているのである。

そうして世の中は堂々巡りを繰り返している。人間も社会も完全になることなど、そもそも無理なのだから。人間は神様や仏様ではない。

昔の人には偉い人もいて、そんなこととっくに気づいていたから、仏教では解脱という言葉があるのではないだろうか?しかし、神や仏に近づける人間などいやしない。いても、ごく一握りである。

不完全な自分、不完全な社会とどうつきあってゆくか、つきあわないか、それを考えるほうが時間を無駄にしなくてすむと思うが・・・

自分に与えられている時間が有限であるということだけは、変えようのない現実なのだから。

ウフッ
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