カーク船長の娯楽日記

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主張する覚悟はありや!?

政治的な主張には覚悟がいります。社交の場での政治的主張はむしろやめたほうが良いくらいでしょう。

政治的主張に限らず、何らかの価値観を持っていて、それが世間一般とギャップがある場合、その主張も危険です。

いや、危険で無いものもあります。マスコミ多数派の論調に寄り添い、世間一般で広く言われているようなものを疑いもせずに信じてそれに同調していれば、むしろ心地よいことでしょう。

しかし、そうは思えない人は大変です。

文化人・知識人の多くは進歩的な言動を好みますし、財界人も世の中が変化したほうが自分の商売がやりやすいため、保守的な人間を目の敵にしています。

なのでマスコミはまず、保守的な言動をする言論人や文化人に発言をさせません。(注:保守的=自民党的ということではありません。自民党は保守政党ではありませんし、保守的な価値観を持っている議員は数えるほどしかいません。)

なので、必然的に保守的な言動というのは「こいつ何言ってるの?」というふうになりがちなのです。

さらに、右寄りな発言はもっと嫌われます。A新聞やN放送協会その他は、その報道姿勢を軽く見渡して見ればわかる通り、昔の社会党のような主張を、多少薄められた形ではあるものの、戦後ずっと垂れ流し続けています。

私自身は人の思想によって相手を差別するつもりはまったくなく、○○党の人とも普通に話をしてつきあうこともできますが、むしろ一般の、マスコミ報道に何の疑問も抱かずに知らぬ間に染められている大多数の人ほど、マスコミで見聞きする意見とは「ちょっと違う」言動に眉をひそめがち、自分自身を信じて疑わない(本当は空っぽなのに)、そして「ちょっと違うこと」を言う人間を蛇蝎のごとく嫌って差別すると言った始末であります。

例えば、日本の領土・領海が侵犯され、となりの国ではドンパチやりはじめている現状にあって、自衛隊は今のままで良いのかなど何の議論もすすみませんが、これも不思議な国ニッポン。その理由はマスコミです。

マスコミが世論を牛耳っている限りはこの国に未来は無いでしょう。そのことに気づいている人もごくわずかしかいない。いても無力です。

昨日は三島由紀夫の没後40周年の日でしたが、これも何かを象徴しているのかもしれません。
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