カーク船長の娯楽日記

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ノーベル賞

中日やソフトバンクが優勝したとしても、そのチームのファン以外は誰もうれしくないかもしれないが、日本人がノーベル賞を受賞したことは日本中でよろこばれているようである(たぶん)。

しかし、プロ野球のどこかのチームが優勝するより影響は少ないと思う。

と言うのも、ノーベル賞というのは、過去の成果にたいして送られるものなので、これからどうなるという訳ではない。新聞なんかにも、これで日本も明るくなる?みたいに書いてあったが、雰囲気だけの話で、日本経済その他に与える影響は、残念ながら中日の優勝よりもはるかに小さいものだろうと思う。

ノーベル賞の受賞の対象となった研究成果はすでにその分野の人々の間では有名であり、かつ評価も定まっており、応用研究ならば多くの場合はすでに世の中にじゅうぶん役立っているからである。

だからノーベル賞というのは権威があるのである。科学上の発見というのは、一時素晴らしいともてはやされても、10年20年後になって、やっぱり間違えていましたということもよくある。

ノーベル賞は、そういうことが無いように、慎重に見極めてから授与される。だから価値がある。ただし、平和賞と文学賞と経済学賞は除く。これらの3つの賞にはたいして権威は無い。

いずれにせよ、発見してすぐにもらえることは無い賞なので、受賞の秘訣は長生きすることだとすら言われている(死ぬともらえない)。まれに10年以内にもらえる場合もあるみたいだが、かなり珍しいには違いない。

このところ日本人がノーベル賞をもらった研究というのは、何十年も前にされたものばかりだと思う。すでに過去の研究になっているものばかりである。その研究の先にどんどん進んでいるし、科学技術の成果は世界共通だから、日本だけがどうこうということは無い。

ただ、最近は特許とか言う話もあるからこれからの研究は別かもしれないが。これから10年くらいはまだぱらぱらと日本人の受賞者が出るかもしれないが、50年後以降の日本からは誰もノーベル賞受賞者など出ないだろう。

そもそも、科学技術で立国しようという考えそのものが古いのではないかと思う。もちろん、古いから間違っているということにはならないが。

私としては、経済だ技術だとそういうものを追いかけるのではなく、人口も半分くらいに減らして、農業を中心とした昔ながらの文化や伝統を守り続けて人々が静かで落ち着いて暮らす、そんな国になって欲しい。

そういう、誰にも相手にされない私の個人的な意見はどうでも良いとして、ノーベル賞と愛国心の話をしてみたい。

日本人のノーベル賞受賞者が出るということと、ワールドカップやオリンピックその他で日本が勝つというのは、似たようなことであると思う。

ようするに、日本の国力が示された結果だからである。そこで、愛国心の強い人は「日本は素晴らしい国だ」と喜ぶのかもしれない。

しかし、私はどうもそこで喜ぶ気にはなれない。右翼と言われた私だが(笑)、そういうのは、プチナショナリズムじゃないかと思う。そう、プチ。

本当に愛国心がある人というのは、仮に日本から誰もノーベル賞など出なくても、スポーツも弱くても、自らすすんで自分の国のために何かしようとする人のことであって、たんなる観客のことではないと思う。

自分に何ができるか。私は、大多数の人たちがそんな大それたことをする必要は無く、普通に生活しているだけで十分だと思うが、問題なのは社会的に重要な立場に立っている人である。

具体的には与党の国会議員や官僚、そして世の中に一番影響力の強いマスコミ関係者である。ところが、日本がダメな理由は、これらの立場にある人たちに、ほとんど愛国心が無いこと、日本を守ろうという気持ちがまるで無いことである。マスコミなど一番ひどくて、逆に「反日」である場合が多いことなどが深刻である。

そこらへんを何とかしない限り、50年後の日本は中国かアメリカの一つの州になっているかもしれないと思う今日この頃である。
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