カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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22.2.22

今日は平成22年2月22日である。実は2月2日にブログを更新するときに、2ばかり揃っていると思ったが、22日のほうがもう一つ多いなと思って書かなかったが・・・

最近は、元号を使う機会が減ってきた。別に西暦が世界共通という分けでもないらしいが、アメリカやヨーロッパが西暦だからしょうがないのかもしれない。

ちなみに、周りには元号など面倒だからやめてしまえとか言う人が結構多い。そういう人はやはり結構な無知で、「平成天皇」などという呼び方を平気でするから恐ろしい。元号=天皇の名前と思っているのか!?

現在の天皇は単に天皇か、または区別が必要な場合には「今上(きんじょう)天皇」と呼ぶものなのに・・・。

昭和の時代の天皇は、昭和天皇と呼び、明治の天皇も明治天皇と呼んでなんの差し支えも無いが、平成天皇と言う呼び方は、朝ズバのチョビ髭おやじも前にしていたが、呼んではいけないのだが。

私も数年前に知っただけなので偉そうにはできないが、○○天皇というふうに元号を付けて呼ばれるのは、これは諡(おくりな)または諡号(しごう)と言って、wikipediaによれば「貴人の死後に奉る、生前の事績への評価に基づく名のこと」、つまり、死後に贈られる名前のことである。

最近の天皇は元号がそのまま諡になっているが、昔はそうとは限らなかった。というのも、天皇が何かあるとしょっちゅう改元したりして、元号がころころ変わったこともあったから、そういう単純な付け方ができなかったのだろう。

ちなみに、聖徳太子も諡で、生きている時はそう呼ばれていなかった。本名は「厩戸(うまやど)」なので、最近ではわざわざ「厩戸の皇子」と呼んだりする人が増えているらしいが、これは昭和天皇のことをわざわざ裕仁と呼ぶようなことで、たぶん聖徳太子のことを嫌いな人がそうしているのではないかと思う。歴史家には中国が好きな人が多いみたいだし。

いずれにせよ、亡くなってもいないのに諡で呼ぶというは、とても失礼なことだろう。逆に、すでに亡くなって諡がついているのにわざわざ諱(いみな)で呼ぶのは何か妙な意図があってやっているような気がする(貶めるような意図?)。

同じように失礼な言い方として「天皇が○○神社を参拝」というのもある。

参拝の参は謙譲語というか、「目上の所へ行くこと」というような意味の文字である。で、天皇と神社(の祭神)は同格ということだから、参るというのはおかしいから、普通は「天皇陛下が○○神社を御親拝」というふうに、「参拝」ではなく「親拝」と言う。

私は学校で、小学校から高校までで、どの科目でもこういう基本的なことを習った覚えが無い。もちろん、高校では日本史を選択していないし、国語でも古文の成績など悪かったから、そういうところで出てきているなら私が学び損なっただけかもしれないが、少なくとも、中学までは一切無かったし、高校で勉強した「現代社会」や「倫理・政治経済」など、いずれもしっかり勉強した科目だが、まったく出てこなかった。
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