カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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タマゴかニワトリか・・

タマゴが先かニワトリが先か・・・という言い方をするが、これは原因か結果かどっちがどっちかわからないたとえ?

「タマゴが先かニワトリが先か」を生物学的に考えれば、答えは簡単に出る。これはタマゴが先である。中学か高校で生物を習っていればわかるだろうし、習っていなくても少し考えればわかるだろう。

ニワトリにはニワトリの祖先となった鳥がいるはず。その鳥が突然変異したのか、人間が人為的に交配したのか知らないが、いつしかニワトリになったのだろう。その境目を考えれば良い。

つまり、ニワトリになる前の鳥のオスとメスが2羽交配してそこからニワトリが生まれたということがどこかで起こったはずである。

そのとき、ニワトリじゃない鳥のオスとメスの交配でできた受精卵からニワトリが発生したということになる。受精卵はタマゴになるので、タマゴが先である。

・・・と前置きが長くなったが、私があまのじゃくなのは、原因か結果か、ということが言いたかった。

あまのじゃくというのは、みんなが言うことの逆ばかりしたがる人間のことを言う。私はそういうところがある。

ところが、よく考えるとそうではないのだ。

自分がまず考えて結論を出す。そうすると、ほぼ必ず多数意見と反対になってしまう。あまのじゃくに見えるが、多数意見を知ってそれに逆らっているのではなく、たまたま自分の意見が多数意見と逆になってしまうのだ。

だいたい世間で言っている支持率とか言うのとも、逆になる。世論調査の多数意見と一致したためしが無い。

それは別に、支持率が高いから嫌うとか、低いから応援しようとか考えてしているわけではない。

でも、最近は世間で「はやっている」とか聞くとそれだけで拒絶反応がおこるから、やっぱり普通のあまのじゃくかとも思うが、それも長年の経験の蓄積で、つまり、はやっているからすごいのだろうと思ってよく見たらしょうもなかったということの蓄積でそうなったところがある。

多くの人に理解されるということは、学問でも何でもそうだが、わかりやすいということだが、それは裏を返すと不正確な別物に変質してしまっているということであったり、深みがなくなってしまうということでもある。

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