カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
いつもふたりは絶好釣  カーク船長の釣り日記     
TOP読書・勉強 ≫ 伝統の精神こそ人間の条件

伝統の精神こそ人間の条件

チンパンジーとヒトは遺伝子のレベルでは1%ちょっとしか違っていないのに、どうしてこんなに違うのか、という話の続き。

まず、遺伝子レベルと言っても、DNAのすべてが意味を持っているわけではなく、無意味な領域というのがものすごく多い。意味を持つ場所に限ると、遺伝子の情報はヒトとチンパンジーでもっと違いは大きいということになる。

それから、ヒトの場合は他の生物と大きく違って、遺伝子がすべてではない。生まれつき(遺伝)で決まる要素が50%、育て方(環境)で決まる要素も約50%と言われている。これは人間だけである。

ヒトは遺伝子に刻まれた本能だけで行動しているわけでもなく、文字を使った言葉として体の外に蓄えられた情報によって高度な文明を維持している。その恩恵が大きいということだ。

そもそも、人類がいまとほぼそっくり同じ状態にまで進化したのは、約7万5千年前あたりらしいが、その頃の人類と現代の人類では、遺伝情報としては今と同じ、つまり遺伝子としてはもう現代人と同じだったわけで、即ち、その時点で身体能力や知能は現代人と同じレベルに達していたことになる。

しかし、7万5千年前の人類は、知的な能力を決める遺伝子は現代人と同じであっても、知性のレベルは現代人とは桁違いであった。それは何故か。

ニュートンの言葉がその答えのヒントになる。

「私がさらに遠くを見ることができたとしたら、それはたんに私が巨人の肩に乗っていたからです。」

ここでニュートンが言っている「巨人の肩」とは、人類が言語を生み出してから続いてきた歴史が生み出した知識の集積のことである。

過去から引き継がれ、少しずつ蓄積してきた知識が「巨人の肩」である。現代の我々を支えているのは、過去の歴史を共有できるという点である。その蓄積の恩恵を受けられるから現代の我々がいるのである。

だからこそ、まずはその歴史の蓄積を大切にしなければならないのに、やみくもに最先端を追いかけてばかりである。もちろん特に科学の分野においては最先端を追いかけることも重要かもしれないが、現代人が最先端を進むことができるのは、あくまで過去の歴史の蓄積があり、「巨人の肩」に乗せてもらうことができるからだということを忘れてはいけない。

人類は遺伝子の支配から逃れ、言語によって知識を「外」に持ち、歴史を経て蓄積させることを可能とした。という点で他の動物とは異なっているということである。

つまり、「人類だけが歴史を持っている」のである。歴史の叡智を大切にするという「伝統の精神」こそがヒトをヒトたらしめていると言って良いのではないかな?

読書・勉強 | Comments(0) | Trackbacks(-)

Comment













非公開コメントにする