カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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アンパン・パーソン

トランプのような人物(政治経験なし、暴言はきまくり)が大統領になってしまった背景には、アメリカ国内の格差拡大が一つの要因のようですが、もうひとつは「ポリティカル・コレクト(PC)」への反発もあるかと思います。「ポリティカル・コレクトネス」を直訳すれば「政治的正しさ」ですが、意味は以下の通りです。

ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness、略称:PC)
政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、職業・性別・文化・人種・民族・宗教・ハンディキャップ・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す。


偽善者はPCをふりかざして相手の言論を抑圧し、自分たちの政治に利用していると言う見方もできなくもないところがあります。

日本でも90年代からPC運動が影響を出しはじめており、看護婦とは言わずに看護師になり、保母・保父が保育士になったりなど。スチュワーデスは客室乗務員もしくはCA(キャビンアテンダントの略)ですが、キャビンアテンダントは和製英語で、英語ではフライトアテンダントらしいです。

まあ、これくらいなら、むしろ妥当かもしれませんね。最近は男性の看護師もわりと見かけますし(看護学校の学生でも1割くらいは男性がいるみたいです)。

ただ、PCのせいで「肌色」と言う表現がダメになっているらしいです。「奥さん」「家内」「主人」「亭主」 もPCでない表現だそうです。PCな表現は「妻」「夫」「つれあい」「配偶者」「パートナー」だそうです。

あとは何と、「丸坊主」もダメだそうです。そこまで言われると、「うるせぃ」と言いたくなる気持ちもわかりますね。まあ、一般の人がこれらの言葉を使うぶんには問題ないと思いますが、公の立場で使うと足をすくわれる可能性があるでしょう。

アメリカでは、○○マンの表現がPCでないとして改められているらしく・・・

・ビジネスマン businessman ⇒ businessperson
・カメラマン cameraman ⇒ photographer
・議長 chairman ⇒ chairperson
・消防士 fireman ⇒ firefighter
・警察官 policeman ⇒ police officer
・セールスマン salesman, saleswoman, saleslady ⇒ salesperson

○○マン → ○○パーソンになっているのが多いですね。違うパターンもありますが。

個人的には、スタートレックのオープニングメッセージの変化が思い当たるところです。

1960年代の後半に製作されたTOS(カーク船長のシリーズ)では

"Space, the final frontier. These are the voyages of the star ship Enterprise... It's continuing mission, to explore strange new worlds, to seek out new life and new civilizations, to boldly go where no man has gone before..."

でしたが、1987〜94年に製作されたTNG(ピカード艦長のシリーズ)より新しいものはすべて

"Space, the final frontier. These are the voyages of the star ship Enterprise... It's continuing mission, to explore strange new worlds, to seek out new life and new civilizations, to boldly go where no one has gone before..."

となっています。たった一つの単語ではありますが。私が中学生の頃は英語の授業で、manには「人」と言う意味もあると習いましたし、それを差別だとは教わりませんでした。

しかし、今や英語で man = 人 の意味での使い方は完全にアウトなようです。このままPCが行き過ぎると、アンパンマンと言えなくなるのではとの皮肉も言われているようです。スーパーマンは見るからに男ですが、確かにアンパンマンに性別は無い気がしますねー。声は女性(戸田恵子)だし。まあ、固有名詞なら良いきもしますが。

しかし、マンがだめなら、アンドロイドもだめなんじゃないでしょうかね!?「アンドロ」はmanと同じ意味です。代わりにヒューマノイドと言う言葉もありますが、意味が定まっておらず、少なくともスタートレックでヒューマノイドと言えば、地球人・バルカン人・クリンゴン人・ロミュラン人などのヒト型の生命種の意味で使われています。

話がそれすぎ・・・

とくに、トランプの話と関係ありそうなので言えば、大統領が12月25日に国民に向けて「メリー・クリスマス」と言うのはダメで、「ハッピー・ホリデーズ」と言わなければならないなど(いろんな宗教に配慮が必用とのこと)。

そもそも「ホリデイ」は良いのでしょうかね!?holidayの語源はholy dayだったと思いますが。holy(神聖な)は良いのか!?必ずしもキリスト教だけの言葉ではないのでしょうかね。まあクリスマス(キリスト)よりかは宗教色は薄いは間違い無いでしょうが。

私は日頃から日本でもクリスマスを祝ったりハロウィーンをやることが気にくわないので、これは利用できそうですね(笑)。公の場ではメリークリスマス、トリック・オア・トリート、ハッピー・ハロウィーン等の発言は禁止!とか(笑)。

その宗教を信じてもいないのにうわべだけ真似するなど、最低の人間のやることと思いますが。なんかPC以前と言うか、PC以前無用な人達ですね、日本人は。

行き過ぎると将来は、大島渚監督映画が「戦場のハッピー・ホリデーズ」に変えられて、ビートたけしのセリフも
「ハッピー・ホリデーズ・・・ミスターローレンス」とかに吹き替え、もしくは無音処理でしょうか(笑)。

ゴダールの映画「気狂いピエロ」は元々は「きちがいピエロ」だったと思うのですが・・・

そもそも「政治的に正しい」と言う表現がそもそもおかしいと言うか、言葉狩りを正当化しているだけのように感じるものもありますが。

民主主義で一番大事なのは「議論すること」です。民主主義でも良いのと悪いのとがあり、単なる多数決は最悪の民主主義です。いきなり多数決してもダメです。間違えます。最後は多数決ですが。

民主主義で正しい結論に達することができる前提の一つとして、きちんと議論した上での多数決であること、という事が重要です。

何が正しいか、とくに、政治的に何が正しいかは最初から答が決まっているわけではなく、いろんな知識・情報を持った人達がお互いに謙虚な気持ちで議論してみてはじめて正しさに近づける可能性があるわけです。

なので、まず情報を得て専門家の話も聞いて賛成反対をまじえて議論した上で採決するのでなければダメなのです。だから議会制民主主義になるわけです。もちろん、議会で議論している議員がまともであるという前提ですが。いずれにしろ、世論とか住民投票とかで決めても議論が足りなく宣伝合戦にしかならないので良い結論には達せない可能性が高いですから、直接民主制に欠点があるのは間違い無いです。

結論を得る前に議論することが最重要であり、議論する上では言路を塞ぐようなことをしてはいけません。言論の自由や表現の自由が最大限尊重されなければならないのは、民主主義でまともな結論に達するために絶対に必要なことです。なので、政治家にはガンガン議論してもらわなければなりません。

そのためには、多少の拙い表現や言い間違い、揚げ足取りなどはすべきではないのです。言葉狩りなどはもってのほかです。かえって口先のうまい奴しか政治家になれません。口がうまいやつが本質を見抜けるとは限りません。

私は日頃から政治家の失言をみんなして責め立てるのは良いこととは思っていません。彼らには徹底的に議論してもらわなければならないからです。まあ、逆に言うと、議論することが重要な仕事の人達なのに失言する時点でダメと言えばそうかもしれませんが、でも揚げ足取りみたいなことばかりしても無意味です。

PCばかりに気を取られると、偽善がはびこり、みんながきれいごとしか言わなくなります。その弊害がアメリカでは大きくなりすぎていて、そのことへの反発としてのトランプ支持もあるのではないかと思います。それが正しいかどうかは別として。

PCが進めば進むほど、反PCも力を増してくるでしょう。言葉をなくしても差別はなくなりません。

グローバル化がすすめばすすむほど、ナショナリズムが高まり、極右政党が台頭するのと同じです。多様性を守ろうと言うのはPCでしょうが、多様なものが混在すれば衝突が増えてもめごとになるのはあたりまえです。

移民の制限を差別と言われては、大変なことになるに決まっています。

ドイツでは2015年の1年間だけで100万人の移民がおしよせて来たそうです。そして、移民の就職率は、何と13%だそうです。他はみんな失業者です。まあ、ドイツ政府は財政が黒字だから彼らの面倒を見る余裕があるのかもしれませんが、そこに金を使うなら、国民をまず豊かにしてくれよと私なら思いますね。

たくさん移民を受け入れてメルケルは寛容で素晴らしい指導者だみたいな「ふわっ」としたイメージの人が多いですが、私がドイツ人なら、これはたまったものではないと思いますね。

しかも、これだけ移民が入ってきて職業もないわけですから、治安だって当然悪くなりますが、移民が犯罪を犯しても報道制限があるそうです。移民への差別を助長しないためにだそうです。ドイツでも、グローバル企業は儲かってますが、労働賃金は減少傾向です。これだけ失業者であふれたら、労働市場で競争が激化して賃金はどんどの下がってドイツ国民は貧困化して行くでしょう。

そりゃー、ヨーロッパで極右政党が台頭するのは、あたりまえで、私だってもしドイツ人なら移民流入の制限を主張しますが、それを言うと差別とか排外主義と言われてしまいます。

日本人はもともときれいごとが好きみたいですし、最近は心優しい人が増えているような気がします。PCに反発する粗暴な人は少ないように思いますから、PCの影響をかなり受けやすくて余計に危険だと思います。人を傷つけるとか差別しているとか言われるのが怖くて何も言わなくなる人が多数でしょう。この先が心配です。

PCもグローバル化も、どちらもほどほどにしておくのが良いのではないでしょうか。