カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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ゆるキャラで復活する日本

先日、高野山へ行った際の話で書き忘れたことが一つ・・・

高野山のゆるキャラ、こうやくんである。

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高野山でも今回の地震・津波の被害者の方々への祈りをささげていた。

私ごときが祈っても無駄だろうから、私はそれ以外のことをしたいと思うが、これからの課題は復興だろう。

実は、日本は復興がかなり得意と言うことらしい。

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高野山へ

この前の日曜日はYUKAの両親らと高野山へ墓参りのお伴をしてきた。山の上は雪が降っていて、ところどころに薄く積もっており、寒くて凍り付いていた。

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ひしゃくの柄の部分につららが・・・

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YUKAのおじいさん、おじさん、親戚の家のお墓などのお参りをした。

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お墓の前で般若心経をみなで唱えた。般若心経と言うと、子供の頃に見ていたテレビの一休さんがよく唱えていたのを思い出す。

「かんじーさいぼーさつ?・・・」とか言うやつ。

私のほうの実家は浄土真宗で般若心経は唱えないが、YUKAの実家は真言宗なので唱えるようだ。と言うか、密教系と禅宗系では唱えるが、浄土真宗と日蓮宗系では使われないと言う感じらしい。

では、般若心経には一体何が書かれているのか!?私はそういうことが気になる。で、調べてみた。

おおざっぱに言ってしまうと、たぶん、
般若心経とは「悟りを開いて一切の苦厄から救われる方法を観音さまが説明した話」
である。

以下、もう少し詳しく書いてみたが、長いしややこしいので、興味無い方は飛ばして下さい。

般若心経は、お経の中ではかなり短いもののようだが、その内容はなかなか難しいことが書かれているようである。かなり哲学的な話!?

般若心経はもともとサンスクリット語で書かれた「大本(完全版)」を玄奘(三蔵法師)などが訳したものらしい(違うと言う説もある)。

その際に、ところどころ省略があったりして、それがまた内容をわかりにくくさせている。

玄奘訳で省略された部分も含めて解説してあるページがここにあったので、これも参考にすると少しわかりやすくなる。

その内容をもとに、ごくおおざっぱに(多少は乱暴に)整理して、簡単に理解してみたい。

このお経の冒頭部分「(1)観自在菩薩 (2)行深般若波羅蜜多時 (3)照見五蘊皆空 (4)度一切苦厄」がおおまかな内容を示しているので、ここだけでも理解できれば、だいたい何が書いてあるかわかりそうである。

と言うことで、順番に見て行こう。

(1)観自在菩薩とは観音菩薩、いわゆる観音さまのことである。

(2)行深般若波羅蜜多時とは、智慧を完成させる(=悟りをひらく)修行をしている時と言うような意味かな。

般若とは「智慧」と言う意味。「知恵」とは違う。波羅蜜多とは「彼岸に到達する(悟りを開く)」というような意味らしい。

(3)照見五蘊皆空・・・この部分が難しい。直訳すると「五蘊が皆、空であると悟れば」と言うような意味。

で、この五蘊とは「色・受・想・行・識」のことらしい。要するに「認識」のような意味と思われる。これが皆、空であると言っている。空の意味も難しい。

(4)度一切苦厄・・・「一切の苦厄から救われる」と言う意味。

整理すると、以下のような意味になる。

観音さまは智慧を完成させる(=悟りをひらく)修行をしている時、「五蘊はみな空である」と悟れば一切の苦厄から救われると見極めた。

もっと砕いて言うと、観音さまは「智慧を完成させれば、一切の苦厄から救われる」と言った

さらに砕くと、観音さまは「悟りを開けば救われる」と言った。以上。

・・・砕きすぎて、原型が無くなってしまった(笑)。

もっと深く正しく理解しようと思えば、「五蘊」が何か、「空」が何かと言うことを理解しなければならない。

で、お経の中盤部分は、観音さまが、弟子の1人の舎利子(シャーリープトラ)に「智慧」がどのようなものであるか、智慧を完成させるにはどのような姿勢で学べば良いのかなど、ひたすら哲学的?な話をしている。

色即是空、空即是色・・・

などなど、面白そうだが、難しい!

と言うことで、あとは挫折(笑)。


帰り道では紀ノ川沿いにある「やっちょん市場」にて買い物。

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いつも釣りの帰りに寄る御坊の「よってって」のような産直市場である。

ここで、みかんの類(清見や三宝柑など)を仕入れたので、しばらくは不自由しないだろう。その他、キャベツなども安い。近所のスーパーでは300円近いこともあるが、ここらでは100円以下である。
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イノセンス・高校教師

地震関連のニュースを見たりするのがしんどいので、最近はよくCSの番組を見ている。

二つほど印象に残ったものがあるので、メモとして書いておく。




イノセンス

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押井守、大塚明夫 他

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国際的に評価が高いと聞いた押井守の作品である。押井守は宮崎駿に比べると知名度が低い?私もあまり知らないのだが、調べてみると昔はアニメ版の「うる星やつら」の制作をやったり、映画版の監督をしたりと言う過去があるようで、それならばよく見ていた。「うる星やつら」についてはまたいずれ書くこともあるかもしれない。

それから何十年も経っているから当然だが、アニメの技術はすごく進歩している。ただ、CGで作られたような3次元的な映像と、これまでの普通のアニメの2次元の絵がごちゃ混ぜになっている。

さらに、ストーリーが難解と言うか、話のそものはシンプルなのだが、間がやたらと長かったりして退屈で眠くなってしまった。

扱っているテーマそのものは面白いのだが、娯楽用の作品にはなっていない。

アニメで哲学的な表現を楽しみたい訳でもないので、これを見たことで、何かが得られたと言う気はしなかった。

攻殻機動隊と言う作品の続きのような側面があるようなので、あまりにも予備知識が無い状態で見てしまったせいもあるかもしれない。

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田中敦子、大塚明夫 他

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舞台設定とかは面白かったので、原作のマンガは読んでみようかと思っている。




高校教師

高校教師 DVD BOX高校教師 DVD BOX
(2001/09/19)
真田広之、桜井幸子 他

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全11話を何と、2日間で一挙に放送していた。

おおざっぱに言えば、「教え子に手を出す最低の教師」と言えなくもないが、見るとそういう感じはしない。

私は昔からあまりドラマとか見ないほうなのだが、このドラマには興味ひかれる部分があった。それは、この番組が評判になった理由(同性愛、レイプ・近親相姦などの社会的タブーを扱ったため)からではなく、主人公の羽村(真田広之)の境遇と当時の私とで少し重なる部分があったからである。

これも誤解されると困るのでちゃんと書いておくと、私が高校生とどうのこうのと言う話では一切無い。

主人公の羽村は大学の生物系の研究室の助手をしていて、ちょっとした事情から教授に体よく追い出されて高校の教師をやらされるところから話がスタートしている。

実は、当時の私も、羽村とちょっと似たような仕事をしており、教授と仕事の進め方で激しく対立してにっちもさっちも行かない状況にあり、仕事をやめようかと思っていた。

内部告発などは同じ部屋の友人らに迷惑がかかるし、それができなければボスともめて辞めたと言う風評が広まり、そんな人間を雇ってくれる部屋も無いだろう。

などと考えると、仕事をやめればどうなるか?私は教員免許も持っていなかったので、塾講師くらいしかできないだろう。車の運転が好きだから、タクシーの運転手でもやるか・・・

などなど、悩んでいた時期だった。

そんな感じで、入り口部分がちょっと重なって見えたので、ついついこのドラマを(再放送か何かで)見てしまった、それがたぶん今から10年くらい前の話である。真田広之の演技も素晴らしい。

で、見始めると実に面白い。当時は自分の境遇など忘れるほどのめり込んで見てしまった。

同性愛、レイプ・近親相姦などを扱っていると言っても、その手の部分で生々しさは一切無い。だから変な期待をして見ても無駄である(笑)。

繭(まゆ)役の桜井幸子の演技も素晴らしいし、妙な色気など一切無く、変に生々しいことが無く、プラトニックな感じなのが実に良い。少し陰気な顔立ちも役に合っている。

ストーリーそのものの主軸は、だんだんと切迫して息苦しい内容になって行くのだが、毎回かならずある赤井英和がらみのシーンでは心が温まるような内容になっていて、見ていて救われる。

物語の終盤でこんな台詞があった。


人が周りにいないからじゃなくて、


自分をわかってくれる人がいないから、


寂しくなるんだね



その通りだよ・・・まったく。

10年ぶりくらいに見たが、ひさびさにドラマにのめり込んでしまった。
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安心・安全な放射線の基準は!?

放射線の話に限らず、たとえば食品などに関しても、よく、「安心・安全」が言われ、「安心・安全」な社会を作れ、などと言われるが、「安心」と「安全」はまるで違う。

「安全」のほうは専門家らがそれなりに考えてその基準を数値として客観的に決めることができるが、「安心」のほうは心理的なものなので、そのレベルを数値で決めるのはたぶん不可能である。

「安全性の高さ」と「安心」との間にちゃんとした関係など無い。危険があまりにもありふれているものだと、慣れてしまって何も感じないこともある。危険性が高いのに安心しているということは案外あるものだ。

よく言われる一番わかりやすい例が、自動車だろう。いつも身近に接しているが、交通事故の死亡者数は毎年数千人(数年前までは1万人以上)である。

他の事故ならテレビのトップニュースになるが、交通事故は余程重大なもの以外は取り上げられないか、せいぜいローカルニュースで少し出る程度である。

人間と言うのは、想像力があるので、すでにおこったこと(被害が確定したこと)よりも、これから起こると予想されるもののほうを恐れる傾向があるのだろうと思う。

いまだに毎年数千人もの死者を出し、これまでに何十万人もの犠牲者を出した交通事故についてはとりたてて不安を感じずに安心して車を運転したり道を歩いたりしている人がほとんどだが、今回の原発事故による死者はまだゼロなのだがこれだけ騒がれている。

もちろん、放射線は目に見えず、汚染も広がってしまうから不安に思うのは当然だし、農産物や水への影響などを考えると、この扱いは当然と言える。

では、放射線がどういうレベルなら安心できるのだろうか?

ネットで自分で調べればわかると思うが、昨日、私のところに、以下のようなメールが来たので、もし興味ある方おられたら参考にどうぞ。

日本放射線影響学会会員の皆様

今回の福島原発に関する放射性物質や炉の問題について、原子力関係者が分りやすいスライドを作りました。カリフォルニア大学の方が講演したスライドを日本語に翻訳したものです。 チェルノブイル、スリーマイルアイランド、福島の炉の破損状況を比較してあるなど、良く出来ていると思います。スライドはこちらからダウンロードできます。



ちょっと専門的な話が多いので、一部だけを私の補足入りで紹介するとこんな感じです。


【基本事項】

放射線の線量を示す単位の1つ(線量当量):Sv(シーベルト)

1Sv = 1,000 mSv(ミリシーベルト) = 1,000,000 μSv(マイクロシーベルト)

「ミリ」は「千分の1」と言う意味、「マイクロ」は「百万分の1」と言う意味。



【放射線による障害】

放射線によって引き起こされる人体への障害には2種類ある。すぐに症状があらわれる障害(急性障害)と、時間が経ってからあらわれる障害(晩発障害)である。

(1)急性の放射線障害
 大量に被爆した場合
 被爆直後から数週間以内に発症する
 症状:消化管の障害(死亡する場合も)、造血器障害、脱毛、嘔吐、下痢など
 (この他、少ない線量で皮膚の障害がおこる場合もある)

(2)時間が経ってから出る(晩発の)放射線障害
 基準値を超える量で急性障害をおこさない程度に被爆した場合
 数年から数十年後に発症する可能性が増す
 症状:悪性腫瘍の発生、寿命の短縮、白内障の発生など


【被爆の程度と障害】

では、具体的にどの程度の被爆でどの程度の危険があるのかと言う話。

(1)急性障害

ただちに生命の危険があるレベルは短時間に5Sv程度を全身に被爆した場合
たぶん、浴びた人の半分以上が死ぬ線量と思われる。

過去に起こった事故等では以下の例がある。

・スローティンの事故:21Sv、犠牲者は9日後に死亡
・ダリアンの事故:5Sv、犠牲者は1ヶ月後に死亡
・ゴイアニアの事故:5Sv/時の医療放射線源が盗難
   ?4名が死亡(全員5Sv以上)、15名が入院(全員0.5?5Svの間)
・チェルノブイリの初期作業者:多くの地点で10Sv/時以上。
   ?30名が死亡、200名が入院
・広島、長崎の多くの犠牲者


(2)晩発障害

はっきり言えない。基準値などから推定すると、たぶん250mSV以上では晩発障害のリスクが高まると思われる。

奥歯にものがはさまったような言い方だが、こちらは断定するのが難しいので。具体的に、どのくらいの被爆でどのくらい悪性腫瘍(ガン)の発生率が上がるのかを見てみると・・・

1Sv程度の比較的多めの被爆で発ガンのリスクが上昇するのは以下の程度と言うことらしい。

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では、今回の事故での被爆(数mSv?100mSv程度)についてはどの程度発ガンのリスクが上がるのか・・・

実はこれは難しい。発ガンには色々なモデルがあるので、どのタイプかによるようだ。

少なくとも、100mSv程度までなら、発ガンのリスクはあまり変わらないようだが、それを超えるとある種のがんになるリスクははっきり上昇するようである。

1103model.jpg

発ガンと言うのは、放射線を浴びなくても起こる。浴びたからと言って必ず起こるわけでもない。そこが難しい。

要するに「確率的な影響」つまり、被爆する線量に応じてリスクが増すと言うことで、どれだけの線量以下ならば絶対に影響がないと言うような断定はできない。ただ、基準値程度の線量ならば気にしすぎて不安に思うほうが体に悪いのは間違いない。

今回の事故で、被爆が健康に影響を与える可能性があるのは作業員の方々が中心で、他の人たちにとっては、風評被害のほうが影響が大きいのではないかと思う。

なんだか、わかったようなわからないような・・・


ちなみに私は仕事で放射線を取り扱うことがあるので被爆する可能性がある(実際には遮蔽その他の防護をしているのでほとんど被爆しないが)。仕事上で被爆することを職業被爆と言うが、私らが認められている職業被曝の上限と言うのが、1年間で50mSv、ただし、5年間の合計が100msv以下になるように、とのことである。

このくらいの量の被爆だと影響が出ないと思われる。

ところが、原発の作業員の人たち(原発従事者)の被曝線量上限は100mSv(たぶん1年あたり)で、今回だけ特別に250mSvまで引き上げられたようだ。

原発従事者被曝線量上限100ミリシーベルト 超えても重大な影響なし

 日本原子力研究開発機構の原子力緊急時支援・研修センターは、(250ミリシーベルト以下で)基準を超えても「大丈夫とはいえないが、直ちに重大な影響があるわけではない」と説明する。放射線影響協会によると、200ミリシーベルト以下では、人体への影響が臨床例でほとんど報告されていない。がんになる確率はほとんど増えないとされる。


私らの仕事の基準よりもずいぶん緩い(たくさん浴びて良いことにされている)ので、何となく気の毒な気がするが、200mSvまでならば、発ガン率の上昇が統計的に見て意味があるほど上がらないとされているのが根拠らしい。

と言うことなので、とりあえず200mSv以下ならガンなどの心配をしなくても良さそうだが、発ガンのメカニズムについてはわかっていないことも多いし、ガンの種類によっても違うだろうから、何とも断言はできない。
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予備自衛官・招集

今回の地震では自衛隊が活躍しているが(私は別に軍事マニアとかではありません)、予備自衛官にも招集がかかったとか・・・

実は、数年前に私も予備自衛官に応募しようとしたことがあるので、ちょっと目にとまった。

正確に言えば、予備自衛官に応募しようと思った訳だが、これには「一般」と「技能」とがあり、採用の条件は以下の通りになっている。

一般:18歳以上34歳未満

技能:18歳以上で、保有する技能に応じ53?55歳未満(技能については以下に列挙)

医療従事者?医師、歯科医師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、診療放射線技師、臨床検査技師、看護師、救急救命士、栄養士、准看護師、歯科技工士 等

語学?英語、ロシア語、朝鮮語、中国語 等

情報処理?第1種情報処理技術者、ITストラテジスト 等

通信?第1級総合無線通信士、第1級陸上無線技術士、アナログ・デジタル総合種工事担当者 等

電気?第1種電気主任技術者 等

土木建築?建築士、測量士、測量士補、1級建築機械施工技士 等

整備?1・2級四輪自動車整備士、1級二輪自動車整備士、2級ガソリン自動車整備士、2級ジーゼル自動車整備士、2級二輪自動車整備士



と言う感じだが、まず「一般」のほうは年齢がアウトである。「技能」のほうも残念ながらさっぱりである。何の技能も無い、ホントにつぶしのきかない職業である。

唯一、なんとか資格を満たしていそうなのは、語学の英語くらいだが、英語ができる者などあまっているだろうし私程度の英語能力ではたぶん邪魔になるだけかもしれない。

お役に立てそうも無いので、あきらめてそれっきりだったが・・・

別に私は自衛隊マニアとかでも無い。一時、あるところでさんざん偉そうなことを言いまくっていた時期があり(一時的にではあるが、その時かなり政治・経済の勉強をした)、自分が言ったことに責任を持つためにも、何か国のために自分もやらなければならないと言う感じになってしまったので、色々模索していた時期に考えたことだが・・・

結局、私など自分の生活がせいいっぱいで、そんな大それたことなど不可能と思ってどちらもやめてしまったが・・・

なので、そのことを考えると今でも敗北感で一杯になる。「(自分の)生活が第一」などと言うフレーズを聞くと何ともいえない嫌な気持ちにさせられたが、自分に人様のお役に立てるような能力が無いのだからしょうがない。

と言うか、他の方法で、できる方法で何か役に立てば良いと思うことにした(何もできていないが・・・)。

復興支援では多くのプロたちが頑張っていて頼もしく思うが、今回、日頃は私らと同じように普通に生活している人たちの中から招集された予備自衛官の皆さんにも是非とも頑張って力を発揮していただきたい。
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道路に関する誤解

マスコミ報道に漫然と接していると、事実と逆の認識を持ってしまうことがあると昨日書いた。犯罪率などがその典型かと思われる。

ただ、これはマスコミのせいと言うより、どうしても凶悪犯罪のニュースなどの印象が強いせいで、マスコミが全面的に悪い訳ではないかもしれない。

それより恐ろしいのは、マスコミを利用して自分たちの政治的な目的を達するためにデマを流す人たちがいること、またマスコミも自社の論調を正当化するために、敢えてそのウソをチェックしないことである。

その一番わかりやすい例が、道路に関してである。

実は、先進国の中では日本の道路はさして多くない、高速道路は最も少ない。だが、世間では逆のように思われている。

道路特定財源を一般財源化する時には、「日本は道路が多すぎる」とか「利権のために不要な道路を作っている」などと言う声が高かった。国民は利権と言う言葉に敏感である。

しかし、本当にそうか?私が聞いた話では、政治家への陳情で一番多いのが「道路を作ってくれ」と言うものだから、本当に道路はもう十分なのか疑問に思っていた。やはりデータを見て判断しなければ。

そんな時、日本は道路が多すぎると言う根拠として登場したのが以下データである。何年か前に、私も週刊ダイヤモンドか何かの雑誌で似たような図を見た覚えがある。

可住面積あたりの道路の長さの国別比較」のデータ。

上の図は「高速道路のみ」、下の図は「すべての道路」の比較データ。
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このデータを見ると、日本はどこの国よりも飛び抜けて多くの道路を作ってきたように思える。そして、このデータそのものにウソは無い。

やはり日本は道路が多すぎたのか!?それが、そうではない。

このデータからは道路の多さを正しく比較できないのである。

このデータを示すこと自体がとんでもないインチキであり、洗脳を目的とした大ウソと言われてもしょうがない、本当のことを知って私はびっくり仰天した。

この「可住面積あたり」と言うのがミソなのである。国によって、人が住める面積は違うから、その面積に応じた道路の距離を比較するのは、一見してまともに思える。

ところが、一般に、この値を国際比較の指標として使うことは無いそうである。

少し考えれば当然なのだが、道路と言うのは、可住面積の部分だけに作られる訳ではない。可住地と可住地をつなぐためには可住面積の外側にも道路が必要であり、街と街とをつなぐ道路は人の住まない山の中を通っている。こういう道路が無ければ集落は孤立してしまう。

だから可住面積あたりで道路の長さを比較するのは無意味である。

図に示すとこういうことである。

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そもそも、日本の可住面積は小さい。日本には森林が多く、人が住める部分と言うのは、国土の3割以下(下図の白い部分)なのである。

1103kajyuumenseki1.jpg

日本は可住面積が小さいのだから、可住面積当たりで道路を比較すれば、極端に多くなって当たり前なのである。可住面積当たりで比較されるのは、公園の面積とかそういうもので、普通は道路などにこの値を用いることはしない。

マスコミはこのように、どこの国でも使われていない「可住面積あたりの道路の距離の比較」などと言うインチキをしてまで、日本は道路が多いとウソを言っていた、もしくはウソを見逃し続けてきた訳である。

日頃からの偏向した報道姿勢と合わせて考えれば、彼らマスコミの多数派が国民を騙して自分たちの政治的な目的を達成するために意図的にデマを流してきたのではないかと思ってしまう。

マスコミは、「利権」を批判する正義感ぶって、自分たちもこのようなインチキをやっている訳である。

では、実際には日本の道路って多いの?一体どういう指標で比較するのが妥当なのか?

一般的に、その国の道路が多いか少ないかは「自動車1万台あたりの道路の距離」として比較される。

そのデータはこちら。

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ちなみに、自動車の普及率は日本が特別高い訳ではない.自動車の普及率は、アメリカが少し高く(道路への依存度も高い)、他はだいたい同じくらいである。
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(クリックで拡大)

はっきり言って、他の先進国と正しく比較すれば、日本の道路は多くない、高速道路は最も少ないのである。それも当たり前で、日本は地形的に公共事業がやりにくい国土なのだから。外国人が視察にきて、こんな山ばっかりの国土にこれだけ道路や橋やダムなどと作ったことに驚嘆するらしい。

本当に恐ろしいことだが、自分たちの言説を正当化するために、わざわざインチキなデータを持ってきて国民を騙して政治的に利用する人たちがいる、マスコミもそのことを十分にチェックしないどころか、自社の説にマッチするものなら、ダラダラと垂れ流しているのである。

私がマスコミを嫌いになった理由が少しは理解してただけただろうか!?

マスコミが垂れ流す間違った情報やデマにもとづいて世論が形成され、その世論によって政治が動かされているのだから、世の中も政治も良くならないのが当たり前である。
哀愁 | Comments(4) | Trackbacks(-)

今週は・・・

週末がちかづいてくると、釣りのことを考える。しかし、今週もやめておこうか・・・

地震がどうとか言うこととは関係無く、なんとなく気が乗らないのである。

不思議なもので、しょっちゅう釣りに行っている時は、習慣のような感じになるのだが、少し間があくと、面倒になってくる。

ただ、釣りに行かないとズボンがきつくなる。

ダイエットのためにも、やはり何かを釣りに行くことにするか・・・

ごっそり釣れるような釣りは無いかしら・・・
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すべてが予想外

今日は午後から買い物に出たついでに、無線LAN用のルーターを買うために近所の電気店へ寄ってきた。

そこで驚いたのが、これ・・・

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乾電池、携帯ラジオ、懐中電灯、カセットコンロのボンベ等がすべて売り切れ!

どうして大阪で!?

実は電池などについてはすでに聞いていたが、ここまでとは・・・

確かに、こういう時に買っておかないと忘れてしまうと言うことはあるかもしれない。しかし・・・

まあ、実際これだけの地震と津波は誰にも予想できなかったのだろう。間違いなく私の人生(たかだか40数年だが)で最大の事件だろう。

今回の津波で飲み込まれた中には、かなりの対策をしてきた地域も含まれていたようだ。
哀愁 | Comments(6) | Trackbacks(-)

未来少年コナン

子供の頃に見なかったが気になっていたアニメがいくつかあり、スカパーでやっているもので気づいたものはなるべく見るようにしている。「あしたのジョー」などその1つで、一昨年だったかスカパーの連続放送で見て興奮した。

そして今月から見始めたのが「未来少年コナン」である。

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小原乃梨子、信沢三恵子 他

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最初の宮崎アニメと言って良いのかな?後の作品と共通する部分がちらほら目に付く。

今見ると非常に面白い。しかし、子供の頃にはそうは思わなかった(と言うか見たいと思わなかった)。

放送当時は私は10才くらいだったので、アニメ(TVマンガと言っていた)をよく見ていた頃だが、未来少年コナンは見なかった。

その後に再放送などでちらっと目にすることはあっても、そこでも見ようと言う気にはならなかった。

理由ははっきりしていて、絵柄やストーリーが子供っぽいと感じられたためである。自分は子供だったのに(笑)。
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矛盾・・・

言っていることとやっていることが違うと言われそうだが・・・

この週末、月曜も休みで連休だが、釣りには行かない。

正直、とてもそういう気になれない。

地震のニュースばかり見て、気持ち悪くなって体調もイマイチである(と言うか、単に寒さがぶりかえしたせいだろうとは思うが)。

実際、地震関係のニュースは人より見ていないほうだとは思う。しかし、想像以上だったもので、さすがに無神経な私でも、時間が経つにつれてだんだんと深刻になってきた。

私でもそうなのだから、普通の人はカップラーメンを買い占めたりするのかもしれない。しかし、大阪でそれをやっても無意味だと思う。すぐに商品でいっぱいになるに決まっている。そう言うとYUKAに怒られる。どうも私のものの言い方は人を見下しているように思われるのか!?

でも、あるあるを見て納豆を買いに走るような行動を繰り返す人たちを見下すなと言われても、困ってしまう。

いや、見下しているのではなくて、恐ろしく思っているのである。明らかに私みたいなのは少数の側で、民主主義は少数者を排除するシステムだから、あいつ偉そうなこといいやがってと集団リンチにあうのは私みたいな人間なのである。

身近な人にすら理解してもらえないと言うのは辛いものがあるが、まあしょうがないのだろう。今にはじまった事でも無いし・・・
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涙の理由

私は本当にひねくれたところがあって、人の涙と言うやつをあまり信用していない。それは、私の幼児体験によるところが大きい。

幼児というか、子供の頃の体験と言うか・・・

まず、私はとても泣き虫だった。よく泣いていた。小学生の頃までは。しかし、男が泣くのは親が死んだ時だけと教えられていたので、人前で泣くのは恥という感覚もあった。

だから、必死で涙をこらえるが、「お前泣いているんじゃないの!?」と指摘されると、恥ずかしさが倍増してわーわー泣いたりなど。

悔しくては泣き、恥ずかしくては泣き、腹が立っては泣き、怖くては泣き・・・まあ自分でもなさけなかった。そんな自分がいやでしょうがなかった。

ところが、もっと信じられない人たちがいた。テレビのドラマなどを見て泣く人たちである。

私は悲しいドラマとか大嫌いだったが、そういうのを泣きながら見たがる人がこの世に多いのでいつも不思議に思っていた。

子供の頃の私は、主人公がかわいそうになったり不幸になったりとか、そういう予感があると、テレビの前から逃げていた。見るに堪えないので。

「キャンディ・キャンディ」か「エースをねらえ」か何か忘れたが、昔は主人公がいじめられたり不幸になるようなそんなアニメがとても多かったが、みんなが平気で見ているああいうアニメも、私には気の毒で見ていられなかった。

母をたずねて三千里とか、ああいうのは子供心に見るに堪えないものだった。

私にはとても耐えられなくてテレビの前から逃げてしまうが、みんなは頑張って見て泣いている・・・みんなは強いんだ、俺はなさけない・・・そう思ったりした。

しかし、違うのだ。

大人になってからわかったが、泣くと言うことは、感情の矛盾や葛藤を消化するという側面がある。

苦しみや悲しみを、泣いて発散できる、涙にはそういう機能があるのである。もちろん、いくら泣いても解消できないほどの大きな悲しみと言うのもあるが。

普通に考えて、テレビドラマを見て泣くのは、ある種の快感を伴うものなのである。すぐ泣く人が心優しいわけではない。

そういうものは、マスターベーションと変わらない、かなり恥ずかしい行為である。

そう考えるようになってから、そう簡単には泣けなくなった。するとどうなるか。高ぶった感情を無理の抑えたり、泣きたい気持ちを我慢すると、気持ち悪くなるのである。

泣いて感情を発散できないから、いつまでも気持ちがくすぶって、眠れなくなったりうなされたり、体調が悪くなったりするのである。

あっさり泣いたほうが、体に良いのは間違いない。
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日常・・・

時間が経つにつれて、大地震の被害がものすごいことになっているとわかってきた。

西日本ではあまり被害は無く、私の周辺では変わらず普通の生活をしているが、大災害で日本中が沈みきっている現状では、とても遊びに行く気にはなれないと言うのが普通の神経だろう・・・

それはその通りだろう。さすが日本人はやっぱり真面目だと思う。別に日本でなくてもそうなのかもしれないが・・・

ただ、こういうニュースもある。

未曾有の大災害で見せた日本人の冷静な対応に驚きの声―中国

日本滞在中の中国人から見て、日本人の冷静な対応その他は驚異的、マナーの良さはすばらしいとびっくりしているようだ。

この中国人が見た様子は、どこの地域かわからないが、比較的被害の少なかったところかもしれない。実際の東北地方ではどうだったかわからないが、しかし東北の人たちは忍耐強い傾向にあると思う。文句も言わず何でも我慢するタイプの人が多いとよく言われる(北海道は違うが・・・)。

22年前にもしかして仙台に住むことになっていた可能性も大いにあったので、もしそうしていたら今頃は自分がどうなっていたか、などと考えると不思議な感じがする・・・

いずれにせよ、テレビなどで被災地の衝撃的な映像や被害の大きさを知ると、とても遊んでいる場合ではないようにも思える。

では、遊びを自粛してどうするか?テレビで被害の様子を延々と放送しているが、あれをひたすら見てもしょうがないと思う。

皮肉な話だが、ああいう放送の情報が一番欲しい人たちはテレビを見ることができなくて、被害の無かった者ほどえんえんとあれを見ているわけである。

テレビの前に張り付いていてもしょうがない。

それならば、遊んだほうがマシ・・・と言うと誤解されるかもしれないが、安全が確認されて通常通りに営業しているなら、釣りにも行ったほうが良いだろうと思う。

こちらは遊びでも、店にすれば仕事である。あまり自粛しすぎては仕事にならなくなる人もいるわけである。

遊ぶだけではやましいと感じるならば、義援金なり何なり、いくらでもやることはあるだろう。

ただテレビばかり見ていて、しんみりした気分に浸ったり驚いたり、被災者が気の毒だなどと、何の被害も受けていない者どうしでそんな事を言ってみてもまったく無意味、被災者には何の助けにもならない。ただの自己満足と偽善にすぎない。

さすがにボランティアなど、下手に被災地に近付いては迷惑になる場合もあるし、しろうとにできることも限られているのだから、そう簡単にできることではない。

やはり、今は日常通りに行動するしか無いと思う。そして、いずれ義援金や物資の募集その他の案内が出てくるだろうから、その時には、自分の生活の余裕に見合った程度で何かするのが一番良いのではないかと私は思うが・・・

・・・と言う感じで、昨日釣りに行った言い訳をしている訳ではありません(爆)。

寝不足だったにもかかわらず、テレビの見過ぎか、昨夜はいやな夢ばかり見てうなされて、よく眠れなかった。
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大津波警報!

昨日は、突然にめまいがして「俺もとうとう・・・」などと思っていたら、建物が揺れているのだった。大きな被害も出たようで、何とも言い難い・・・

今日は釣りに行くつもりでいっぺん予約したが、和歌山では大津波警報も解除されないし阪和道も未だに通行止めのまま、さすがに中止にしたが、昨日の時点で特に被害は無さそうな感じだったが、その後は大丈夫だったろうか?

津波警報ではなく、津波警報であるから、びっくりした。和歌山で。

しかし、逆に、何も影響が無いのに過剰に心配して経済的損失というのもあるだろう。金よりは命のほうが大事だろうから、しょうがないかもしれないが、警戒しすぎも油断しすぎも、どっちに転んでも厄介なことには違いない。被災地が大変なのは当然のことながら、日本全体もこれからしばらくは大変だろう。

世界中で発生する地震の何と1割程度が日本列島周辺に集中している。マグニチュード6以上の大きな地震に絞ると、何と20%が日本で発生しているとのこと。さらに、世界中の活火山の7%が日本列島に集中している。世界のうちのたった0.25%の面積にすぎないこの日本に、これだけ集中している訳である。

かと言って日本列島を安全な場所へ移動させるとなど不可能であるからには、自然災害からは逃げようがない。他人事ではない。かと言って人間は無力である。有効な地震予知方法があるわけでも無し、防災に力を入れるしか無いが、完璧な対策は不可能であるし、一個人にはどうすることもできない。ならば、どうにもならない事にビクビクするより、腹をくくるしか無いだろう。

地震の被害もそうだが、地震のために消し飛んでしまったものが日本に災厄をもたらすことになるかもしれない。ダブルパンチかもしれない。

まだ寒いのに停電したりとか、かなり大変だろう。かと言って私に何ができる訳でもなく、偉そうなことは何も言えない。

だから、敢えてどうでも良い話題に・・・。

地震と言えば、いろんなデマが蔓延したりするから、そういうのにも騙されないように気をつけたほうが良いだろう。

さらに、地震にまつわる言説にも興味深いものがある。上でも少し書いてたが、地震予知に関連して、実は私も信じていたのだが、2つほど怪しげな(根拠の乏しい)言説(デマ?)がある。

「地震雲」「動物の地震予知能力」である。

いっぺん書いたが、この話は、まあ明日以降、もうちょっと落ち着いてからにしよう。

驚き・恐怖 | Comments(0) | Trackbacks(-)

今週は・・・

先週は釣りに行かなかったので、今週は行きたい・・・しかし何を!?

ここ数日はイサギが良さそうなので第一候補だが、どうも私が行くと釣れなくなるみたいなので(釣れたと思って数日後に行くと下火になっている)、まだちょっと迷っている。

ならばサバか!?

しかし、千代丸では土曜日はサバ釣りじゃないみたいだし・・・

湯浅の船でアジ・サバ狙いで出船のところもあり、釣れるサバはマサバのようだが、行ったことが無い船宿なので微妙である。

やはり仲政丸のイサギが第一候補だろうなー。

今日はGさんどうしたのか?ちょっと波がありそうだから行っていないかな!?

今日と明日の釣果を見てから決めるかどうしようか・・・

朝から仕事が手に付かない(笑)。
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経済問題

経済問題・・・難しい問題なので、簡単に答えを出すことはできないだろう。しかし最近、少しだけわかってきた気がする。気がするだけかもしれないが。

ポイントは

・グローバル化すると企業の利益と国民の利益とが一致しなくなる。
・グローバル企業はとりあえずデフレが好ましい。
・デフレで困るのは国民(労働者と中小企業など)の経済。
・デフレの時に国の借金を減らすのは困難。

結論→深刻なデフレが長年続いている日本で、今最優先の課題はデフレ脱却である。


マスコミで報道されているのは、データに基づかない単なるイメージ操作になりがちなのは、まあしょうがないところがあると思う。なので、自分で勉強するしか無い。

インターネットの時代になると、自分でいろんなデータを調べようと思えば調べることができる。とは言え、私も暇ではないから、いちいちすべてのデータを調べて考察して整理するなんてことができるはずもない。

結局のところ、いろいろ言う人がいるなかで、誰の言っていることがもっともらしそうか、で判断するしか無い。

以下、続きは少々長いでので、興味無い方はパスして下さい。

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はじめの一歩

「はじめの一歩」と書いたが、これは別に私が何かはじめようとしているという意味ではなく、アニメのタイトルである。

私はテレビをつけると、だいたいチャンネルをひんぱんに変える。朝は時計代わりに見ているところがあるので、気に入らなくてもスイッチを切れないからなおさらである。

私が朝にテレビを見る朝の時間帯は7時過ぎ?7時半くらいである。

この時間帯では、まずNHKは訳の分からない特集をやっていて気持ち悪い内容のことが多い(普通のニュースをやっていない)。みのもんたは見ると吐き気がする、ズームインはナレーターのしゃべり方が気持ち悪い、フジテレビはくだらない、おはよう朝日ですは関西ローカル色が強すぎて北海道出身の私にはきつい・・・などなど。

で、唯一の救いが、サンテレビの「アニメ枠」である。古いアニメをやっていたりする。もちろん真剣に見る訳ではないが、私にはこれが一番人畜無害に思える。

そんなきっかけで見るようになったのが「はじめの一歩」というボクシングアニメなのだ。

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今では録画してちゃんと見ている。

実はこのアニメの原作は、ずいぶん以前に職場の近くの喫茶店で読んだことがあった(途中まで)。

いじめられっ子がプロボクサーになって活躍する話なので、ある種のサクセスストーリーであるから、読んでいて楽しい。

ボクシングを扱っているからと言って、ただひたすら戦いを繰り返すだけではなく、ちゃんと人間ドラマも描かれている。

私は中学までマンガ一色、かなりの数のマンガを読んでいた(というかマンガしか読んでいなかった)が、高校くらいから急激に読まなくなった。

SF小説その他に以降したというのが大きな理由だが、他にも、流行のマンガについて行けなくなったということが多い。

当時はやっていたのは、キン肉マン、ドラゴンボール、北斗の拳、せいんとせいや・・・などなど、すべては思い出せないが、どれも最初は読んでいた。

当時の私のマンガにおける一番の好みは、ギャグとSFだった。そして、キン肉マンもドラゴンボールも、最初は普通のギャグマンガだった。北斗の拳は、核戦争後の世界を描いているという話で、最初はなんだか面白いSFになるだろうと思って期待していた。

ところが、どのマンガも、だんだんと、ひたすら戦いばかり続ける単なる格闘マンガのようになってしまって、興味を失った。そうやって、延々と戦いを続けていたほうが人気投票で上位を維持できたかららしいが、私は逆につまらないと思った。

私は昔から格闘マンガはあまり好きではなかった事に加えて、設定の面白さも感じられなくなり、人間ドラマが無いかあっても薄っぺらく感じられたためである。格闘の要素ばかりが多くなりすぎたように思えた。

格闘っぽいマンガで面白かった例外としては、弟が持っていたから読ませてもらった「プロレス・スーパースター列伝」というマンガがあったが、あれはプロレスラーの人間像を描くということで、格闘そのものがテーマではなく、プロレスラーの人間像を描く内容だったから面白かった。

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そんなことがあったので、格闘系のマンガには偏見があり、だいたいは避けて通るようになった。有名な、あしたのジョーなども「格闘が嫌い」ということで昔から一切読んだことが無かったのだが、格闘マンガのつまらなさを経験したために、大人になってからも読もうとは思わなかった。

ところが、昨年にケーブルテレビで「あしたのジョー」を全話放送しているのを見て、どうしてかわからないが(他に見るものが無かったから)一挙に見たら、それまでの偏見がふっとぶほど面白かった。

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ものすごい人間ドラマである。ボクシングは本質ではないと言っても良いほど。

巨人の星は遅ればせに高校時代に見たがこれは面白かったので、私は案外と「梶原一騎」ものが性に合っているのかもしれない。あしたのジョーの原作の高森朝雄とは梶原一騎のことである。もちろん、こちらは「ちばてつや」は単なる作画担当ではないから梶原一騎との合作と言ったほうが良いのかもしれないが・・・

それはともかく、そんな訳で、ボクシングを扱っている格闘ものだからと言って排除しなくなったこともあり、「はじめの一歩」も見るようになったという訳である。

ジョーの頃と違い、一歩は、戦後の豊かになった時代でのお話なので、当然のことながら、ボクシングをはじめる動機はまったく違っている。これは上に書いた通りである。

ボクサーどうしが妙に仲が良かったり、ラブコメ的な要素もあったりとか、ウソ臭いきれいごとの部分もあったりと、あしたのジョーと比べると、時代の変化が如実に表れているが、ともかく人間ドラマの部分にそういう違いはあっても、格闘だけではないので楽しめる。

また、格闘の部分、ボクシングの戦いのシーンなどがかなりすごい。10年くらい前のアニメのようだが、私がアニメをよく見ていたのは20年以上も昔の話であるから、あたりまえの事だが、アニメの技術の進歩というものもすごく感じた。

しかし、さすがに年をとったせいだろうが、自分でボクシングをやりたいとは思わなかったが(笑)。

と言うのも、私も案外影響されやすいのか、10年以上も前に、これまたひさしぶりにはまったマンガがありその時は自分もやってみたいという衝動を抑えきれなくなったからである。

そのマンガは「頭文字D」(イニシャルD)である。

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(1995/11/02)
しげの 秀一

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一言で言えば、車を暴走させるマンガだが、もちろん私が峠でドリフトしたりできるはずが無いので、雨降りの夜中に職場の敷地内でサイドブレーキを引いてみたりとか、ドリキンのビデオを買い集めたりなど、今から考えればかなり愚かなことをしていた(笑)。

土屋圭市ドリフト秘伝(テクニック)―百発百中の攻め方、曲げ方、決め方- (レッドバッジシリーズ (168))土屋圭市ドリフト秘伝(テクニック)―百発百中の攻め方、曲げ方、決め方- (レッドバッジシリーズ (168))
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しかし、この年になると、そこまで何かに夢中になることも無いのかもしれない。まあ、釣りにはそれなりに一生懸命だから、体を使ったりリスクを冒したりすることはやらなくなったということなのだろう。

話が訳のわからない展開になってきたので、もうやめておこう・・・
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これがゴママサバ!?

数日前にスーパーで見かけたサバだが・・・

110306saba.jpg

表示を見ると、どちらもマサバと書いてある。しかし、下のほうはゴマサバでは!?大きな横に一列の斑点は無いが、腹のほうに小さな斑点が出ている。微妙である。

いや、もしかして、これがここで書いた「マサバとゴマサバのあいのこ」ではないだろうか・・・と言っても、そちらの写真とも模様が違う。

それとも、単に紛れ込んでいたゴマサバを間違えて出しただけなのか、マサバでも死ぬと腹のほうに細かな斑点が出るものもいるのか、果たしてどうなのか・・・




この前の週末は釣りに行かなかった。土曜日には宴会があったので。

110305syabusyabu.jpg

かごの屋というところで、しゃぶしゃぶのバイキングを・・・しゃぶしゃぶ以外にもいろんな副菜もすべて食べ放題である。食い過ぎた・・・

日曜日は家で読書を・・・それから、車を車検に出しに行ってきた。

ただ今、代車にて生活中。

110306axela.jpg

走行距離が約9万キロのアクセラだが、あちこちから変な音がする。

木曜までこの車とつきあわねばならない。
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刷り込み

みんなが何となくそうだろうと信じているが、実は根拠が無かったり間違っていたりという話は、よくあることだろう。

例えば、ゼラチンは動物由来、寒天は植物(海草)由来。だから寒天のほうが体に良いとか・・・

◎◎は天然由来の成分だから化学合成された××より無害であるとか・・・

私は、そういう話を聞くたびに、「どうして植物のほうが良いの?」とか「天然はどうして人工より良いの?」とか「体に良いとは具体的にどういうこと?」などと聞いてみることにしている。別に意地悪で聞いている訳ではなく、本当にそれが知りたいからである。

しかし、残念ながらまともな答えを聞いたことが無い。

例えば、昔はバターよりマーガリンのほうが体に良いと言われていた。その根拠は、マーガリンは植物性だからという理由。

私の母などもそう言っていたのをはっきり覚えている。どうしてかと聞いたところ、植物は優しいからという意味不明な理由を説明され、親の言うことは信用できないなと思ったものである。

それからは、母が体に良いから食べろと言ってすすめたものを、ことごとく拒否するようになった(笑)。

それはともかく、現在ではマーガリンに多く含まれるトランス脂肪酸が健康被害を与えることはみなさんご存じの通りである。

ただ、これにしても、少量の摂取ならほとんど問題ないと思われる。

では、マーガリンは例外で、他の件に関しては、植物由来なら体に良い傾向があると言えるか?

これもノーである。

人間が食える植物というのはかなり少ないし、毒を持っているもののほうがたぶん多いだろう。

たとえば、山中で隔離されて食い物が無くなった時に動物を食うか植物を食うか。動物を食ったほうが安全という話を聞いたことがある。

もちろん、動物も生で食えば寄生虫や感染症その他で危険かもしれないが、煮たり焼いたりできればたいていは安全である。

しかし、植物には似ても焼いても有毒なものが結構あるそうだ。食える植物を探すのには特別な知識が必要である。

一般に植物には毒が多い。もちろんマーガリンは毒ではないので、これは一般論の話だが、植物というのは動けないから逃げられない。そのぶん、さまざまな化学物質を出して身を守る必要がある。

栽培されている野菜などは別と思うかもしれないが、無農薬で育てた野菜は自らの身を守るために農薬のような物質を自分で合成する能力が発揮されるらしい。だから、単純に無農薬のほうが良いとは言えないという話すら聞いたことがある。

虫食いの野菜は、虫に食われたということによって、防御反応がひきおこされ、自分で農薬様物質を作り出す。だから「少々の虫食いは無農薬の証拠」と言って喜ぶのは愚かなことだと書いてある本を読んだことがある。

これが本当なのかどうなのか、オリジナルのソースを見ていないので断言はしないが、ありそうなことかもしれない。

要するに、植物由来かどうかよりも、どれくらい摂取するかということのほうが大事なわけである。

天然か人工かという話でも同じである。天然由来だからと言って、にがりを必要以上に摂取したり、木酢液を何にでもどぼどぼふりまけば、それなりの健康被害が出るだろう。天然だから大丈夫と決めつけることのほうが危険である。

で、何が言いたいかと言うと、ではどうしてみんな何となくそう思っているのか!?という話である。

たしかに、トランス脂肪酸のことは当時はわからなかったから、しょうがないと言えばそうなのかもしれない。

合成された化学物質への不信感を強めるような話を聞けば、合成より天然のほうが良いと単純に思いがちなのかもしれない。

人は、理由がわからない状態というのがたぶん気持ち悪いのだろう。だから、とりあえずもっともらしそうに思える説に飛びついて安心したいのかもしれない。

だからこういう事ってよくあるのかもしれない。

私がもっと心配なのは、同じように政治や経済にたいしてみんなが何となく「そうだろうな」と思っていることが果たして本当に正しいのかどうか、ちゃんと検証されているのか、という話である。

そういう、「何となくそうだろうな」と言う程度の根拠にもとづいて政治が動いてきた(私にはそう見える)とすれば、この国の政治がさっぱりよくならないもの当たり前のように思える。

この日本社会も、国民の政治意識のレベルで言えば、中世ヨーロッパ並なのではないだろうか・・・

と言うより、最近では地方議会でよく見られる「パンとサーカス」の政治は、古代ローマに逆戻りしているようにしか思えない。

歴史は繰り返す・・・これが唯一残された真実なのかもしれない。
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アガーって何!?

私とYUKAのアガー論争について、アガーを調べれば調べるほど訳分からなくなったので、一旦アップしたものを取り消したりしたが・・・まだよくわからない部分があるので、そこは推論を書くことでごまかした。



食事中にゼラチンと寒天の違いについての話題になった。ゼラチンと寒天は明らかに違う(書くと長くなるのでこれは省略)。ところがYUKAはそれだけではなく、寒天に似たものにアガーというのがあると言い出した。

私の知識では「寒天=アガー」である。寒天を英語で言うとアガー、agarを日本語で言うと寒天である。辞書にそう書いてある。だから、思わず吹き出したが、話はそう簡単ではなかった。

同席した人の中で何人もが、「寒天とアガーは別物」と言うのである。料理している人たちの間では、寒天とアガーでは明らかに物理化学的な性質が違う別の物質という認識らしい。

物理化学的な性質という言葉は使っていないが、ようするに、「扱いやすさ」が違うから別物だと言って譲らない。「扱いやすさ」って何だよ!?とか思いながら、では・・・ということで、またしてもネットで調べてみると・・・

このサイトを読んで、だいたいのことはわかった。



材料溶解温度凝固温度凝固後の溶解温度
寒天海草
(テングサ・オゴノリ)
90℃以上40?50℃70℃以上
アガー海草の抽出物
(カラギーナン)
90℃以上常温60℃以上









確かに「固まる温度や解ける温度」などに違いがあるようだ。その理由は、由来(原料)が違うということである。

海草そのものを材料としているのが寒天、海草から抽出したカラギーナンという成分を使っているのがアガーと言うようである。つまり、寒天とは海草を加工したもの、アガーとはカラギーナンと言うゲル化剤のこと。

寒天とアガーの関係は、ハチミツと砂糖の関係と似ている。

ハチミツは蜂の巣から取ったもの。不純物を濾過する程度のごく簡単な加工品と言うかほとんど原料そのままである。甘み以外にもいろいろな成分が多く含まれている。

一方、砂糖はサトウキビなどから汁を取り出してそれから精製されたもので余計な成分はほとんど含まれない。


ちなみに、寒天にはカラギーナンは含まれておらず、代わりにそれとよく似たアガロースというものがゲル化成分の1つとして含まれている。寒天=アガー、アガーに含まれる分子だからアガロースという訳である。

「寒天」と「アガーと呼ばれているもの」とはやはり別物であることがはっきりわかった。さらに、カラギーナンとアガロースとは、似てはいるが別物なので、それをアガーと言うのは、やはり<b>かなりおかしい</b>。

(結論1) 寒天とは、海草をごく簡単に加工しただけの食材の一種。

(結論2) 「アガー」とは、カラギーナンを主成分とするゲル化剤のこと。

なので、本当はアガーと言わずにカラギーナンと言うべきではないか!?

どうしてそう言わないか推理してみよう。以下は私の勝手な憶測なので、はずれているかもしれない。

(仮説その1)
カラギーナンよりアガーのほうが言いやすい(覚えやすい)。

(仮説その2)
カラギーナンは動物実験での発ガン性が知られたため、あえてその名を前面に出したくないと考えたから。(その語、人間にはたぶん無害だろうと言う話になっているので、おそらくは心配無用)

(仮説その3)
カラギーナンは抽出物なので(
食品添加の扱い)、他の成分と組み合わせて商品化できる。アガーと呼ばれているものがカラギーナンだけを成分としているとは限らない。豆由来のゲル化成分や人工のゲル化剤などと組み合わせたものを作ることもできる。・・・ここまでは事実

ここからは推測・・・それを商品化する際に付けられた商品名がたまたま、◎◎アガーという名前だったために、その後は一般化したのかもしれない。



と、この推測が正しいかどうかは別にして、「アガー」と呼ばれているものが何か、なんとなくわかったような気がするが・・・

要するに私が思っていた「寒天=アガー」というのは間違いではないし、YUKAが言っていた「寒天ではないアガーがある」というのも事実だった。

ということは、私もYUKAもどちらも間違っていた訳ではないが、どちらも知らない部分があったということで、この論争は引き分けとなった。

ドラミの耳の件にひきつづき、またしても「おあいこ」になったということである。

ただし、カラギーナンを主成分とするゲル化剤のことをアガーと呼ぶのは、やはり間違っていると思う。これも和製用法の一種なのではないだろうか。
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ドラミミ

YUKAより私のほうが、ドラえもんについては詳しい。

ドラえもんがどうしてネズミを怖がるのかと聞かれたので「ネズミに耳をかじられて無くなってしまったから、それがトラウマになってネズミを怖がるようになった」と説明した。

これは、たぶんあっているだろう。

そこで、「え!?耳があったの!?」という事になった。

当然のことながら「ドラえもんはネコ型ロボットなので、もともとは耳があった」と説明した。さらにその後に「だから妹のドラミには耳がある」と追加したら、YUKAから反論が出た。

「ドラミには耳は無い。あれはリボンだ」

とのこと。

え!?そうだっけ?

確かめようと思ったところ、目の前の新聞の番組欄の下にでかでかとドラえもんの映画の広告が出ていて、そこにドラミの絵もあった。それを見ると、耳の位置にリボンのようなものがついていた。確かにネコの耳の形ではない。

110305image.jpg

この写真では耳のように見えなくもないが、新聞にのっていた絵では、もっと丸かった。そもそも、後ろから見るとリボンになっているとのことである。そうだっけ!?

うーむ、しかし、ドラえもんの妹なら同じネコ型ロボットのはず(ロボットで兄妹ってどういう事!?という疑問はとりあえず無視)。ならば耳がなければおかしいのではないか!?

最近は、wikipediaという便利なものがある。さっそく調べてみると、のっていた。

「後頭部には、耳のように見える形でリボンがつけられている。このリボンは「リボン型集音装置」と呼ばれて耳の役割を果たす」

・・・要するに、リボンの形をした耳ということだろう!?なぜそんなややこしい事を!?

その説明ものっていた。

「ドラミが造られたのは、耳を失ったドラえもんの悲しみを癒すためだったが、『耳のあるヤツに僕の悲しさが分かるか!』とドラえもんがスネないようリボン型の耳に交換されたのだという」

ということだそうな。なんともややこしい・・・

いずれにせよ、私もドラえもんのことはそんなに詳しくないのだとわかった。

子供の頃に熱心に読んでいたが、中学生くらいからまったく読まなくなった。

私の場合、マンガ・アニメ等に関して、小さい頃に夢中になっていたもので、その後もまた見たいと思うものと、まったく関心がわかないものと2種類ある。

ドラえもんとかパーマン、オバQなどは見たいとは思わない。

ところが、先日、違法動画ではあるが、天才バカボンをちらっと見たら、ものすごい面白かった。笑えるだけでなく哲学的でもあるし、社会風刺的でもある。レンタルして来てまとめて見たいくらいだが、YUKAはやめてくれと言う。

好きだったアニメが比較的共通している私とYUKAだが、天才バカボンに関しては大きく趣味が別れるようである。

110305bakabonimage.jpg

考えてみれば、小さい頃にはノートに落書きするのが好きで、最初にいっしょうけんめい書た絵はバカボンのおやじの顔だったと思う。

バカボンはその後にリメイクされた作品がたくさんあるようだが(平成天才バカボン、レレレの天才バカボン)、私にとってバカボンは、「天才バカボン」と「元祖天才バカボン」までである。

ルパンもそうなのだが、主役の声優が変わるとやっぱり別物になってしまう。声が変わると人格(キャラクター)まで変わってしまったように感じる。

それがモノマネならが、変わったというより劣化したという感じしかしないのである。だからルパン(の新作)はもう見る気がしない。

名曲です。

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集中力テスト

最近読んだ本の中で面白い実験結果が示されていた。しかし、なかなか信じがたいものもあるが・・・

以下の映像は、白いシャツを着た人と黒いシャツを着た人が3人ずつ登場し、同じ色のシャツどうしてバスケットボールをパスしあっている短い動画である。

人間の集中力をテストするために、この動画で「白いシャツが出すパスの回数」を数えてもらう実験をした。

さて、みなさん、白いシャツを着た人どうしのパスの回数を数えられるでしょうか!?

先入観無しにやってみてください・・・



では、その意味するところは↓で・・・

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ジンクスの形成

人間の「思いこみ」がどういったメカニズムで形成されるのか、実に興味があるところである。

日本では血液型性格診断という根拠無いものを信じている人が多い。が、しかしこれは実害が少ない。世界的にはホメオパシーという代替医療がものすごい勢いで未だに衰えていないが、こちらは血液型占いどころの話ではない。ほとんど荒唐無稽としか思えないようなものが、国によっては普通の医療行為として行われている。

一体どうしてこういうことになるのか、不思議でしょうがないので、最近は暇な時に色々調べたりかじったりしている。

ちょっと前には「効果を実感した人がいる」ということは「効果の証明にはならない」ことについて書いた。

そして昨日はそれと直接関係があるかどうかわからないが、「単なる相関関係」を「因果関係」と勘違いしてしまう間違いについて書いた。

では、この間違いからどういうものが発生しうるかというと、自分にあてはめてみると、「ジンクスの形成」がそれにあたるのではないかと思われた。

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カンニングに関する長めの考察と雑談

日本人の発想というのは基本的に性善説なんだろうなと思う。今回のカンニングへの対応を見ていて、お偉いさんらのコメントを聞いて、本当にそう思った。

と同時に、日本はもちろん人治国家ではないが、「法治国家」と言うより「マスコミ治国家」であるなということも感じた。
読書・勉強 | Comments(4) | Trackbacks(-)

西京焼きは最強!

西京焼きは最強・・・ありがちなダジャレで恥ずかしいところだが(汗)、先週に釣ってきたサゴシで西京焼きを作ってみた。

110301saikyou1.jpg

そろそろ食べ頃かと思い、昨晩に食べてみた。

110301saikyou2.jpg

ちょっと焦げたが・・・とにかくうまーい!美味しい。

残りは真空パックして冷凍保存した。

西京漬けは味噌漬けの一種で、白味噌(西京味噌)で作るからそう言うのだろうが、これをやって美味しい魚とそうでないのとある。

サワラというかサゴシだったが、十分に、いや、十分以上に美味しかった。サワラはどう見ても青物のなりをしているが、身はかなり白身魚に似たところがある。不思議な魚である。

それにしても、先週のサゴシ釣り、思ったほどは釣れなかったので、ちょっと騙された!?ように思ってしまったが、みやげは十分に釣れたので、まだ良かったのかもしれない。

その後は釣果がまったく出ていないので、おそらくかなり悲惨なものだったと思われる。

かなり狭い湾内だったから、おおかた釣られて数が減ってしまったのではないだろうか?また新しい群が入ってきたら釣れるようになるのかもしれないが・・・

ともかく、まあまあ釣れて良かった。サワラではなくサゴシサイズで、脂の乗りも、1匹太かったやつを除くと、まあそこそこという程度だが、この西京焼きも、そして先日に作った幽庵焼きも、かなり美味しかった。

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この時期にまたたくさん釣れることがあるようなら、その時はまた考えてみたいと思う。

ちなみに、サゴシなんて言っていることから当然だが、サワラも出世魚である。しかし、呼び方はいろいろあるようだ。

wikipediaによれば、60センチ以上をサワラ、それ以下の若魚を関東ではサゴチ、西日本ではサゴシと呼ぶらしい。

ところが、高知県ではまたちょっと違って、小型魚をゴシ、シマウマ。1キロ以下をサゴシ。50センチ?70センチほどをヤナギ、成魚をサワラと言うようである。

ややこしいが、一応60センチ以上をサワラと言って良いなら先日釣ったものはギリギリ「サワラ」と呼べるサイズが結構混じっていたかもしれない。70センチ以上となるとかなり少ない、1キロ以上でもかなり少なかったと思われる。

しかし、頭としっぽを落として持ち帰ったので、ちゃんと長さは測れていない。
料理 | Comments(2) | Trackbacks(-)

因果関係

2つの出来事に何らかの関係がある時、どちらかが原因でどちらかが結果であると言えるか!?

必ずしもそうではない。例えば・・・

知らない道より、よく知っている道で事故を起こす回数の方がずっと多い。

という事実があったとする。この場合、

だから、知っている道を走るほうが危ない。」

と言う結論を導き出せるか!?

答えは×

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さかな街

先日、敦賀まで釣りに行った帰りに「日本海さかな街」に寄ってみた。写真は撮らなかったので、HPから拝借・・・

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今まで、敦賀には5?6回は足をはこんでいたものの、寄ることができなかった。と言うのも、イカ釣りは夜釣りなので、敦賀に着いた時には夕方で帰りは早朝だから営業時間とかみあわなかった。

ぶらぶら歩いてみたが、平日ということもありかなり空いていた。結構安いと思ったものもあったが(開きホッケなど)、カニはかなり高く、観光地価格という感じだった。

ここで昼飯を食べたが、海鮮丼の店ばかりのように思ったが、ホームページを見ると他にもいろいろあったようで、次回は別の店によるか、はたまた、寄らずにさっさと帰るか・・・。

釣りの後だとクーラーに魚が入っているので、魚介類が買いにくい。焼きサバにちょっと興味があったが、今回はサゴシ釣りだったので、少し系統が似ているからやめた。あと、若狭のサバもほとんどがノルウェー産と聞いたことがあるが、本当かどうかわからないが、だったらここで買わなくても・・・という気もしたので。

実は、貝類ならちょっと買いたいと思っていたのだが(カニも安ければ買ったが・・・)、牡蠣でもあればと思ったが、良いのが無かった。もうちょっと早い時期ならあったのかもしれない。

しかし、次に行くのはたぶんムギイカ釣りになるような気がするから、牡蠣など無いだろうし、そもそもまた営業時間とずれるために、たぶん寄ることすらできないだろう。
おでかけ | Comments(2) | Trackbacks(-)

不思議だらけ

人生、40年以上も生きてくると、不思議な、というか理屈では納得できないことに多くぶちあたる。

私にとって一番大きな謎は、どうして間違っていることを大多数の人が信じてしまうのか、と言うことである。

結論から言えば、どの分野のどの本を読んでも、結局はマスコミの問題ということのようだが・・・

第1の原因はマスコミだとしても、この現象と言うか、デマが蔓延する理由とそのメカニズムというのは、それなりの研究テーマになっていることもあるようだ。

政治に関しては結論がわかりにくいしイデオロギーとのからみもあって一筋縄では行かないので、テーマを科学にしぼって考えると少し話がしやすい。

例えば、血液型性格診断・・・これはニセ科学の一種で、控えめに言っても、科学的根拠は無い、ABO式血液型によって統計的に意味があるほど性格に差がないことはほぼ証明されているにもかかわらず、多くの人が、程度に差はあるものの、どこか信じている。

ちなみに、心理学の分野では、血液型性格診断が立派な研究テーマになっているらしい。

この占いは人とのコミュニケーションを取る道具として便利ということもあって蔓延していると思われる。心理学者の研究によると、この占いを信じる傾向が強い人ほど、社交的な人が多いという研究もあるらしい。みんなが信じていることをいちいち疑ってかかるのは、私みたいにKYなタイプの人間ということのようである(笑)。

この他にも、心理学で血液型が研究テーマにされるのは、「血液型と性格に関連があるかどうか」ではなく、「血液型性格診断という間違いをどうして多くの人々が信じているのか」ということになっているらしい。上の研究もその一環である。

もちろん、多くの人が信じていると言っても、世界的に見れば、この占いを信じているのは日本人と韓国人くらいのようだが、それも当然で、日本と韓国は、4つの血液型の分布がわりと均一に近い。


A型、B型、0型、AB型の割合がそれなりにバラけているから占いが成り立つという背景もある。アジア以外の国ではB型とAB型の割合が少なすぎて占いがやりにくい。

アメリカ先住民などほとんどO型だし、ペルー人など100%がO型らしいので、そういう国というか人の集団では、そもそも占いが成り立たない。


その他、多くの人が信じているが間違っているものとして、調べてみると色々あって面白い。

最近読んだ本で、比較的はっきり結論が出ているものとして以下のものが書かれていた。

サブリミナル効果
モーツアルト効果
脳トレ
自己啓発

最後の「自己啓発」はちょっとわかりにくいが、何かをすることによって自分の潜在能力が引き出される・・・とか言うたぐいのものである。

じつは、この4つはすべて人間の脳とかかわった話である。これらが信じられるようになった背景には、脳に関する共通の誤解があるのではないかと思われる。

その誤解とは「人間の脳は10%しか使われていない」というものである。誰もがどこかで聞いたことありそうなフレーズである。

人間の脳はほとんど使われていない、だから何らかの方法でトレーニングをすれば、潜在能力が引き出されてすごいパワーが現れるのではないか・・・

ついついそう考えてしまいたくなる。私もそんなことを思っていた昔もあった。

しかし、そもそも「人間の脳は10%しか使われていない」という説は大ウソである。人間の脳はほとんど使われている。間違った前提からものを言っても無意味である。

脳細胞には神経細胞(ニューロン)とグリア細胞と2種類ある。昔は、このグリア細胞が「使われていない細胞」と誤解されていたようである。

wikipediaより
「人間は脳の1割ほどしか有効に使っていない」という俗説があるが、これはグリア細胞の機能がよくわかっていなかった時代に、働いている細胞は神経細胞だけという思い込みから広まったものと言われる。最近では脳の大部分は有効的に活用されており、脳の一部分が破損など何らかの機能的障害となる要因が発生した場合にあまり使われてない部分は代替的または補助的に活用されている可能性があると考えられている。



もちろん、100%が使われている訳ではないが、あまり使われていない部分も、何かあった時のバックアップ用というくらいである。

ちなみに、グリア細胞というのは神経細胞を保護したり栄養を出したり脳の中を掃除したりするような働きをしている。この細胞も脳の中で立派に仕事している。

上に上げた4つの項目のうち、サブリミナル効果についてはまだ完全に否定できるかどうか私にはわからないが、他の3つはほぼ否定されたと言って良いように思う。

モーツアルト効果とはモーツアルトを聴くと頭が良くなるという話で、これは最初の実験だけ大きく取り上げられたが、その後は綿密に調査され。多くの追試から否定されている。

脳トレも、あれで鍛えられるのは脳トレのゲームの能力だけであり、あれをやったからボケの予防になるような事は無いようだ。

でも脳トレを開発した学者は、あれがボケ防止になるとか、あれで脳が鍛えられるとまでは言っていない。売る側やメディアが勝手に拡大解釈して話をふくらませて商売しているだけの話である。

やはり、現代の多くの問題はメディアの問題と言えそうだ。
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