明日は日本海
大好きな根魚を、それこそ根絶やしにするくらい、根こそぎに釣るつもり、というのはもちろん冗談だけれども、50センチくらいのアコウが2−3匹、30センチオーバーのガシラが数匹、普通サイズのガシラが十数匹も釣れたらバンザイなのだが・・・
シロソイとか沖メバルでもたくさん釣れるなら良いけれど、ポイントは別なのかな!?
ところで日本海と言えば某国だが、こんなニュースがあった。
北朝鮮、黄海上でミサイル発射…韓国で報道
どうかミサイルが飛んできませんように!
(業務連絡)「Kま」さんより入電、どうにか仕事の段取りもついて大丈夫とのことです。予定時刻に予定集合場所に来られるとのこと。
まあ、はじめてなので、爆釣は無理でも、そこそこ釣れて楽しめたら良いなー。ひさしぶりに道中4人連れという感じで、運転の負担もラクチン、サイフの負担も軽々、わいわいガヤガヤあーでもないこーでもないと楽しめそうな感じ。
とりあえず仕事のピーク第一弾が越えたので(あとは6月下旬〜7月上旬が最大の山場)、今週、来週と天気さえ良ければ船釣りを堪能しまくろう作戦である。
美味いのか!?
届いた翌日に母から電話があり、「今回の鯛はいつもより美味しかった」と言っていた。
まだ鯛の美味しい時期なのだろうか?そろそろ産卵も終わって痩せている時期のような気もするが、養殖の鯛だから痩せて脂が抜けたくらいが美味しいのだろうか?
それとも、やはり、みなさんが言うように、光栄丸ではイカダに船を横付けしてすぐしめて、そのあと氷につけて桟橋まで運んでくれるからだろうか?
やはりこの二つは大きいように思う。皆さん、氷締めだけを言われるが、以前にKさんが正徳丸で指摘されたように、船のカンコに魚を詰め込まずにしめるのも大きいと思う。
狭い船のカンコの中に押し込まれて港まで運ばれるうちに、かなり魚は弱ってしまうのだろう。
光栄丸ではそれも無いし、その上、氷締めもしてくれるのだから、数段良い状態になるのかもしれない。
ただ、実は今回、私自身はそんなに違いがわからなかったのだが、何の先入観も無い、何も知らない母がいつもより美味しかったと言っていたので、こう思った次第。
夏などは他の釣り堀よりももっと魚の味に大きな差が出ることだろう。
いろいろな釣り堀がそれぞれの特色を持ってやるのは良いことだと思う。どこでも同じ均一サービスとか、ひたすら価格競争・放流量競走みたいなことをやるよりも、こうした、規模の大きな釣り堀では真似の出来ないサービスをすることによって、一定のお客さんを集めるというのも、なかなか賢いやりかただと思う。
研究紹介
私自身、新聞に載るような研究ができる見込みは100%なくなったので、他の人がやっているのを別の用途でフォローしておこうという目論見。別の用途とは何か。それはナイショである。
今日は、魚がらみで二題!
まあ、私は魚が好きなので、心筋梗塞にはなりにくかったらラッキーかもしれません。しかし、長生きしたいがために、好きでもない食い物を無理して食うというのはどうなのでしょうか?心筋梗塞防止、やっぱり魚や野菜 阪大などが国内調査
2008年05月27日19時56分
魚や野菜、豆類を多く食べる人は心筋梗塞(こうそく)になりにくい――。大阪大の磯博康教授(公衆衛生学)や国立がんセンターの研究チームが約4万人を対象にした調査でこんな結果を明らかにした。欧米でもほぼ同様の研究結果が報告されているが、国内の大規模調査で確認したのは初めて。
研究チームは、岩手、秋田、長野、沖縄の4県で90年と95年に実施された生活習慣のアンケートをもとに、40〜59歳の男女約4万人の葉酸、ビタミンB6、ビタミンB12の1日あたりの摂取量を推計。それぞれ摂取量別に5グループに分け、11年間にわたって追跡した。調査中、251人が心臓病を患った。
それぞれ摂取量が多いほど心臓病の危険性が減っていく傾向が確認された。摂取量が最少のグループを基準にすると、ビタミンB6では最も摂取量の多いグループの危険性は52%、ビタミンB12でも53%に減っていた。
葉酸は野菜や緑茶など、ビタミンB6は魚やレバー、豆類など、ビタミンB12は魚などに多く含まれている。日本人は一般に、葉酸やビタミンB12に比べ、ビタミンB6の摂取量が少ない。研究チームは「ビタミンB6を多く含む食品を積極的に食べることが予防につながる」としている。
葉酸、ビタミンB6、ビタミンB12が欠乏すると、動脈硬化などを誘発するとされる物質「ホモシステイン」が血中で増えることが知られる。磯教授は「摂取量が多いことで、ホモシステインの生成が抑えられているのではないか」と指摘している。(木村俊介)
こういう発想をつきつめて行けば、将来、「一切の有害物質を含まず健康に生きるための成分だけをすべて含んだ人工の食品を作って、それだけを食べて生きると長生きできる」という考え方が出てくるかもしれませんが、そんなこと、望む人間が果たしているでしょうかね?
シャケに生まれなくて本当に良かったと思います。サケ、命がけ産卵? 6〜7秒心臓停止、北大院生ら確認
2008年05月18日09時36分
サケは産卵の瞬間、心臓を止めている――。北海道標津(しべつ)町の標津サーモン科学館で実施された北海道大学大学院生らによる実験で、14匹のシロザケから、こんなデータが得られた。今年9月に米国で開かれるシンポジウムで発表される見通しだ。
産卵行動中のシロザケのペア。口を開けた直後に心停止が始まる=北海道標津町の標津サーモン科学館、牧口祐也さん提供
シロザケの産卵の瞬間の心電図(上がオス、下がメス)。波形がないところが心停止状態を示している
サケの心停止現象については83年に論文が発表されているが、この時は1ペアだけのデータだった。今回はこの論文を裏付け、心停止がシロザケ全体の生理現象であることを証明したとみられている。
同大大学院の環境科学院博士課程の牧口祐也さんと、同科学館学芸員の市村政樹さんらの共同研究。産卵期の昨年11月、科学館に隣接する標津川とつながる魚道水槽で実験した。根室海峡から遡上(そじょう)してきた20匹に麻酔をかけ、心臓付近に電極、背中に心拍を記録する小型記録計を装着。水槽に戻し、動画カメラで撮影して産卵の様子を見守った。
オス5匹、メス9匹のデータがとれ、心電図と動画を分析。シロザケの心拍は通常毎分80〜90回とされるが、メスが産卵し、オスが精子をかける時に、いずれも6〜7秒間、心停止していた。牧口さんは「10拍分は止まっている。心停止は産卵時だけだった」と話している。
83年の論文をまとめた広島大学大学院生物圏科学研究科の植松一眞教授(魚類生理学)は「サケはタイやヒラメなどとは違い、泳ぐための筋肉を使い産卵する。その瞬間は全身の毛細血管が押しつぶされるくらいの状態だ。血圧を下げるために心停止するのではないか」と話している。(神村正史)
ひどいもんですねえ
みんな好き勝手な子供みたいなことばっかり書いて、釣り堀屋さんも、丁寧に応対して、すごいなあと思います。
釣り堀での客のマナーを指摘する書き込みがありますが、そういう自分の書き込みもマナーを意識しているとは到底思えない内容のものもありますね。
人のマナーをどうこう言うまえに、自分のマナーはどうなのか、掲示板へのコメントだってマナーがあるだろうと。
まあ、書き込みがあるだけ良いかもしれませんね。私のブログなど一部の勇気あるマニアな方を除いてコメントがあまり来ないので寂しい限りですが、多すぎても大変でしょうから難しいところですね。
○○を教えて下さいとかのメールは前から時々来たりしていたのですが、教えるとたいがいそれっきりですし。
まあ、こんなのが来ても困るし、『<ストーカー>「会いたい」 女性のブログに300回書き込み 容疑の男を逮捕』、レスしなくてすむぶん、好き勝手なことを書く時間にまわせて、それが良いのかもしれない。
いつもコメント下さる数少ない「勇気あるマニアの皆様」、誠にありがとうございます。
何がメタボだ!
脂肪が多いという状態だけでは、余程のことが無い限りは病的とは言えないはずなのに、シンドローム(症候群)などと言っている。ようするに少々でも太っているのは病気だと言っている。
多くのサラリーマンが運動不足になりがちな職業形態で仕事をせずにいられない環境にあり、また世を見渡せば、食い物にあふれ、常に食欲を刺激されるような情報が氾濫している状況にあって、その状況を変えようとすることなく、ひたすら個人の努力だけを求める、尻を叩くようなことをされて、私は不愉快でしょうがない。
人々の欲望を刺激し、それを煽るような情報が氾濫しすぎている。その結果、欲望を暴走させた人間が出たら、それはすべて暴走させた個人の責任ということになる。それはそうかもしれないが、なにかおかしい。
ギャル曽根なんか見てると、正直、殺意に近いものを感じる。あんなのをテレビに出すなと言いたい。
そういものを野放しにしておいて、ウエストが少々太いだけの人間を病人扱いして、尻を叩き、個人にすべての責任を還元しようとして、そんなことばっかりするというのは、納得行かない。
腹筋が割れている!
それで、すぐ裸になりたがるお笑い芸人(庄司とか何とか)が、北海道の観光地で観光客とジャンケンするというのをやっていた。
そして、最後に「大物との対決です!」みたいに言うから、大物って言ってもどうせ大泉洋あたりの、北海道の恥を出してくるんだろうと思ったら、何と鈴木宗男だった。
そして、庄司が気合いを入れるとか言って、「燃えてきたー」なんていいつつ、いつも通り服を脱いで、裸になり、筋肉をさらしたのだが、
それを見て、鈴木宗男も、「私も燃えてきたー」とか言って、上着を脱ぎだした。それだけかと思ったら、次々に脱いで、一番下のおやじシャツまで脱で上半身裸になった。オイオイ、ブヨブヨの体を見せる気か・・・
と思ったら、これが恐るべし!腹などまったく出ていないどころか、筋肉質で、腹筋が縦に割れていた!メチャメチャ鍛えているじゃん!
・・・鈴木宗男に負けた(涙)。
とは言え、ちなみに、私のお腹も割れている。
まあ、腹筋が縦に割れているのではなく、へそのあたりのぜい肉が横に割れているだけだが・・・
「釣り」と「気分」
とりたててこの2ー3年のあいだに釣果がアップしているわけではないようだ。
たまたまここ1年ほどの釣り堀釣行のうち、何回かが大会で、そのうち何回かで上位に入って目立ってしまったということのようだ。
ただ、平均すると同じということは、変化が無いということかもしれない。
私は「変化」とか「チェンジ」とか言う言葉には警戒心を抱いてしまう、極めて保守的なところがある人間だが、しかし人間は弱い存在だから、同じ事の繰り返しには精神が耐えられないのかもしれない。
同じ仕事をコツコツと長年続けている職人は尊敬の対象である。普通の人間というのはそういう強さがないから、常に変化を求めてしまう。
釣りは準備から楽しい、行く前からわくわくして楽しいものだが、最近は、釣り堀に関しては、どうもそうではなくなってきた。
もちろん、行って快調に釣れたりするとかなり楽しいのは変わらないのだが・・・。行く前や準備で以前ほどわくわくしないのは、釣り堀にずいぶん慣れてしまった、平均釣果も変わっていないことから考えても変化がなくなりすぎたのかもしれない。
たしかに、釣りのスタイルもこの2年ほどでほぼ完全に固まった。いつも同じ釣り方である。不思議とこれをもっと大きく変えてみようとか、何らかのテーマを持って目的をしぼって釣り堀で釣りをしてみようとは思わない。
また釣り堀にわくわくするためには、何か新しいことを考えなければならないだろうが、なんせ私は保守的だから、新しいことに飛びつくより、今の釣り方、今の釣りスタイルを、今使っている道具で、今つかっているエサで、もっと極めたい、自分の技量のほうを磨きたいと思ってしまう。
新しい竿を買ってそれに慣れるよりも、同じ竿を予備として買って、今使っている竿での釣り方を極めるほうが、自分の性格にあっている。
それが出来ればもっと釣果は(向上しなくても)安定することだろうと思う。しかし、同じ事の繰り返しという点がひっかかる。だんだんと釣り堀に行く動機が弱まってゆく。
釣り堀に関してそうなる一方、今、船釣りにはとても興味津々、行く前からかなりわくわくしてしまう。
やっぱり未知のことが多いほうが人間は興奮するものなのかもしれない。変化が無いと活力が低下する、弱い存在なのかもしれない。
船で、もちろん、どんな魚が釣れるのかはわかっていても、どういう仕掛けが良いのか、どういう竿やリールが良いのか、具体的にどう釣れるのか、どんな引き方なのか、どういう誘いやどういうエサの付け方で良く食ってくるのか・・・
そういう「まだ体験したことの無い」ことにたいして、やっぱりわくわくする。同じ釣りでも、釣り堀と違うところがいろいろある。
なんせ釣り堀は、準備するものが多いし荷物も多い、距離も結構遠い。帰ってからも後かたづけや魚の処理など膨大である。
それにくらべると、船釣りは、荷物も少なく、準備もわりと楽、場所にもよるが、和歌山でも明石でも、三重に比べて距離は半分くらいしかない。若狭や丹後半島まで行ったとしても三重よりは近い。
ただ、もちろん、釣り堀の場合だとたくさん釣れる時は50Lクーラーに満タンになるが、船はそこまで「量」は釣れない。もちろん、魚種によってはそんなにたくさんあっても困るわけだが・・・。
あと、何より一番違うのは、釣り堀というのは、良くも悪くも、人間関係が濃密すぎるということがある。
魚相手だけではなく、同じイカダに乗り合わせた人たちの共同作業やコミュニケーションやらそういうことがかなり濃密にならざるを得ない。
もちろん船だってそういう側面はあるだろうが、船はみんな横並びで、せいぜい両隣くらいのものである。
ところが、釣り堀は10人近くでまわりを囲んでいるわけだから、対「魚」だけでなく、やっぱり人間関係というか、対「人」という要素が濃くなってくる。
それが良いコミュニケーションとなって楽しさが倍増することのあれば、逆に乗り合わせた他の人間のせいで釣れない時よりも苦痛が数倍にふくれあがることもあるようだ(私は皆さんのお陰で最近そういうのは無いが)。
また私は、他の人が快調に釣れて、自分があまり釣れていないと、どうしても焦ったり意識したりしてしまう。そこらへんが私の弱いところだが、そういう自分に気づくとまた嫌気が増したりして、余計に複雑な気分になる。そうならないために、自分の釣りに没頭すればしたで、愛想のない人間と思われてしまう。
そういう、対「人」という不安定要素の大きな釣りばかりしていると、どうも疲れてしまうので、私はもっと完全マイペースな釣りがしたい。
まわりの人が釣れているとかどうとか、私は弱い人間なので、どうしても意識してしまう。だからこそ、そういうものをまったく意識せずにできる釣りがしたいのである。
その点を、船釣りが満たしているとはかならずしも言えないが、たとえばアジ釣りとかイサキ釣りとか、ああいう「ごっそり」釣れる魚なら、自分よりまわりのほうが何匹多く釣れたとか、余計なことを意識せずに、焦らずにすむので、だからああいう釣りが好きということもある(それだけではないが)。
人と競い合ったり競り合ったり、遊びの場でそんなことを考えたくない。遊びくらい、成績とか結果とか考えずにのんびりプロセスを楽しみたいものだが、心が弱いとどうしても人と自分を比較してしまう。
いずれにせよ、今は新しい釣りのことで頭がいっぱいである。どんな魚が一体どれくらい釣れることやら・・・今週末が楽しみである。かなりわくわくしている。
つばき杯、優勝しちゃってごめんなさい
港@五ヶ所〜中潮
満潮〜6:58、21:12 干潮〜1:35、14:06
日出〜4:45 日入〜18:55
天気〜曇りのち小雨、気温はちょうど良い
潮色〜やや濁り

用意したエサ〜偽あにじるしアマエビ・ササミ、魚かしエビ団子、エビ団子の素、生ミック、オキアミ、小イワシ、小イカ、サヨリ、カツオ、シラサ半分、アオイソメ1パイ、ボケ10匹。
さて、今回は、つばき屋さんの5周年記念ということで、経営者のカトキチさんが主催されて大会が行われた。
それにしても、時の経つのは早いものだ。釣り堀に通い出して今年で7年目になるが、つばき屋ができてからもう5年が経ったということである。その間に色々なことがあった。まさに、諸行無常である。
このところ、色々と考えすぎる悪い癖のためなどあり、あまり気分が盛り上がっていなかった。
釣りというのは、現場でよりもむしろその準備のほうが楽しいというのが以前まで思っていたことだったが、最近は釣り堀に行く前に昔みたいなワクワク感がなく、逆に腰が重いほどである。どうしてだろうか。
ところが、実際に現場に行ってみて、アタリが出ると楽しくて夢中で釣ってしまう。釣り堀に関しては現場が楽しい。というか、釣りがやっぱり好きなのかもしれない。というか、目先の作業に没頭する、というのが私の性格に向いているのだろう。そのぶん、人とのコミュニケーションは下手である。
さて、今回大会の行われる光栄丸ははじめてなので、勝手がわからないことが多くて、どうしようかと思っていた。
そこで思い切ってカトキチさんに電話して、光栄丸の段取りや特徴などをいろいろ聞いてみると、とても丁寧に色々と説明してくださり、それを聞いているうちに、気持も少しずつ頑張ろうかと思うように変わって、徐々に盛り上がっていった。
カトキチさんによると、「船長が優勝したら困るから、優勝賞品を7位のと変えておいた」などと言っていただき、どう考えてもいらぬ心配、面白い冗談だなあと思って聞いていた。どうして私が優勝などするものかと、自分ではそんな自信もそんな気も毛頭なかったのだが・・・
前の日には、今回は自分よりもYUKAにたくさん釣ってもらうつもりだと書いたが、YUKAは5−6匹も釣れれば大満足であり、これ以上たくさん釣っても疲れるだけだそうな。
後は魚を待っている人たちに配るためにも、私にたくさん釣って欲しいということだったので、途中から方針転換して、頑張って釣ることにしたのだ。そしたら偶然にも「優勝」という結果になってしまった・・・。みなさん、ごめんなさい。
さて、言い訳?のような冗談のような、どうでも良い話はこれくらいにして、釣りの内容について書こうと思う。
私たちは、よしじいさんファミリー?というか、よしじいさんご夫妻と同年代の方々ばかりのイカダに乗せていただくことになっていた。雨かもしれないということでの敬老精神的な配慮か、結果的にテントの二つあるイカダに我々も乗せていただけることになり、ありがたかった。
お達者くらぶ的なほのぼのとした雰囲気の中、ひたすら黙々と石鯛を狙うよしじいさんと、竿を右へ左へ私の隣へとアグレッシブに攻めまくる博子姫、それとは対照的に、のんびりほのぼのYさんご夫妻とOさんご夫妻など、見ていて面白かった。
YUKAはOさんの奥さんとえらく気があったようで、結構お話したりしたようだ。
さて、私らは光栄丸ははじめてである。聞くところによると、通常は日の出とともに出船、終了は午後3時というおどろくべき釣り時間の長さらしいが、今回は大会ということで、私らの1番イカダは5時出船、12時半終了であった(雨が降ったため実際には早まって12時終了)。
これだけでも7時間釣りをしていたので、もう十分である。
さて、朝一、我々1番イカダのメンバーは5時に出船。

お達者くらぶ!
イカダに渡していただき、私らは釣りの準備を、smileさんは撮影の準備をはじめる。今回はsmileさんが写真屋さんとしてみんなの写真を撮ってくださるという特典付きの大会なのだ。だから雨だとややこしかったが、天気がほぼ持ってくれて本当にありがたかった。最後はちょっと雨風が一瞬出たが、ヨッシーさんが挨拶だけして存在をアピールしていった感じ。
さて、イカダの釣り座は、代表の5人がジャンケン、私は負けまくってラスト2だった。南側から釣り座が埋まってゆき、北側半分が空いていたので、北東角をYUKAとはさむ形で入ることにした。そして、雨が降ってきた時のために、YUKAにはテント下に入って貰った。
角をはさんで二人だとちょっとやりにくいが、我々がこういう入り方をしなければOさんご夫妻がバラバラになるか、人の間隔が偏ってしまうかだから、これで良かっただろう。

光栄丸さんでは二本竿でもオッケーということで、今回は各イカダごとに釣りのやりかたは自由とのことだったが、私らのイカダでは特に誰も何も言い出すことなく、全員が1本竿スタイルでずっと釣りをしていた。たぶん1番イカダの活性が高かった理由の一つではないかと思う。
魚というのは思ったよりエサをしっかり認識していることが多い。太い道糸などもたぶん気づいていて、泳ぐ上での障害と感じていることだろう。
魚が食い気の無い時間に、エサが大量にぶらさがっている状態、道糸がイカダ内に張り巡らされている状態というのは、食う気の無い魚にとってはかなりのプレッシャーやストレスになるだろうと思うし警戒心も増すだろう。
イカダに乗り合わせる人数が少ないほどたくさん釣れる傾向というのも、単に分配率だけの問題ではないと私は思っている。竿の本数の違いで魚に与えるプレッシャーが違うのだろうと思う。
なので、イカダに出ている竿の本数は少ないほど良いというのが私の理論なのだが、この理論は果たして正しいかどうか、まだ実証はされていない。
ちなみに、1番イカダは前日に網を上げて掃除をしたらしいが、これも好調の理由かもしれない。しかしたしか2番イカダも掃除はしたそうだし、掃除しても逆に釣れなくなる場合があるくらいなので、掃除の効果についてはよくわからない。実際の活性は、もっと多くの要素がからんだ複合的な要因で決まるのだろうから。
さて、スタートは用意ドンということだったが、皆さん用意が早い!私だけまだ準備できていなかったが、お待たせしては申し訳ないので、とりあえずYUKAの用意だ終わったところで、はじめていただくことにした。
すると、何と、みんなが一斉にマダイを釣り始めた。smileさんも撮影が忙しくなってきた。
私は思わぬ朝一の活性の高さに驚きあわてて、準備がすぐできる青物仕掛けでとりあえず竿を入れておいて、あとはイカダ竿を用意する。
そのうち、YUKAも快調に釣り始めた。
気が付くと、イカダの上でまだ釣っていないのは、私とよしじいだけである。smileさんに撮っていただくために、何とか1匹釣ろうと思ったが、なかなか釣れない。
ようやく釣れたと思ったらOさんとダブルヒットでsmileさんはOさんのほうの撮影へ・・・
残念ながら朝一には釣っているところを撮っていただけなかったが、その後もsmileさんはマメに回ってきてくださり、あとで大ダイを釣っているところを撮影していただいた。
さて、朝一は、みなさん快調で、全員がマダイを2−3匹ずつ均等に釣り上げた。YUKAもマダイを3匹ゲット、私は一足遅れてどうにか2匹目(大ダイ)をゲットできた。
その後も、ポツリポツリと活性が続き、細かく探ってゆくとアタリが出つづけている。まだ放流前というのに、ずいぶんと良い感じであった。
たしかこれも放流前だったと思うのだが、よしじいさんがイシダイを狙ってしとめられた。よしじいさんの足元あたりには朝から大量のグレが湧いており、どうもその下にイシダイもいるようだ。よしじいさんが、何匹か釣られた。さすがである。

プロのお仕事!

ちなみに、私の釣り方というか行動パターンがよしじいさんに似ているような気がした。人間的に似たタイプ?と言ったら怒られるかもしれないが、博子姫の話によるとガンコということだし、でも私と同じくKさんにボロカスに言われてもそれを謙虚に受け止めている、釣りのスタイルも釣りに没頭する感じである。どれも私と共通している気がする。
ちなみに今回、よしじいさんは魚がかかると竿を伸ばしていたので、てっきり自作のズーム竿を使っているのかと思ったら、ズームでも何でもなく、単に普通に竿を縮めているだけだった!しかも、トップガイドが飛んだ状態の竿だった。こういう大胆なところも似ている!?竿やリールを「消耗品」としか捉えていないあたりも多少だが似た雰囲気がある。
さて、そんな話は置いて、私もアオイソメをつけてウキ釣りでタナを4mくらいにして若干よしじいさん寄りにウキを流してみたが、イシダイは釣れなかった。
その後しばらくして、イカダ竿でアオイソメをつけて足下を狙うと、仕掛け3mくらいから下に落ちて行かない。糸のたるみを取ると、なんと食っていた。そして、やたら走る。一瞬、大ダイかなあと思ったが、イシダイだった。
少々手間取ったがどうにか上げることができた。針を飲み込んでいた。よく切れずに上がってくれたものだ。奇跡に近い。
その後も着実にイシダイをしとめつづけるよしじい師匠。そのうち、だんだんとイシダイもスイッチが入ったようで、イカダの中央付近に浮き始めた。
そこで私もウキ釣りにしてタナを2mくらいと極浅くすると、浮きが沈んだ。そしてかけた!と思ったらシマアジだった。
まあでも、これはうれしい誤算である。
引き続き、アオイソメをつけてイカダ中央付近を狙うと・・・またすぐに浮きが沈んだ。そしてあわせるとばっちりかかって、イシダイが見えた!と思ったらすぐにはずれた(涙)。これを2回くりかえしてしまったら、さすがのイシダイも釣れなくなってしまった・・・ガビーン。

さて、8時頃だったか、最初の放流、ここの釣り堀も放流は2回らしいが、2回とも、青物と小物がごちゃまぜだった。
とりあえず私もYUKAも青物狙いにしてみた。YUKAのほうはカンパチ狙いで生きアジをつけて投入。
私は冷凍カタクチイワシを入れてみたら、すぐに竿先が入りこんで、青物かと思ったら、ツバスが釣れた。
同じくもう1回カタクチイワシを投入すると、これまたすぐにアタリがあり、しかし、空振り!
イワシでアタリが出なくなったので、今度は小イカを入れてみたら、これまたすぐにアタリがあって穂先が入り、またまたツバスをゲット。
次にまた小イカを入れてみたら、またすぐにアタリがあり、しかし今度は空振りであった・・・。以上、1回目の放流後の青物は終了。
YUKAには青物狙いをやめて、マダイ狙いにするようにアドバイスしてみたら、すぐにマダイが釣れだして、タモ入れサポート。
ここからは、イカダでもマダイがポツリポツリと釣れ続いた。
朝一の活性に引き続き、放流後もきっちり活性があがって、なんか釣り堀らしい感じだった。
YUKAもずいぶんと自分でできるようになってきたので、私も腰を落ち着けて、足元をイカダ竿で探ってみることにした。
すると、ボケで大ダイが釣れた。大ダイ2匹目!
その後もイカダ竿で順調にアタリが出て、エビ団子を中心に当たる。バラしも無く、快調であった。
ふと見ると、YUKAもマダイを6匹ほど釣って、もう満足とか言い出している。うーむ。欲がない。

マダイ6匹釣って、もう満足!だそうです。でもこの後、カンパチ2匹をゲット!!!
ということなので、もう自分が普通に釣りに専念することにした。って、ここまでも自分の釣りにほぼ専念していたが(爆)。
さて、10時すぎくらいに2回目の放流。よく見ていなかったが、また青物と小物がミックスで放流されたように思う(青物が多め?)。
すると、これまた放流後の典型的な青物入れ食い状態となった。
私はカツオのはらわたをチョイス、YUKAは生きアジ。残念ながら私のカツオははずれた。しばらくして、Yさんか誰かが青物をヒット。YUKAとオマツリしたかと思ったが、別だった。
そしてYUKAもカンパチとやりとり開始。少々強引にタモ入れしたらどうにか入ってくれて一安心。
その後、誰かが何匹か釣った後か忘れたが、私も生きアジにしてみたら、ワラサがヒットして、無事ゲット。
その後、よしじいさんがワラサとやりとりしている最中に、海面ギリギリの私の生きアジをワラサが追いかけ回していたので、よしじいさんがタモ入れしかかったのを見て、浮いている青物の目の前に生きアジを持っていったら、その瞬間に食いついた。そしてゲット!
ごく短時間だったが、ほぼ全員が1−2匹の青物を釣り上げたような感じで、ちょっとしたラッシュであった。
その後、だんだんと活性も落ち着いてきた。
YUKAはそれを見てトイレに行ったのだが、するとYUKAの竿にカンパチがヒット!途中まで私がやりとりして、出てきたところでYUKAにバトンタッチ。
見事、2匹目のカンパチをしとめた。これにてYUKAはもう満足、終了という感じだった。
私もこの後は、前半ほどアタリは出ず、大ダイ1匹とマダイ1匹を追加したくらいであった。
途中、シマアジがイカダ中央に浮いていて、Oさんが連続ヒットさせていたが、私もそれを狙ってみたが、2回かけて2回バラしてしまい、活性を潰してしまった。ごめんなさい。
どうも最近はマダイのバラしは減ったのだが(今回はゼロ)、他の魚のバラしが増えた。これもすべて、狙う魚ごとに針をまめに変えないせいではないかと思っている。
マダイ狙いの時には今の私のタックルではマダイ王がよくあっているようで、この針にしてから急に鯛のバラしが減った。がこの針ではシマアジのバラしが増えた気がするし、石鯛もバレやすいと思う。
やっぱりシマアジを狙うときにはグレ針に変えて、石鯛を狙う時は軸が多少長めのに変えてと、狙う魚によってこまめに針の交換はやらねばと思う。・・・が、どうも面倒でというか、せっかちなために横着してしまう。反省である。
さて、しばらくして、お昼となったら、ここでようやく雨が降ってきた。
1番イカダはみなさん割とよく釣れていたので、気づくとほとんどの人が竿をかたづけていた。私もイカダ竿だけ残してあとは片づけていた。釣り時間はあと30分ほど残っていたのだが。
そういうこともあってか、カトキチさんが急遽、終了時間を30分早めてはどうかと提案してくださった。私らのイカダは誰も異存なく、30分早めの終了となった。
私も、夕方までに京都に行かねばならなかったので、これは助かった。お陰様で表彰式に最後まで出ても間に合った。
カトキチさん、牧野さん、光栄丸さん、参加された皆さん、どうもありがとうございました。
(結果)
私〜マダイ5匹、大ダイ3匹、ツバス2匹、シマアジ1匹、イシダイ1匹、ワラサ2匹
YUKA〜マダイ6匹、カンパチ2匹
(アタリエサ・タナ)
マダイ〜魚かしエビ団子・8.5m(5匹)、偽あにじるしアマエビ・8.5m(5匹)、ボケ・8.5m(2匹)、生ミック・8.5m(1匹)、アオイソメ・8.5m(1匹)
シマアジ・石鯛〜アオイソメ・2m
ツバス〜カタクチイワシ・8m、ヒイカ・8m
ワラサ〜生きアジ・1m、8.5m
カンパチ〜生きアジ・8.5m(2匹)
釣りに行く前はもう一つ乗り気でないところもあったが、釣りをはじめるととても楽しく、イカダの上の雰囲気も良かったので、ずっと動かず楽しませてもらった。
さて、今回、ひさびさに、朝一に高活性、放流後に高活性と、典型的な釣り堀のパターンを味わうことができた。最近こういうのが少なかったので、なんかうれしかった。
あと、放流も結構多かった。もちろん、ブリやヒラマサとかハタマスのような特殊な魚は入っていなかったが、しかし、私としては、これもアリかなあと思った。そのぶん、結構な数放流されて、きっちり活性が上がった気がするが・・・。
もちろん、光栄丸さんでも時期によってはヒラマサもブリも放流されているしハタマスが入ることもあるだろう。今回だってイシダイが放流されたし、キングシマアジが在庫であったり、大ダイが多かったりと、きちんと特色が出されていた。
最近は釣り人のほうが、ヒラマサが入っていないと「なんだかなー」という人も多いようだが、そのぶんワラサとカンパチが多くなれば私としてはそれでも十分な気もする。また、ブリなんか入ると、なかなか釣り上げられない人もいたりして、ちょっと困ることもあるし。
ちょっと釣り人も釣り堀にたいして魚種の要求が高くなりすぎ、お互いにクビをしめているようなところがあるのかもしれない。

当初、1位の賞品は本当はエスプレッソマシーンだったようだが、最初に書いたような経緯でカトキチさんの機転?により、7位の方の賞品となり、ゲットされていた。
しかし、私にはこれでむしろこれでありがたかった(YUKAはものすごく残念がっていた)。職場の冷房は何と5時で消されるのである!今年の夏は活躍してくれるだろう!
伝統の精神こそ人間の条件
まず、遺伝子レベルと言っても、DNAのすべてが意味を持っているわけではなく、無意味な領域というのがものすごく多い。意味を持つ場所に限ると、遺伝子の情報はヒトとチンパンジーでもっと違いは大きいということになる。
それから、ヒトの場合は他の生物と大きく違って、遺伝子がすべてではない。生まれつき(遺伝)で決まる要素が50%、育て方(環境)で決まる要素も約50%と言われている。これは人間だけである。
ヒトは遺伝子に刻まれた本能だけで行動しているわけでもなく、文字を使った言葉として体の外に蓄えられた情報によって高度な文明を維持している。その恩恵が大きいということだ。
そもそも、人類がいまとほぼそっくり同じ状態にまで進化したのは、約7万5千年前あたりらしいが、その頃の人類と現代の人類では、遺伝情報としては今と同じ、つまり遺伝子としてはもう現代人と同じだったわけで、即ち、その時点で身体能力や知能は現代人と同じレベルに達していたことになる。
しかし、7万5千年前の人類は、知的な能力を決める遺伝子は現代人と同じであっても、知性のレベルは現代人とは桁違いであった。それは何故か。
ニュートンの言葉がその答えのヒントになる。
「私がさらに遠くを見ることができたとしたら、それはたんに私が巨人の肩に乗っていたからです。」
ここでニュートンが言っている「巨人の肩」とは、人類が言語を生み出してから続いてきた歴史が生み出した知識の集積のことである。
過去から引き継がれ、少しずつ蓄積してきた知識が「巨人の肩」である。現代の我々を支えているのは、過去の歴史を共有できるという点である。その蓄積の恩恵を受けられるから現代の我々がいるのである。
だからこそ、まずはその歴史の蓄積を大切にしなければならないのに、やみくもに最先端を追いかけてばかりである。もちろん特に科学の分野においては最先端を追いかけることも重要かもしれないが、現代人が最先端を進むことができるのは、あくまで過去の歴史の蓄積があり、「巨人の肩」に乗せてもらうことができるからだということを忘れてはいけない。
人類は遺伝子の支配から逃れ、言語によって知識を「外」に持ち、歴史を経て蓄積させることを可能とした。という点で他の動物とは異なっているということである。
つまり、「人類だけが歴史を持っている」のである。歴史の叡智を大切にするという「伝統の精神」こそがヒトをヒトたらしめていると言って良いのではないかな?
諸行無常の響きあり
つばき杯に参加を申し込んだ直後、この勉強会の日程が決まり、何と同じ日の夕方からになってしまった。どうしようか悩んだが、両方出席することにした。
以前ならば、どちらかを断念しなければならないところだったが、新名神が出来たおかげで、釣りをした後に京都に向かってもギリギリ間に合った。

この勉強会は、私が唯一癒される場である。最近は、釣りをしても癒されることが無い。いろいろ考えて行動しないといけないし、釣りに没頭することが許されないこともある。
また、テレビを見ると、文化人連中の言っていることに納得できない、世論についてゆけない。
そんな孤独感が、この勉強会では癒される。癒されると言ってももちろん宗教ではない。私の専門外だが、社会科学系の勉強会で、京大やら立命、同志社と言ったあたりの大学院生も参加している。
内容は、主催者のじいさんがほとんど1人で喋って講義する(半分は雑談)という感じなのだが、最後に少々の議論・討論もある。
このじいさんが、なかなか良いことを言う、このじいさんの言うことに癒されているわけである。
そして今回、最後のほうでたまたま平家物語の話が出た。
ちょうど私の気分も、平家物語の有名な冒頭部分と同じだったので、不思議な偶然だと思った。
昔、国語の教科書で読んで知らぬ間に暗記していた平家物語の冒頭部分が、ちょうどこの頃、頭の中をかけめぐっていたところだった。
自然を知れば知るほど、諸行無常を感じ、世を知れば知るほど盛者必衰を見る。
この年になると、だんだんと自分に対して(耳の痛い)意見を言ってくれる人、叱ってくれる人が少なくなってしまい、人間、ついつい増長してしまうということがある。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し。
猛き人もついに滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ
だから、自分を叱ってくれる人、意見を言ってくれる人というのは本当にありがたい存在だと思うし、言われたことにはなるべく謙虚になって、その意見を伺うようにしている。感謝しつつ。
しかし、完璧な人間などいないわけだから、叱るほうも時には間違うだろう。こちらの事情や考え方をご存じない場合だってあるだろうし。なので、まあ話半分くらいにしておくのが良いと思っている。
最終的には、人からどう思われるかは相手に委ねるしかない。そういうことに気を焼いてもどうにもならないので、私はYUKAが一番よろこんでくれるように、YUKAが一番満足してくれるように行動するだけである。それが私にできる精一杯の、そして唯一の、自分以外の人への配慮なのかもしれない。
明日は雨か・・・
予報を見ると雨になっていたが、いまのところ小雨という予報だったので、少しですんでくれれば良いが・・・。
ところで、明日はYUKAにたくさん釣ってもらおう。私は、もちろん自分もしっかり釣りをするつもりだが、YUKAと一緒に行くといつも私のほうがたくさん釣ってしまう。
一緒に行ってYUKAのほうがたくさん釣ったのは1回しか無い。
これは、何か私のイメージが悪くなりそうだ。彼女をほったらかして押しのけて自分だけガツガツ釣っているようである。
そうではなくて、彼女の道具の用意からタモ入れ、タモからスカリへの投入など全部私がやっているのだから、ものすごく忙しいのである。ただ、最近はようやくエサと仕掛けの交換はやってくれるようになったので、昔よりはずいぶん助かっているが・・・
私のほうがいつもたくさん釣るのは、私のほうが集中し続けているということと、まあYUKAがあまり欲のない人格者であるということ、私のほうが釣りに執着し続けているということである。
釣りに行って釣りに集中して何が悪いかとひらきなおりたい気もするが、たまにはのんびり広い視野にたってイカダを眺めてみるのも良いかもしれない。
ということで、明日はガツガツ釣りをせずに、のんびりYUKAのサポートをするくらいのつもりで、やろうかと思っている予定。
ただ、予定は未定であって決定ではない。釣りにおいては状況判断を何より重視するのが私の考え方なので、今こう書いたからといって必ず何が何でもその通りにしよう、ということにはならないと、そう一言だけお断りしておこう。
人間と猿の違い
ところで、この3種を二つのグループに分けるとしたら、普通は「ゴリラとチンパンジー」を猿として一組にして、人間はヒトという別のグループにするだろう。生物学の伝統的な分類方法もそうなっている。
つまり、「ヒト上科」という大きなグループを「ヒト科」と「オランウータン科」の二つに分け、ヒトは「ヒト科」に、そしてオランウータンとゴリラとチンパンジーは「オランウータン科」に分類してる。
我々の普通の感覚からすれば、毛むくじゃらの容姿で言葉も話せない猿と、外見からしてずいぶん違っており、複雑な言語や文化を持ち、高度な文明まで築いた人類とは、大きな違いがあると思うだろう。それはその通りだと思う。だからこの古典的分類はもっともと思うかもしれない。
ところが、この分類、最近は様子が変わってきている。
最近は、遺伝子の情報を解析して、どれくらい遺伝子が似ているかで分類したり進化を研究する方法が急速に発展している。
この遺伝情報の違いというは、たとえば人間どうしでどれくらい違うかと言うと、平均して約0.1%だそうな。
では、ヒトとチンパンジーではどれくらい違うかと言うと、何と「1.23%」ということらしい。ヒトとチンパンジーではDNAの情報はたった1%ほどしか違わないということである。逆に言うと、ヒトとチンパンジーのDNAは98.8%は同じということである。
ヒトとチンパンジーの差は、人間同士の個人差と比べて10倍くらいしか違っていないのだ。
では、最初に出てきたゴリラを加えてみるとどうなるか。ゴリラとチンパンジーの違いはなんと1.63%、ヒトとチンパンジーの差より大きいのである。
ということは、DNAをもとにした分類では、チンパンジーはゴリラよりも人間に近いということになる。
たとえばハツカネズミ(マウス)とドブネズミ(ラット)のDNAを比較すると、どちらも同じネズミだが、DNAは15%以上も違っているというのだから、あらためてヒトとチンパンジーの近さがわかるというもの。
そこで、遺伝情報を何より重視して分類する学者が増えてきて、そういう学者は人間とゴリラとチンパンジーを同じヒト亜属に分類し、ヒト亜属をさらにホモ属とゴリラ属に分けて、ヒトとチンパンジーを同じホモ属に分類したりするようだ。
こういうことを知ってしまうと、だんだんと人間の優位性の根拠が失われて行くような気がする。
では何故、チンパンジーとヒトはこんなに違うのか・・・長くなるのでまた今度。
用済みですか・・・
もうそれっきり、来やしない。どうも、もっとテーマが近い人と一緒にやるほうが便利みたいで、最近ではウチにほとんど来ずに(クレーム処理に1回来ただけ)、そっちでとても楽しそうにやっているらしい。
こんなことなら、大事な情報を教えるんじゃなかったよ、などと思う私は、ちょっと狭量なのかもしれないが・・・。
まあ、世の中、こういうものなのかもしれない。所詮は仕事上の利害のからんだ話だから、自分の利益追求が第一になってしまうのだろう。しかし寂しい話である。
最近見た映画など3つ
「タイムマシン」
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『タイムマシン』(The Time Machine)は、2002年のアメリカ映画で、SF映画。H.G.ウエルズ原作の「タイムマシン」を多少脚色して映画化したもの。
数ヶ月前にテレビで放送していたのを録画しておいて、最近ようやく観ることができた。
原作者のH.G.ウエルズと言えばSF界の巨匠である。私は高校時代には早川のSF文庫をダンボール箱に2箱くらい所有しており、ともかくSF小説を片っ端から読みあさっていたくらいなので、この映画の原作小説のほうも読んだことがあるのだが・・・不思議なことに、ほとんど内容は覚えていなかった。
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なので、この映画が原作と違っているところがあると言われても、どこがどう違っているのかわからない。原作のほうはサッパリ覚えていないのである。悲しい。
ちなみに、数年前に見て腰をぬかしたトンデモ映画「宇宙戦争」(トム・クルーズ主演)の原作もH.G.ウエルズだが、こちらも、内容は全然原作と違う、ただ、ラストだけ原作に忠実という感じだったが・・・まあある意味面白い、常識をくつがえす映画だったのは確かかもしれない。
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それで、「タイムマシン」のほうだが、こちらは、「宇宙戦争」とは逆で、どうも大筋は原作の通りだが、ラストが違うということらしい。
ネタバレにならない程度にストーリーをおおまかに紹介すると、物理学者のアレクサンダーが主人公。彼が彼女にプロポーズするが、その直後に強盗に襲われて彼女が撃ち殺されてしまう。
彼女の死を阻止するため、タイムマシンを作って過去にもどり、過去を死から救おうとする。ところが何回過去に戻って命を救っても、直後に別の事故がおこったりして、彼女は必ず死んでしまい、でうまくゆかない。
そのうまく行かない理由をさぐるために、アレクサンダーは未来に行く。そこでさまざまな冒険?をしたり危険にさらされたり、超未来の異様な人類の形態を目の当たりにしたりする。
そして最終的には「どうして彼女の命を救えないのか」という理由がひょんな事からわかって、まあ終わりという感じ。
彼女を救えない理由は、なるほど・・・そう言われればそうだろうよ、という感じだが、あまり科学的とは言えない。もちろんこの映画に科学がどうとかタイムトラベルの理論がどうとか、そういうことを言ってもしょうがないし、そういうものではない。
まあでも、娯楽映画としてはなかなか良い出来なのではないかと思う。SF好きな私としては、見て満足した。
大日本人
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テーマというか扱っている内容は面白いと思うのだけれども、表現方法がどうなのかと思った。
インタビュー形式のシーンがだらだらと多くて、何を言っているかよくわからないし、見ていてイライラする。たぶん松本なりの「自然さ」を出そうとしたのだと思うが・・・
それにしても、カンヌで上映するような映画なんだろうか!?と言っても、カンヌではどんな映画が好まれるのか知らないし、誰が評価するのかも知らない、カンヌで評価された映画だから見たいとか思うわけでも無いが。
コントにむりやり社会性のあるテーマをごちゃまぜにしてしまったという内容で、そう考えると内容的にもどうなのかと思ってしまう。
見ようによっては現代の日本人への痛烈な皮肉と思える部分もあり、そういうところは面白いと思ったのだが、しかし、映画としてはどうなのだろうか?
映画の技術的なことはわからないし興味もないけれども・・・
一つ気づいたのは、私はさほど映画が好きではないということ、かもしれない。
この映画を映画館に見に行ったとしたら、かなり損したと思ったのじゃなかろうか。いや、面白いのは面白いところも十分にあった。だから、レンタルビデオならば、払ったお金ぶんは十分に満足できる内容だ。映画だとどうだろうか。金と暇がありまっていれば何とも思わないかもしれないが。
ルパン三世・カリオストロの城
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最近テレビでやっているのを、ちらっと見た。もう2−3回は見ている気がする。良い作品だと思う。
私はアニメの「ルパン三世」が全体的に結構好きなのだが(ただし山田康夫がルパンの声をやっている作品のみ)、それは、脇を固めるキャラクターの魅力によるところが大きい。銭形、次元、五右衛門、どれも魅力的である。一方、ルパン自身と峰不二子はあまり好きではない。
ちなみに、このカリオストロの城は、ルパンの中でもかなり名作と言われているほうだとは思うが、どうだろうか。名作は名作だと思う。
アニメとしてはとても良くできているし私も好きな作品である。しかし、これはルパンではない気がする。
皆さんたぶんご存じの通り、というか見ればすぐわかることだと思うが、この映画の監督は宮崎駿である。
そう、この映画はもうどこを見ても宮崎アニメじゃないかと私は思う。
宮崎駿はテレビアニメのルパンのほうでも制作にかかわっているようで、その路線のほうが人気があるようだが、これもルパンではなく、宮崎アニメになっている(と私は思う)。
テレビアニメでは一作目のルパンの前半(宮崎駿が入る前)が好きな私としては、ちょっと違うんではないかと思うところがある。もちろん実際には、大きく違和感を感じているという程でも無いし、どちらも好きは好きなのだが。
ただ、本来はやはり、宮崎駿のかかわった「ルパン三世」は、どれも「ルパン三世」としてはやっぱり異色作になるのではないかと思う。
その、あくまで異色なルパンばかりが高く評価されるというのは、原作者はどう思っているのだろうか。まあ、原作は原作で私には理解不能だったから、やはりそこまで根本にもどると、どうでも良いのだが・・・。
ところで私は「カリオストロの城」は好きだと言ったが、実は初期の宮崎アニメによく出てくる「少女」があまり好きではない。いや、好きではないと言うと語弊があるかもしれない。何か妙な女だと思ってしまう。この映画だと、クラリス、あと他の映画ではナウシカあたり。
というか、基本的に宮崎駿の描く女性はみんな好きではない。というか、女性らしくない気がする。もののけ姫もハウルの何とかのも。どうも宮崎アニメに典型的な女性には、生身の女性としてのリアリティーを感じられない。
逆に、不二子が好きになれない理由は、リアリティーを感じすぎるから、ああいう狡猾な女性というのが私の女性に対して持っているイメージにかなり近い、私の嫌いなタイプの女性の典型例にとても近いので、どうしても好きになれない、こちらはリアルに感じるが故に嫌悪してしまうのだ。
ただし、宮崎版のルパンでは不二子は存在感が無く、私から見て不二子らしくない。つまり宮崎駿は不二子みたいな女性を理解不能か、想像がつかないのかもしれないと思ってしまう。いい年をして。いずれにせよ、不二子らしかったとしても、不二子に興味は無い。
だから私はやっぱり銭形、次元、五右衛門というふうになってしまう。
あと、ルパンの人気が出た理由の一つとして、声優陣のすばらしさがあるのではないかと思う。
しかし山田康夫はすでに亡くなりルパンの声はモノマネである。他のメンバーもかなりご老体である。声にキレが無い。これ以上、ルパンと登場人物らのイメージを損なわないためにも、そろそろやめにしてはどうかと思うが。
数字のウソ
たとえば『親が見せたくない番組 5年連続「ロンドンハーツ」』など。
記事によれば、中2保護者へのアンケートで、子どもに見せたくない番組のワースト1は『ロンドンハーツ』、2位が『めちゃ2イケてるッ!』。小5保護者へのアンケートでは、ワースト1が『クレヨンしんちゃん』、2位が『ロンドンハーツ』ということだそうだ。
へー、そうなのか、と素朴に思ったが、なにか臭いと思って調べてみた。統計のウソ、数字のウソがありそうなニオイがプンプンである。
するとやはり、これは歪曲報道の一種であった。
というのも、アンケート結果(平成19年度マスメディアに関するアンケート調査/子どもとメディアに関する意識調査 調査結果報告書)をちゃんと調べて見ると、実際のアンケートの内容とその回答は、こうなっている。
「放送中の番組で、自分の子どもに見せたくない番組はあるか」という問いに、中学2年生の保護者の71.2%、小学5年生の保護者の60.5%が、「ない」と答えた。
見せたくない番組があると答えた保護者にのみ、さらに「番組名を二つまで挙げてもらった」ところ、上のような結果になったということなのだ。
つまり、アンケートをした中2と小5の保護者のうちの、それぞれ7割と6割以上の親が、「子どもに見せたくない番組は特にない」と思っているということになる。その最大多数意見を無視しているのだ。
ちなみに、小5保護者と中2保護者の調査結果を加えて「子どもに見せたくない番組」のトップになったのは『ロンドンハーツ』であった。それはその通り、5年連続ワースト1だそうな。
ところで、ではこの番組を見せたくない番組として挙げた親はどれくらいいたのかというと、アンケートをした保護者3477名のうち、わずか123名、3.5%の少数意見にすぎないのだ。
これはつまり、アンケートした保護者のうち、96.5%は「ロンドンハーツを見せたくないとは思っていない」ということになる。
にもかかわらず、見せたくない番組ワースト1が「ロンドンハーツ」という見出しがでかでかと出るのは、確かにウソではないが、ある種の歪曲報道、偏った報道と言われても仕方無いだろう。
私は別に、ロンドンハーツという番組を良いと言いたいわけではない。ロンドンハーツを俗悪番組としてやり玉に挙げる前に、大半の親が子どもに見せたくないテレビ番組は特にないと思っている現状こそ正確に報道されるべきじゃないのかと言いたいだけなのだ。
こういう報道の積み重ねで人々は騙されてゆくのかもしれないし、まだまだ私も騙されていることがたくさんあるかもしれない。
ドラマは見たくない
あ、CHINGEではなくCHANGEだっけか。まあ似たようなものだろう。たぶん。見てないけどね。
チャレンジ!
この業務の最大の難点は、暑い、汗をかく、かいた汗が手元の資料にしたたり落ちるという点である。
今年も暑くなってきた。予想通り汗がしたたり落ちた・・・。
しかし、今回は二つ対策を立ててみたのだが・・・
一つは散髪をすませておくということ。無事散髪はできた。しかし・・・
耳の横あたりにやたらと白髪が増えていた。

写真ではこんなものだが、実際にはもっと多い。正面から鏡で見て目立つくらいなのだから、驚いた。
汗をしたたらせない対策の第二点は、これが大本命だったのだが、秘密兵器を導入したこと。ミニ扇風機をジャパンでゲットした。980円也。

去年はもう少し大きなミニ扇風機を使おうかと思ったが、ちょっと大きくて、あまりに目立つのでやめた。
今回のは、結構小さく、ちょうど教卓で隠れるので使えた。これの使用プラス、窓も開けたのだが・・・やっぱり汗だくになった。
やはり小さいために旋風力?が弱くて、まあそれでも使わないよりは効果があったのだとは思うが、やっぱり汗がしたたり落ちて手元の資料プリントがフニャフニャになってしまったから効果はイマイチだった。
クーラーをガンガンに入れると聴衆が寒がるし、難しい。
スチュワーデス
想像を裏切ってもうしわけないが、そういう系の話ではない。ちなみに最近はスチュワーデスと言わず、キャビン・アテンダントだのそのイニシャルを取ってCAだの言うみたいで気にくわない。
どうして言い換えるようになったのか知らないが、スチュワーデスという言葉のもともとの意味が面白いことを知った。
スチュワーデスとはもともと「ブタ小屋の女番人」という意味だったらしい。
古代では家畜を管理するは大変重要な仕事で、そこから世話をする者という意味になり、その後現在のように使われるようになったそうな・・・。
しかしスチュワーデスが豚小屋の番人なら、飛行機の乗客はブタということか・・・
ケン玉と私
「ケン玉のページ」
(動画のファイル形式の変更のしかたとかよくわからないので、他のパソコンで再生できる形になっているのかどうかは不明。)
デジカメで動画が撮影できると気づいたので(15秒以内)、ちょっと試してみただけです。カメラを向けられると緊張して・・・
もうちょっと練習して、昔の勘を取り戻そう・・・
指パッチン
もしかして誰にでも出来るのかもしれないが、YUKAはできないようで、面白がってくれた。
ところで、指パッチンのおじさんと言えば・・・誰だっけ!?となって、顔は出てくるのだが、どうしても名前が出てこない。YUKAも同じ。
私はと言えば、北海道の手塩というところのお寺の息子として生まれたという余計なことは思い出せるのだが、どうしても名前が出てこない。
ダダーン・ボヨヨン・ボヨヨンの振り付けを考えた人だとか、芸能界を引退してから坊さんになったとか、そういうことは思い出せるが、どうしても名前が出てこない。
こういう「思い出せない」状態では無理にでも思い出したほうが頭には良い、ボケにくいと聞いたことがあったので(本当かどうかは知らない)、必死で頑張ったのだが、だめ。
「カタカナ+漢字」の名前だったことまで思い出したので、めぼしい名前を次々に考えてみた。
「デーモン古暮」じゃない。「ラッシャー板前」でもない。「デューク東郷」はゴルゴ13だし、「ゴージャス松野」でもない。「チョコボール向井」は・・・絶対違う。
「ナンシー関」・・・「チャーリー浜」・・・これらはちょっと近い?
「チャーリー浜」が何か近い気がした。
そう思ってから、もう「チャーリー浜」しか思い浮かばなくなった。
このままでは今晩は気になって眠れないだろう。で、ギブアップしてネットで調べようと思ったら、ネットワーク障害か何かでつながらない・・・
あきらめて風呂に入ってずっと考えていたたが、まだわからない。チャーリー浜しか出てこない。違うのに!
で、風呂上がり、パソコンに向かってみると、障害は復旧したようで、ようやく検索できるようになっていた。
「指パッチン」だけで検索しても、目当ての人名はなかなか出てこなかったので、「指パッチン」+「自殺」で検索したらすぐ出てきた。
「ポール牧」だった!
これで今晩は心おきなく眠れるだろう。
読んでみたが・・・
しかし、勉強するのに1番大事なのは、興味を持つ、面白いと思うことだという逆説がある。
そういう感じで興味のおもむくまま勉強してみたが・・・この半年くらい実りはほとんど無い。
この頃読んだ以下の本
![]() | 自己組織化と進化の論理―宇宙を貫く複雑系の法則 (ちくま学芸文庫 (カ27-1)) (2008/02/06) 森 弘之、五味 壮平 他 商品詳細を見る |
![]() | 自己組織化とは何か―生物の形やリズムが生まれる原理を探る (ブルーバックス) (1999/12) 都甲 潔、林 健司 他 商品詳細を見る |
![]() | 生命とは何か―複雑系生命論序説 (2003/11) 金子 邦彦 商品詳細を見る |
![]() | 「複雑系」とは何か (講談社現代新書) (1996/11) 吉永 良正 商品詳細を見る |
![]() | カウフマン、生命と宇宙を語る―複雑系からみた進化の仕組み (2002/09) スチュアート カウフマン 商品詳細を見る |
いずれも共通するテーマ、「複雑系」「自己組織化」にかかわる本だが、全部読んだわけでもないが、ざっと何冊か読んでみて、頭痛がしているという以外に今のところ何も得たものが無い、この先に何の見通しも立っていないのである。
ああ、気分転換に気楽な釣りに行きたいが(たくさん釣れる船釣りのように何も考えなくて気楽なのが良い)、この週末は絶対に無理だし・・・。来週のつばき杯まで我慢であるが、釣り堀は気楽な気分転換の釣りというより、色々大変で神経も使うかなり疲れるところがあるから、あまりのめりこまず気楽に楽しむ感じでやることにしよう。それが難しいのだが・・・。
希少になった優良番組
NHKの「その時歴史が動いた」で岡倉天心をやっていたので、そのまま見ることにた。途中からだったが、なかなか面白かった。
この番組、毎週楽しみに見ているというほどでもない。というのも私は毎週とか毎日決まった時間に決まった番組を見るという習慣を極力排除したいので、この番組が面白いとわかっていても習慣にはしないようにしている。
この番組は、いつも偶然に見はじめて、そのまま見続けると、見て良かったと思うことが多い、かなり優良な番組だと思う。
やはりNHKは民営化してはいけない。NHKも民放もイデオロギーに影響されて番組や報道の内容が歪めらることが少なからずある点では同じだが、民放の場合はさらにスポンサーによって内容がフィルタリングされ、視聴率至上主義によって内容が陳腐化、空疎化、低劣化してしまうという大問題がある。それが無いぶん、NHKの存在意義も大きいというものだ。
民放だとこうした教養番組は、パネラーとして余計な芸能人がたくさん出てきて見当違いな感想を言ったりして、見ていてしらけるしイラ立つ。肝腎なところでクイズ形式にして無意味に間違った答えを聞かせられて、答えの前にCMが入ってイラついたりする。NHKの教養番組ではそういう作りのものが少ないので、安心して見ていられる。
この番組も、キャスターの松平氏の他にゲストで出るのは解説してくれる専門家くらいなので、落ち着いて見ることができる。
今回の内容は『324回 日本人の心を守れ 〜岡倉天心・廃仏毀釈からの復興〜』だった。
私は、妙なドラマとか見ても、みんなが泣いているような場面でも失笑してしまうことがあるくらいの人間だが、恥ずかしながら昨日はこの番組を見て、涙が出てきた。
人と違うことが個性であり、個性はすばらしいみたいに言われるが、私の物の感じ方は人とずいぶん違うことが多い。世の中の圧倒的多数の人とはどうも違ってしまうことが多い。それが私の個性なのかもしれないが、そのために、いつも孤独と疎外感を感じてしまう事が多いから、個性が素晴らしいなどとはとても思えないのである。
ワラビ料理

信田巻きとか言うらしいです。かんぴょうは使っていませんでした。
油揚げに鶏ミンチを塗りつけてからワラビを巻いて、それをどうにかして料理するとこんな感じになります。以前はフキで作ってくれたのですが、今回はワラビでした。どちらも絶品。
あとは、ワラビとタケノコの炊き込みご飯。

タケノコはこれが最後でした。美味しいタケノコでした。ごっちゃんです。もともと美味しい竹というのと、取り立てをすぐに処理したということもあるかと思います。美味しい状態で結構長持ちしました。
ワラビのみそ汁。

山菜ソバ。

どれも、とても美味しかったです。ごっちゃんです。
山菜採り
奈良県東部の山間部にて山菜採り
この日は榛原に住んでいるYUKAのおじさんの案内で山菜とりに行ってきた。
午前中は小雨が残っていたが、昼からはどうにか雨がやんで、なんとか行くことができた。
場所は具体的には書かないほうが良いのかもしれないが、まあ写真を見ればわかる人はわかるかもしれない。別の件で何度か行ったことのある場所であった。


斜面をよじのぼって採る。下のほうはおおかた取り尽くされているので、上まで登らないとなかなか良いのは採れない。


ワラビがたくさん採れた。YUKAの実家に半分分けた後でこの量・・・というか、実はほとんどYUKAのおじさん夫妻が取ったのをもらったぶんである。私らは根性が足りず(足腰弱い?)、あまり上まで登れなかった。自分らで採ったのは、たぶんこの量の5分の1くらい。

こちらは山ウド。これはたくさん採れた(下のほうにもたくさんあった)が・・・ものすごく苦くてあまり美味しくなかった。芽の部分を天ぷらでもしないと無理かな。
ワラビをたくさんもらったが、自分らでも、わらびもそこそこ採れて、結構楽しめた。
しかし、私がする釣りというのは、ほとんど歩き回るようなことはしないんが、これは足腰が鍛えられる。
天気が悪く寒いくらい(気温8℃〜10℃)だったが、むしろちょうど良かった。
ワラビは灰汁抜きしたが、アクがかなり少なくて美味しいワラビだった。
週末は山菜取りに行けるかな!?
山菜取りの後はバーベキューをしようと言ってもらっている。
このところ、釣りのおかげで、いろんな人の輪が広がり、とても楽しい時間をすごさせていただいている。
私はもともと人付き合いにおいて、自分の未熟さと自分勝手さから来る妙にだらしないところと、これまた融通の利かない性格から来る妙に潔癖というか純粋なところが入り交じっていて、それらのせいで、なかなか人間関係が円滑に行かないところが多いのだが、釣りを通して良い人の輪が広がって、おかげでとても充実した日々をすごさせてもらっている。
もちろんん、良いことばかりではなく、自らの至らなさのために失礼なことをしでかしたのも数知れずあるので、のほほんともしていられない部分はあるのだが、しかし、仕事とのかかわりでの利害関係がからんだ人間関係においては自分をさらけ出せない、公私混同してはいけない部分というのもあるので、そういうものと関係なし、損得とは関係なしにつきあっていただける人たちというのはとても貴重だし、感謝している。
この連休に釣りをしたりバーベキューをしたり、いろいろあったのも、釣りを通して交友の輪がひろがったおかげである。感謝感激である。
今度の週末の山菜取りも、これはYUKAのおじさんの招待なのだが、これも釣りが関係している。魚を持っていったり、いっぺん釣りをご一緒したりということがきっかけにもなっている。
本来、趣味というのは堕落するものなので、あまりのめりこむべからずという側面がある。
ただ、今のところ、釣りを通して知り合った方々と、釣りに限らず楽しい時間をすごさせてもらっていることには、とても感謝している。ありがたいことだ。
もったいない
まだ安全に食べられる食料を「美味しく食べられる期限」を越えたにすぎないというだけで大量に投棄するのは、法的に合法であっても、道徳的にはどうなのか。
法律と社会のありかたそのものが歪んでいるのではないかと思ったが。
ところで、船場吉兆も、まだ食えるもの、客が手をつけずに残したものが「もったいない」から使い回していたというが・・・
あの女将がやらせていたのかどうかわからないが、彼女が「もったいない」と思ったのは、「食べもの」を捨ててしまうことではなく、「別の客に出せば金になるもの」を捨ててしまうことだったのは間違いないだろう。いや、顔で判断したら怒られるかな。
いずれにしろ、もったいないという気持にもいろいろあるということだろう。
大出世
とは言っても、スポーツ新聞の釣り欄に小さな写真が出て、記事の中で「無表情で魚を釣り上げる男」として名前が紹介されていただけではあったのだが・・・。ちなみに、今晩テレビにもちょっと映るかもしれない。関西ローカルの釣り番組だが。
実は中学生の頃、将来の自分は間違いなく新聞に載るような何かをしでかすような予感があった。もちろん、悪い意味で(爆)。
なので、将来は何か反社会的な行動をしでかして、それで逮捕されて新聞に名前が載るだろうと予想していたわけだが、私もずいぶん大人になったので、最近ではその予感は完全に消え失せてしまった。
人生、釣りやら遊びで新聞に載ったりするのを喜んでいるくらいが安心である。
ただ、私の後輩には、華々しい研究成果をあげて、それが新聞記事として報道された者もいる。
『細胞内にある特定の酵素が、がんの原因となるDNAの損傷をいち早く察知し、がんの発生・増殖を防いでいることを世界で初めて解明した。』
なんて記事がメジャーな新聞に載った者もいるが・・・それに比べると、微妙な路線の違いに少々戸惑いつつも、私も肩を並べたか!などと思ったりして。というのはウソである。
ともかく、今回のことは本当に良い思い出というか記念になった。Kさんに深く感謝である。
それにしても、スポーツ新聞の一面は阪神の記事だったが、デッドボールの後にホームランを打つ阪神の打者もすごいが、ホームランをはじきとばしてホームランでなくしてしまう阪神ファンはもっとすごい。
こんな相手に巨人は勝てるはずもないし、勝とうと思うことそのものが間違っているような気さえする。いっそ、巨人は野球をやめたらどうだろうか。
元巨人ファンより。
(追記)




↓何と、私のクーラーが!

ちなみに、先ほどテレビを見たが、たぶん私が出ると聞かされていた人なら、私とわかる、というくらいだっただろう。横顔が少し映っていたくらいだった。
釣り座から予想されたことだが、思った通りあまり映っておらず(船の揺れがはげしかったので、カメラさんがあまり動き回れなかった)、まあ、あれくらいで良かったような気もする・・・。顔がはっきり映っても照れくさいし。
ただ、何人かの人に「テレビに出るよ!」とふれまわったのだが、思い返してみると、それがかなり恥ずかしいかもしれない。
それにしても、テレビで見てもかなり海が荒れて船も揺れていた。あの状況で、よく釣りをしたものだ。そのことにあらためて関心した次第。













