カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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鯛めし激ウマ!

先日の傳八屋釣行では、最初の放流で入ったマダイが割と小ぶりでした。

小さいのが放流されると、ついつい文句を言ってしまいますが、小さい鯛も結構良いところがあります。

まず、そのままグリルに入るので、鯛の塩焼きが食べられる。開いて干物にまでしなくても、軽く一夜干しでそのまま焼けるのはありがたいです。

また、塩ガマとか鯛めしにまるごと使いやすいという利点もあります。うちみたいに二人だと大きなのでは多すぎますから。まあ、こういうのはパーティー料理なのかもしれませんが・・・。

それ以外にも、マダイの放流量は重さで決まるのでしょうから、小さいのが入れば放流「数」が増えるということになり、そうならば、数が釣れる(アタリの回数が増えて退屈しない)、小さくても数をたくさん釣りたい人も満足できるということなので、何割かは小さめのも混ぜて放流していただけると、私としてはありがたいです。

さて、YUKAに鯛めしを作ってもらいました。美味しくできました。

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こういう感じで作ったのははじめてだと思うのですが、美味しくできていました。さすがだねえ。

何というか、鯛の身がふっくらふんわりして、味加減も絶妙!

ついついご飯を食べ過ぎてしまいます。今日も帰りはスポーツ・ジムで汗を流そう!

料理 | Comments(9) | Trackbacks(-)

どうしようもない

私は車で通勤している。職場の駐車場を毎月1万数千円も払って借りている。それは良いのだが、この駐車場にはやたらとたくさんゴミが落ちている。

職場の駐車場は何カ所かあって、以前はもうちょっと遠いところ(徒歩3分)の駐車場だったのだが、お願いして近いほう(徒歩1分以下)に変えて貰ったところ、こちらの駐車場はやたらとゴミが多い。前の駐車場は、そんなにゴミは無かった。

落ちているゴミは、タバコの吸い殻、タバコの空き箱、お菓子の包み紙、ビニール袋、コンビニ弁当の入れ物、ペットボトルなどなど・・・

毎日掃除のオバサンが掃除してくれているのに、次々にゴミが捨てられているので不思議だった。

そして今日、その理由がわかった。今朝、出勤して車から降りたら、空からゴミが降ってきた。

そう、すぐ上には阪神高速と国道43号線が通っている。そこを走っている車がポイ捨てしていたのだ!

先日の白浜の千畳敷での落書きと言い、車からのゴミのポイ捨てと言い、もう社会はどうしようもないくらいに腐っている。

これもすべて教育の失敗、常識の喪失の結果だろう。

くどくど書くと長くなるので結論だけ書くと、「個人の自由」と「価値の多様化」を極端に認めすぎたことが諸悪の根元だ。これは「歴史的に培われた常識と価値観の喪失」とセットである。

まあ、そう言っても、もうどうしようもない。仮にどうにかできる方法があったとしても、腐るまで60年かかったのだから、効果が出て社会がまともになるまでにも60年はかかるだろう。

次の世代に託すしかないが・・・

まあ無理だろう。というか、むしろ、無理だ、どうしようもない、そうみんなが思うくらいにならないと、改善しないと思う。

どうにかなる、なんとかできると思った途端に、現実に対して妥協を重ねて、それが状況をよりおかしな方向へと向かわせる。その繰り返しが政治や何もかもをだめにしてきた。

もうどうにもならない、どうしようもない。

まずはそれを認めて、その上で、現実の処方箋としては何も無いけれども、正論はこうなんだ、こうあるべきなのだと、そういう理想なり何なりを語って、それが広く浸透するのを待つしかない、そう言っていたじいさんがいたが、その通りなのかもしれない。

間違った理想が世の中を長いスパンでおかしな方向へ導き、現実主義者がそれに妥協を繰り返して来た結果が、この世の中、という事なのだろう。

迷い・不可解 | Comments(0) | Trackbacks(-)

従順すぎる日本の若者

ネットカフェ難民5400人=半数が非正規雇用、4割失業者?初の全国実態調査

8月28日11時1分配信 時事通信

 厚生労働省は28日、定まった住居がなく、インターネットカフェに寝泊まりしながら不安定な就労を繰り返す「ネットカフェ難民」に関する初の実態調査を公表した。それによると、「難民」と言われる人は全国で約5400人(推計)に上り、その半数を派遣やアルバイトなどの非正規雇用が占めたほか、失業者や無業者も全体の4割に達していることが判明した。

 

あと、ネットカフェのイメージ悪くなるからお客様を難民と呼ばないで(「ネットカフェ難民」は差別語だ…業界団体が声明発表)、などと言う話もあるみたいだが・・・これは別に、差別してはいけないという立派な事が言いたいのではなく、ネットカフェのイメージが悪くなって自分らの商売に邪魔だから言っているだけだろう。

それはともかく、これはやっぱり非正規雇用ばっかり増えたせいが大きいと思うが。リストラや非正規雇用の増大で、人件費を大幅に抑えてきた一方、役員報酬や株主配当はどんどん増えている。一生懸命働いている人間の給料が減って、株を持っているだけの人間がそのぶんの金を得る。これが「改革」の正体だろう。

田舎はまだ失業率も高いし、そもそも産業があるわけでもないんだから、たいして職なんか無い。だから都会で、派遣でも仕事があるだけましということか。田舎は貧しく、そんなところに住んでいる親も頼りにできない、人間関係、家族関係、地域共同体がバラバラになった結果もあるだろう。

今の政府は派遣業界とズブズブだから、どうしようもない。人材派遣などと言っているが、実際はピンハネ業だろう。こういうのでのし上がったような人物が政府に接近して、たとえば郵政民営化を新たな利権にして、食い物にしている。マスコミはどうしてこういうことを報道しないのか。

マスコミはずっと「改革」をやれと言ってきた手前、その改革が一部の人間のためにしかならず、社会にさまざまなひずみを産んでいることを認められない。それを認めると、自分たちマスコミの責任が問われて、権威が失われてしまうから、そこらあたりから逃げているとしか思えない。

政治家はまだ結果に対してある程度の責任をとらされるが、マスコミは間違ったことを言ってもまったく責任を取らない。

マスコミの言うとおりに世論が形成され、その世論にしたがって政策が行われ、それが失敗すると、政治家や官僚だけが責任を問われる。何かおかしい。マスコミも世論も責任を取らないが、諸悪の根元はこちら側にあるのだろう。

それはともかく、日本の若者は、ちょっと従順すぎるのではないか!?フランスあたりでは暴動が起きているみたいだが。暴動を起こす気力もないのか。

このネットカフェ難民は、彼ら自身の責任も何割かあるのだろうが、やっぱり、残りの何割かは政府の政策や経済界の方針が招いた結果でもあるのに、今の若者はそれに対して暴動を起こす気力も無いとは情けない。

昔なら団結して立てこもったり火焔瓶投げたりとかしたところだろうが・・・いや、それが良いと言っている訳ではないが、現代の若者は個人主義だから、集団で集まって何かしようとかそういうこともできなくなっているんだろう。

個人主義でバラバラになり、一人一人も活力がなくなっている。

それから、私なんかは、上の人間に食ってかかるほうで、反骨心が強すぎて自分でも困るのだが、最近の若者は「勝ち馬につけ」というタイプが多いらしい。

空気を読んで勝ち馬につくというのが多数のようだ。

自分がいじめられないためには、空気を読んで勝ち馬につく。いじめられたら逃げる。どっちも情けない。

いじめられたら戦えよとどうして教えないのか。一生逃げ続けるつもりだろうか?いじめられたら逃げろなんて、私は自分の子供にはそんなことは教えたくない。相手を殺さない程度に、ある程度捨て身でぶつかれと、それくらいの活力のある子供を育てたい・・・って産まれてもいないのだが。

そうやって追いつめると自殺したらどうすると言われるかもしれない。しかし、それにもやっぱり子供にも戦い方を教えるしかない。実際の戦いに大人が出て行けないが、戦い方を教えることで、親が子供の身方であることを教えられるし、そうならば自殺などしないだろう。

だいたい勝ち目が無いなら逃げろなんて教える親は、子供から尊敬されるんだろうか?まあ、私の場合も実際の行動は、勝ち目がないことから逃げまくりだから、すぐボロが出るとは思うが・・・そうやって子供がグレるのかもしれない。

ところで、青少年の異常な犯罪が最近では注目されているが、ちゃんと統計をとると、若者の凶悪犯罪はむしろ減っているというのが実体らしい。日本は先進国の中ではずば抜けて低いとか。

それはそれで結構な事だが、しかし、それは若者のモラルが向上したからという訳ではなく、たんに人間として弱々しくなった結果にすぎないのではないかと思うと、かならずしも楽観的にはなれないのではないか。

活力の低下はどうしようもないレベルにまで来ている。

哀愁 | Comments(0) | Trackbacks(-)

夏休み、最後の釣り堀

2007年8月25日(土)傳八屋

潮@五ヶ所
潮?中潮
満潮?2:48、17:03
干潮?9:57、22:30
日出?5:20
日入?18:30
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天気?快晴、暑い



また前置きが長いので、釣行記だけ読みたい方は、とばして(釣行記)のところからお読み下さい。

(釣行決定まで)

さて、今回は、最近私のHPに遊びに来てくださるようになった、このじんゆうさん親子とご一緒させていただくことにした。

9月の釣行予定がすでに3回決まっているので、9月はこれ以外に釣り堀に行くのが難しそうだったのと、今月はまだ1回しか釣り堀に来ていなかったことをあわせて、8月中にいちどご一緒できればと思い、声をかけさせていただき、ご一緒できることになった。

息子さんは私のHPを読んでもらって、私に会えるのを楽しみにしてくださっていると聞いていてたが、実物の私は子供に人気がない(笑)。いままで子供になつかれた事がゼロであるので、ちょっと不安であった。

あと、お二人は今回で釣り堀3回目(前2回はいずれも正徳丸)ということで、まだ釣り堀はに行き始めたばかりのようなので、なにかお手伝いでもできればと思っていたが、私はYUKAと一緒だし、どうにも気がまわらないほうなので、満足していただけるかちょっと不安があったが・・・。

こういう時は、メンバーへの気配り抜群の近藤水産さんか、初心者へのレクチャーをさせたら抜群のあにさんあたりとご一緒していただければ、このじんゆうさん親子にとって、得られるものが大きいかと思ったが、都合つかず無理。

この他、れがーさんも頼りになるかと声をかけさせていただいたのだが、釣り堀紀州へ行かれるそうで、それはそれで私も新規釣り堀のレポートもお聞きしたいので、お互い頑張りましょうということになった。

それで、私に釣り堀での釣り方を色々教えてくださった師匠である太郎さんだけ、どうにかつかまったので、これで良いかと思い、いざ釣行となった。

あとは、釣り堀をどうするか。慣れた傳八屋か、それとも光栄丸にするかで迷った。光栄丸ならこの人数でも貸し切り状態になるの可能性が高かったので。

で、わりと直前までどっちにするか悩んだが、ニコニコもそんなに爆釣でもなかったのようだったので、傳八屋に決めた。回数券もまだ残っているし、勝手がわかっているほうが良いかと・・・。

ただ、傳八屋だと5人で貸し切り状態にはならない。しかし、釣行を決めたのが直前だったので、これ以上ネットで募集するのも行き違いになってもややこしいし、結局は貸し切りできるほど集まらないかもしれない。傳八屋の土曜なら誰かいるかもしれないしと思って、もうこのまま出発した。

牧野さんにもふられたが(迫間浦荘の夜の外でのアジ釣りに夢中のよう)、現地でkawamuraさん一名ゲットできて6名となったが、結局は2名の方と乗り合いで貸し切りにはならなかった。

(前夜)

さて、前日、金曜の夜にいざ出発。つばき屋に前泊するので、早めに出る予定が、昼からの会議が紛糾して長引き、帰宅したのがいつもとかわらないくらいの時間になってしまい、何やかにやしているうちに、家を出るのが9時半になってしまった。

これはもう、玉城ICを12時すぎにでて深夜割引にありつくために、のんびり行くことにした。

玉城IC手前の多気PAに11時45分頃に到着。前回みかけた子猫ファミリーをさがしたが、もういなかった。まさか私のあげたイワシのせいで・・・

さて、今回はエサを買いすぎないように気を付けた。サニーズでカツオ、シラサ、ボケ10匹、アオイソメを購入。その他、魚かしでエビ団子とエビ団子の素・黄色を購入。あとは前回までの残りの魚玉ハード、オキアミ、イワシ、キビナゴ、魚かしキビナゴ、エビ団子の素・赤を持参。偽あにじるしのアマエビ&ササミも持参。あとは生きアジを傳八屋で注文。これだけで勝負することにした。まだ結構多いなあー。

さて、つばき屋に到着したのは1時前の深夜になってしまった。YUKAはもうほとんど半分眠っているような状態だった。

私も、牧野さんと少しお話して、すぐに眠りについた。5時過ぎまで4時間少々ではあったが、二人とも熟睡できた。

そして、5時半に待ち合わせしていたこのじんゆうさん親子とお会いして、ごあいさつ。同じ年齢、同じ血液型ということで親近感を感じた。また、息子さんのじん君にもご挨拶。実は私は小さな子供さんらにはあまり人気がない事が多いので、ちょっと心配であったが・・・。

お二人は私のことをかなり楽しい人と誤解されているようだったが、実物は少し変なところがあるので(あくまで少しではある)、たぶん会うとがっかりされるのではないかと内心ヒヤヒヤしていたが・・・果たして予想通り、釣りをしている姿が、怖いダースベーダーということになってしまった。



(釣行記)

さて、傳八屋の駐車場に到着。この日の傳八屋は、土曜にしてはあり得ないくらいに空いており、客は全部で30人ほど。桟橋も空いていた。

で、我々6人で貸し切り状態になるかと期待したが、さすがにそれは無理で、この他に私らと同年代くらいかと思われるご夫婦と乗り合いの8人で2番イカダでの釣りとなった。

船を降りると、私はさっさと南側に陣取る。まあ、いつもは場所は適当に入るのだが、今回はYUKAのためにビーチパラソルを持ってきて、これの日陰になるためには、南側に入るのが一番良いと思ったからである。

が、テントのある北側が人気だったようで、このような配置になった。

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イカダに乗ると、青物の大群が浮いてきてグルグルと浅いところを回っているのが見えた。

さて、釣り開始。このじんゆうさんたちも、釣り堀がはじめてでもないようだし、釣りそのものは結構されているようなので、あまり口を出しては失礼かと思い、釣り方についてこちらからあれこれ言うことはしなかった・・・というより、釣りがはじまると、忙しくてつい自分の釣りに没頭してしまった。ごめんなさい。○○さんが見ていたら、たぶん怒られただろう。自分から声をかけておいて、何と気がきかない奴と叱られたに違いない。反省しています。


それはともかく釣り開始。ようやく釣行記のはじまりである。

まず朝一、YUKAの仕掛けをセットしてやってもらう。さぐり釣り3.3mのズボ釣りで、偽あにじるしアマエビで8mくらいに入れたようだ。

そして自分の仕掛けも用意する。まずはマダイ狙い用の竿、いつも大イカダで使っているウキ釣りのタックルでやることにした。

その自分の道具の用意ができて、さあ釣り開始、と思ったらYUKAがマダイをあげた。順調だ。

そして私もようやく釣り開始!すぐにヒットした。マダイだろう。と思ってやりとりしていたら、kawamuraさんが青物をかけた。

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(二日連続で青物釣りまくり!)

私の仕掛けとお祭りして、こっちは切れてバラし・・・。kawamuraさんは見事、青物をゲットされた。

この時、まだ青物が浮いていて、活性がありそうだったが、とりあえず私はもう1投マダイ狙いで偽あにじるしアマエビをつけて仕掛けを入れておき、その間に青物用の道具も準備することにした。

で、準備できたと思ってふと見ると、ウキがジワジワとゆっくり沈んだ。

これはマダイだろうと思ってやりとりすると、急に走り出されて、竿をのされた瞬間にプッツリと切れてしまった。どうも青物だったようだ。

エサがアマエビだったし、ウキの沈み方から、てっきりマダイだと決めつけてしまったのが失敗だった。

で、こんなに青物が活発なら、もう青物を狙おうと思い、魚かしキビナゴをつけて、浮いている青物の群れの中に入れてやると、何と、簡単にも即食いついてきた。そして青です宣言をしてやりとり開始!

今年に入って、割と青物が釣れることが多くなったためか、以前のように青物をかけた時の「青です!」コールの声がうわずって妙な感じになったり「アオアオアオですぅ?」みたいになることがなく、格好良く「青です!」とビシっと言えるようになった、のではないかな?と勝手に思っているが・・・どうだろうか。

それはともかく、まずはワラサ(たぶん)をゲットすることができた。

このあと、1時間くらいは青物ラッシュが続いた。

私は、魚かしキビナゴでもう1匹、ワラサをゲット。マダイ狙いしてマダイをもう1匹追加したYUKAも、皆があまりに青物をかけて、自分の竿を入れる暇がない状況を見て、さすがに青物狙いにチェンジ。

そこにちょうど生きアジがとどいたので、彼女は生きアジを入れると、これまたすぐに穂先が刺さって、ヒラマサ(たぶん)をゲット。あまりに元気なので、半分私が手伝ったが・・・。

というのも、青物ラッシュの時に、上げるのにあまりに時間がかかると、どうも青物が沈んでしまって活性が落ちてしまうようだったので。ある程度走らせたほうがよいが、あまり長時間やっていると、魚も警戒しだしてくるようだ。

それはそうと、YUKAが生きアジで釣ったのを見て、今度は私も生きアジに変えると、これまた入れ食いでカンパチがヒットして、無事ゲットできた。

このじんゆうさんにも青物がヒット。しかし、私は最近新調したタモにイマイチ慣れていないせいもあり(直径が小さい)、かなりタモ入れに手間取ってしまい、なんと青物をこづいてしまい、痛恨のバラし!アシストどころか妨害してしまい、申し訳ありませんでした。

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これはタモのせいです・・・ということにしてください。この後このタモは壊れてくれたので、今度こそ買い換えよう!

朝から青物ラッシュは1時間ほども続いただろうか。このラッシュで、私は青物3本、YUKAも1本ゲットできた。kawamuraさんも3本は釣っていたし、お向かいのご夫婦も2本釣っていたし、太郎さんもこのじんゆうさんも釣っておられたと思うので、少なくとも11本は上がったと思う。放流前に!

さて、青物ラッシュが一段落ついた8時半頃、最初の放流がやってきた。放流されたのは、イサキやこぶりのマダイの他、シマアジやイシガキダイも入った。

イシガキダイはちょっと小さめに見えたが、でも2?3枚は放流された。

放流後、マダイやイサキがパラパラと釣れだしたが、マダイほどもあると思えるイサキをYUKAが釣ったかと思いきや、そのイサキよりも小さいマダイを私が釣ったりと、なかなか面白かった。

YUKAが好調にマダイを2匹とイサキを3匹釣る。私はマダイ2匹ほどで、放流後の活性は一段落ついた。

ここらへんから、あまり記憶がないのだが、日が高くなるにつれて、魚の活性は下がっていった。というか、青物は時々浮いては来ていたのだが、朝一ほどの活性はなかった。

マダイが釣れないので、ふと、シマアジのことが頭をよぎった。ウキ釣りで、まずは7mくらいのタナで魚玉+魚かしでやってみたがアタリなし。浅めのタナは青物がいるからだめなのかと思い、真ん中寄りの底より少し上、9.5mにしてみた。

ウキがなじむと、即、ツンツンというアタリが。残念ながら1投目は針がかりせず。2等目、これまたすぐツンツンと当たる。しかし、食い込まない。誘いをかけると、その後にツンツンとアタリ、少しウキが深く入ったのであわせるも、一瞬だけ針がかりしかけてはずれてしまった。

そして再度チャレンジ。こんどはしばらく待ってみたら、ウキがわりと深く入ったので、あわせる。するとバッチリかかった!かなりの強い引きで、青物のようでもある。これま間違いなくシマアジだ!

と思った次の瞬間。バレてしまった。仕掛けはどうもなっていないので、かかりどころが悪く、口切れでもしたのだろう。

その後、一旦アタリは止まったが、しばらくはしつこく狙っているとまたアタリが出だした。今度は小アタリであわせてみると、バッチリかかってやりとり開始!

何せシマアジを釣るのがかなりひさしぶりなので、しかも、型がまあまあ良かったので、かなり手こずってしまい、YUKAとお祭り。これはまあ無事はずれて、どうにかシマアジを1匹をゲットできた。

さあもう1匹釣ろうかと思ったが、このシマアジに刺激されたのか、誰かが青物をかけて、イカダはリセットされ、その後にはアタリは出なくなった。

そうこうしているうちに、10時頃、2回目の放流。青物はそれほど多くはなく、マダイの型の良いのがかなりたくさん入った。

ここでも、また青物が2?3本はあがったと思うがよく覚えていない。

私もYUKAも、生きアジをつけてやってみた。ふとYUKAのほうを見ると、道糸がたるんでアサッテの方向に向かっている。

私が「それ、かかっているんじゃないの?ちょっとリール巻いてみたら?」と言ってYUKAがリールを巻くと、やはり青物がかかっていて、穂先が突き刺さった。

かわりに私が青ですコールをして、YUKAがやりとり。しばし格闘の末、ワラサかヒラマサをゲットした。

YUKAはどうもこれで満足して、また朝から結構釣っていて疲れたようで、かなり暑さに参っていたようだ。

しかも、私が用意したビーチパラソルは並継式なのだが、柄の部分を一つ持ってくるのを忘れたために、異様に背の低いパラソルになってしまい、迷惑をかけてしまった。

どうもやる気がないと思って、ちょっとハッパをかけたりもしてみたのだが、暑くてへばっていたとは気づかなかった。申し訳ない。どうも色んなところに気が回らない私なのであった・・・。

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かく言う私も、朝から青物と連続して格闘したりで、かなり汗だくで滅茶苦茶暑くて参った。

日焼け対策と称して長袖作業着を着ているのも災いしたのだろう。汗びっちょりで、ノドがかわいてしょうがなかった。予想以上に飲み物を消費してしまい、あやうく脱水症状になりかけたが、弁当船と一緒にお茶を追加してもらったので、どうにか助かった。

さて、青物放流後には私も1本釣り上げたが、しばらくすると落ち着いてきたので、今日あまり釣れていないマダイを狙うことにした。

YUKAはまだ生きアジで青狙いをしていたが、何とその竿でマダイが釣れた。生きアジでマダイが釣れるとはマダイの活性が高いのかと思いきや、そうでもなかった。

あれだけたくさんマダイを放流したわりには、イカダ全体ではそんなにたくさん上がっていないような気がしたので、私も必死で打ち返す。

北西コーナーをアオイソメをつけて8mあたりで誘っていると、ようやくアタリが出て、小ぶりのマダイをゲット。

そのあと、同じ事をしてもだめなので、今度はボケに変えてみてもアタリが出なかったので、仕掛けを回収するために巻き上げると、その途中でヒット。急激に浮いてきてふと見ると、何とカンパチであったが、次の瞬間に猛烈に走られて、竿をのされてこれまたプッツリとハリスが切れてしまった。

うーむ、安物リールはドラグ機能がイマイチなのか、朝と同じ事をやってしまった。

お昼の弁当タイムになって、ボチボチ青物の活性もおちついてきたようだったが、なかなかマダイのアタリが出ないので、ふと思い出してシマアジを狙ってみることにした。

先ほどと同じく、ウキ止めの位置を9.5mにセットして、魚玉ハードをつけてイカダの真ん中を狙う。

ウキが落ち着くと、すぐにツンツンと反応が出た。しかし、ウキが沈むことはない。シマアジが吸い込み&吐き出しをくりかえしているんだろう。

それでは、と横に誘った瞬間に、針がかりした!なかなか良い引きで、浮かせるのにマダイよりはずっと手こずりながらやりとりして、無事釣り上げることができた。

さて、同じようにしてもう1投。これまたすぐにアタリが出る。ただ、ウキが入りこむことがないのは前回と同じである。

これまた、誘っているうちに、針がかりして、やりとり開始。さきほどと同じく良い型のシマアジを連続ゲットできた。

ここで太郎さんも参戦。インベーダーとしてやってきた!

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ダースベーダー(右)とインベーダー(左)

穂先にアタリが出るようだが、食い込ませられずに苦戦しておられる。私のウキにはアタリが出なくなってしまった。YUKAも時々アタリが出るようだ。が・・・彼女はマダイをゲット!

私はじれてきて、エサをシラサに変えてみた。そして誘っているうちにアタリが出てばっちりかかって、もう1匹良型のシマアジをゲット。

そのすぐ後に太郎さんにもヒット!しかし、kawamuraさんにも指摘された通り、少し小さかったのでご不満のご様子。

その後はシマアジのアタリが出なくなってしまったので、アオイソメをつけて放置して、ジュースを飲んで休憩。するると、いつのまにかウキが深く沈んでいる!

あわててあわせるとどうにかかかっていたようで、しかしこれはシマアジではなく、何と良型のマダイが釣れた。

と、この後、シマアジは釣れなくなってしまい、終了。

あいかわらず青物は時々浮いてくるが、なかなか食いついてくれない。

残り時間はあと30分もなくなってきた。いつもなら生きアジを放り込んで青狙いをしながら後かたづけするパターンなのだが、今回は生きアジを全部使い切ってしまっていたので、それができない。

しかたないので、マダイ狙いをしながら、ボケやアオイソメなどの生きエサを放り込んで置いた。

で、だいたい片づけもすんで、今度はエサをシラサに変えて投入すると、ちょうど青物の群れの真ん中に仕掛けが落ちて、食いついたのが見えた!

会わせるとバッチリかかって、やりとり開始!さきほどはドラグがしょぼくて切れてしまったが、こんどは最初はゆるめにして、徐々に適当なところまで締めて調整する感じにしてそれがうまく行ったようで、マダイ竿にしてはそんなに時間がかからずに上げることができた。

狙い通りに最後に青物が釣れたので、こころおきなく竿を置くことができた。いつもなら船が見えるまで最後の1本の竿を出しているのだが、今回は、まだ10分ほど時間があったにもかかわらず、竿をしまった。

と、今回は、釣りそのものは順調で、とても忙しく、そのせいというと何だけれども、はじめてご一緒したこのじんゆうさんたちが釣り堀3回目で慣れない傳八屋であったにもかかわらず、何のアシストもフォローもできなかった(どころか、タモチョップでバラしと妨害してしまった)ことが反省される。

ただ、私は気持はまだ初心者とかわらない感覚があるので、自分みたいな者が人にあれこれ教えるなんておこがましいと思っていることもあるわけですから、こちらからあれこれ言うというのは、ちょっとできないのでした。

しかし、それではイカンのかなあとも思ったので、気づいた点いくつかをメールさせていただきましたので、次回以降に参考にしてみてください。

あと、息子さんのじん君は、ずーっと熱心に誘ったり一生懸命釣りしていたので、彼はきっと将来、かなり大物の釣り師になることは間違いないと思われます。

ともかく、ご一緒してくださった、このじんゆうさん、じん君、そして太郎さん、kawamuraさん、どうもありがとうございました。

(結果)

私?マダイ7匹、シマアジ4匹、ヒラマサ2匹、ワラサ2匹、カンパチ1匹
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YUKA?マダイ7匹、イサキ3匹、ヒラマサ1匹、ワラサ1匹
(12匹とは、よく釣りました)
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(アタリエサ・タナ)

マダイ?偽あにじるしアマエビ、アオイソメ、ボケ ・8?9m
イサキ?偽あにじるしアマエビ・8?9m
シマアジ?魚玉ハード、エビ団子の素赤・9m
カンパチ?生きアジ・6m
ヒラマサ?生きアジ、シラサ・2?8m
ワラサ?魚かしキビナゴ、生きアジ・2?3m

(タックルなど)

マダイ狙い

私1:シマノ・ホリデーメイト2号3.5m
   リール:ダイワ・スプリンターHV1500
   オモリ:0.8号+チヌウキ1号
   道糸:海上釣り堀用マーク入りナイロン5号
   ハリス:GrandMax3?4号
   ハリ:がまかつコーンチヌ5号、グレ針8号
   釣果:マダイ3匹、シマアジ4匹、ヒラマサ1匹

私2:サクラ・西海9号2.7m
   リール?シマノ・チヌマチック1000XT
   オモリ:ガン玉2B
   ハリス道糸:通し、グランドマックスFX2.5号
   ハリ:がまかつ一刀チヌ2?3号
   釣果:マダイ4匹

YUKA:ダイワ・シーパラダイス・さぐり釣りSP 3.3m
   リール?シマノNAVI2500
   オモリ?1号+ゴム張りガン玉5B
   道糸?海上釣り堀用マーク入り道糸ナイロン5号
   ハリス?GrandMax3?4号
   針?がまかつコーンチヌ5号 
   釣果?マダイ7匹、イサキ3匹


青物狙い

私 :ダイワ・リバティーISO3号4m
   リール:アルファタックル・okuma VS-40
   オモリ:エサによって1号?5号
   道糸:海上釣り堀用マーク入り10号
   ハリス:GrandMax8号
   ハリ:がまかつプロヒラマサ11号
   釣果:ヒラマサ1匹、ワラサ2匹、カンパチ1匹


YUKA:ダイワ海上釣り堀(クラブブルーキャビンII)3.6m
    リール?シマノAENOS-XT3000
    オモリ:オモリ:エサによって1号?5号
    道糸?海上釣り堀用マーク付きナイロン道糸10号・
    ハリス?GrandMax8号
    オモリ?ゴム張りオモリ1号?5号エサにより組み合わせ
    ハリ?がまかつプロヒラマサ11号
    釣果?ヒラマサ、ワラサ各1


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魚が美味しかった!

昨日は大漁で、楽しい釣りだった。

ところで、暑い時期だが、魚はどれもとても美味しかった。

今回も前回も前々回も、ここ(魚、美味しかった)で書いたことにしっかりと注意したので、釣った後にスカリの中でプカプカと浮かんでくるような魚はゼロで、家に帰って食べても美味しかった。

ただ、今回は忙しすぎてちょっと不手際があり、ワラサとシマアジ各1匹が弱ってしまったので自分でシメたが・・・。

ワラサが1匹だけハリをはずす時に変なことをしてもたついたのが原因でか、弱ってしまったので、イカダの上で自分で締めてはらわたを出したのと、これ以外には、ハリをはずすときにこれまたヘマして首を折ってしまったシマアジも自分でシメた。

が、あとはあれだけ暑い日で、けっこうたくさん釣ったにもかかわらず、この2匹以外はどの魚も最後まで元気にスカリの中で泳いでいた。

やはり、釣り上げた魚はなるべくタモの中でハリをはずして、そのままスカリに投入とか、青物はそれができないので、せめて海水でイカダの板をぬらしてからハリをはずす、ということを気を付けてやるのが重要なようだ。

イカダの上に置いていたオモリを持ったら、やけどしそうなくらいに暑くなっていた。イカダの板もかなり高温になっていると思われるので、その上に魚をおいてしまうと、魚の脂は一瞬にして溶けてしまうから、釣った魚もおおヤケドだろう。

帰りの船はカンコの中に結構たくさんスカリが入れられてちょっと心配だったが、この日は空いていたので、超ぎゅうぎゅう詰めというほどまでではなかったし、その前まで魚が元気だったからか、これはあまり影響もなく、シメた時もちゃんと血が抜けていた。

調理の際も決して魚をあたためないように気をつけた。水道の水もお湯のようだから。

半分くらいはいろいろとおすそわけしたので全部食べたわけではないが、青物のワラサ、カンパチ、ヒラマサの他、マダイにシマアジと持ち帰ったものは一通り刺身で食べたが、どれもものすごく美味しかったし、臭みなど全然なかった。

暑さでへばったのは、魚よりもむしろ人間のほうだったかもしれない。あとは釣行記で。

ともかく、今の魚は、入荷してから日があまりたっていないということも関係しているのだろうが、特に青物がどの魚体もとても綺麗だった。

料理 | Comments(2) | Trackbacks(-)

気になること

あるお方と電話で話していて、ふと気になったことがあった。

「YUKAさんは人柄も良くてみんなに人気あるくらいだけど、あんな素敵な人が、どうしてよりによって船長なんかと一緒になったのか・・・とか言っている人もいる」

ということを言われたので、そういう失礼なことを言っているのは一体誰なのか、問いつめようとしたら、上手に話を切り替えられてごまかされた。

そこで、こんな失礼なことを言いそうな人は誰か考えてみた。

まず、あの人、次にこの人、そしてあの人も、それからあの人も言いかねないなー、またあの人も私の本性を知っているからたぶんそう思っているだろう・・・・

と考えてみると、おそらく私のことを知っている人は全員が容疑者である。

ということは、それが正しいってことか!?

哀愁 | Comments(14) | Trackbacks(-)

涼しくなった

今朝は早朝からカミナリがゴロゴロうるさくて、少し寝不足である。

まあ、おかげで今日は少し涼しい。

ところで、実はおとついに気づいたのだが、職場の私のいる部屋のエアコンが全然効かないのは、エアコンの吹き出し口についている風向きを調整する板みたいの(何て呼ぶのだろう)が、真下を向いていて、私のところまで届かなかったことが一つの原因であることがわかった。

試しにその板をまっすぐ平行にしてみると、かすかだが、ひんやりした風が私の机近くまでやってきた。

そして、いつもならば昼間はせいぜいが30℃くらいにしかならないのが、昨日の昼に最大27℃までさがったのだ!

陽が当たる朝のうちはあまり下がらないが、午後からはどうにかデスクワークの集中力が切れない程度までさがってくれるようになり、ほっと一安心。

さて、今日の夕方と明日の午後いっぱいの会議にむけて、資料の作成だーーー。ってもうほぼできあがっているのだが、あとは細かなチェックだけだ。

喜び・楽しみ | Comments(4) | Trackbacks(-)

決断力

どうも私は決断力が乏しいようだ。

人の下で指図されて働きたくないという気持が人一倍強いところがあるにもかかわらず、自分で次々に何かを決断してゆかなければならない立場というのも向いていないようだ。

自分では何も決めず、人が決めたことに文句をつけるのが一番得意である。人は自分と同じ欠点を持つ人間には特に拒否反応をおこしやすい。だから私は自分と同類と思えるマスコミが大嫌いなのだ。

それはそうと、しかし、人生というのは決断の連続である。決断できないなんてことは言ってられない。人は毎日、何らかの選択をせまられ、そのたびに決断しなければ先に進めない。

決断力が劣っていると思われるその原因は、性格に起因すると言ってしまえばそれで終わりだが、細かく考えると、やはり物事を判断する基準があいまいであるということだろう。

ある狭い範囲で価値観は固まっていて、その範囲でならば決断はできるのだが、その範囲から少しでもはずれると、もうどうして良いやら見当もつかなくなって、フリーズしてしまう。

それから、優柔不断は欲深であるということの裏返しとよく言われるように、一方を選べば他方を捨てなければならない。一つを選べば残りすべてを捨てなければならない。

そこで決断して一つを選べるのは、やはり決断力にすぐれているからだろう。しっかりした自分なりの基準に従ってものごとを選択できれば、その結果が失敗に終わっても、後悔することはないのかもしれない。

しかし、私の場合、結局は決められない、ギリギリの時間切れになっても決められない。だから最終的には、それこそあみだくじとか、鉛筆をころがすようにして、半ばでたらめに「えいや!」と決めてしまうから、失敗するとあとで後悔するのだと思う。もうちょっと考えられなかったのかと。でもやりなおしても結局は同じなのだが。

そして、あの時自分で最良の選択をしなかった、できなかった、そう思ってしまうから、そのことに対する後悔がふつふつと湧いて出てくるというわけではないかな。

決断力というのは、判断力と自信・確信がなければならないが、これはやっぱり人生経験から来るものだろう。

決断する材料として、いろいろな知識やら情報やらを集めることはできる。しかし、そうした技術的知識の中から、その場の選択に有効なものを選び出して参照するということができないと、決断するための材料にならない。

余計な情報ばかり参照していては、むしろ決断の邪魔になることすらある。どの情報を参照してどの情報を捨てるか、その作業は、いくら技術的知識を勉強してもだめで、経験からしか身につけられない。

私の場合も、こざかしい技術的知識からものごとを何でも判断しようとするが、様々な「状況」において、どのような技術的知識を選んでどういう理屈を基準として選ぶのが最良か、その判断ができない。

その判断は経験的知識からしか導き出せない。経験の積み重ねが重要なのだろう。

つまり、人生経験によって実践知をみにつけること、それをつみかさねてゆくことで、私の場合はどうにか人並みの決断力を持つことができるようになれる、その可能性があるのかもしれない。

ということは、私にとっては、年をとるというのは良いことである。

自分が大器晩成であると信じて、くさらずに頑張ってゆこう。

ただし、大器晩成かどうか、それには何の根拠は何もないし、実際、年をとってみないとわからない、年をとってみると、「あー若い頃は良かったのになー」なんてことを言ってそうでもあるが・・・

迷い・不可解 | Comments(2) | Trackbacks(-)

理解できないなー

それにしても、ダル○ッ○ュみたいのを野放しにして、もてはやして、一方で朝青龍ばっかりを批判してみても、どうにもバランスが悪いように思うが。

共通しているのは、彼らに教育すべき者たちの怠慢だろうか・・・。

まあ、相撲は国技だとか神事だとかいうことがあるから野球よりも数段厳しい、野球は今や純粋に人気取り商売になってしまった、ということもあるのかもしれないが。

それにしても細○数子の、「モンゴルは資源持っているからモンゴル人の言うことを聞いて、朝青龍をゆるしてやれ」みたいのには開いた口がふさがらなかった。その前の週にはさんざん朝青龍を叱りつけて置いて、豹変もはなはだしかった。

ようするに、そうやって、外国人が怒っているからひたすら日本人は彼らの言うとおりにしろと、まあ彼女は要するに、俺たちの商売の邪魔だから首相は靖国なんか参拝するなと言っていた経団連の連中と、まあ同類なんだろうなー。拝金主義という共通項もあるし。

こういうのをテレビに出している限り、世の中おかしくて当たり前だ。

変な世の中、狂った時代、おかしな社会では、人気者になるのは、変な奴、狂った奴、おかしな奴ばかりである。byカーク船長

迷い・不可解 | Comments(0) | Trackbacks(-)

教育には2種類ある

最近、金融経済教育支援だとかなんとか、テレビのコマーシャルでやったりしているが、あれを見ると不愉快でしょうがない。

いや、別に金融経済教育がイカンと言いたいのではなく、どういうところでやるかが問題なのだ。

小学校とか中学校の義務教育でそういうことをやるのはおかしい。英語とかパソコンとかを小学校からやらせて無駄な時間を費やすのと同じである。

何が言いたいかと言うと、教育というのは2種類あって、それぞれ分けて考える必要があるということ。

ひとつは、基礎教育。子供をまともな大人、まともな人間・社会人に育てるような教育。

基本的な体力を身につけ、読み書きや計算の能力があり、社会の常識と道徳をみにつけた人間を育てるための教育。

もうひとつが、実用的な知識を身につけさせるものとしての教育、就職に役立つとか職業訓練にむすびつくとか、そういう種類の教育。

そして問題は、戦後の日本では、ほとんどが実用本位の教育ばかり、基礎教育をないがしろにしてきているということ。

もちろん小中学校では読み書き計算と体育は習うが、それとて、受験勉強というこれもある種の実用本位の勉強(受験→一流大学→一流企業で就職が有利)で、それが中心であったということ。

ただ、受験勉強はそればっかりではなく、基礎教育ともむすびついているからまだ良い。

かつ、実用とむすびついているからには、英会話学校や塾など、民間に任せても、市場にまかせてもどうにかやっていけるたぐいのものであるし、金融経済教育というのもこれと同じで、やりたい人だけが専門学校なりどこなりへ行って習えば良いだけの話だ。そうならば、別に文句を言う気もない。

または、金融経済教育などというものを基礎教育に入れるとしても、せいぜいが、社会の常識をみにつけるための「社会科」という科目の教科書の半ページほども使えばそれで十分だろう。

公共の教育では、そういうことをやる時間は無い。基礎学力をつけるということと、今まったくされていないが、社会の常識や道徳(法律ではない)を身につけたまともな人間を育てるということにもっと時間を費やさねばならない。

そして、完全に忘れられていることだが、人間が生きてゆく上で、実用の知識としてではなく、抽象的な価値基準として重要な、「真・善・美」について教える、もしくはそれらについて考えさせる、模索する(=学問)というところへつなげて行かなければならない。

真善美、それに対する偽悪醜、真と偽、善と悪、美と醜について考え判断するというのは人間として重要なことだと思う。

それらの基準となるのは、真については哲学・科学、善については宗教・倫理、美については数学・芸術である。

もちろん、これらを簡単に教えることはできないが、これらについて考える姿勢くらい教えなければならない。それを考えるのが学問である。

全員が学問をする必要ないが、これは実用的な教育ではないだけに金にはならないので、民間とか市場にまかせてどうにかなるものではない。しかし、すべての教育の基礎をなす重要なことであるので、公教育が力を入れなければならない分野だ。

ただ、いずれにしろ、真善美の基準についてしっかりと教えられるのは、社会に健全な常識と道徳がある場合に限られるから、まあ無理なんだろうなー。

読書・勉強 | Comments(2) | Trackbacks(-)

スカスカだ!

ちょっと事情があって、高校の生物の教科書など読んでいるが、新課程の教科書はスカスカすぎる。フルカラーでとても綺麗にはなったが、内容は・・・

遺伝子とかバイオテクノロジーの話はずいぶんと増えたし、バイオテクノロジーに関して生命倫理みたいな話も増えたが、ごく基礎的な、たとえば「代謝」に関する部分などがスカスカになっている。どないせいちゅうんじゃ!

教科書から・・・

「蛋白」というと卵の白身のことだが、タンパク質にあたる英語プロテインは「一番のもの」を意味するギリシャ語から命名されたものである。古くから生命に深くかかわる物質と考えられてきたタンパク質について学習しよう。

へー、知らんかった。

さて、今週の木・金とみっちり会議があるので、それにむけて、しばらくデスクワークにはげむとするか。エアコンの効かない部屋で・・・。

読書・勉強 | Comments(2) | Trackbacks(-)

そう簡単に善い人にはなれない

日本テレビの24時間テレビというのは好き嫌いがいろいろあるようで、私もああいうのは苦手なのであまり見ないが、いいかげんマラソンで無理矢理感動を得ようとするのはやめたらどうか?

そもそも24時間テレビというのは、1978年からはじまったようで、当初マラソンなどなかったのが、1992年の間寛平からはじまって、思いのほか感動を呼んだのと同時に、寛平ばかりに走らせても(3回走っている)だんだんマラソンが上達してきて感動がなくなったものだから、いろんな芸能人に走らせるようになったみたいだ。(参照

それが、だんだん感動がものたりなくなってきたからだろう、この人が本当に走れるの!?という、危うい人間にばかり無理させて走らせて、今年なんかは老人をかつぎだしてくるとは、途中で死んだらどうするつもりだったのだろうか!?(丸山弁護士だけは下心があって自分の利益のためだけに走ったであろうことは今やあきらかだが)

それから、夏休みのこの時期に、チャリティーみたいのをやって、子供に教育的な効果を与えるという点ではこの番組は良いとは思うけれども、ボランティアとかチャリティーとか弱者への善意みたいなものを、ただその瞬間瞬間の感情論だけでやってしまうのではどうかと思う。

というのも、弱者というのはこの世界にそれこそごまんといる。日本だけに限ってもそれこそものすごいたくさんの人がいるわけで、たまたまテレビで取り上げられた人だけではない。

そういう影にかくれて取り上げられもしない弱者にも公平・公正に日を当てるのでなければ、やっぱり何かおかしい偽善のニオイがする。

しかし、すべての弱者を救済できるわけでもない。では、どういう順番でどういう種類と程度の弱者を救済すべきなのか、それは感情論からは出てこない。社会の常識と照らし合わせてそれなりに議論して、議会なり何なりの公的な機関によって決められるべきことであろう。

もちろん、たまたま自分の目の前にいて目に付いた人とか、テレビで取り上げられた一部の人だけでも救えれば良いと思うかもしれないが、そのような気まぐれな善意だけにまかせておくだけでは、やっぱり不十分だろう。

気を付けなければならないのは、たまたま目に付いた少数の弱者だけ救って、なにか良いことをした気分に浸って安心してしまい、それでおしまいということになりかねないということがある。

ちょっと前に「崖っぷち犬」というのがあったが、あれと同じようなもので、日本中には別の意味で今まさに殺されようとしている「崖っぷち犬」がやまほどいるというのに、テレビで取り上げられた崖の犬だけ救って、それで安心してしまって、あとは知らん顔という感じで、これでは意味がない。

これも結局、その場の感情でしか弱者救済ということを考えていないからだろう。

また、それとは逆に、弱者に肩入れしすぎて、それがすべてになってしまい、常に弱者目線からしかものを見られなくなり、社会を弱者中心、弱者主役のものに変えなければ気が済まなくなり、普通の人々を敵視して暮らしにくい世の中にしようとしたりする人もいる。

公園からの退去を命じられたホームレスに、家や食料や職業の援助をするわけではなく、公園に居座るようないびつな支援をするような変な人たちなどがその典型であろう。

自分の目に付いた範囲で自分にできることをするというのは基本かもしれないが、そんな頼りない善意にまかせておくだけではだめだと思うし、またどこまでも弱者救済のことしか考えないのも偏った考え方だろうが、ではどうすれば良いか。

弱者救済というのは単に感情論とか同情だけではなく、もっと公的な見地からなされるべきだと思う。

社会通念・社会常識に照らしてみて、また日本の歴史や国柄から見て、これ以上ある種の弱者を放置するのは行き過ぎだと判断される場合にかんして、政府なり自治体なりが税金で救済するというのが妥当だと思う。

税金というのは公的なものに使われるべき金だし、どういうものに使われるかは国会や地方議会などでじゅうぶんに議論して決めるべき。我々がすべきことは、まともに議論して決める能力のある議員を選ぶことだろう。政策を直接判断することではないと思う。そんな能力ないだろうし。

私はちゃんと税金も払っているし(多くはないが)、そういう観点からも選挙で投票しているので、24時間テレビのチャリティーとかにまで協力したりはしない。そのことに何のやましさも感じていない。

マスコミというのはきまぐれな善意とか、たまたま目に付いた物、センセーショナルなもの、自分たちのイデオロギーにぴったりはまるもの、などに関してしか問題提起しないから、あまりあてにならない。

善意というのも、そのベースが感情だけだと、偽善になることがある。

たとえば歴史認識に関しても平気でうそや間違いを主張して謝罪しろと言ってきたりする諸外国に対して事実関係を自分で調べもせずに「傷ついている人がいる」という感情論で簡単に謝罪してしまって、自分たちの先祖にありもしない罪をなすりつけて、自分は謝って良いことをした気分になるという偽善。

それから、牛乳パックとか割り箸とか、スーパーのレジ袋などを目の敵にして、効果のないリサイクルをして、何か良いことをした気分に浸っている偽善。

日本人は「良い人と思われたい」、という気持が強くて、それは結構だが、良い人になることと、良い人に思われることとは違うということに気づいていないのではないか。

世間の流行から「こういう事を言えば良い人と思われる」「こういう事をすれば良い人と思われる」というものを判断してしまうと間違えることが多い。現代では世論とか世間の流行とかに従って、その声の通りにしていても、それが本当に良いこととは限らなくなっているという点が要注意である。

むしろ本当に世のため人のためになることを言ったりしたりすると、世論の反発をくらって火だるまになるということも珍しくない。政治の世界などまさにそうなっている。

弱者救済という点で言えば、障害者自立支援法という弱者いじめとしか思えないような法律を通したにもかかわらず前の内閣が滅茶苦茶人気が高くてその事になんの批判もおこらなかった一方で、その法律を多少ましなものに修正した今の内閣のほうは全然人気が無いという点一つとってみても、国民が本当の弱者救済などまで考えて信頼に足る議員を選んでいるかどうかが怪しいというのはその通りかもしれない。

そう考えると、議会にも世論にもマスコミにもまかせておれない、一人一人がやるしかない、やっぱりボランティアだと、そういうところに逆戻りしてしまうのかもしれないが、本来そういう公的なことは議会で議論して決めるべきことだと私は思うので、議会こそを健全化すべきだと思う。

哀愁 | Comments(4) | Trackbacks(-)

職場は暑い!

このところ、暑さに関するネタばかりだが・・・

ところで私の職場は暑い。正確には私がおもに仕事している部屋の私の机の周りが暑い、特に午前中に日が当たるので朝に暑いのである。

ただいま(午前8時半)の気温と湿度はこんな感じ。
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070820shitsudo.jpg


気温が34℃、湿度は45%といったところか。

冷房のスイッチを入れて1時間くらいすると、ようやく30℃以下にさがるが、せいぜい28℃くらいで、ひどいときなど30℃くらいにしかならず、あまり涼しくはない。だからミニ扇風機と除湿器もまわしている。

空調は、天井についているユニットから吹き出す式になっているが、これが、私の部屋についているのが調子悪いので、暑い日にはあまり冷えないし、それほど暑くない日には効き過ぎるくらい冷える。

こんな旧式のをさっさと新型に切り替えたほうが省エネというか電気代も節約できると思うのだが・・・。

(追記)10時半現在、湿度こそ38%にまでさがったが、気温はまだ32℃である。

このエアコン、壊れているんじゃないのか!?



怒り | Comments(2) | Trackbacks(-)

ザ・コア

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アーロン・エッカート、ヒラリー・スワンク 他 (2004/11/25)
ジェネオン エンタテインメント

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ザ・コア

半年ほど前にテレビでやっていたのを、ずっとHDDレコーダーの中に録りっぱなしになってディスクの容量を食っていたので、さっさと見ることにした。

以下、ネタバレありです。

地球には磁場が形成されているおかげで、太陽風(太陽からの高エネルギー粒子)が地上に直撃せずにすんでいるわけだが、この磁場が作られているのは、地球の中心の金属でできた核(コア)が高速で回転してるからである。

こおコアの回転が止まり、地球に異変がおこりはじめた。コアの回転を回復させるために、地中深く、それこそコアまでもぐって核爆発でコアの回転を正常化させようという話。

こうかくと、かなりトンデモなストーリーだが、うまいことリアルに見えるように作られている。

で、話は予想通り、ここまで予想があたると逆につまらないというくらい予想通りだった。

5人のメンバーが、地中深くもぐれる船みたいのでコアまでもぐるのだが、たぶん、自分の命とひきかえにこのプロジェクトを成功させる、そのために何人か死ななければならない状況になって、その犠牲のおかげで地球は救われる、そして最後は主役の男女二人が生き残って助けられる・・・こうなるだろうと思ったら、まったくその通りになった。

でも、アメリカ人ってこういうところが日本人よりましだと思うのは、少なくとも、自分の命より大事な何か、自分を犠牲にしてでも家族や国や世の中のために何かをしようということが、けっこうちょくちょく映画などで描かれている点ではなかろうか。

しかし、そうやって自分を犠牲にして死んでゆくのは、たいていは主役ではなく脇役なところが、アメリカらしい。

主人公はきっちり、ちゃっかり生き残るのである。ラスト・サムライもそうだった。あの結末から判断する限り、オルグレンは結局サムライではなかった、ラスト・サムライとはカツモトのことだったという訳だろう。話がそれた。

一方、日本の映画について言えば、昨日は回天特攻隊の映画をテレビでやっていたが、私はこの映画も、それからクリント・イーストウッドの2部作も、それから石原慎太郎の映画も、どれも不満だらけだったが、特攻隊について、とにかく美化してはいけないというイデオロギーの呪縛にとらわれすぎていて、とても正確に特攻隊を表現しているとは思えない、その延長として、自分の命を犠牲にしてもなにかを守ろうとする、自分の命以上の価値については、そんなものありもしないというような風潮が戦後の日本ではないかと思う。

昨日の回天の映画にしても、不思議なセリフがところどろろに挟まれている。

「俺はこの回天という非人道的な兵器があったことを伝えるために出撃する」みたいなこと。

回天の生き残りの人が、そんなセリフだけは絶対にありえないし、やめてくれとお願いしたにもかかわらず、このセリフは採用されてしまったようだ。ちょっと自分が見た時の記憶なので間違っていたら失礼。

回天特攻隊の生き残りの人の証言はこちらを参照にした。

特攻 最後の証言 特攻 最後の証言
『特攻・最後の証言』制作委員会 (2006/10/17)
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たしか原作では、「非人道的な」という部分はなかったと思うから(これも私の記憶なので間違っていたらごめんなさい)、このセリフは山田洋次のオリジナルかと思われる。

原作通り「回天という兵器が存在したことを伝えるため」ということなら、まだ、かろうじて理解できる。

特攻隊員の中には、勝ち目がなくても、ここまでして、つまりm、少しでも有利な講和を、敵の戦意を消失させて早期の講和を得るために、すすんで自分の命すら投げ出した、その姿勢を子孫に伝えるだけでも意義があると考えた人が少なくなかった。それは遺書を読めばわかることである。

が、現代では、あらゆる特攻隊に関する映画で、現代人がタイムスリップして人間が入れ替わったとしか思えないようなセリフに満ちている。

というか、ひどいものになると、特攻隊の存在を、半ば強制されて、かわいそうに、非人道的と同情はするけれども、結局それは彼らの死を無駄死にとか犬死になどと断じているのと変わらない。

そういう解釈ばかりが横行すれば、自分以外の何かのために、自分を犠牲にすることなど、バカらしいと考える人間ばかりになって当然なのかもしれない。

おそらく日本だけでなくアメリカなどもっと自己中心的な人たちの寄り集まりだから、これじゃあいけないと思って、アメリカ映画ではちょくちょく、このように自分を犠牲にして他人を助けるようなテーマが繰り返し登場するのではないかな。

インディペンデンス・デイという映画でも、まるで特攻隊のごとく敵のUFOに突っ込むシーンがあったが・・・

このように、「自分は助かるがみんなは死ぬ」「自分は死ぬがみんなは助かる」、さあどちらを選ぶ、ということがテーマになる映画は、タイトルを忘れたが、他にもブルース・ウィリス主演の、隕石が地球に衝突する映画などもあったりして、アメリカでは本当によくテーマになっている。

そして登場人物は躊躇なく、もしくは多少躊躇したのち、「自分は死ぬがみんなは助かる」道を選ぶことになっている。

映画・TV | Comments(0) | Trackbacks(-)

本当の「温暖化対策」をせよ

昨日はやたらと地球温暖化に関する話をテレビでやっていた。

そこで私なりに考えてみた。というかこれでも普通の人よりは考えているほうだと思う。ただ私の場合、その話が本当かどうかというところから考えてしまっているだけで。

で、話を先に進めるために、「人類の排出したCO2で地球が温暖化している」という前提を受け入れてしまうことにする。

すると、どうなるか。

昨日も書いた通り、CO2の蓄積を減らさない限りは止めようがない。そのためには、かなり極端なことを短期間にやらねばならず、そんな事をすれば温暖化による被害とどっちが大きいかわからないような大混乱になるだろう。

昨日もテレビのコメンテーターが、「みんなが家庭で電気の使用を節約するとか、車に乗らないとか、風力発電などに切り替える、住宅を見直して密閉性の低いものにする。何より、みんなが環境のことをもっと考えることが大切」などと言っていた。

本当にそうだろうか!?

家庭で電気を節約しても、発電所の稼働率がかわらないかぎり、電気は作られてしまっているので、実は電気を節約したことにはならない。他のところに流れているだけである。だからこれは無意味なこと。家の電気代を節約するだけだ。

いずれにしろ、今排出しているCO2を劇的に減らさない限りは意味が無いのだが、発電量を劇的に減らしたりなど急にすれば社会が大混乱する。

また、風力とか水力とかに切り替えるにしたって、それが効果のあるレベルに達するまではかなりの年数がかかる。今の火力発電のぶんを風力に切り替えるったって、何十年もかかるだろう。原子力なら手っ取り早いが反対が多いだろうし、これはこれで放射性廃棄物という問題もあるし。

そもそも、人類がこの巨大な地球環境を制御できると考えるのが間違いだろう。一人二人がやればどうにかなることならできるが、人類全体となると、いろんな国と国とのエゴもあるし、今の生活を急に変えると大混乱にもなるのだから、そんなことできるはずはないし、できても何十年も時間がかかる。しかし、それでは遅いのだろう!?

今から30年後には東京が沖縄の気候に、札幌が名古屋の気候になるという予想なのだから、これが正しいとすれば、数年で劇的な対策をしなければ温暖化をひきのばすことすら不可能だろう。

何より一番あきれたのは、「何より、一人一人が環境のことをもっと考えることが大切」と言っていたが、これなど根拠の無い精神論のきれいごとでしかない。

が、まあみんなが考えれば、このコメンテーターよりもましなアイディアも出るかもしれないから、これは正しいとは思うが、気持ちさえあれば何とかなるというものではない。

で、僭越ながら私が考えた結果、上に書いたようなことから、CO2の蓄積まで減らす有効な対策は無いのは明らかなのだから、もう温暖化することは止められないという前提で、本当の「温暖化対策」、つまり、温暖化してしまった後にやってくる被害への対策を今から考えておくべきだろう。

サンゴが死滅して悲しいのはわかるが、温暖化が事実なら、それはもう人間の手ではどうしようもない。

とりあえず自分たちが生き延びることを考えるとするなら、温暖化によってもたらされる被害への対策、たぶん台風などの自然災害の増大と、マラリヤなど熱帯に特有な感染症の拡大、気候の変化による食糧危機などなど、ぱっと思いつくだけでもこの三つくらいへの対策を今からやっておかねばならないのでは?もっとあるかもしれないし。

特に、食糧危機への対策。今日本は食糧自給率が4割もない。アメリカや中国や東南アジアで何かあったら、日本への食料の供給はストップする。

温暖化したら北海道あたりが穀倉地帯になるかもしれないという楽天的な話もあるが、そうだとしても、今からそれに備えておかなければならない。

地球が温暖化した後の食料の供給をどうするか、治水は大丈夫か、そういうシミュレーションをもっとやっておかなければだめだろう。

効果の期待できない対策にばっかり熱をあげるより(もちろんCO2削減の努力はしてもらって結構だが)、温暖化してしまった後、どうするか、そこまで考えておかなければ、本当の対策とは言えないのではないか。

ただ電気を節約したりエコと言って見せただけで何か良い気分に浸っている偽善的な態度はそろそろ改めて、本気で考えたほうが良いと思うが。

自然と科学 | Comments(0) | Trackbacks(-)

暑いと文句を言ったものの・・・

昨日は、暑くて仕事がはかどらない、などと書いたものの・・・

たしかにクーラーがボロくて効きが悪いのは確かだし、扇風機もまわさないとじっとしていても汗がにじみ出るのだが・・・

ふと、窓から外を見ると、おむかいの駐車場の誘導をしている警備のおじさんが、一日中外で働いているのが目に入る。

私は、多少効きが悪いとは言え、クーラーのある日の当たらない室内で仕事できているのだから、まだありがたいと思わなければならないのかもしれない。

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それにしても暑い。この時期、暑いのがあたりまえとは言え、最高記録を更新したとか、100年前にくらべて海水温が1℃以上上昇したなどと聞くと、100年前と現在との海水温をそんなに正確に比較できるのかという疑問はさておき、地球温暖化の影響を誰しも疑ってしまうのは当然かもしれない。

で、地球温暖化に関する本を何冊かと、あと学術論文なども一部読んでみたが、どちらを読んでも正直よくわからなかった。

まず、温暖化に関する本だが、わかりやすく書くことに主眼がおかれているので、正確な話がぼかされていてよくわからない。ひたすら危機を感情的に訴えているという感じであった。

ならば、ということで、学術論文のほうを調べてみたが、こちらは専門的すぎてサッパリ理解不能、専門家にしかわからない内容だった。

ということで、これはもう誰かが言っていることを信じるしかないというレベルだろう。で、みんなが言っているからそうなのだろうと判断するのが常識かもしれないが、私はあまのじゃくなので、だから逆に信じられないというわけなのだが。

ただ、どうも地球温暖化は傾向としては事実のようだ。それが、CO2の蓄積によるものかどうかの証明はやっぱり不十分だと私には思える。

しかし、一番肝心な話をすると、CO2による温暖化が事実であった場合、もうどうにもならないということだ。

たとえば京都議定書、あれを完全に達成したところで、排出(フロー)されるCO2が10%削減されるにすぎない。90%は蓄積(ストック)される。

気球温暖化の原因がCO2のストックによるものなのだから、この蓄積したCO2を減らさなければならない。フローを少々削減してみたところで、ストックは着実に増え続けるのである。

ストックまで減らすことができない限りは、対策は対策にはならない。温暖化を少々遅らせる程度だろうが、温暖化がもうはじまっているならば、焼け石に水である。

温暖化を「防ぐ」ための唯一の方法は、フローをほとんどゼロにすることしかなく(そうすれば、森林や海水による吸収など自然の作用によってストックも減る)、その達成のためには人類の文明をただちに停止するしかない。それが「地球に優しい」唯一の方法ということだ。

そうなれば、温暖化の影響で人類がこうむる危機と同等かそれ以上に人類の生活が危機にさらされるだろう。

そもそも、人間が生きてゆくというのは、多かれ少なかれ、かならず環境破壊がともなう。人類が繁栄すればするほど、その繁栄は危ういものになる。

つまり、どっちにしてもどうにもならない、人類の文明というのは、いずれ危機に直面することが避けられないということだ。

しかし、そういうことは誰も言わない。何故か?

普通の人は、温暖化を警告してみせて、また効果もないCO2排出削減などをやってみせて、善人になった気分に浸ることができればそれで満足なのだろう。

または、それらによって、自分も加担している環境破壊のやましさを、ほんの一時でも忘れることさえできれば、それで満足なのだろう。

もちろん、こんな事を言ったところで、人々を幻滅させるだけだろうから誰も言わないというのが本当のところかもしれないが。

そして、こういうことを書くから私は変人だと思われて敬遠されるのかもしれない。

哀愁 | Comments(6) | Trackbacks(-)

暑すぎる・・・

職場のクーラーが利かない・・・

ミニ扇風機もまわして、やっとうどうにか仕事している。

デスクワークが、まだたんまり残っていて、今日やる予定のものの、3分の1しかまだできていない。

暑くてはかどらない。

また、外に買い物にも出なければならないのだが、とてもそんな気になれない。

それでも今日はひさびさに仕事帰りにスポーツクラブに寄ってトレーニングしようと思っていたら、会員カードを忘れてしまったので、やっぱりやめだ。

白浜旅行に行くにあたって、財布の中に入っているものをなるべく出して、カード類も必要最小限にしていたのを、戻すのを忘れてしまったためである。

旅行や釣りに行くとき、万が一にも財布を落としても良いように、財布の中には必要最小限しかものを入れないようにしている。

お金、免許証、ETCカード、バンドエイド、車のカードキー、これだけしか持って行かない。

それにしても暑いなあー。これでは気分もカリカリしても仕方ないか。人間的にも未熟だし。

哀愁 | Comments(5) | Trackbacks(-)

人気ない

しかし、私のブログって、本当に人気ないと思う。

まあ、こんな内容にコメントできるか!というのが多いのは事実だとは思うが・・・。

釣行記にまでコメントがもらえないとは、もうちょっと真剣に考えなければならないかもしれない。

私の釣行記で情報を得たと言ってくださる人も、なぜかよそにコメントされていて、寂しい。

私のブログのどこがいかないか、何がコメントしにくくさせているのか、ご意見を募集いたしますので、メールなどでお知らせください。

m(_ _)m よろしくお願い致します。

kimuras4793○yahoo.co.jp(○を@に変えてください)までよろしくお願い致します。

哀愁 | Comments(10) | Trackbacks(-)

アジ料理、美味い

アジを釣ってくると言ったら、だいたい波止から小アジ、大きくてもせいぜい20cmほどの中アジくらいであるが、今回は25cm以上あるものがたくさん釣れたので、色々と料理してみた。

というか、私がしたのは切るところまで、つまり刺身とタタキ用に切っただけである。盛りつけや味付け、調理はすべてYUKAがやってくれた。お上手。


作ったのは、アジの刺身、アジのタタキ、なめろう、アジフライ、アジの干物(作成中)など、アジずくしで美味しさを満喫!

アジの刺身とタタキ。お造りの切り方が滅茶苦茶である。

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アジフライ、めっちゃ美味い!ビールに最高!って私はビールをあまり好きではないので飲まないが・・・

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アジの立田揚げ。これまた美味い!!!

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揚げ物したら、これを忘れてはいけません。骨せんべい。カリカリ・サクサク、最高!

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なめろう丼ぶり。卵の黄身が入っているのが、まったりして絶妙な味わい。薬味も利いてるねえ。

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これだけ色々料理してもらえると、釣り甲斐があるというもの。ありがたいねえ!ごちそうさま。

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小物釣り(得意?)

2007年8月15日(水)

カタタの釣り堀・小物釣りコース

2時間3,100円(男・女・子供同額)

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潮@旧田辺港?中潮
満潮?6:35、19:27  干潮?0:46、13:03
日出?5:19  日入?18:46  

天気?快晴、風ほとんど無く暑い

さて、今回はYUKAの両親と姉夫婦家族とともに、白浜旅行に1泊で来ていた。(旅行記はこちら

釣りなんかもしたいという話を聞いていたが、本格的に海上釣り堀をするだけのエネルギーはたぶん誰にもありはしないだろうと思っていたので(他の観光ができなくなるし)、あとは波止釣りかということになっていたが、釣れないといやだそうで・・・しかし夜明け頃とか早朝に早起きする気はない・・・

これらのわがままな希望を、ほぼすべてかなえてくれる釣り場があった!

カタタの釣り堀・小物コースである。午前7時から午後2時の間ならいつ入場しても良くて、入ってから2時間の釣りが3,100円である。

しかも、道具・エサ付きである。というか、道具やエサを持ち込むことはできない。渡された道具とエサで釣りをしなければならない。エサは普通のオキアミであった。

竿は、たぶん4mもない長さのべ竿で(リールがついていない)、それに竿とほぼ同じ長さの道糸、2号くらいのオモリ、その先に、おそらく5号くらいのハリスが50センチほどついていて、マダイ針の8号くらいの針が結ばれている。

で、小タイやアジが中心に入っている小物イケス(全部で4つイケスがあり、空いていればどこで釣っても良い)を釣るというもの。

何人で入場しても、借りる竿の本数ぶんだけお金を払えば良いし、竿をお互いに持ち替えて交替で釣りをしても良い。何せ、2時間で竿1本が3,100円ということである。

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難点は、アジを釣るにはちょっと針が大きく、ハリスも太すぎるという点。あと、水深はどれくらいあるのかわからないが、のべ竿なので、道糸+ハリスの長さ(たぶん5m弱)の水深までしか探れないということ(途中で竿を水中に突っ込んで深いタナをさぐってみたが、これだとアタリがわからない)。

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それから、特に放流はなく、いつ魚を入れているのかよくわからない。帰ってから知ったのだが、前日に小物コースで山ほど釣られた後のようで、どうも魚影が薄かったのではないだろうか・・・。

私らが釣ったのは25センチ前後のアジ(マアジではなくマルアジ、たぶんマダイの養殖イケスに入りこんで大きくなったようなアジではないかと思われるが)と、手のひら大の小グレのみで(30センチ以上ありそうなグレも小さいのと一緒に群れになって泳いでいた)、あと、50センチくらいのカンパチが3匹泳いでいるのが見えたし、マダイは30センチくらいのまあまあのを釣り上げている人を見たのと、浅いところに浮いてきている同サイズのマダイ数匹も見えた。

その他、青物っぽい魚(ツバス?ボラにも見えたが不明)も群れで泳いでいるのが見えた。その他、イカダによってはエサ取りが湧いていて釣りにならないところも1カ所あった。

時期によってはサバとかサンバソウも入っているようだが、今回は見かけなかった。まあ、HPの釣果欄を見てわかる通り、アジが中心で、マダイが釣れたらラッキーということだろう。

マダイを釣るなら朝一に行って、最初にエサを投入することをおすすめする。なるべく沖側のイカダが良さそうで、何匹か泳いでいるのを見た(釣れなかったが・・・)。

さて、実際の釣行記はここから・・・

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みんなで8時頃に現地に到着。主に釣りをするのは男衆3人ということにして、あとはちょっとやってみるくらいということにした。

YUKAの父上は昔よく釣りをしていたそうだから、特に放って置いてもよさそうだし、義兄のほうも、まあオキアミを針に付ける付け方だけ教えて、あとは適当にやってもらうことにしたら、彼が一番にアジを釣り上げた。

しかし、写真を撮るためにポーズをとろうとしたら、ウナギのようにつるつるすべって、ポチャリ!

ところで今回は、幸いにして結構空いていたので(普通の釣り堀のほうも空いていた)、どこで釣っても良いということだった。

しかし事情がわからず、一番手前、テント前のイケスで釣り始めたが、ここは超小物というかエサ取りが多く釣りにくいイカダだった。手のひらよりやや大きいくらいのグレの大群や、小さなカンパチも入っていたのだが・・・。

その間に、もっと沖よりのイケスではマダイ(30センチくらい)がバタバタと上がっていた。どうも各イケス、その日の最初にエサを入れるのがマダイを釣るための、ほぼ唯一のチャンスのようだ。

気づかずにチャンスを逃してしまった。その後、移動して、アジの群れているイカダとそのポイントをようやく見つけることができたので、そこからはコンスタントにアジが釣れる。

しかし、しばらくすると、アジのくせにスレてきて釣れなくなる。こんな時、ハリスを細くしたり、オモリを軽くしたり、エサを変えたり、イカダ竿に変えたりすれば、いくらでも釣れると思うのだが、それができない。

厳格に釣り方が指定されているし、条件は完全に皆同じという点で、ある意味、ものすごくシビアな競技のようである。

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このなかで、しょっちゅう釣り堀に行っているのは私なので、ちょっと見栄を張ってたくさん釣ろうと頑張ったが、あまりに釣りに夢中になりすぎて、あっという間に2時間がすぎた。

予想通り、子供に釣りを楽しませるよりも、大人3人が夢中になっていたのは笑えたが・・・。

子供は途中で釣った魚を見て怖がってしまい、釣りの興味を失ったようで、女性陣とともに、先に宿に帰ってしまった(が帰りは反対方向、串もと方面へ向かってしまったようでドタバタしたようだった)。

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釣り開始から2時間たつと、マイクで名前を呼ばれて終了。しかし、YUKAの父上も義兄もなかなかやめようとしない・・・(笑)。

釣った魚はちゃんとしめて、しばらく氷水につけてからクーラーに入れてくれる。氷は大き目の粒のが大きなバケツ1パイ200円と安くてありがたい。

一応3人の釣果は、アジ20?27センチが38匹と小グレ(手のひら大)が数匹。この中の半分くらい、アジ20匹と小グレ3匹が私の釣果であった・・・。これで3,100円というのは、どうなのだろうか。

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もう一度行けばもっと釣れるような気がするので、リベンジしたいが・・・

予想していた以上に面白かった。

旅行ついでに、ちょっとやるくらいなら、2時間という時間制限があるほうが良いかもしれない。普通の釣り堀へ行くと、それでほとんど1日がつぶれてしまうから、観光などできない。

しかし、前日には「両隣の人がマダイを釣ったのに自分だけ釣れないから釣るまで頑張る」と言って粘って1日中やった人がいたとか・・・(つまり、2時間ごとに3,100円払って延長して、最終的には1万円以上も使ったとか!普通の釣り堀より高くなってしまう)。

しかし、仕掛けやエサなどの工夫ができるわけでもないので、そこまでやっても無駄なような気がするが・・・。

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白浜旅行

今回は、白浜まで旅行に行ってきた。

YUKAの両親と姉夫婦家族と私たち夫婦で、合計7名の大移動。車2台での移動となった。

今回のメンバー(私以外)@天神崎にて。
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14日には朝5時に出発。釣りでもないのにこんなに早く起きるのは珍しいが、おかげで早めに白浜について、とれとれ市場、三段壁、千畳敷、海中展望塔、白浜エネルギーランドなどを回る。

千畳敷。
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せっかく綺麗なところなのに、このような落書き(やわらかいので岩を削って書いている)がいたるところにびっしりと書かれてた。

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数年前にYUKAと来たときにはこんなものありはしなかった。日本人の民度の低下もここまで来たか!という感じで、戦後教育の間違いが来るところまで来ている。

昼飯は「まるちょう(Fish in the farm)」という海上釣り堀とたぶん経営が同じと思われる丸長(田辺店)という和食・海鮮料理の店。釣り堀の「まるちょう」の渡船場のすぐ前にある。

宿泊したのは東急ハーベストクラブという会員制のリゾートホテルだが、YUKAの母上の友達が会員で、その人のおかげで泊まることができた。

東急ハーベストクラブ南紀田辺
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会員本人は何百万か払った上に年間十数万の維持費を払わねばならないらしいが、我々はYUKAの母上の交流の広さのおかげで、そこに一人3000円で泊まれたというわけ。ありがたいことだ。なかなか快適だったし、部屋からのオーシャンビューは見事だった(残念ながら写真がピンボケであった。この携帯のカメラはダメすぎる。また変えようかな。)

部屋のベランダから見た眺め。携帯のデジカメがピンボケで、ほとんど使い物にならない写真ばかり!
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私とYUKAは二人部屋。普通のホテルの二人部屋より少し広い感じだった。

宿の裏の海辺にて。今回この格好は釣りの時とこの時だけに差し控えた。
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さて、私は旅行先へ行ってまで釣りなどしたくなかったのだが(本当か!?)、皆が釣りをしたいと言う。しかし準備などは面倒である。そこで思ったのが、カタタノ釣り堀の小物コース。道具もエサもすべて不要。というか持ち込み不可になっている。この釣りの模様は別途釣行記にて。

カタタの釣り堀は、とれとれ市場のすぐ近くにある陸続きの海上釣り堀で、通常の釣り堀コース(私らがいつもいくタイプ)と小物コースとがある。

2時間の釣りが終わった後は宿に戻ってシャワーを浴びて、昼前にチェックアウト。

そして、田辺にある自然の海岸である天神崎によって、しばし水遊び。

天神崎にて、私。旧日本兵的な帽子ではないが、雨傘なんかさして、これはこれで変な格好かもしれない。

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↑チョイ(頭)ワルオヤジ。

水遊びに興じる人々。元気だねー。
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その後帰路についた。帰りは高速にのって、吉備から先がジワジワしか進まない大渋滞にあって、海南までのたった8キロほどを進むのに40分以上もかかったが、海南から先は急に流れ出してスキスキになり、その先は一瞬で着いた。

私が原因だったり他のメンバーが原因だったりのドタバタなど色々あったが、なかなか楽しい旅行だった。

あんまり釣りばっかりよりも、たまにはこういうのも良いものだ。というか、YUKAは釣りでもつきあいが良いから、私もついつい釣りになってしまうが、釣りが嫌いな妻だったら、釣行も今の半分以下になっていたことだろう。

それを考えると、いつも釣りに連れ回して、ちょっとYUKAには申し訳ない気もしてきたが・・・まあたまには釣り以外にもでかけることにしよう。

おでかけ | Comments(6) | Trackbacks(-)

脳がやられる

昨日は旅行に行っていて、YUKAは今日から仕事、私だけ今日も休みである。

暇だから、朝からテレビをつけてワイドショーをしばらくながめていたが、そのうち、ムカムカしてきて、テレビを消した。

ああいうものを毎日毎日見ていると、おそらく頭がおかしくなるだろう。常識は失われ、ものごとを正常に判断する能力が、むしろなくなってゆくだろうと思う。

適当なことを言って「良い人と思われたい」ようなコメンテーターが、「私はこんなにやさしくて良い人ですよ」とアピールしたくてしょうがないのか、偽善的な言葉がきもちわるい。

自分が善人になって気分に浸るために、事実をゆがませて、もしくは一方的に何かを非難しているということに彼らはどうして気づかないのだろうか?

良い人になりたい、良い人と思われたいという気持は大切だと思うが、それは自分の行動でしかしめせないものだ。

行動がともなわない、しかも、きれいごとの言葉だけで、実際には偏った事ばかり言っているワイドショーのコメンテーターには、不愉快を通り越して、あきれる他無い。

ああいうのを無批判に毎日見ているような人も世の中多いのかもしれないが、私にはその神経の鈍さが理解できない。

怒り | Comments(0) | Trackbacks(-)

愛車、もう3万キロ

今の車を昨年の春に買ってから、まだ1年半もたっていないが、走行距離がもう3万キロに達しようかというくらいになっている。(正確には29,560Km)

これは1年で2万キロのハイペースである。

原因は、去年から今年にかけて、三重の釣り堀まで行くペースがちょっとアップしたということだろう。

実は、2004?2005年はあまり釣り堀に行かなかった。それでも1年に1万キロ以上は通勤を中心にして走っていたが。

それが、ちょうど去年から、毎月2回くらいのペースで釣り堀に行くようになった。

三重まで行くと、1回に往復ちょうど400キロ、毎月2回行ったとして800キロ、1年で9,600キロと、つまり釣り堀に毎月2回のペースで行くと、それだけでほぼ1万キロの走行距離となるわけだ。

ということで、色々点検してもらったが、エアクリーナー(エンジンに空気を取り込むためのフィルター)を交換した。エンジンのレスポンスが良くなった気がするが、気のせいかもしれない。

その他、助手席側のフロントピラー(Aピラー)周辺から、加速減速時にミシミシ言う音がするから、それも直してくれとなのんでおいた。で、土曜の昼から昨日まで一日あずけておいたのだが・・・

Aピラー周辺の音は確認できて、何が原因かわからず、パネルをはずしたりしていじっているうちに、偶然、音が鳴らなくなったらしい。たしかに鳴らなくなった。でも原因はわからなかったらしい。何だろうか、キモチワルイ。

でも、加速減速のたびにいちいちミシミシ言うのは気持ち悪かったので、それが消えてくれればスッキリである。

ミシミシ言うために、運転がかなり穏やかになっていたという作用もあったが・・・

この他、オイル交換もしてもらった。20Lをまとめ買いしてカードを作ると、まあオートバックスあたりとほぼ同じくらいの値段でやってくれる。

ということで、1日車をあずけておいた。

釣りの後、車体も室内もドロドロになっていて、しかし暑いから自分で掃除する気力もなかったのだが、洗車と掃除をしてくれていて助かった。

明日からYUKAの両親と姉夫婦と一緒に、和歌山の白浜旅行である。車2台で行くのだが、私の車も出すことになっている。ということで、掃除してもらって助かった。

渋滞予測で和歌山方面、阪和自動車道の予測を見ると、行きも帰りも結構渋滞しそうな感じだ。

いつもならお盆などの混雑時期は家でゆっくりのんびりを決め込むのだが・・・

それに私は集団行動が苦手なんだよなあー。個人主義を嫌っているような事を言いつつ、実際はかなりの個人主義なのだ。

まあでもそんな事ではいけないと思って、ご一緒させていただくことにしたわけだが・・・釣りなどせずに、のんびりしに行くことに決めた。アドベンチャーワールドも私は行かない。別行動ということになるだろう。あんな、政治家が中国に媚びてもらってきたパンダなんか見たくもない。って以前にYUKAと行ってすで見ているのだが・・・

自分の金ではとても泊まろうとは思わないような豪華な宿でのんびりゆっくりしに行くのだ。

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サバが美味しい!

2007年8月11日(土)午前4時半?午前10時半

武庫川一文字(宮本渡船利用)

サビキ、飛ばしウキサビキ

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潮@尼崎?大潮
満潮?0:18、4:49  干潮?0:01、2:14
日出?5:14 日入?18:52

さて、この日、8月11日(土)から夏休み・・・と言いたいところだが、今日、つまり13日(月)は仕事である。

今年の私の夏休みは、断続的に取ることにしている。まあどっちにしろ、この土曜日は休みの日なのだが。

YUKAは朝から宇治の友達の家へ・・・。釣り以外の友達のいない私は一人で釣りへという寂しい行動となったわけだが(この日に仕事していれば、今日は休んでも良かったのだが・・・)、まあ黙々と釣りをしていると無の境地に近づける気がして充実感を得ることができる。それにはサビキが一番である。

ということで、武庫川一文字へと釣行することにした。ちょうど小アジだけでなく、サバもあがっているそうだ。

先日、和歌山の小浦一文字へ行った際に、サバのラッシュにあったが、あれが大阪湾に入ってきたのだろうか。

あの時釣ったサバはぜんぶあげてしまったのだが、ずいぶん細身で美味しくないんじゃないかと思ったら、滅茶苦茶美味しかったと言われてびっくり仰天。

今釣れているのは22?27センチということなので、かなり大きくなっている。22センチはちょっと小さいが、27センチのサバの引きはかなりのものなので、ちょっと期待して行ってみた。

さて、4時半の一番船は、家族連れなどでそれなりに賑わっていた。もちろん、スルメイカとかタチウオの時期の混雑に比べると全然たいしたことない。

夏休みというと普通は家族連れででかけるものを、好きこのんで一人で釣りに行くとは、私も寂しい人生を送っている。

と、そんなことは全然気にせず、船は時間通りに出船。数分で一文字へ到着。私は最初に着いた5番船着き場で下りる。大半の人が6番で下りるようで、5番で下りたのは4?5人であった。これはサビキをするには不利である。撒き餌が効きにくい。

情報では朝一には内向きで小アジが釣れるとのことだったが、なかなか釣れださず、5時半頃になってようやく両隣が1匹ずつ釣って、私も1匹釣ったくらいでストップしてしまった。

しょうがないので外向きでやりはじめると、早朝からサバが結構な引きで暴れてくれる。ただ、思ったほど大きくはなくて、20ー23センチほどであった。25センチ以上のものには私はお目にかかれなかった。

それでもこいつが6本のサビキに6匹かかったりすると、滅茶苦茶になる。すぐに針は1本減り2本減りで、仕掛けがパーである。

ということで、サバが釣れ始めたら最初からサビキの6本仕掛けを真ん中で半分に切って3本にして2回に分けて使うことにしている。

と、あまりにサバが釣れすぎるので、途中からはサイズが良さそうなものだけ選んで血抜きしてからクーラーへ入れる。4?5匹に1匹くらいしか持ち帰らないようにした。

ところでアジが釣りたかったので、タナを深く5ヒロにして、竿1ー2本ほど遠投してみると、途中でサバにやられず仕掛けがタナまで届いた場合には、まあまあのサイズの小アジが釣れる。15センチ以上あって、なかなかグッドなマアジである。

ただ、それでもサバに邪魔されることのほうが多く、なかなか小アジの数はのびなかったが。

10時になりアミエビがなくなったので釣り終了。サバの頭とハラワタを処理していると船が近づいてきたので10時半の船で引き揚げた。

(結果)サバ23?24センチをいくらでも。持ち帰りは30匹。
小アジ14?17センチを26匹。

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小アジはアジ寿司に。サバは塩して焼いただけでもびっくりするくらい美味しかった。バッテラとみりん干しを作成中。完成したらYUKAの実家にもおすそわけする予定。

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サバがこんなに美味しいのなら、もっと持って帰っても良かったかもしれないが、まああと1ヶ月くらいしてもう一回り大きくなったらまた釣ってこようか。
釣り | Comments(0) | Trackbacks(-)

覚悟

夏は田舎に帰りたいのだが、なかなか難しい。なんせ、距離が遠いものだから、短期間だけちょっと帰るというのがもったいないので。しかも、夏休みは観光シーズンだから旅費も高くて余計にかかるし。

大阪から北海道まで気楽に帰れるような身分になれると良いなあとか思うが、まあ無理だろう。

6月に入籍・結婚した弟のところがもうおめでただそうで、完全に先を越されてしまった。やっぱり若いと早いんだなあー。

やはり人生というのは、こっちの都合でどうにでもなるというものではない。私は子供というのは必要だと思っているし、今、少子化だから子供を増やすことが正義みたいに言われている側面もあるが、しかし、無茶してまで作りたいとは思わないし、作るべきとも思わない。人工的な技術にたいしては私はもともと抵抗があるし、最近は技術が異常にすすんで、家畜にやるような事を平然と人間にもやっている。

その究極の形である代理母出産のように親子関係や家族関係の概念や常識を破壊しかねないような行為まで「権利」として認めるのは行き過ぎで、世の中の健全な常識を破壊してまで自分の希望をかなえようとするのは、やっぱり個人のエゴでしかないと思う。

ある程度運命を受け入れることによってしか、本当の意味での自由というものは実現できない。

まあ、まだあきらめたわけではないが、覚悟はきめている。

ただ、弟のところでも、これで母に何とか孫の顔を見せてやるという点で、こっちがわは多少気が楽になった。別に母のために欲しいわけではないが。

私はなるべく人生を「設計」しないようにしている。設計してその枠に無理矢理はめようとすることが、悲劇を生む。それは、必ずしも短くはなくなったこれまでの人生から学んだことである。

思い通りにならないと気が済まないという頑固さが、自分だけではなく、まわりも不幸にする。

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お勉強会

さて、この日、8月11日(土)はYUKAが京都の友達の家へ朝から遊びに行っている。私は早朝に釣りして帰ってから昼寝をして、車を点検にあずけた後、これまた京都へ勉強会ででかけた。夕方6時半から京都駅近くのキャンパスプラザというところで、3ヶ月に1度の塾に通っている。

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内容は社会科学というか世の中の出来事をどう解釈するかや、政治関係の内容も多く、講師は我が師匠のところで書いた、たまに新聞やテレビに出ているじいさんと、もう一人京大の大学院の社会科学系の教授であり、出席者は大学院生が多いが、大学の教員とか大学院生、地方政治家や会社経営者などが中心となっている。が、私のような理系の人間はちょっとめずらしいほうかもしれない。

今回は、この塾に長年参加して中心的な役割を果たしてきた元府議会議員がめでたく参議院選挙で逆風の中当選を果たしたので、その報告などもあった。まあ京都は2人区だったので、たぶん大丈夫だとは思っていたのだが。

当選した直後にインタビューを受けて構造改革反対だと堂々と言ったのもたのもしかった。彼のような人物が上に行ってくれれば今の与党も少しはましになると思うので、今後も応援してゆきたい。なかなか立派だと思うのだが、こういうことを言っていた。

よく、政治家というのは、当選しなければただの人で、誰も話を聞いてもくれないし何の影響力も持てない、だから自己主張はほどほどにして、世の中に受けそうな事を発言したほうが良い・・・そういう政治家の処世術を言ってくれる人がとても多いのですが、私はそこに落とし穴があると思っています。今、国民が政治家の言葉をまったく信用しなくなっているのは、そういう発想が原因だと思うからです。

私は自分の思うことを堂々と主張して、それを世の中に問い、その結果、落選するならそれはそれで仕方ない、およびでなかったのだと思うことにしていますし、これからもそうするつもりです。今回、たまたま当選できて、場が与えられたので、任期中はせいいっぱい役割を果たしたいと思います。

今回、国会に行ってみて唖然としたのですが、選挙を戦った多くの与党の議員も首相の理念をまったく理解しておらず、そもそもただ選挙目当てで首相を指名したような人が多い。「国民の人気もあって次の選挙で勝てそうだから首相に選んだのに、これでは散々ですわ、さっさとやめてほしいです」などと言っている議員がいたりして唖然としました。

ようするに、自分が当選するためなら、理念も政策も関係ない、誰が首相でもかまわない、とにかく人気があって、自分の当選に役立つような首相であればそれで良い、そんな議員ばかりになってしまっているわけです。これでは国民は政治家の言うことなんて信用しなくなるのは当然だと思いました。


今の与党はかなり表面的な人気取り路線に走っているようで、赤城元大臣におおきな絆創膏を貼るように入れ知恵した人物とかもいるだ。そうすれば同情を買えるのじゃないかと言って。アホかと。

それから、安倍首相が飛行機のタラップから下りる時にアッキー夫人とお手手をつないだのも、あれは「人気者」の麻生氏の入れ知恵らしいが、あれをやった瞬間に、女性の支持率が10%くらい下がったという話だ。

安倍首相が手を差し出した瞬間、一瞬夫人が躊躇した、つまり、普段からそういう事をやっていないのがバレバレだった、付け焼き刃の人気取り的行動などダメなんだという事だろう。もう、パフォーマンスだらけの政治にはウンザリだが、結局はそういう表面的なものに流される有権者が一番悪いんだろう。

まあ、その他にもいろんな話を聞いたりしたが、今回は参議院選挙の後だっただけに、いつにも増して政治の話題が中心だった。

さて、いつもなら懇親会に参加するところだが、今回は釣りの疲れもあったし、YUKAも京都にいたので、京都駅で待ち合わせて、駅ビルの中に入っている「京都拉麺小路(ラーメンこうじ) 」でラーメンを食べてから帰宅した。

あまり美味しいと感じられなかった。最近はあまりラーメンを食べなくなっていたから、味覚が変わったのかな?

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あー、疲れた長い一日だった。

それにしても、行き帰りと珍しく電車だったが、暑がりのこの私が寒いと思うくらいガンガンに冷房が効いていた。どうかしているんじゃないか?

しかし、電車内の空間というのは人間のいる場所じゃないと思った。ああいう場に毎日いて、それこそラッシュの中毎日通勤したりすれば、頭がおかしくなって当然かもしれない。

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魚、美味しかった・・・

月曜日に釣った魚、どれも美味しかった。まあ、まだ一部は残っているが。

昔は、夏場のワラサなど臭みがあるなあと思っていたが、魚が美味しくなったのか、はたまた自分の処理が悪かったのか、ともかく、今回はワラサもどれも美味しかった。どうも処理の仕方、気の使い方の問題が大きいのではないかと最近は思うようになった。

ポイントをまとめると・・・

釣った後は
・イカダの板の上に直接魚を乗せない(魚がやけどする)
・どうしても乗せる場合は、まず海水などで濡らして冷やしてから
・カンコ(帰りの船の水槽)に入れる時、良いポジションを確保する(できれば早上がりなどすると完璧)
・傳八屋でトラックで運ぶ時、スカリを良いポジションに置く(つぶれないように)
・クーラーには魚を立てて(腹を下にして)入れる(なるべく魚を重ねない)
・帰る途中で一回水を抜く

さばく時も
・水洗いは短時間ですませて、身の温度を上げないよう気を付ける(特に青物)

以上、近藤さんに聞いたことをずいぶん参考にさせていただきました。


月曜日は幸いにして傳八屋も割と空いていたので、帰りの船も詰め詰めではなく、カンコの中でも魚もゆったり目、ギュウギュウ詰めで弱ることはなかった。

何より、魚を釣り上げた後に、イカダの板の上に魚を乗せないように気を付けた。これは絶対にやってはダメだろう。これをやっては、魚が弱って当然と思われる。イカダの板の温度はたぶん40℃以上にはなっているだろう。魚の脂は溶けてしまう温度だ。

まず、マダイなどの小物の場合は、タモをスカリの口の上に乗っけて、そこで針をはずすようにした。

ただ、青物の場合は板の上に乗せずに針をはずしたりは、ちょっと私はできなかったので、まずイカダの上を海水で濡らして温度を下げてから、その上でやるようにした。

あと、魚をさばく時も、水道水の温度もかなり上がっているので、洗う時間はごく短時間ですませ、身があたたまらないように気を付けた。

その結果、ワラサも刺身で食っても握りにしても、手巻きにしても、とても美味しかった。

マダイはモチロン美味しかったし、イサキは塩焼きとアクアパッツァ最高!


ちょっとどれも写真が無いのがアレだが。

仕方ないので別の写真を・・・。

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これは先日、大昌で釣ったヒラメで昆布締めをしてみた。旭ポン酢がこれまた最高に合う!

ちなみに魚をさばいたり切り身にしたり刺身にしたりするのは私の役目。味付けや調理が必要なものは、YUKAが得意だが、切るのは苦手みたいで、私がやらねばならない。しかし見ておわかりの通り、私も下手くそである(昆布締めは特に切りにくい!)。もうちょっと上達したいのだが・・・。

包丁が悪いのかなあー、ナンチャッテ。

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「ゆとり教育」と「構造改革」の類似点

2002年度から行われた学習指導要領の改定は「ゆとり教育」と呼ばれ、これが日本の大幅な学力低下をもたらし、惨めな失敗をさらしたことにようやく国民も気づき始めたようで、現在は見直しがなされている。

ところで、この教育改革というのは、実は平成に入ってから行われて小泉内閣時代に特に盛んにおこなわれて現在も進行中の「構造改革」とよく似た図式であることから、私はこの構造改革というものも、無惨な失敗に終わるだろうと以前から思っていた。その兆候がすでにあらわれつつある。

ゆとり教育を中心とする教育改革と、経済を中心とする構造改革の共通点は実に多い。

・アメリカの制度を理想化している
・アメリカ留学組(=アメリカかぶれ)が中心となって導入に熱心である
・規制緩和・自由化を善としている
・競争原理・市場原理の絶対化

経済面での構造改革が自生的秩序や昔ながらの共同体を破壊し、さらには貧・富、中央・地方、大企業・中小企業などの格差を不当に拡大したということについては、最近になってようやく明らかにされつつあるが、実は教育改革というのは、はじめからある種の格差拡大を狙ったものだったのだ。

つまり、できの悪い生徒に一生懸命指導するのは無駄だから、その労力をできる生徒につぎこんで、滅茶苦茶優秀な人材を育成することに力を入れようというものだった。

できる人間はとことんのばし、できの悪い人間は放っておこうという行き過ぎた競争原理の導入。また、中学受験に熱心な地域とそうでない地域間の格差もどんどん広がっている。

そして結局は、学生の自主性を重んじたり自由を尊重したりというきれいごとの側面が多かったため、下半分の生徒は「どうせ勉強しても無駄」という意欲から抜け出せず、底辺が拡大して、全体の学力が悲惨なまでに低下したというわけ。

経済面での構造改革と実によく似ている。あれも性善説に基づいていていたが、結局は事後的に色々と取り締まらなければならない違法スレスレの行為が横行して、システムを混乱させた。自主性に任せたり自由にしたりするというイデオロギーには問題が多い。

さらに共通点をもうひとつ加えると、教育改革も構造改革も、どちらもアメリカや他国ですでに失敗が明らかになっていて修正もしくは方針転換されているにもかかわらず、そのことが全く活かされないままに日本に導入されて続行されてしまったという点。

次に「改革」の標的にされているのが医療の分野で、これまた「規制の撤廃」「競争の自由化」「自由価格」など自由化と市場原理の導入を計ろうとしているが、その結果は、医療費の高騰、国民皆保険制度の崩壊(すでに崩壊しかけている)などなど、日本の医療システムの破壊にしかならないだろう。

ところで、医療システムの破壊といえば、もう一つ、日本人の悪いクセ、社会的地位の高い人間に対するバッシング体質によるものがある。医療訴訟の増大。

いま、産婦人科医が特に地方で不足していることは、合理化や集約化などの経済合理性の追求の他、これもある種の合理化だが昔ながらの医局制度を封建的と言って破壊してしまったことも大きい。

で、もう一つ何より重要なのが、なり手が減っているということで、その理由が、産婦人科医は訴訟にまきこまれるリスクが高いという理由のためだそうである。

今ではうまくいってあたりまえと思われている出産だが、世界中でお産での妊婦や乳児の死亡率はゼロな国などないし、日本はアメリカよりもどこよりもそれが低い国なのに、そのようなある確率で起こりうる悲劇について簡単に訴えられ、場合によっては刑事罰までうけるようになっている。

命が大切と思う気持は当然だが、それも行き過ぎると、避けようのない死まで誰かの責任にしないと気が済まないようになってしまうのだろう。

今後、このようなことが続けば、アメリカのように医師も訴訟に備えて高額の保険に入らねばならなくなり、それが医療費の高騰に拍車をかけるような事態になりかねないと言われている。

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私は遊びすぎか!?

昨日はT郎さんが、爆釣早上がりだったようで。ちょっと釣りすぎ!電話した時は青物が釣れてないって言っていたのに、青物まで・・・。で、早上がりですか!?カッコ良過ぎじゃないっすか!

ちなみに私の情報ではシマアジは入っていないと言っておいたにもかかわらず、シマアジをたくさん釣っている!うらやましい!

と、ひととおりうらやましさをぶつけておいたところで、自分の釣りの話へ・・・

ちょっとこのところ、遊びすぎのようである。でも毎年8月は結構遊んでいる。6月から7月前半まで学生相手に向いてないことをしてストレスをためるので、その反動かもしれない。

ちなみに去年の釣行記を見ると、波止釣りによく行っていたようだ。小アジのサビキの他、サヨリを釣りに何度か武庫川一文字へ短時間の釣りに行ったりしている。

去年の7月後半?8月の釣行は・・・

波止釣りは5回、ただし、短時間のものが多い。
7月22日 田尻の波止 ?朝の短時間
8月 4日 兵庫突堤 ?朝の短時間
8月 5日 武庫川一文字 ?仕事の合間の短時間
8月10日 武庫川一文字
8月26日 武庫川一文字

釣り堀には4回も行っている。
7月17日 傳八屋
7月31日 傳八屋(夏の大会)
8月18日 辨屋
8月19日 いむら


ちなみに今年はこんな感じ。

波止釣りは2回。
7月15日 汐見埠頭?昼間の短時間
7月24日 小浦一文字

釣り堀はすでに3回も行っている。
7月17日 傳八屋
7月29日 辨屋
8月 6日 傳八屋

あと、その他のジャンルである室内釣り堀というのが1回。
8月 3日 大昌 


去年のペースを参考にするなら、8月中に、釣り堀はあと1回、波止釣りなどそれ以外の釣りにはあと2回ほどは行っても良さそうだ。

・・・が、はてさて、どうなるか。

船という話もあるし、波止も近場ではなく和歌山まで行きたいから、そのぶん回数は少な目にしておこうか。

YUKAも、私があんまりしょっちゅう釣りに行くのは歓迎でもないようで、一人で行くというと良い顔しないが、誰かと行くとか、誘われたとか言うと、むしろ積極的に「行ってこい」と言ってくれる。

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わが師匠

師匠の文章が昨日の新聞にまた載っていたようなので、転載。


【正論】■価値新たに「再巡」させる改革が必要

西部邁(にしべ すすむ=評論家、秀明大学学頭)

 ≪隠蔽された争点≫

 過ぐる参院選で自民党が大敗した真因は何か。「年金」や「政治資金」の管理問題は、安倍内閣の責というよりも(現野党のものも含めた)歴代内閣の失態ということである。それらの醜聞を選挙の争点とするのに、野党とマスコミはなぜかくも容易に成功しえたのであろうか。

 その答えは、多くの選挙民が日本国家の現状に、漠たるものとはいえ根強い不平不満を、抱きはじめているということ以外ではありえない。

 小泉改革を頂点とする平成改革は、富者と貧者、大集団と小集団そして中央と地方それぞれのあいだに(国柄から外れているという意味で、過剰な)格差を、少なくともその感覚を、国民意識にもたらした。その被格差感は「公正と安定」から程遠いのが日本国家の現況なのではないか、との疑念をこの列島の津々浦々にまで広めた。

 安倍首相は「構造改革に疑義あり、平成改革は軌道修正さるべし」と、(おそらくは)本心を表明すべきではなかったのか。そうしておいても民意に敏感なマスコミ勢力は、首相に激しくは抵抗しなかったであろう。また政治家諸氏も、マスコミ世論に追随するのを旨としているので沈黙したに違いない。

 しかし「小泉継承」の立場にいた安倍首相には、平成の構造改革に対決する気力が乏しく、準備も足りなかった。この改革がアメリカ流であることをさして(片仮名英語で)「カイカク」とよべば、カイカクの是非という真の争点は舞台裏に仕舞われて、表舞台では、あれこれの醜聞をめぐるドタバタ喜劇が盛大に演じられる仕儀となった。

 ≪心理的バックラッシュ≫

 安倍政権が(教育法や憲法などにかかわって)「国柄の回復」に努めたのは、それ自体としては、立派な業績である。しかし「日米両国は“自由と民主”の基本価値を共有する」などといった安倍発言は、いかにも軽率であった。「自由と民主」の理想は、「秩序と輿論(よろん)」の現実が国柄に拠るからには、両者の平衡としての「活力と公正」こそが実現さるべき政治的な価値・規範であり、それを日米間で共有することなどできはしない。このことを見逃すと、たとえば憲法第9条の改正も、対米追随を完成させるためのカイカクなのではないか、と疑われる。

 「地域の復興」をめざす安倍内閣の努力も、歴代内閣による「地域の破壊」に、歯止めを与えんとする企てである。しかし安倍首相は、集票のために「改革断行」と叫んでしまった。カイカクは、マルクスが「自分の予言通りだ」と墓の下で大喜びするような事態に、この列島を引きずり込んでいる。それに気づきはじめた列島人には、首相の発する改革の声もカイカクとしか聞こえないのである。

 いや、一億こぞってカイカクを支持してきた列島人は、アメリカ製の「平和と民主」の観念枠組みのなかへ、バックラッシュ(反動)しようとしている。つまり旧占領国からのあてがい扶持である平和「主義」と民主「主義」のなかで安らいで、時折にこの宗主国への不平不満を紡いでいたいというのである。必要なのは、列島人の心理における表面でのカイカク支持と裏面でのカイカク拒否という欺瞞(ぎまん)を暴くことだ。

 ≪「保守するための改革」≫

 かつて小沢一郎氏は「国民は自己責任で生活せよ、“小さな政府”へ向けてカイカクを断行せよ」と叫んでいた。その民主党代表が、今度の選挙では「生活が第一」と宣うていた。カイカクの“弊害”を減らすべく励んでいる安倍首相が、選挙となれば「カイカク断行」と叫ばざるをえなかった。こうした二枚舌の流行をこの列島から追いやるにはどうすればよいのか。

 「国柄の回復」や「地域の復興」のためには、保守思想の次のような3つの要諦をわきまえておかねばならない。

 第1に、人間の認識はつねに不完全なのだから、どんな改革にも「懐疑と議論」を差し向けよ。第2に、社会は有機体としての「自生的秩序」を持っているのだから、社会全体への構造改革は国家の自殺行為と心得よ。第3に、(国柄を)保守するための(現状の)「改革」は部分的で漸進的でなければならないのだから、「革命(レボルーション)」には、古き良き価値・規範を新しき状況において「再巡(レボルーション)」させるための〈技術知〉ではなく〈実際知〉が必要と知れ。

 平成を平穏から遠ざけた政治的混乱の一切は、近代日本の140年における保守思想の未熟に起因している。

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