プレ釣り会
潮@五ヶ所〜長潮
満潮〜1:21、13:35
干潮〜7:44、19:39
日出〜4:44 日入〜18:56
天気〜快晴、朝のうち無風、昼前から心地よい微風

もう日にちが結構たって、色々あったので、釣りそのものの記憶はあまりなくなってきている。一部想像と創造が入ってしまうかもしれないが、何とか釣りの様子を再構築してみようかと思う。
(一部文章をレポートのほうへ移動)
さて、金曜日は仕事を早めに切り上げて5時きっかりの定時で帰る。今回の釣りやバーベキューの荷物の準備は近藤さんに事前にお願いしたり(ありがとうございました)、後はさすがに多かったので、めずらしく事前にコツコツやっていて、後は積むだけ。晩飯は、バーベキュー用の肉を味見と称して少々つまみ食い(みなさんゴメンなさい)、かなり美味い肉が安く買えた。さすがに和牛は無理で、オージービーフだったが、それでも結構な肉を、まとまった量買うということで、かなり安くしてもらえたようだった。
肉の買いだしはYUKAに頼んで置いたのだが、実はYUKAの母上が「いつも魚をもらっているから」と言って、予算オーバーしたG千ほどを払ってくれたらしい。いろんな人に感謝感謝であった。
そして風呂に入ってから夜9時頃に出発、つばき屋へと向かう。途中、腹が減ってきたので、安濃SAで伊勢ウドンときしめんを二人で半分ずつ食べる。美味しかった。


その後、まつもととサニーズで魚玉、ボケ、アオイソメ、シラサ大、カツオなどなどを調達、つばき屋へ向かい、何とか日付が変わる前に到着できた。
さて、私は5時少し前に起床、YUKAはバーベキューと大会に備えてゆっくり寝ておいてもらうことにして、私だけ傳八屋さんへ。
代表して受け付けをすませる。後で傳八屋の大将から聞いた話だが、このとき、傳八屋のスタッフの間では、YUKAが来ていないことに失望の声があがっていたらしい。別嬪な奥さんが来ていない、むさくるしいカーク船長だけしか来ていないと・・・
さて、釣り座をくじ引きで決めて、15名で8番イカダへ。ようやく釣りの話になる。メンバーは以下の皆様。

この日は大イカダということで、マダイ狙いはウキ釣りでやることにした。
あと、外で20センチ以上のアジも釣れるという話で牧野さんと並んで一生懸命サビキをしたが、こっちは回ってこなかった。アジはもっと潮の大きい時のほうが良いのかもしれない。
朝一、ヨーイドンスタートの後、まずは偽あにじるしアマエビでウキ止めを9mにして、隣の牧野さんに邪魔にならない範囲でイカダやや中央寄りにウキを投入。
この後、どうやって釣ったかあまり覚えていないが、朝一に何とかマダイ2匹をあげることができたと記憶している。
その後、イカダ竿に持ち替えてコーナーを狙うも、穂先はピクリともせず、しかたないので、やはりウキ釣りで多少なりとも中央近くを狙うことにしてやっていると、アオイソメに反応があり、シオをゲット。タナは浅めだったと思う。
そしてその後、放流。ウワサによると最近はマダイが高騰しているため?か産卵期の色黒化で選っているためか、マダイが少な目という話を聞くが真偽については確認したわけではないので、マダイの在庫については定かではない。ただ、そうであってもそのぶんシオやイサキなどがたくさん入り、放流は結構多かった気がする。
その証拠に、最近青物が調子良い。私のような青物釣りが苦手な人間でも、最近は青物と縁が深くなってきている。青がよく釣れる。この日もそうだった。
さて話をもどして、最初の放流が終わってチャンスかなあと思っていると、またまたウキが反応して、放流後にマダイを2匹あげることができた。
が、すぐにアタリがストップして、あとは北側一列、特に160さんのコーナーで常に竿が曲がった状態であり続けた以外は、南側ではサッパリあたりがでなかった。
そしてずいぶん時間が経って、2回目の放流。これまた大型青物が中心に結構入った。さあまたまたチャンスだ!とばかりに生きアジを9mに放り込んでいると、すぐに穂先が引きずり込まれたので合わせるとばっちりかかって「青です」コール。青の食い込みも良さげだ。すっぽ抜けが少ない。
そして、やりとりするが、なかなか浮いてこない。かなりの大物のようだ。しばらく格闘の末上がってきたのは、ビックなヒラマサ。かなり大きかった。
すぐにハリをはずしてスカリに入れ、速攻でまた生きアジをつけて即放り込むと、底に着くまえに竿先がひったくられた。
またまた「青です」コール。
が、これは軽くてシオだった。シオはメチャウマなので大好きだ。これを釣り上げて私の青物タイムは終了。その後もイカダの上では青物がまずまず上がったが、私はこれで一旦は打ち止めとなった。
そして、またアタリの出ない静かな時間がやってきた。対面の北側では、しじゅう誰かの竿が曲がっているという状態だった。少々嫉妬心を燃やしていたが、こんなことではイカンと足下を狙うがアタリが出ず、時々ウキを迷惑にならない範囲で飛ばしてみたが、誘えども誘えども、ウキは沈まなかった。
さて、11時頃になって弁当がやってきたので、腹ごしらえ。それが済んでも小物のアタリは出ない。出せない。ならばいっそのこと青物を狙おうかと思った。
そこで、今日はまだカツオを使っていなかったことを思い出し、周りでも誰もカツオを使っていない感じだったので、とっておきのハラワタを装着して8mに落とすと、即、穂先がゴンゴンと揺れだした。こうやって、狙いがズバリ的中した時が一番面白い。
ただ、肝心のアタリのほうだが、なかなか食い込まない。
途中でじれてしまって一か八か合わせてしまい、これがほとんど裏目に出るのがいつものパターンなのだが、幸いなことに今回は針がかりしていて(飲み込まれていた)、上がってきたのはシオ。
狙いがあたって魚が釣れたので、ともかくニンマリだった。
さて、話はちょっとずれて、前回の釣りの時に他の方が撮ってくださった私の写真を見ると、あまりにみっともない姿・格好だったので、今回はちょっと考えて見た。
まず、帽子だが、私は顔がでかい。普通の帽子をかぶると帽子がちっちゃちっちゃい感じになって顔のでかさが目立つ。ということで、たまたまコーナンで景品の買いだしをしているときに、アメリカンキャップというのを見つけたので、それを買ってみた。普通の帽子よりも大きめである。これ。

しかし、その後、DEPOに行ったら、日よけつきの良さそうな帽子があったので、釣りの時は日焼け防止のためにも、それをかぶることにした。それがこれ。

まだ、あまり格好良くはないが、ニスモの帽子よりはましになった。ところで、帽子と言えばJackyさんのトロピカルなやつがかなりインパクトがあって頭に焼き付いているが、あれと比べてどうだろうか!?
まあ帽子の話は置いて、あと、服装は、がまかつ黒ずくめスタイルはさすがに抵抗があったので、コーナンでみつけた800円のチョッキをTシャツの上から着てみた。それは良いが下のジャージはイマイチに見えるので、今度からズボンを別のものに変えてみよう。
さて、釣りの話にもどして、その後、かなりの数の青物が見えるところをグルグル回り出したので、その浮いた青物を狙ってみることにした。皆さんも狙っておられるが、食いつきかけて食い込まないという感じだが、気配はありそうだ。
そこで、あまり誰も使っていなさそうなエビ団子の素の赤をこぶし半分くらいの大きさにしてつけて1〜2mほどのところへ入れてやると、青物の渦が近づいてきてグルグルと周りだし、下から上昇してきたブリがパクリと食いついて飲み込んだのが見えたので合わせるとバッチリかかった!
ここからがブリとの戦闘開始。今の時期は水温がちょうど良いのか、ブリはものすごい引く。真冬だと重いだけで割とすぐに浮いてくるのだが、とにかく今のブリは元気で苦労させられる。
かなり時間がかかって、半ばへとへとになってようやく釣り上げることができた。これまた、狙いが当たって釣れたので、ニンマリであった。
そしてふと時間を見ると、もうお昼だった。今日はこのあとバーベキューの買いだしなどあったので、早上がりすることにして荷物をかたづけはじめた。
あとは最後まで30分、青物用の竿一本だけにして、残りの生きアジを使うことに。
しばらくして、仕掛けを確認するために巻き上げたら、ワラサが追いかけてきて生きアジに食いついたのが見えたので、巻くのを止めて竿先を送り込んでから合わせたらばっちりかかって、これまたワラサをゲットできた。
その後、しばらくすると早上がりの船がやってきたので、一足お先に引き揚げて、つばき屋で寝ているYUKAを拾ってコメリまで車を走らせ、バーベキューの炭や野菜、翌日の生きエサの補充などをした。
今回は、アタリは少なかったが、珍しくバラしがなかったので、最終定には結構釣れた。
(結果)マダイ4匹、シオ3匹、ヒラマサ1匹、ブリ1匹、ワラサ1匹

釣った魚は、翌日も釣りをするので、桟橋で大きなスカリに入れて生かしておいてもらったが、延長からあがったJackyさんから電話があり、ブリだけは弱って横たわっているのでシメてはどうかと言うことでスタッフにお願いしてブリだけシメて持ってきてもらった。スタッフとJackyさん、ありがとうございました。あとは大スカリに入れて活かしておいてもらって、翌日のぶんとまとめてシメてもらったので、写真は翌日の釣行記のほうへ。
(アタリエサ)
・マダイ〜偽あにじるしアマエビ、魚かしえび団子(8〜9m)
・シオ〜アオイソメ、カツオはらわた、生きアジ(6〜9m)
・ヒラマサ〜生きアジ(9m)
・ブリ〜魚かしエビ団子赤(1m)
・ワラサ〜生きアジ(3m)
記憶があいまいで、エサやタナなど一部に間違いがあるかもしれないが、たぶんこんな感じだったと思う。ヒラマサ、ブリ、ワラサに関してはあっていると思う。
その後、バーベキュー。

(翌日の釣行記へ続く・・・)
トランク大将
すぐに買えないところがプアーな感じだが・・・。
結局、去年はコールマンを買うのをやめた。しかし、今の50Lクーラーの保冷力の弱さはちょっと気になっている。
というわけで、先日から保冷力抜群という話のトランク大将のトップグレードを狙っているというわけ。
もうすぐボーナスなので、それで買おうかと。
しかし、毎年毎年、ボーナスは減り続けている。今年も減るんだろうか?まあ出るだけありがたいから文句を言える立場ではないのかもしれないが、業務としての仕事を増やしてきているのに、給料やボーナスの手取額がどんどん減って行くというのは納得が行かない。
だから、バイトを頑張るしかない。そうなると研究がおろそかになり、業績があがらないから、昇進もできない。すると給料もあがらないから、またバイトして・・・ってそんなにバイトはないし、何がやりたいんだ!?という話になる。
ともかく、ボーナスでトランク大将を買うことは、ほぼ決めている。
が、あと一押し、何かなければ、また買わずに過ごしてしまいそうだ。
釣り大会レポートとフォトアルバム
釣行記はまだ書いていないので、後日になります。
また、釣魚食人さんが膨大な量(180枚)を撮影してくださった写真をダウンロードしていただけるように、フォトアルバムも作成しました。これは、一般には釣行記などにリンクは貼らず、参加者の方々だけに見て頂くことにしました。
先ほど、メールアドレスがわかる限りの方々には、フォトアルバムの入り口のURLをメールで送信させていただきました。
メールが届いていないという方がおられましたら、以下までお願いします。
tsuritaikai2007○yahoo.co.jp(○を@に変えてください)までメールで連絡を下さるか、こちらのフォームからお願い致します。
また、当日写真を撮られた方で、その写真をフォトアルバムに加えてかまわないという方がおられましたら、私まで写真をメールで送っていただけると助かります。
よろしくお願い致します。
釣り大会参加の皆様へ
明日、明後日と、急に仕事が多忙になってしまい、レスや釣果のご報告などなどが水曜日以降になってしまうかもしれませんが、ご容赦ください。
それでは皆様、本当にありがとうございました。
BBQ釣り大会@傳八屋
それでは、私は今から一足お先に迫間浦のほうへ向かいます(5/25 PM8:00)ので、以後の連絡は私の携帯までお願いします。
メールで案内した通りになっていない部分とか少々ありますが、ご了承下さい(BBQ参加費は皆さんからいただくことにしました。差し入れはお気持ちとしてありがたく頂戴いたします)。
天気も晴れで、絶好の釣り日和、BBQ日和になるようで、一安心です。
それでは皆様、道中お気をつけてお越し下さいませ。
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当日はなるべくおつりのないようにお願い致します。
バーベキュー参加費1000円、生きアジ1000円、弁当1000円、仮眠所の宿泊1000円になっております。よろしくお願い致します。
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27日(日)の大会にあと1名なら参加可能です。お問い合わせは以下のフォームか、私の携帯まで。
http://form1.fc2.com/form/?id=180165
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(5月23日 AM9:00 更新 大会当日の釣り座の割り当て方法、変更しました)
今週末の釣りとBBQの申し込みしてくださった方には、今日の午前中にメールで案内させていただきました。同じ内容を以下にのせておきますので、ご確認ください。
(今週末のBBQ釣り会のお知らせ)
金曜日以降のキャンセルや変更などの連絡は、私の携帯まで直接お願いします。携帯番号はメールなどでお問い合わせください。
↓金曜日の昼まででしたら、連絡などはこちらからでも結構です。
http://form1.fc2.com/form/?id=180165
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26日(土)の釣りについて
当日の朝に私カーク船長がまとめて受け付けいたします。とーますさんが初心者3人を連れておられますので、この4人の方に最初に入っていただいて、あとはくじ引きという感じでお願いしたいと思います。
(参加者予定)Jackyさん、さちさん、釣魚好人さん、澤さん、赤ちゃまさん、よしじいさん、博子さん、牧野さん、とーますさん、社長さん、あっくんさん、ひめちゃんさん、160さん、(河内のおっさんさん)、カーク船長、以上14〜15名です。
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26日(土)バーベキューについて
・傳八屋さんの駐車場で夕方5時頃からはじめたいと思います。
・差し入れくださる方からも若干参加費を集めさせてください。
・差し入れくださる方は木曜までにお知らせください(買いだしの事もありますので)。
・男子の仮眠所が11名と、ギュウギュウ詰めで一杯ですので、3名ほどつばき屋さんへ移動してくださると助かります。1部屋確保してあります。当日、私までお申し付け下さい。
・仮眠所は1000円、つばき屋は2000円になります。
・飲酒運転は厳禁です。
・つばき屋さんまでの移動は運転代行を行います。このご時世ですから、ご協力お願い致します。
・私は飲みませんので私が運転しますが、あと1名必要です。お酒を飲まない方がおられましたら、ドライバーとしてご協力願います。いなければYUKAとやります。こっちのほうが飲酒運転より危険というウワサもありますが・・・。
(参加予定者)Jackyさん、さちさん、釣魚好人さん、しんさん、吉山さん、清水さん、修さん、よしさん、笠マッチャンさん、赤ちゃまさん、よしじいさん、博子さん、ロードさん、ロード妻さん、kawamuraさん、たけしくん、太郎さん、しんすけさん、釣魚食人さん、牧野さん、吉野の浜ちゃん、とーますさん、鉄道屋さん、ミスタ〜Mさん、イノグチさん、あにたにあさん、YUKA、カーク船長、以上27名です。
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5月27日(日)釣り大会 @傳八屋
【料金】釣り堀代(特選券など使用可)+大会参加費1000円
アジ・弁当が必要な方はそれぞれ1000円。
【受付】当日朝6時までに傳八屋事務所にてカーク船長かYUKAまでお願いします。
【釣り座】小イカダ4基使用予定。
【ルール】通常の傳八屋さんのルール(竿1本、針1本)でお願いします。釣り開始はヨーイドンスタートです。ポイント制で順位を競います。
【マナー】生きアジのオモリ、ハリスの太さ、竿の長さ、ウキの飛ばし方、場所の移動などなどについては、周囲の状況をよく見て適切に判断された上で、皆様が楽しく釣りをしていただけるよう、ご配慮をお願い申し上げます。
皆さんに楽しんでいただけますように!
(参加予定者)cdw26930さん、弟さん、釣魚好人さん、しんさん、吉山さん、清水さん、修さん、よしさん、笠マッチャンさん、赤ちゃまさん、水谷君、水谷さん、よしじいさん、博子さん、ロードさん、ロード妻さん、kawamuraさん、たけしくん、太郎さん、しんすけさん、tama-chanさん、sasapuuさん、釣魚食人さん、牧野さん、吉野の浜ちゃん、霜辻さん、鉄道屋さん、ミスタ〜Mさん、イノグチさん、ヨッシャンさん、イッシャンさん、タメさん、竹さん、ナカムラさん、京都の八木さん、京都の八木の妻さん、あにたにあさん、YUKA、カーク船長、現在39名。
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今大会のハンディキャップ。
cdw26930さん -3
修さん -3
牧野さん -2
カーク船長 -2
吉野の浜ちゃん -1
ミスタ〜Mさん -1
釣魚好人さん -1
博子姫さん -1
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更新しすぎ!?
いえいえ、ちゃんと仕事してまっせ。どちらかというと忙しいほうです。その証拠に、昨日はここを更新してませんしね。
ただ、デスクワークが中心になっているというだけで、だから、仕事に疲れると、ここにひとりごとを書き殴って気分転換をしているという感じなわけです。
というのも、来週から講義に入るので、今その準備で大変・・・。
BBQの日程を決めた時には6月に入ってからの予定だったのが、その後変更になり1週間早まって、何と来週から、しかも月曜からになってしまった。
しかも、今年の学生はゆとり教育で育った学年というのが気がかりだし、なおかつ、靴のなかにカミソリを仕込ませるような奴までいたりという、ちょっと気の重くなる感じだ。
ということで、釣り大会は細かいことをごちゃごちゃと決めてますが、実際は事前に決めたことにそんなに縛られずに、もうちょっとテキトーというか融通をきかせて、皆さんにやっていただくことになるかもしれませんが、よろしくお願いします。
「キュウリ味のするコーラ」と「キュウリ臭のする魚」
キュウリ味のコーラが発売
5月23日18時47分配信 オリコン
サントリー(株)は、PEPSIのラインナップとして「ペプシアイスキューカンバー」を6月12日(火)から全国で期間限定発売する。味はなんと「キュウリ」風味だという。
写真はこちら
PEPSIは、3月に“ゼロカロリーでおいしいコーラ”として、「ペプシネックス」をリニューアルして話題を呼んでいるが、「ペプシアイスキューカンバー」はそれに引き続いて発売される新商品。
ほのかに香る「キュウリ」風味とコーラならではの炭酸の刺激が絶妙なバランスの、爽やかな味わいのコーラ飲料。インパクトのあるエメラルドグリーンの液色が、清涼感を演出する。また、パッケージは、グリーンのストライプ、ブルーのグラデーションをベースに、浮き上がる氷のモチーフを中央に配し、洗練された爽やかなデザインに仕上げた。
サントリーは「ペプシアイスキューカンバー」を新たに発売することで、この勢いを加速させるとともに、楽しいコーラの世界を積極的に提案し、炭酸市場を活性化していく。
キュウリ味のコーラが本当に美味しいのか!?キウイ味ではなく、キューリだろ!?
まあ期間限定発売ということで、売れなければ消えて行くだけなのだろうが。
ところで、私の田舎ではキューリという魚がいた。正確にはキュウリウオという名前だったと思うが、生の状態だと、ホントにキュウリみたいなニオイがする。焼くとキュウリのニオイはせずに普通の焼き魚のニオイしかしないが。
イワシの仲間なのか?あれくらいの大きさの魚で、まあ安い魚だったから、飼い猫のエサにしていたのだけれども、私も好物だったのでよく食べていた。あれは、北海道でしかとれないのかな!?関西では見たことがないから、寒いところの魚なのかもしれない。
我が家の猫もかなり好物で、そのうち、キュウリ(魚のほう、以下、キューリと表記)を焼こうとすると、生の時のキュウリ(野菜のほう、以下、胡瓜と表記)のニオイで気づいてニャーニャー催促するようになった。
そこで、胡瓜を食わそうとするが、食いつきかけて、近寄ってくるが、食い込まない。しばらくニオイをかいで、かなり悩んでから食べずにそっぽを向いてしまった。
そこで、キューリを近づけてやると、また寄ってきて食いつこうとするので、そこですかさず胡瓜と交換して食わそうとするが、やっぱり食わない。
どうやれば胡瓜に食いつかせられるか、悩んだ末に、キューリを胡瓜にグリグリこすりつけてから、胡瓜をやってみたら、ペロリとひとナメだけして、あとはプイとそっぽを向いてしまったので、胡瓜を食わせるのはあきらめた。
ということで、その時は、我が家の猫は胡瓜を食べなかったので、罰として、キューリは私が全部食べてしまったのは言うまでもない。
猫がナメた胡瓜は、そのままゴミ箱に捨てたのだが、後で母にそれがみつかった。さらに、猫にやるべきキューリを全部私が食べてしまったこともバレた。ということで、こっぴどく叱られたのは言うまでもない。
て、天気が・・・
せめてバーベキューの時は、晴れて欲しいが。今のところ、曇りという感じか。
日曜日の大会のほうは、いまのところ大丈夫そうな感じだが。風が出ないことを祈る。
鳥の巣
一昨年も、たしか上の階にハトが巣を作っていた。
それが、ちょうど寝室の上で、毎日朝の4時頃になると、モーモーともブーブーともつかない声で鳴いて参った。
ハトの鳴き声というとホロッホー、ホロッホーだと思うかもしれないが、あのハトはなぜかブオー、ブオーみたいな重低音の鳴き声でうるさかった。
で、毎朝、傘を振り回して追い払ったりしていた。
今年は、ピーチクパーチクと鳴く別の鳥が巣を作ったようだ。
こいつも、明け方にうるさく鳴く。
それで、最近はちょっと寝不足ぎみで、いつも午後3時過ぎになると眠くてかなわん。
これからしばらくは、焼き鳥を食い続けることにしよう。
何故腹が立つのだろうか!?
工藤夕貴だったか、昔日本ではアイドルをやっていて、最近ではアメリカで女優として活躍(?)しているらしいけれども、なにか、英語を、それこそペラペラと喋っていた。
それをみて、何故か、虫酸が走る、という感じがした。キモイ。そんな感じもした。どうしてだろう。
英語が上手な人への嫉妬心!?べつに私はペラペラ喋れることがうらやましいなどと思ったことがないから、そうではない。
たぶん、大きな壁を感じるからだろう。
つまり、英語をネイティブなみにうまく話そうとすればするほど、顔つきや表情や身振り手振り、はては日本語の発音まで変わってくる。
そうなると、もうそういう人とはもう話が通じない、常識が通じない、お互いに理解不可能であるかのように感じてしまう。たぶん価値観もはてしなく違いそうだ。
同じ日本人どうしでさえ、最近は全然話が通じないのに、みんなが英語ペラペラの外国人みたいな身振り手振りで話されるようになってしまっては、私は居心地が悪い。
ガソリン代
家の近所のガソリンスタンドだと、ちと高いので、仕事帰りにセルフで給油するか、YUKAの実家へ行く途中にあるセルフで給油するかということが多い。
この中で一番安いのがYUKAの実家へ行く途中にあるセルフのガソリンスタンドで、次が職場近くのセルフのスタンド、一番高いのが家の近所。
で、昨日の夜は無理してYUKAの実家の途中にあるスタンドまで行って給油したのだが、しかしよく考えると、アホらしいことをした。
家の近所のガソリンスタンドよりは6円安いので、50L入れると300円安くなったには違いない。しかし、往復8キロくらいあるので、そのぶんのガソリン代はたぶん100円くらいかかっているから、200円のためにわざわざ手間をかけたことになる。
また、今日の帰りにでも、職場近くのガソリンスタンドで入れれば、3円しか違わないから、150円節約したことにしかならず、往復のガソリン代を考えると、その差は数十円にしかならない。
昨晩はなんか無駄なことをした気がする。
リッターあたり10円とかくらい違うなら、遠くの安いところまで行って入れてもい良いかもしれないが、数円の違いなら、ついでもないのに遠くまで行って給油するのは、労力と時間の無駄になりかねない。
みんな必死で頑張っている
7−8年前、ちょうど結婚したくらいの頃だったと思いますが、それと同時に仕事上でかなり悩むようになりました。仕事が辛くて辛くて、仕事をやめたくてやめたくてしょうがないと思うようになったのです。正確には仕事そのものが辛かったわけではなく、仕事の環境が辛かったのですが。
私は自殺できるタイプの人間ではないので、かわりに相手、つまり上司を抹殺したくてしょうがない欲求にかられました。つまり、すべてをぶちまけて、殴り倒して仕事を辞めてやろうかと思ったのですが、ちょうど結婚したばかりで、辛くてもずっと我慢しました。
結婚していなかったら、忍耐できなかったら、今頃ホームレスだったかもしれません。
それと同時に、過去の戦争について色々と調べたりすると、当時の生きるか死ぬかの時代に比べれば、これくらいの事はどうってことないのではないか、と思いました。
それどころか、勝ち目が無いとわかっていても、戦況を少しでも好転させて講和を少しでも有利に持って行こうとのかすかな望みのために、自ら志願して特攻する人までいたというのですから。
それで、ますます戦争関係の、それも、あの戦争を否定的に見たものではなく、肯定的に、つまり、勝ち目の無い戦いでも泣き言を言わずに立派に戦ったという肯定的な評価をした本ばかりを読みあさったものです。
それで、そんなことで気をまぎらせているうちに、私自身はどうにか立ち直ることができました。
ところが、今度はYUKAの実家が大変なことになりました。家業の危機というやつです。
こちらはホントに一歩間違うと、生きるか死ぬかでした。規模が大きかっただけに大変だったろうと思います。それを、3年ほどかけてゆっくり処理して、どうにかきれいにすることに成功して、さすがYUKAの父上はすごい人だと思いましたが、泣き言一つ言わず、そしらぬ顔をしながら、しかし胃潰瘍になって血を吐いて倒れたりもしつつ、頑張られました。
その間、YUKAも必死でサポートして、まあ毎日夜遅くまで頑張っていました。私とは週末に会うくらいという感じの大変な時期が、だいたい3年ほど続きました。
私からすると、改革のせい、竹中大臣の乱暴な政策のせいだとしか思えなくて政治に対して腹を立てたりもしましたが、彼らは文句もいわずに頑張っていました。
そして、赤字の小さな印刷会社だけが一つ残されて、まだまだ大変だけど、とりあえず落ち着いたと思ってここ数年頑張ってきたわけですが、YUKAの父上が残されたこの会社に全力を入れるようになると、同業者はバタバタ潰れている中で、唯一、好調に仕事を続け、去年から黒字に逆転するというすごい成果をあげられたわけです(今度は税金がどっさり来て大変みたいですが)。
ところが、今度は別の身内の話ですが、わりと大きな企業に勤めているのですが、ここがまたリストラの嵐でものすごいことになっており、この身内はリストラされたわけではなく、人事としてリストラを通告しなければならない中間管理職だったわけですが、そのために、無用の恨みを買って大変な目にあったりとか。
そして、今度はようやくそれが一息ついたと思ったら、あまりに会社が社員をリストラしまくったせいで、人が足りず、残された正社員には休みなしの加重労働が待ち受けていたのです。
まわりを見回すと、それこそ派遣かバイトばかりというわけです。
派遣やバイトは何だかんだ言っても正社員との待遇の違いもありますから、残業もしないし責任ある仕事もしてくれず、そういうもののしわよせがすべて正社員におしよせてくるわけですが、正社員そのものが少ないので、それこそ残業につぐ残業という事をしないとどうにもならない状況になっており、休みもほとんど取れない現状です。
そんな中、「過労死は自己管理の問題」などと発言した奥谷という人物もいるようですがとんでもない話です。
今の会社は、真面目で責任感があればあるほど、その人物にしわ寄せが行くようになってしまっているのです。それを自己責任というのであれば、「不真面目になれ」「無責任であれ」と言っているのに等しいわけです。二重の意味でこの奥谷の発言は道徳と常識にたいする重大な挑戦と言うほかありません。
こうやって、社員が苦労している一方で、役員報酬と株主配当はぐんぐん上昇しているのですから、これのどこが「頑張った人がむくわれる社会」なのでしょうか。
そこで戦争の話にもどるわけですが、あの頃は国そのものが生きるか死ぬかであって、今は平和な時代などと言われますが、世の中をちょっとよく見ると、生きるか死ぬかのレベルの状況にいる人というのは、決して少なくないわけです。
私の周りにだってこれだけそういう切迫した状況があったわけですから。おまけに、ちょっとどこで見たか忘れましたが、2005年と2006年は、いずれも日本人の、特に男性の平均寿命が短くなった、というような記事を見た覚えがあります。
理由はインフルエンザの流行で高齢者の死亡が増えたとかそういうことがかいてあったように記憶していますが、しかし平成10年あたりから、日本人の自殺者が高いレベルでずっと維持されているということも関係しているのではないでしょうか?
自殺者の統計
を見ると、平成10年、つまり改革とかリストラが流行りだした頃から、経済・生活問題による自殺者が急増しており、去年までまだその水準のままであるという事です。
幸いなことに、今の私は、数年前のせっぱ詰まった状況にはありませんし、YUKAの実家も、あいかわらず忙しく働き続けなければならないという苦労はありますが、どうにか頑張ってやっておられます。60歳をとっくにすぎて、もうのんびりしたいのではないかと私なんかは思ってしまうのですが、一生懸命仕事をしているのが幸せという尊敬に値する父上です。
ただ、私の仕事に関してではちょっと気になることはあります。今、規制緩和で大学が乱立していますから、数年後には大学がバタバタと潰れる時代がやってくるでしょう。学生の数が減るから教員も余ってくるでしょう。
実は最近、新たに雇用保険にも加入させられました。また、大学教員の新規採用の多くが、終身雇用ではなく、3年ごとに更新などとなっています。これからはじゃんじゃん大学が潰れる、そして教員もリストラされる、そういう時代に、すでになりつつあります。
ですから、私にとっても、以前とは別の意味で、また辛い時代がやってくるかもしれませんが、そういう時には、昔の、戦争という逃げたくても逃げられない状況で、立派に戦った人たちのことを思いながら、頑張れたらと思います。
あと一週間
今回はじめて準備などさせていただいているが、うちはYUKAがいるので、二人でできるから助かる。
今日は仕事が終わってから、景品の買い出しに行ってきた。
某釣り会をパクって家電を中心に。
もちろん、あまり高価なものは無理だが、自分で買うのはちょっとあれだけれども、あると使うかなあという感じの健康管理器具などを中心に買ってみた。あとは、実用的なものを参加賞にして、目玉は傳八屋無料券あたりで・・・。
どどーんと高価なものはないが、そこそこのものを多めにして、なるべく多くの人にゲットできるチャンスが出るようにしようと思っているので、単純に上位から順番に賞品があたるという感じではなくしようとも思う。
あと、バーベキューの準備はこれから。こっちが、ちょっと難しいかもしれない。
27人だから、肉類は色々あわせて4キロくらいあれば足りるかなぁ。ホルモン1キロの他、ソーセージなども差し入れもいただけるとの事だし。
ビールは差し入れだけで十分いけそうだ。あとは、何が必要か。最後にヤキソバが食べたいけど、鉄板はあったかなあ。念のため、YUKAの実家のバーベキュー道具を持って行こうか。
本当は明日行って下見してくるつもりだったので、前回の釣りの時はバーベキュー道具などあまりちゃんと確認してこなかったのだが、明日は京都へ行かねばならなくなったので、行けなくなってしまった。
ただいま思案中・・・
一安心
おそらく、やめると言った時のあまりの反響に驚かれたのではないかと思う。私も、少々煽った一人で、当初は、本当はそっとしておいたほうが良いのか、書いても良いのかかなり迷ったが、一か八か、書いてみたが、もちろん私の力などごく微力には違いなとわかっていつつも、書いたことが「再開」というプラスの方向へ向いてくれた、そのごくわずかな流れに乗ったものになったことに、ほっとしている。
私のHPの、ひとりごとをやめると言っただけでも、「残念です」「楽しみにしていたのに」とかコメントいただいたり、直接電話をくれたりとか。予想以上に反響があった。これには涙腺が人一倍ドライな私でも、さすがにじわりと来た。
あと、これも結構効いたのが、「残念だけと、決めたことならしかたないね」と言ってくださったもの。これは私は「(よくよく考えた上で)決めたことならしかたない(その決断を尊重します)ね」ということだろうと読み解いた。
しかし、あらためてそう言われると、「はて、ほんとうにそんなによく考えた上で決めたことかなあ」と思って、もういちど考え直してみた、ということもある。
やっぱり、人間というのは、純粋に「自分のためだけ」には生きられないものだし、HPの運営にしたって、私みたいに自己顕示欲が強くて露出狂的な性癖がある自己中心的な人間であっても、それだけで続けられるはずもないわけで、たぶん数人の人くらいは楽しみにしてくれているんじゃないかなあと思ったりすることが動機にもなる。
微妙な話題を断定的に書き殴る「ひとりごと」については苦々しく読まれてはいても、釣行記くらいは楽しみにしてくれているんじゃないか、だったらなるべく細かく思い出して書いてみようとか思うわけだし。
また、人付き合いが苦手でヘタな私みたいなタイプは、自分から書き続けることでどうにかみなさんとの関係を維持できているのではないかと思えたりするわけで、それも私の場合、書くための大きな(ほとんどすべての)動機になっている。
でも、考えてみると、今くらいの感じが一番良いのかもしれない。
以前、YUKAがやっていた料理ブログが結構人気がでて、その維持を見ていると、かなり大変そうだったし、また私も他のブログをやっていて、それはアクセスもコメントも結構多くて、しかも長々と議論になったりでものすごいエネルギーを使ったりしていた。
まあ、そちらは1円にもならないわけではなく、Amazon のアフィリエイトで年間数万円くらいの収入にはなっているのだが、しかし、やっぱりそれなりにまとまった内容を更新しなければならない事と、細かい議論になりがちなコメント欄の対応もかなり大変で、手間がものすごかった。
取り上げる話題によっては、コメント欄で延々と激論、時にはほとんど罵りあいやお互いの人格の否定に近いような、そういう応酬も少なくなかった。自分でそういうのをやっていると、TVタックルなどの討論番組が「緩すぎ」て見る気がしなくなるくらい、充実する場合もあれば、ストレスになる場合もあったりした。
気に入らなければ読まなければ良いと割り切った人ばかりではなく、自分が気に入らない意見には延々とかみついて、しつこくつきまとう、そういう奴が世の中にはいる。まあ、モチロンそういう粘着質なのは決して多くはないのだけれども、たまにでもそういうのがあると、ものすごく疲れる。
そして最近はだんだんと疲れてきて手抜きが多くなり、親しくなった人だけとつきあいが多少続いている以外は、ブログの更新頻度もがた落ちになってしまっている。そして1円にもならないカーク船長ばかり更新しているというわけ。
まったくの他人のために書くよりも、顔を知っている人たち、顔は知らなくても釣りでつながった人たちを思い浮かべて書くから、まだこちらは続けられるというところがある。
私が「コメントがないない」と嘆いていたら、「こういう話題にどうコメントしろと言うんだ」みたいに言っていただいたこともあって、「そう言われてみれば、それもそうだよなあ」「それが普通におつきあいのできる常識人の反応かもなあ」などと思って、妙に納得したりもした。
自分と違う意見でも、おかしな事書いていると思っても、さらりと聞き流してくれる、そういうやさしさもあるんだなあと思った。
力まずにマイペースで行こうと思う。
と、いつのまにか自分の話になってしまっているが、ともかく、イケチャンも再開されて良かった、良かった。
昨日見に行った映画について
さて、新聞など別にとらなくても良いと思っている私ですが、今の新聞は毎月、映画の券をくれると言うから変えたのですが、新聞の集金の時に、YUKAが「映画の券をください」と言うと、しぶしぶくれるという感じらしいですが、その努力のおかげで、最近はちょくちょく映画館に足をはこぶようになりました。
しかし、平日限定だし、指定の映画館も古くてボロっちいし家から遠いという難点があります。
ふと気づくと、券の使用期限が迫っています。

ということで、昨日は仕事を5時ピッタリでやめて、早々に映画館へと直行しました。湾岸線を安全運転、大浜ICで下りてちょっと行くと30分ほどで着き、同じく仕事を早めに上がって来たYUKAと合流、少し早めの夕食を食べた後、映画館へと行きました。
今上映しているのは、「ゲゲゲの鬼太郎」と「俺は、君のためにこそ死にに行く」ですから、迷わず「ゲゲゲの鬼太郎」を・・・というのは嘘で、こちらを見ました。

これは鹿児島の知覧という特攻隊の出撃基地のあったところで、隊員達に母親のように接し慕われていたトメさんを中心とした話です。まあ、要するに特攻隊を扱った映画ということです。
ずいぶん前に回天特攻隊を扱った「出口のない海」という映画をレンタルしてきて見て、原作の良さは消えていて、特攻を扱う映画はどうしてもこうなってしまうのかと、残念に思っていたので(とは言っても、おかしいと思ったのはたった一つのセリフにういてだけでしたが)、「俺は、君のためにこそ・・・」もあまり見る気がしないでいたのですが、まあタダだし、ということで観てきました。
(実際には私の車の高速代と駐車場代、YUKAの余分な電車賃などで2500円ほどかかっていますが・・・)
こんな感じの映画館です。結構空いていました。古い映画館で、イスも固くて尻が痛くなります。

内容については、またいずれ「出口のない海」とまとめて書きたいと思いますが、思ったより良かったです。
一つ良かったのは、私は別にメカマニアではありませんが、最近、いくつか戦争映画を観た時に、ゼロ戦の形がおかしかった、機影がゼロ戦に見えなかったことがあったので不満だったのですが、今回のは、ちゃんとゼロ戦の形をしていたということでしょうか。
なんだかずんぐりした飛行機にペイントだけゼロ戦ふうにしたものが多かったのですが、今回のは、見慣れたスマートな機体で、自分の中のゼロ戦のイメージにかなり近いものでした。
メカマニアではないので、細かい機種とかまではわかりませんが。
あと、話の内容は、特攻隊員に関してはわりと有名なエピソードばかりでした。
気になったのは、トメさん役の岸恵子が(もちろん立派な女優さんですが)、どう考えても合わない配役だったと思います。
トメさんは、エンドロールで本人の写真も出てきますが、岸恵子みたいな感じの人ではありません。イメージが違ったので、ちょっときつかったです。彼女が中心の話だと思うので、その点が残念です。
この人です。
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今回の映画に出てくる特攻隊員のエピソードも、この本にほとんど収録されていると思います。この本はトメさんが亡くなられてから出たそうですが、Amazonのレビューにこうあります。
トメさんの次女である礼子さんが当時の記憶を蘇らせ、そのエピソードをまとめた物が本書である。しかし、悔やまれるのは鳥浜トメさんが生きておられる時に、このような記録として残す行為が成されるべきだった。その役割を担うはずのマスコミは、先の戦争観に偏見をもった姿勢でトメさんを取材し、純粋にトメさんが伝えたいことを全く無視して歪曲して報道に利用していた。そのマスコミの姿勢は今現在でも変わらない。安物のジャーナリストが蔓延るだけである。晩年にトメさんはそのジャーナリストと称する人達が取材に来ると「あんたらに話すことは何もないよ!!」の一点張りだったそうだ。
さて、映画の話にもどると、劇中で軍歌や戦時歌謡曲が何曲か出てきますが、エンドロールで流れるテーマ曲がB’zということで、そのギャップが、何か、特攻隊員への戦前と戦後における扱いのギャップを象徴しているような感じがしました。
私はここ数年、歴史に興味がでてきて、特に太平洋戦争のところでずーっとひっかかって、その中でもさらに特攻のところでひっかかって、何冊か本も読んだりしました。

(クリックで拡大)
私も戦後教育にどっぷりつかって育ってきたわけなので、昔は「日本はバカな戦争をして多くの犠牲を出した」とか「若い特攻隊員も、もっとやりたいことがあったのに、死ななければならなくてかわいそうな犠牲者だ」などと思っていたわけですが、自分で読んだり調べたりしてゆくうちに、そういうのは一方的な意見だと思うようになり、戦後のGHQの統治やマスコミの情報制御であの戦争については、かなり一方的な報道しかされていなくて、日本人は洗脳されてしまったのではないかと思うようになりました。
私がマスコミへの不信感を強めてマスコミ報道をまったく信用しなくなったのは、自分で調べたこととこれまでに報道されてきたことが、あまりにも違う、それに気づいたというのがきっかけでした。
やはり、多数意見を鵜呑みにするのではなく、自分の目と耳で確かめてみる、調べてみるというのは重要だと思います。
この映画の制作と脚本の石原慎太郎なんかも、下士官や特攻隊員らは立派だったが、上層部は愚かで無能で腐敗していたというスタンスで、この映画もそういう感じで描かれていましたが、それにしても、私はかなり疑問を抱いているところがあります(憲兵というのはあの通り、ひどかったとは思いますが)。
石原慎太郎の他にはナベツネとか三宅さんなかもそうなのだろうと思うですが、この世代の人たちとうのは、終戦時にはちょうど物心つきはじめた頃で、戦前と戦後における価値観の180度転換による混乱だとか、GHQの占領統治下での洗脳を強烈に受けてしまった世代なのではないかと思います。
GHQがいかに巧妙に占領統治下で情報統制を行って、日本人の価値観を180度変えることに成功したか、これについても、よそで書いたことがありますが、戦争中に日本軍がやった事後検閲(黒塗りされてどこが検閲されたかわかる)ではなく、もっときつい事前検閲でした。これにまた公職追放をちらつかせて脅して、見事に日本人の精神を改造してしまったわけです。
今の日本人のほとんどは、その延長でしかあの戦争を観ることができなくなっています。また、そういうセンで書かれた本しか出回っていなかったということもあるでしょう。特攻についてもそうだったと思います。
そんな中、特攻については、この2冊は、わりと良書でした。よく探すと、こういう本もあるということです。1冊は最近出たもので、最近になって、ようやく流れもかわってきたところがあるのではないかと思います。

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私のように、世の中の多数意見に対してなんでもかんでもかみついたり拒絶したりするのも問題かもしれませんが、しかし時には世間に流布されている多数意見を疑ってみる、疑問を抱いてみる、そして自分でたしかめてみる、ということも必要なのではないかと思います。
世間の常識というものが、実は、ごく少数の人たちの物の見方や意見がマスコミという媒体を通じて単に拡大されたものにすぎなかった、そういう事は少なくないと思います。
シカゴ響の音楽が無料で聴ける!
そのマッチョぶりが面白くてよく聴いていましたが、やっぱりちょっと変、というのが正直なところです。木管楽器もカチカチの音ですし、弦楽器にも艶というものがありません。
あまりにサバサバした感じのオケなので、好き嫌いがかなりわかれるとおもいます。でもこれはショルティ時代の話で、最近の事については私はあまり知りませんから、もうあてはまらないのかもしれませんが。
そのシカゴ響の音楽が無料で聴ける、ということらしいです。
「トロンボーン吹きによるクラッシックの嗜好」さんより
で、早速、CSO RESOUNDというところから入ってマーラーの3番をiTunesでダウンロードできるやつを落とそうと思ったら、私のブラウザその他の環境では無理ということがわかったし、ならばVIDEO DOUNLOADで「中国の不思議な役人」を見ようと思ったら、重くて重くて・・・シカゴ交響楽団のネット配信番組 (2時間まるまる!!)
BP Chicago Symphony Orchestra Radio Broadcast Series シカゴ交響楽団のライヴ音源をラジオ放送する BP CSO Radio Broadcasts。クラシックを中心に放送するシカゴのラジオ局 98.7WFMT で、4 月より毎週日曜日(現地時間)に放送されている番組です。WFMT ではネット配信も行われていますが、無料というわけではなく、あきらめておりました。ところがCSO のサイトでも配信されており、こちらはなんと無料で聴くことが出来ます。Beyond the Score の《中国の不思議な役人》といい、シカゴ響大盤振る舞い!!
(以下略)
ということで、結局断念した。
はしかが流行
学校が休校になったりしている。
<はしか>東北学院大、成蹊大でも流行 全講義を休講へ
5月17日20時18分配信 毎日新聞
はしかの流行により大学の休講が相次いでいるが、成蹊大(東京都武蔵野市)と東北学院大(仙台市)が17日、学生の感染が確認されたため、18日以降の休講を決めた。 成蹊大では、学生6人が感染し、1人にはしかの疑いがあるため、18日から27日まで全4学部と大学院の講義を休講にする。また、東北学院大では、仙台市泉区の同大泉キャンパスで、学生4人の感染が確認され、18日から31日まで、同キャンパスでの全講義を休講にする。
【高山純二、青木純】
ところで、あまり報道されていない事だが、今年のはじめ頃に北朝鮮ではしかが流行というニュースを聞いた覚えがあったので、ネットで検索してみると、2月21日の朝鮮日報に以下の記事が載っていた。
この後、4月頃から、日本でも徐々に「はしか」が流行しだしたというわけだが、どこらへんから流行しだしたかというのは、ちょっと興味深い事かもしれない。北朝鮮で「はしか」が流行
2007/02/21 07:31:14
北朝鮮全域で「はしか」が流行し、3,000人余の住民が感染。これまでに4人が死亡した、と国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)が19日、明らかにした。 スイスのジュネーブに本部を置くIFRCによると、昨年11月初めの発病以来、3,000人余の北朝鮮住民がはしかに感染。このうち1,013人が現地の保健当局から治療を受けている、とロイター通信が報じた。IFRCは「発病患者が増え、他地域へ拡散する可能性が高まっている」と話している。 これに対し、北朝鮮の保健当局は、IFRCや世界保健機関(WHO)などの国際機関に、はしかのワクチン500万人分を支給するよう要請した、とIFRCは付け足した。
シン・ヨングァン記者朝鮮日報/朝鮮日報JNS
赤ちゃんポストと「告白」
ルソーとはつまりジャン=ジャック・ルソーのことで、18世紀のフランスを代表する啓蒙思想家。「社会契約論」が有名。
どういう話かと言うと、赤ちゃんポストについて、会合の主催者というか塾長が主に話していた内容はだいたいこんな感じ。
子捨てというのは、昔はよくあったことで、特に近代のヨーロッパなんかでもかなり多くて、多くの子供がだいたい教会に捨てられたりしていた(そういえば、今回赤ちゃんポストを設置したのはカトリック系の病院である)。
それは貧しさゆえ、ということもあったろうが、それだけでなく、たとえば、ルソーなんか子供を次々に捨てていた。5人の子供をみんな捨てていた。
ここからルソーの話になるが、それは後回しにして、塾長の結論としては、やむを得ない事情で子供(赤ん坊)を捨てざるを得ないにしても、簡単に捨てられる環境をととのえる、ましてや、それを「制度」にまでしてしまうのは、やはり子捨てを助長することになりかねないから問題である。
赤ちゃんポストみたいなものはあっても良いが、それは、ひそかに、あそこへ行けばなんとかしてくれるらしいぞというふうに口コミで、あくまでこっそりやるべきである、何でもかんでも明文化したり制度化したがるのは現代人の病気である、というような内容だったように記憶している。
それで、その話はまあ良いのだけれども、途中からそれて、ルソーの話になったのが面白かった。
ルソーというのは子捨ての事実を暴かれると、それをきっかけに、次々に自分をさらけ出した。『告白』とか『ルソー、ジャン・ジャックを裁く―対話』などの著書を書いて、露出狂よろしく、「10歳の頃に女性に体罰を受けてマゾヒズムに目覚めた」とか「次々に子供を捨てた」とか、ようするに「自分はこんなに恥ずかしい人間です」みたいな内容を自ら暴露して、それが結構ウケたらしい。
それで、この塾長は、チカンで逮捕されて冤罪だと言って裁判しているミラーマンこと植草教授とも知り合いなので、「だから、僕は彼に今度会ったら、裁判なんかで争うのはやめて、ルソーにならって、告白みたいなものを書けと、自分はいかにチカンせずにはいられなかったのか、自分の性癖でもつづった告白本を書くくらいの事をしたほうが、よほど社会復帰できるんだろうと、言ってやろうと思っているんだけど」などと笑いをとっていた。
で、何が言いたいかと言うと、私のこのブログも、ルソーの「告白」ほどではないにしろ、たまにYUKAから「そんな恥ずかしい事、書いちゃっても良いの?」と言われることがある。
イケチャンは自己顕示欲と言っていたが、私の場合はそれだけでなく、ともすると露出狂とマゾッ気というルソーに共通するような性格が、もしかして、あるのだろうか!?などと思ったりもしたわけ。
いやいや、ルソーなんかと自分を比較するなんて、あまりにおこがましいと言うものだ。
wikipediaジャン=ジャック・ルソー
ジャン=ジャック・ルソー

ちなみに、ルソーは思想家であると同時に、小説家でもあり音楽家でもあった。「むすんで・ひらいて」の原曲を作曲したのはルソーとのこと。
昔の知識人というのは狭い専門領域しか知らない専門家ではなく、深くて幅広い知識を持った総合家が多かったのだろう。
現代社会の迷走の原因の一つは、知識人が「専門家」ばかりになってしまったことであると誰かが言っていた。だから何事にも総合的な判断ができない。
特に政治では「総合的な判断」こそ重要なのに、エコノミストという経済を一面からしか捉えられない専門家ばかりが幅を利かせて、人々もたんなる消費者という側面ばかりが肥大するようになっている、ということらしい。
実際には人々は消費者であるだけでなく、美しい環境を求める者であったり、教育者であったり教育される者であったり、地域の文化の担い手であったり、文化の享受者であったりと、様々な側面を持っているのに、それらのほとんどが切り捨てられ、エコノミストは国民をすべて消費者としてしか捉えようとしない、経済的な「効率」だの「合理性」だのばかり言って、日本的経営、地域社会、伝統文化、はては自然環境までを、「改革」という名の下に次々にぶちこわしている、そして、政治家もそうなっている、それが諸悪の根元だと。
また話がそれが。
紫外線と喘息の季節
これからの季節、要注意なのは紫外線だろう。もうすでにかなり強く降り注いでいる。
紫外線にもいろいろあって、波長の長い順にUVA、UVB、UVCとある。波長が長いほど透過性が強い。
波長の一番短い、UVCは地上にはとどかないからまあ心配ない。
UVBは晴れた日に多く、曇りだと少ない。皮膚の表面(表皮)に赤い炎症を起こす。
波長の長いUVAは曇りの日でも多く、また室内にいても届く。皮膚の底(真皮)にまで達して日焼けの元になるメラニン色素を誘導する。
メラニン色素は紫外線を吸収してくれるので、黒く日焼けしやすい人はまだ良いが、色白で黒くならずに赤くなってしまう人は紫外線にはとくに注意が必要。
いずれにしろ、紫外線は皮膚癌や皮膚の老化を誘発し、目の場合だと白内障のもととなるので、注意が必要だろう。
それから、もうひとつ、上の話とは関係ないが、春と秋は気管支喘息に要注意の季節らしい。この時期に発症することが多いらしい。
詳しい理由はよく知らないが、季節の変わり目というやつか、春や秋は気温や気圧の変化がはげしかったり、ダニが発生しやすかったりするためか、ともかく、春と秋は多いらしい。
ということで、喘息持ちの方は注意が必要。うちの場合だとYUKAがそうで、前回に釣りに行った後に、気管支炎が長引いてしまって、このままいくと怪しいかなと思ったが、どうにか普通の風邪というレベルで収まってくれて一安心。
連休もほどほどにしてくれ
11月を新たな大型連休にする話とは別に、すでに、いくつかの祝日が「○月の第三月曜日」というような感じで、無理矢理連休にさせられている。11月のGW構想=参院選意識、公約化を検討−与党
5月15日21時1分配信 時事通信
秋の祝日をまとめ、11月上旬に「大型連休」をつくる構想が15日、与党内に浮上した。旅行をしやすくすることで、観光業の振興や景気刺激につなげようという狙いだ。自民、公明両党間で夏の参院選の共通公約に盛り込むことも視野に、効果や問題点などに関して検討する。
構想は、10月第2月曜日の「体育の日」と11月23日の「勤労感謝の日」を、同3日の「文化の日」の前後に移動し、土日や振り替え休日を活用して長めの連休を取りやすくする内容。自民党の中川秀直幹事長は15日の記者会見で「経済効果を期待する意見もある。与党の公約づくりで真剣に考えたらいい」と表明。公明党の斉藤鉄夫政調会長も「お金のかからない景気対策、観光振興策として検討に値する」と記者団に語った。
私はこの流れに違和感を感じていた。それを、もっと増やそうということらしい。正直、やめてくれよと言いたい。
旅行業界の圧力をうけて、旅行しやすいようにと、経済ばかり優先でそのように法律が改正されてこうなったということらしいが、もっとやろうとしているようだ。
だいたい最近の日本人はちょっと遊びすぎじゃないのか!?もっとバリバリ働く、勤勉さをとりもどすことこそが重要なんじゃないかと思うが。
まあ連休に遊びまくった私がこんな事を言うのもおこがましいが。
景気対策も観光振興も大切だとは思うが、国民の祝日をたんなる休日にしてしまうことの弊害には思いは至らないのだろうか?
数少ないまともな議員が以下のような事を言っていた。もっともだと思う。
ところで、今の「国民の祝日」であるが、奇妙なことになっている。成人の日、海の日、敬老の日、体育の日などが、例えば「一月の第二月曜日」とか「七月の第三月曜日」というように決められている。せっかく、七月二十日に定まった「海の日」も「七月の第三月曜日」と変更されているのだ。
これは何故かといえば、日曜日と重なる祝日をずらして連休が続くように変えたのである。その理由は、連休があれば儲かる旅行業界と旅館業界の要望を、ある小知恵のきく政党幹部が聞き入れたからだという。彼の根回しと寝技は大したものらしい。そういえば、彼の選挙区には黒潮の流れに面して古来有名な温泉が数カ所ある。
この時私は内閣委員会から離れて安全保障委員会にいた。従って、知らないうちに本会議で、「異議ございませんか」・「異議なし」で通ってしまった。
しかし、考えてみれば、記念日とは「その日」に意義があるのではないか。アメリカの独立記念日やフランスの革命記念日を「○月の第三月曜日」とすればおかしい。
そうであれば、我が国の国民の祝日の在り方もおかしいのではないか。歴史と伝統のない猿・エコノミックアニマルではあるまいし。
このような改正が内閣委員会ですんなり通ったのは、委員の歴史意識が希薄だったからと思う。要するに、国民の祝日や国の記念日から国民や国が外れて、単なる休日となってしまったのである。
この観点から「国民の祝日に関する法律」を眺めれば、歴史を消し去り、あたかも人工国家のような無色透明な祝日の日が羅列されている。建国記念日は「紀元節」で、文化の日や勤労感謝の日は、明治天皇のご誕生日である「明治節」と古来からの「新嘗祭」ではないか。
思い返せば今の祝日の在り方は全て、日本に主権がなく占領軍に主権がある占領下の昭和二十三年に施行された祝日法によりなされている。ということは、占領政策の大きな柱である、「日本国民から歴史を奪い国家意識を無くす」為に、占領軍が「国民の祝日」から我が国の歴史を消し去るために制定されたのが現祝日法なのだ。
よって、「国民の祝日」に歴史を取り戻す為に、祝日法全体の再度の制定を実現することは、我が国の形(国体)の確認と伝統的文化の自覚や教育の再建のためにも、重要な課題である。
人格の違い
これが皆が多く集まる人気の理由だったのだろう。つまり、読んでくださる皆さんのことを常に考えているという。
私など、HPは自分のためにはじめて、これまでにもう自分のためにならないからやめようと思ったことは何度もあったが、来てくださっている皆さんに満足してもらえないからやめようという発想はなかった。
そう考えていたら、たぶん即、やめなければならないだろう。
いや、私だって読んでくれている人がどう思っているのか、私の釣行記が役に立っているのか、気にはなっている。
気にはなっても、多くの人に気に入って貰えるような内容にできないだけ、能力の問題かもしれない。
だから、ろくにコメントもないと、やっぱり役に立っていないのか、それならば書くだけ無駄だからやめようかと、しょっちゅう思っている。
自分のために書いていると思いつつも、誰の役にも立っていないなら、そんなものを公開する必要はない、一人で書いて一人で読んでいれば良いと思うことはよくある。
こんな、いくら長々と書いても1円にもならない文章を書くことに時間を費やすくらいなら(実際はたいして費やしていないが)、その時間ももっと勉強して、仕事に関する本や論文でも書いたほうがよほど自分のためになるのにと、どうしてそうできないのかと悩んだことはある。
しかし、この悩み方も、結局は自分のことしか考えていないわけで、そこらあたりの人格の違いもあって、イケチャンと私のHPの人気に差になっていたのだろうと思う。
こうやって読む人のことを無視して自分の内心をあまりにもさらしすぎるのを「人間臭い」と評価してくださる方もいるが、その人間臭さが強烈な悪臭を放たないようには気をつかわなければならないのかもしれない。
今年の野球に無関心でいられるか
昔は、人も殺しかねないくらいの巨人ファンだったのだが・・・
巨人戦というのは、最近はそうでもないが、以前は毎日毎晩放送されていた。それを毎日びっちり見ていた。ほとんど毎日。放送時間に収まらないときは、ラジオを取りだしてきて終了まで聞いた(インターネットなどなかった時代)。
そして、勝ったときはかならず各チャンネルのスポーツニュースをはしごして、勝利の美酒に酔いしれたのだった。
こんな事を、小学校高学年の頃から大学1年くらいまで、シーズン中、というかオープン戦あたりからシーズン終了まで、ずーっとやっていた。
これを単純計算すると、一日2時間半、年に130試合を10年とすると、3,250時間、日数に換算すると、まるまる135日を費やしてきたことになる。なんて無駄な時間の使い方をしてきたのか・・・。
巨人が勝ったとか負けたとかで、いちいち気分が高揚したり落ち込んだり、その事にたいして自分が何をできるわけでもなく、ただただ受け身なだけで気分がふりまわされる毎日。
そしてある瞬間から、「俺はどうしてこいつらの応援をしなけりゃならんのか!?」とふと思った。
他人の応援をしている場合じゃないと。しかもテレビを見ているだけでは、ほとんど応援している事にもならない。
私がブラウン管の前(最近なら液晶?)でいくら巨人の応援をギャーギャーやってみたところで、選手にパワーが伝わるわけでもなければ球団の収入になるわけでもない、何の役にも立っていないし、自分としては時間の浪費を延々やってきただけだ。
さらに、最近のプロ野球選手の運動能力の向上に反比例した人格の劣等化というものを目にすると、選手にたいしてもだんだんと愛想がつきてきて、アホらしいから応援しないことに決めた。そう決めてから、たぶん10年以上がたつ。
そして、巨人を応援していたエネルギーを自分が頑張るエネルギーとして使おうと決めた。
ただ、それがようやく出来て、本当にプロ野球に無関心になれたのは、ここ数年のことだが。
どうしても、ニュースで巨人が勝ったという結果を見たり、気になる選手が活躍したりすると、心の中で喜んだりしてしまっていた。
今年は巨人が調子良い。今年こそ、プロ野球に対して完全に無関心なままでい続けられたなら、私の決意がようやく実現できたと言うことになるだろう。
機械にも機嫌があるのか
先日、車を洗って車内を掃除したのだが、それ以来静かになった。
掃除してもらって機嫌がなおったのか!?
いや、そんなはずはない。最近暖かいから、車体が膨張したためか、それとも、掃除の時に長時間ハッチバックを開けっ放しにしていたから、車体がうまい具合にゆがんだためなのか、そのどっちかだろう。
ただ、今度は後部シートからビビリ音というか、キシキシ革がこすれ合う音が鳴り出して、これがうるさい。私って気にしすぎなのだろうか?
車のエンジン音とか排気音が少々うるさいのは気にならないのだけど。
いっその事、土管みたいなマフラーに交換して、その音で車内の雑音が聞こえないようにしてやろうか!
まあしかしマンションの住民に迷惑だろうし、そんな事はしないが。
普通の車よりはエンジン音がするようになっているようだが、まだ、もうちょっとエンジンの音または排気音が聞こえても良いと個人的には思う。高級車じゃないんだから。そのほうが運転しやすいし。
マツダスピードのマフラーに交換しようかな?
しかし、左右2本出しのマフラーの場合、後から取り付けると、左右の高さがずれて付けられたりすることもあるそうだし、その点、技術力がイマイチ心配だから、やっぱりやめておこう。
寂しいですなあ
イケチャンの明るい語り口の釣行記や、多くの人たちの集まる掲示板は見ていて楽しかった。
やっぱり人柄というのは出るもので、暖かい雰囲気が漂っていたHPだった。
そういう点でいろいろと参考にさせていただいていた(が、もちろん私に真似できるはずもない)。
またご一緒できるのを楽しみにしております。
「子供」を「子ども」と書くべからず
この件について、よい文章を見つけたので、備忘録として、メモ。
【週の初めに】塩原経央 コドモは「子供」と書くべきだ
共同通信社が加盟社を対象に出している新聞の用字用語についての情報冊子『用語委員会だより』四十七号に、同社社友の上田融氏が「『コドモ』の表記をどうするか」という論説を寄稿している。
コドモは「子供」ではなく「子ども」と書くのが望ましいというのが上田氏の提案である。最近は文部省が出している『教育白書』でも、「子ども」という表記が採られているとのことだ。
書店に行った折、コドモについて書かれた本のタイトルを気をつけて見てみたが、「子供」と「子ども」は相半ばしていて、なるほど「子ども」の表記が増勢にあるのだなという印象を持った。
「子供」と「子ども」と、どこがどう違うのか。「子ども」の表記の源流の一つは上田氏の推論では「『供』という字は『お供』の『供』、付属物の扱いみたいだ」という羽仁説子さんの所説にあるらしい。“コドモの人権”をズームアップする人々はコドモを「子供」と書かないことに自らの良心を見ているのである。それはそれで立派な見識と思うが、私には少々異論がある。
◇
コドモは万葉仮名では「古騰母」「胡藤母」などとともに「子等」とも書かれ、ドモは複数を表す接尾語と説明される。ドモを「供」と書くのは当て字なのだ。
また、コドモのドモは、ばか者どもとか、虫けらどもとか、上接する語を低く遇するときに用いられるから、「子ドモ」という語には彼らへの軽侮の念が込められていることも否定はできない。が、だからコドモは「子ども」と書くべきなのか。よくよく考えてみれば、ドモが付く限り「子供」を「子ども」と書き換えたところで、子供の人権を尊重することにはなり得ないではないか。
一方、「子供たち」「子供ら」のような複数表現に私たちは何の違和感も抱かないように「子供」を子の複数の意ばかりには使っていない。こう考えると、むしろコドモは「子供」と書かれることによって初めて、「子・ドモ」の構造から、語としての「子供」へと自立を果たしたのだということができるのだ。
◇
「子供」は、字の形の通り“人”と“共”にいることなしには生きてはゆけない未熟な存在だ。大人や社会の付属物であるがゆえに、まさに保護され、教育され、しつけられて、人となるべき対象なのである。比ゆ抜きに言えば、永遠に「子供」である者などいない。だれもが親や世間にもみしだかれ磨き上げられて「供」たる身の上を通過してゆくのである。
本紙連載の「教育再興」の報ずるところによれば、今や学級崩壊は小学校低学年にまで及んでいるという。先生を先生とも思わない、人権の被膜に保護されたアナーキーな子供たちの現出に、結果的に「子ども」と書いて子供を持ち上げた人権派の錯覚が手を貸した部分は小さくない。
子供の人権などという言わずもがなを文にせずにいられないのは、日本人の流儀ではない。戦後の、人権という観念の根拠はなべて占領軍お仕着せの憲法にある。憲法を源とするアメリカ民主主義は、経済合理主義とともに戦後日本の再生に相応の役割を果たしたことは否定しない。が、その流儀が抱える二律背反性の影の部分が日々に子供の風景をむしばむ危機的な現在を思えば、今こそコドモは「子供」と書かなくてはならないのである。
(1998年11月23日 産経新聞 東京朝刊 校閲部長)
【続・国語断想】(8)子供再論 「子ども」こそが差別的表記
2002年10月02日 産経新聞 東京朝刊 オピニオン面
平成十年十一月二十三日付の本紙朝刊で「コドモは『子供』と書くべきだ」という一文をしたためて、「子ども」などという表記は採るべきでないと警鐘を鳴らしたが、見ているとその愚かな表記がじわじわ広がり、増えこそすれ減る様子を見せていないのはまことに嘆かわしい限りだ。
ただ一人、児童文学者の矢玉四郎氏がご自分のウエブサイトで「子ども教信者は目をさましましょう」と、「子ども」という表記の不可なるゆえんを説いて、孤軍奮闘されている。
日ごろ、わが国固有の伝統文化を重んぜよと説かれている側の知識人の中にすら、無警戒に「子ども」と書いている人がいて、その所論の尊敬すべきであればなおさら泣きたい気持ちになる。この問題を矢玉氏だけに丸投げしておくわけにはいかない。
意識的に子供を「子ども」に書き換えようとしている戦後民主主義というバイアスのかかった人権派や、彼らにくみする言論機関ならいざ知らず、保守陣営の人々までが深い考えもなく「子ども」と書く近ごろのなりゆきを見て取れば、私もまた矢玉氏の驥尾(きび)に付し弓矢を取って参戦しないわけにはいかない。再論す、子供は「子ども」と書いてはいけないと。
私たちは長い年月をかけて漢字仮名交じり文という洗練された国語の表記法を作り上げてきた。これを可能にしたのは、漢字を受け入れたときに、私たちの祖先が漢字という圧倒的な先進文化が用いている言葉の中にのみ込まれず、わが国語の中に漢字を取り入れる工夫をして、それに成功したからにほかならない。
その工夫の一つは仮名の発明である。これによって、漢語にはない用言の活用語尾、助動詞、そして“てにをは”を書き表すことができるようになったのだ。それも平仮名と片仮名の二つの体系を発明したことが、どれほど国語を分析的にし、近代的観念行為に堪えられる言語にしたか思い返してみるべきである。
工夫の二番目は、漢字語彙(ごい)を国語の文の構造の中に大量に取り入れて活用したことである。それは今日の外来語と同じで、漢語の字音そのものつまり外国語のまま取り入れたのではなく、わが国で識別できる字音に換えて受け入れたため、漢字語彙を容易に国語語彙として定着させることができたのだ。国語語彙の増大がまた、国語を近代的観念行為に堪えられる言語にしたのである。
工夫の三番目は、わが国の言葉を漢字を用いて表記すること、つまり字訓を発明したことである。これが漢字の持つ表意性をそのまま国語に反映させることができた秘訣(ひけつ)なのだ。
国語のハという音節が表す「端」や「歯」、また「葉」や「羽」や「刃」は、そうした漢字を用いることによって語としての分節を安定的にすることができたのである。これが仮に「ハ」または「は」のような音節を表す書き方しかできない言語であったとしたら、ハは未分化のまま容易には分節することができなかったに違いない。歯も葉もハと呼んで区別できない。それが未分化ということだ。
国語の和語を漢字で表すということは、つまりはそうした知の進化の営みなのだ。子供を「子ども」に書き換えるのは、「子供」と書いて成立したチャイルドもしくはチルドレンの意を表す語の分節を「子」と接尾語「ども」に還元して、知を退化させてしまう行為にほかならないのである。しかも、この接尾語ドモは、女ども、ばか者ども、貧乏人どもなどと用いるように、侮蔑(ぶべつ)感が込められているから、「子ども」と書くのは「ガキメラ」同様、子供をさげすむ差別的表記でさえある。
矢玉氏のウエブサイト「子ども教信者は目をさましましょう」には、氏の日本共産党への質問状に対する党中央委員会の回答というものが載っている。それによると「しんぶん赤旗」で七〇年代後半から「子ども」という表記をしているのは、「民主主義と人権の運動のなかで子どもは、戦前のように、おとなの『お供』でも、神仏の『お供え』でもない、人権を持った人間だという考えにもとづいています」ということだ。
「子供」の供が「お供」の供だというのは難癖もいいところだ。「子ども」と書いた方がよっぽど子供をばかにした書き方ではないか。
「子供」の供は「お供」の供でもなければ、「お供え」の供でもない。訓の一致することをもって借りた当て字に過ぎない。国語の漢字表記には当て字など珍しくもないし、当て字ではあれ漢字で書くことによって語として自立し安定化するのだから、子供を「子供」と書くのは国語の知恵というものだ。矢玉氏も指摘しているが、「大人も当て字で、大(おと)人(な)でも、大(お)人(とな)でもない」。子供を「子ども」のように書くのは、大人を「大な」や「おと人」と書くのと同じだと認識すべきである。
日本文化の伝統を愛する諸氏に言いたい。「子ども」などと書くのは空虚な“人権派”の流儀にくみする愚行であると。
(校閲部長 塩原経央)
店長、倒れる・・・
最近はYUKAに弁当を作ってもらうことが増えたので、私はたまにしかとらなくなったが、同じ部署の何人かは、昼に弁当をとっている。
それで、何件か弁当をとどけてくれるところがあって、値段とかその日のメニューとかで考えて注文することにしている。
その中で、一番安いのは職場に入っている杵屋の弁当なのだ








