カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
ホームページへ     
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2006年12月
ARCHIVE ≫ 2006年12月
       次ページ ≫
≪ 前月 |  2006年12月  | 翌月 ≫

釣り収め、今年最後の釣り

2006年12月29日 辨屋

潮@五ヶ所?長潮
満潮?0:20、12:20  干潮?5:59、19:21
日出?6:58  日入?16:52
061229shio.jpg


天気?晴れ時々曇り、風は時々強く吹く。かなり寒め。


さて、今年最後の釣り。去年は仕事上の価値観の変化の過程で悩むことが多くて他のも色々あって釣りどころではなく、1年でたった2回しか釣り堀に行けなかったが、今年は今回でちょうど20回目という具合で、3年振りにマメに釣行したほうだった。前半好調だったが、後半失速しつつあったのが、前回と今回はまずまず釣れたので(バラしは多くて課題山積みだが)、結果オーライで良かった。

最近、10時に床にはいると10時半には眠りに入って、2時半までだいたい4時間眠れるということがわかったので、家から出発した。

途中、予報通り結構風が強く吹き始めていた。程良い時間に玉城ICに到着。サークルKでぼすにゃんさんに遭遇した。新人さん(釣り堀2回目)を連れておられた。私らの雰囲気に飲まれているのか、ちょっと怖がられているような気がした。

エサは、松本で生ミックとボケとイワシとシラサ半分を買い、サニーズでシラサ大とアオイソメを買い、あとは魚かし4種類と奮発した。この他、持っていったエサは、偽あにじるしあまえび&ササミ、サバ切り身、サンマ、オキアミなど。

今回は修さんが辨屋の二イカダを押さえてくださっていて、それに混ぜて頂いた。修さんどうもありがとうございました。

061229asa.jpg


船の上の魚臭い男3人衆。さて、誰でしょう。
061229otoko3nin.jpg

逆光だったので、予想通り真っ黒けでした。スンマセン。まあ携帯のカメラだから・・・。

さて、イカダに渡してもらって、修さんらはとなりの7番イカダに、私は8番イカダで近藤さんと牧野さん、kawamuraさん他、お名前を出して良いのかわからなかったので、あとの方は以下の感じでそれぞれ入られた。

061229ikada.jpg


私は船を降りて、テント前のど真ん中はさすがに遠慮して、空いていた東よりに入った。近藤さんは気をつかわれているのか、空いている南側、風を正面から受ける位置に堂々たる風格で入られた。

朝一、速攻スタートでイワシを入れたら、ストップがかかり、ヨーイドンスタートということに・・・。ちょっと浅ましかったかな。まあ、おかげで青物用とさぐり釣りと西海9号の3本竿を用意できた。

さて、皆さん一斉にスタート。私は最近定着しつつある朝一の青物狙いからスタート。しかしまだ一度も釣れたことがない・・・。

予想通り釣れない、というかものの5分もすると退屈になってきたので、即、マダイ狙いにチェンジ。さぐり釣り3.3mを使用。アマエビをつけて、8mまで落とすとアタリが出て、まずは順調にマダイをゲット。

引き続き、アマエビを入れるが、食い込まない。エサをササミに変えるとまたはっきりとアタリが出て、2匹目をゲット。そして、もう一匹と連続して3匹のマダイを得ることができた。何匹かマダイを持って帰らなければならないので、一安心。

しかし、北側に入った私らと牧野さん以外はアタリがさっぱり出ないようで、近藤さんも早々にあきらめられていた。

Yさんの奥さんも私の隣にやってこられて、以後ずっとここで釣りをされていた。何匹かマダイを上げておられた。

さて、その後、アタリが小さくなってきたので、イカダ竿に持ち替えて続行する。前回バラしまくった西海9号だが、あれは針が悪かったのかと思って、今回は着色針ではなく、刺さりの良さそうな、というか「刺さり強烈」と書いてあるDUELのグレ針7号を使った。

しかし・・・やっぱりバラしてしまった。どこが「刺さり強烈じゃ!」と言いつつ自分のへたさをタナにあげる。6号まで針の大きさを落として飲み込ませようとしたが、飲み込んでもくれない。

今回はさぐり釣り3.3mも使ったので、それでよくわかったのが、西海9号は竿が全体に柔らかくてアワセが効きにくいということ。針を同じくグレ針7号にして、さぐり釣りでやってみたが、これだとバラさずに釣れた。

さぐり釣りSPで合わせた時には、左手にしっかりガツーんと重みを感じるが、西海9号だと、竿を頭より高い位置まで上げて合わせても左手にあまり重みがかからない。うーん、おかしい。

今回、西海で合わせるときは、かなり送り込んで竿先を下げて糸をたるませてから合わせていたから、そのせいもあってなおさらなのかもしれないが、ともかくこの竿は穂先だけでなく胴まで柔らかいので合わせはもっと工夫が必要なようだ。でも確かひさぴーさんもこの竿を主に使っていたと思うが、バラさずに釣っていた。一体何が違うのか・・・。

しかも食いも浅くてエサを飲み込んでくれないので、なおさら難しい。せめて飲み込んでくれればと思うが、何か考えないといけない。針をもっと大きくして口にかけたほうが良いのかな?うーん、わからん。

もういっそのこと、この竿で釣る時はエサを飲み込んでくれるまでアワセは待ったほうが良いのかもしれない。しかし、どうも前回もそうだが今回も、マダイがエサをくわえるだけで、食いが渋いので、それも難しい。かかっても口の皮一枚という感じだった。

さて、しばらくしてアタリが遠のいてきたのでエサをシラサに変えて少し浅め、7mほどに投入すると、西海9号の穂先がスーッと入ったので、送り込んでから合わせるとマダイと違ってしっかりアワセが効いたと思ったらシャープな引きで上がってきたのはシマアジだった。こちらはエサをおもいきり飲み込んでいた。

さて、ここからシマアジが釣れるかと期待したが、しばらく浅めのタナで狙ってみたものの、アタリはでなかった。少し下げるとまたつつくようなマダイのアタリが出だした。

日が出てくると今度はシラサがあたりだした。シラサはまだアマエビとか団子よりは飲み込んでくれる。ような気がしたのだが、それでもきっちり口にかけるのが精一杯だった。

放流前は、バラシは1、2匹でどうにか済み、たぶんマダイ4、シマアジ1くらいの感じで、最初の放流(マダイ、シマアジなど)をむかえた。

最初の放流後はなぜかアタリがぱったり止まってしまったが、しばらく色んなエサを打ち返していると、ササミでアタリが出だした。

誘ったり送り込んだりするとどうにか多少は食い込んで穂先が少し深く入るのだが、合わせるとすっぽぬけたり、カツンと一瞬だけかかったりしてすぐにはずれてしまう。

そしてようやくかけたかと思うと、やりとりの途中でバラしという感じで、なかなかタモの中に入れることができなくてかなり苦労した。そしてバラすとアタリが遠のくので、また一からやりなおしで、色んなエサを次々に変えて誘いをかけてということを繰り返す。

すると、シラサかアマエビ、ササミでまたアタリが出だして、また誘ったり送り込んだりして、すっぽ抜けて・・・と同じ事の繰り返しだった。

途中、アタリは出るものの、針にかからなかったりバラしたりで、なかなか釣果が伸びずにかなりイライラしてしまった。

西海9号であまりにもバラすので、8号に変えてみたが、同じだった。合わせた時に腕にまで重みがかからず、しっかり針がかりしない。前はこんな感じではなく、同じような合わせ方でちゃんと合わせが効いたはずなのだが・・・。

この時期だけの現象なのかよくわからないで頭が混乱してきたので、西海を使うのをとりあえずやめて、ここからさぐり釣りのほうを中心に使うようにしたらバラしがなくなった。というか、さぐり釣りだとバラしはゼロだった。やっぱりこっちはしっかりアワセが効く。

しかし、アタリは西海のほうが断然出しやすい。さぐり釣りだとバラしはあまり無いが、針にかけるまでは西海の柔らかい穂先で魚とかけひきしたほうが良いので、難しいところだ。西海でのあわせかたを何か工夫するか、それとも飲み込むくらいまで待つか、悩ましい。

1時になって、近藤さんは辨屋さんのお手伝いをするために早上がりされた。牧野さんも一緒にあがっていったが、その前に、シマアジが浮いているよと教えてくれたので、思い切って5mまで上げたらアタリが出て、合わせるとばっちりかかってシマアジが釣れた。

その後、同じように浅めのタナでやってみたが、アタリは出るものの、食い込まずに、そのうちアタリも止まってしまった。

前回に引き続いて今回も、アタリは多いものの、なかなか針に乗らず、ようやく乗ったと思ったらバラし多発でとてもイライラする釣りになってしまったが、最終的には結構たくさん釣れたので、まあ良しとすることにした。

しかし、ホント、前回も今回も、もっと上手な人だったら20以上は釣れていただろう。なんとなくいたたまれないような気持ちになってしまうが、まあしかたない。

話によると、前日に比べて急に水温が2℃もさがったらしく、そのせいもあってか、青物の活性が低かった。でも魚をしめているところをずっと見ていたが、ブリを2匹も釣っている人もいたりして、この条件の中、釣っている人もいるのだからすごいなあと思った。

それでも、当初予想していたよりはたくさん釣れたし、良い釣り収めとなった。

声をかけてくださった修さん、ご一緒してくださった皆さん、どうもありがとうございました。

帰りに牡蠣を買って行こうと思っていたが、何と売り切れ。残念。

かわりに・・・というわけではないが、立派な伊勢エビが売っていたので、2匹買って帰った。2匹で3000円なり。結構フンパツした。
061229iseebi.jpg


帰り道、名阪国道の山の中は雪が降っていた。そのせいか、結構渋滞していたが、ノンストップで帰ったら晩飯時くらいには着くことができた。
061229yuki.jpg


061229yuki2.jpg

最近、出発前に缶コーヒー(ブラック無糖)を飲むと眠くならずに家まで持つことがわかった。普段あまりコーヒーを飲まないのでたまに飲むとよく効くのかもしれない。

来年の釣りの予定はいまのところ新年会以外は決まっていないが、第二週目あたりの平日に休みを取って天気の良さそうな日に傳八屋へスクランブル発進の体制だけは整えている。

(結果)マダイ11匹、シマアジ2匹(写真なし)

(アタリエサ)(だいたいの記憶)
偽あにじるしアマエビ ?マダイ2
同ササミ?マダイ5
シラサエビ?マダイ4、シマアジ2

(タナ)
マダイ:7?9m
シオ、シマアジ:6m
ソイ:9m以下

(道具・仕掛け)
マダイ用 (1)
 竿・リール ? 西海9号→8号、シマノ・チヌマチック1000XT
 道糸・ハリス ? ちぬイカダかかり2.5号通し
 ハリ・オモリ ? DUEL ぐれ(ブロンズ)6号・7号・ゴム張りガン玉B、2B

マダイ用(2)
 竿・リール ? ダイワシーパラダイス磯さぐり釣りSP 3.3m、シマノNAVI2500
 道糸・ハリス ? 海上釣り堀用マーク入りナイロン道糸5号・グランドマックス3?4号
 ハリ・オモリ ? コーンチヌ4号、食わせグレ9号など・オモリ0.5号

青物用
 竿・リール ? ダイワ海上釣り堀(クラブブルーキャビンII)3.6m、シマノAENOS-XT3000
 道糸・ハリス・針 ? 海上釣り堀用マーク付きナイロン道糸10号・グランドマックス8号・ヒラマサ針11号
釣り | Comments(2) | Trackbacks(-)

明日は嵐か

明日は今年最後の釣り。

楽しくしめくくりたいところだが、天気がちょいと心配だ。年末になるので、行き帰りの道中も渋滞など心配だ。

風が強いと釣りにくいからなあ。食いが渋いのはまだしかたないと言うか、アタリさえ出るなら少々アタリが小さくても、それなりに釣りをしているなあと思えるが、風がビュービューでは思うように釣りができないのでチトつらい。

私のように、穂先の柔らかいイカダ竿で釣るタイプには、風は強敵だ。

風が強かったら釣り方を変えるか?それとも青物ばっかり狙うか?でも正月用にマダイも何匹か釣りたいし。

クエはまだ入っているのかな?クエはまだ一度も釣ったことがないし、すくったことすらない。

釣り | Comments(0) | Trackbacks(-)

私は多数決が嫌いだ

私は多数決が嫌いだ。

だいたい多数意見が常に正しいとは限らないわけで、それを忘れて、多数意見を無条件で尊重せよといわんばかりの風潮には違和感を感じる。

しかし、物事、多数決で決めるしかないと言われればその通りだ。

ならばせめて、十分に情報を出し合って議論を尽くした末に、多数決てくれるのであればまだしも、ろくに情報も出さずに議論も途中でうち切って無理矢理多数決を取るとは、許し難い。

多数意見が正しいといとは限らない、多数意見だって間違えることがある、だから反対意見にも耳をかたむけなければならない。

少数意見の尊重というのは、別に弱者への同情や保護として重要なわけではなく、多数の側も間違えているかもしれないと考える上で重要なのだと思う。だから議論することが重要なのだ。

したがって、議論という前提が無視された「世論」などというものは、多数派のその場の感情・気分や私欲の集積、一時の流行にすぎないわけで、そんなもので真偽、善悪、美醜を判断するのはやめてくれよと言いたい。

とは言っても、議論したって無駄なんだよなあ、やっぱり。結局、みんなわからない事はわからないし、わかろうともしない、議論なんてめんどくさいし相手の気持ちを考えて遠慮が出るし、本気で議論すれば感情的になる人が多いので、結局は議論が阻害されてしまう。

感情で判断するのがまずいとわかる人でも、下手に感情を殺して合理に走れば、これまたお粗末な合理で、わかりやすいが中身が空疎なウソになってしまう。

というか、自分の人生観、死生観が現代の世の中の標準からあまりにもかけはなれているので、疎外感ばかりが強くなってしまう今日この頃。

迷い・不可解 | Comments(0) | Trackbacks(-)

サラ・ブライトマン

クリスマスイブの夜だったか、テレビで、どこかの天然記念物の岩かなにかの上で、サラ・ブライトマンというオペラ歌手(?)が寒空の下、何か歌を歌っていた。

服装と体型を見て、一瞬だけ、叶姉妹のどちらかが口パクで歌っているふりしているのかと思ったが、そんな訳ない。


12月24日放送、日本テレビ系「HAPPY Xmas SHOW2006?聖夜にあの名曲が蘇る!?」(後9・0)は、クリスマスイブの夜を舞台にした、ファンタスティックなドラマに、国内外の豪華アーティストの歌を織り込みながらおくるエンターテインメント番組の第4弾。

(中略)

「世界で1番美しい声の持ち主」といわれるサラは、国の天然記念物に指定されている埼玉県・長瀞の岩畳を舞台に、12人の弦楽奏者をバックに名曲「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」を熱唱する。

 撮影当日の夜はかなり冷え込んだが、サラは用意された上着を1度も着ることはなかった。壮大なロケーションの中での撮影に感動したサラは「私の体の中はエキサイティングしている。だから、私に上着は必要ない」と話していたという。朝から雨の予報が出ていて、撮影が危ぶまれたが、撮影時間には月が出て、サラは「月が味方をした」と、感動していたとか。
(12月12日更新)


なかなか素敵な曲だなあと思って聴いていたが、歌詞で「Time to say goodbye」のところ以外はなにを言っているのかさっぱりわからなかった。

と思って字幕を見たら、あれはイタリア語か? なにせ英語の歌じゃなかったのね。英語の部分は「Time to say goodbye」という曲名と同じ部分だけだった。

それにしても、クリスマスイブは恋人同士が接合しあう夜になるというように、日本においてはかなり歪められているわけだが、その夜に、「Time to say goodbye」、つまり「さよならを言う時」という曲名の歌を歌うというのは、絶妙の皮肉だろうか。

それとも、歌詞がイタリア語か何かでサッパリ意味がわからなかったが、違う意味の込められた歌なんだろうか?

Time to Say Goodbye Time to Say Goodbye
Sarah Brightman、London Symphony Orchestra 他 (1997/09/23)
Angel Records

この商品の詳細を見る


まあ、なかなか良い曲だったので、ちょっと買ってみるか。

アヴェ・マリア?サラ・ブライトマン・クラシックス? アヴェ・マリア?サラ・ブライトマン・クラシックス?
サラ・ブライトマン (2001/11/28)
東芝EMI

この商品の詳細を見る


これも良さそうな感じ。

音楽 | Comments(0) | Trackbacks(-)

クリスマス・チキン

さて、クリスマスの今日はこの料理でした。上にのっているのはクリームカレーです。

「チキンのクリームカレー煮込み(バターライス添え)」だそうです。レシピはわかりません。知りたい人はYUKAにメールして聞いて下さい。

061225chiken.jpg


バターライスには青じそとネギが入っていました。まるでレストランの味!

ごちそうさま?。

料理 | Comments(0) | Trackbacks(-)

魚クリスマス・イブ

さて、昨日は一通りクリスマス・イブに対して悪態をついたあと、魚クリスマス・イブという感じでした。

お造り三種盛り。これだけは私が作りました。魚さばき係。
061224ostukuri1.jpg


叩き!絶品。もちろんかけるのは旭ポン酢!
061224tataki.jpg


とどめのクリスマスケーキ。小さいのに高かった!
061224cake.jpg


ごちそうさまー。

料理 | Comments(0) | Trackbacks(-)

クリスマスに味わう厭世的な気分

毎年クリスマスが来るだびに、一神教の神(GOD)が日本ではたくさんある「カミ」の一つになってしまうんだなあとしみじみ思わされる。

日本語のカミは、神社の神様の他に、お上とか上方、上手などというように、ようするに上にあるもの、上位に位置するもの、そこから転じて天上の存在とか強い物、すぐれた物というような意味になり、これはたくさんあるものだから、一神教の神=GODとはまるで違う概念だ。

GODを神(カミ)と訳したのは明らかな誤訳だとはよく言われる通りだと思う。

とまあ、これまではそんな事をちらっと考える程度でだったのだが、どうも日本人の劣化現象が急速に進行中である昨今にあっては、クリスマスは宗教とは完全に無関係のたんなる習俗・風習にすぎないもの、もしくはそれ以下のものになっており、まあクリスマスならばそれで結構なのだが、初詣や七五三すらたんなる習俗・風習になりつつある有様なので、どうなっちまっているのやら、という感じだ。

まあ初詣も七五三も、実は今のスタイルになったのは明治以降なのだが。でも、形として確立したのは明治以降であっても、たんなる習俗や風習にすぎないものではなく、そこにはきっちりと日本人の文化・宗教的意識の集約があったのだから伝統行事と言って一向にさしつかえないし、クリスマスとは本来全然違う次元のものだ。

それに対して、クリスマスのイベントは、キリスト教の精神のかけらもなく、神の生誕を祝う気持ちなども到底なく、ただ何の脈絡も必然性もなくサンタが突如としてプレゼントを持ってきてくれると思いこむ、おめでたい日ということになっている。

もっと下等なのになると、クリスマスは商売上の利益を拡大するチャンスと見て浮ついた気持ちを煽る日、とまで言うと言い過ぎかもしれないが、若者を中心に、一部に男女の交尾の日と受け止めるような歪んだとらえ方がされており、目を覆いたくなる。

本当のクリスチャンならば神に感謝しつつ、家族とすごす日なのである。だからデートを切り上げて早く家に帰るべきところを、家族を放り出して男女の性交渉にいそしむというのでは、もう神罰が下ること間違いなし。

ところで私がクリスマスに反感を感じるようになったのは、一体いつ頃からだろうか。たぶん高校時代からだろう。

高校3年の今頃の時期、友人の家にアメリカ人の宣教師が布教に来ていて、私も加わって、毎日学校の帰りに3人で議論していたのを思い出した。

友人はただ日本語を話すアメリカ人が物珍しくて家に出入りさせていたみたいだが、私はキリスト教にどっぷり浸っているその宣教師にとても興味があったので、毎日遅くまで友人の家で色んな話をした。

宣教師は私と友人に布教活動をしていた。私は私で、その宣教師を何とか言い負かして、できればキリスト教の洗脳から目覚めさせてやろうなどと考えていた。何と大胆な。

その頃の私は唯物論というか科学主義で、宗教というのもを完全否定していて、特に一神教にたいしては軽蔑すらしていた。今は違って最も軽蔑すべきは唯物論的な無神論者だと思っているが。

その宣教師が良く言っていた。日本にはキリスト教の布教の壁というのがあって、どうしてもキリスト教を理解してもらえないと嘆いていた。これほど欧米人に対して寛容な国もめずらしいが、これほどキリスト教が理解されない国もめずらしいのだと。

欧米の植民地はどこも急速にキリスト教が広まり、今ではクリスチャンが多い。しかし、日本は、ある種のアメリカの文化的植民地状態にあるにもかかわらず、どうしても1%以上はキリスト教の信者が増えないらしい。

韓国も、アメリカの文化的植民地という点で日本とよく似たような国だが、こちらはりクリスチャンが多く、信者はたしか30%くらいいて、キリスト教が広まっている。

そう考えると、やはり日本は特殊だと言える。

終戦直後、GHQは日本をキリスト教化するために、かなり色々やって、それこそ神社を焼き払ったり、色んな布教活動までやったりしたらしいが、結局定着せず、クリスマスや教会での結婚式のような表面的な行事が単なる習俗として広まっただけだった。

当初は、神道の影響、多神教的、アニミズム的な日本人の心情に、一神教のキリスト教はどうしてもなじまないから広まらなかったのだろうとは思うが、最近の様子を見ていると、もう宗教的情操が完全に欠落してしまって、精神的な文化などにまるで無関心でただただ物質的に満たされることにしか価値を見いだせなくなってしまった結果なのではないかと思う。

テレビをつけると、スポーツとグルメ番組が氾濫していて、スポーツは真剣な競技ではなく低俗なショーに成り下がり、グルメ番組はとにかく美食と贅沢さのみを追い求めている。

現代の日本はまるでパンとサーカスのローマ時代に逆戻りしているのではないか。

そう言いつつ、お笑い番組に馬鹿笑いしつつ、クリスマスケーキと鶏肉を口いっぱいに頬張る私・・・。

人間、俗っぽさから離れられないとは言え、だからこそ、聖なる夜くらいはほんの一片でも「聖」なるものについて考えて感じてみようと思わないのだろうか?

聖と俗。人間はどちらも持っているんじゃないか!?

それにしても現代は物質文明が極限まで進み、精神的な価値がそれに圧倒されてしまっている。

モノがあふれかえっており、小さい子供からケータイやパソコンをいじくり回して、マンガすら読まなくなっている。精神や文化が空洞化して当然かもしれない。

昔の日本人のほうが精神的にはるかに豊かだったとしか思えない。物質的に満たされるほど、精神的には貧しくなって行くのかもしれない。

ホント、昔の日本人は偉かったと思う。現代社会の病理にどっぷり浸かった私には到底真似できないが・・・。

哀愁 | Comments(0) | Trackbacks(-)

12月23日(土)傳八屋

2006年12月23日(土) 傳八屋

天気?晴れ、この時期にしてはかなり暖かい、風も途中一時あっただけであとは無風

潮@五ヶ所?中潮
満潮?8:06、18:51  干潮?1:09、13:25
日出?6:56  日入?16:48
061223shio.jpg



前回kawamuraさんとご一緒させていただいたときに、23日貸し切り予約しているので、一人あいているからどうですかとお誘いいただき、速攻でありがたくご一緒させていただくことにした。

ヒラマサやブリが釣りたいということで、朝一に用意ドンスタートでなければ速攻で仕掛けを投入できるように、私が青物狙いに主に仕様しているダイワの釣り堀用の竿をすぐ出せるようにあらかじめ糸を通して、針付きハリスまでつけていた。

この竿クラブ・ブルーキャビン海上釣堀

isrobluecabp01.jpg


060816sao0.jpg


主にマダイ・小物用に使えるI-360と青物まで視野に入れたII-360の2種類があり、
私はII-360のほうを持っていて8月以降にこの竿を使い出してから、結構青物も釣れるようになった。

この竿を買う前2003年から今年の8月まで
38回釣り堀に行って、釣った青物は合計26匹(ワラサ・ヒラマサ・カンパチ)
?平均0.68匹
(今年だけでも、竿を買う前までは11回釣行して7匹なので平均0.64匹

この竿を買った後
7回釣り堀に行って、釣った青物は11匹((ワラサ・ヒラマサ・カンパチ、ブリ)
?平均1.57匹

という感じで、だいたいこれまでの倍ほど青物が釣れるようになっている。まあ今後この調子が続くとは限らないし、この竿がわりと私は使いやすいので、青狙いする時間が少し増えたということもあるのかもしれない。

ともかくこの竿を使って、朝一には青物狙いをやろうと思っていて、すぐに仕掛けを投入できるように準備万端、整えていたら、それが逆にあだとなってロッドケースの中で暴れ回ったらしく、なんと穂先が折れていた。ショック!

これでもうこの日は青物が釣れる気がしなくなってしまった。そして予想はあたるのだった。

しかたないので、さぐり釣りの3.9mを青用にすることにしたが、この竿だと生きアジをつけるときのオモリ負荷(だいたい5号くらい)で穂先が死んでしまうからあまり適していない。

まあどっちみち朝一はイワシかハラワタでやろうと思っていたので、それは良いのだが。


さて、桟橋で待っている間に穂先が折れていることに気づいてショックで呆然としている間に出船。1番イカダになった。全員がバラバラになって(つまり2?3人で一緒に来ていた人もバラけて)ジャンケンして釣り座を決めることに。

すると何と、前回に引き続き、また私がジャンケンで1番勝ってしまった!おかしい。私はジャンケンが弱いはずなのに。

私は場所のことはあまりよくわからないが、冬だとだいたい北西風が吹くから、イカダ上の北か西の辺の釣り座だた風を背にして釣りやすいので、北か西のどちらかに入りたいと思考えて、前回は西でイマイチだったから今回は北側に入ることにした。

でもこの日は風がなかったから関係なかったが。

みなさん、だいたいこのような位置に入られた。

061223ikada.jpg


さて、朝一は青物狙い。思った竿ではなかったが、とりあえず生きイワシを付けて狙うことに。しばらく誘ったりしてみるが反応なし。

その後は魚かしで売っていたサバの内臓をつけてみたが、これもアタリなし。

隣ではマダイ狙いのマナブンさんがアタリを出しているが、ものすごい小さいアタリのようで、針に乗せられずに苦労されている。

イカダ全体でも青物はあがらず、私もマダイ狙いにすることにした。あたりがごく小さいということで、今回は最初からイカダ竿でやることにした。

ひさびさに西海8号を取りだし(と思ったが後で気づいたらこれは買ったばかりの西海9号だった)、そしてもう一つこれまた久しぶりだが、オキアミカラーのグレ針(食わせグレ8号前後)を使ってやることにした。

このオキアミカラーのグレ針を以前はイカダ竿でやるときの主力にしていたのだが、どうも刺さりが悪い気がして、バラしにつながるように思えたので、最近は使わなくなっていた。

でもこの針を使ったほうがアタリがよく出る気がしていたので、今回はそのあたりはどうなのかタメしてみるつもりで、一日この針でやることにした。

さて、マダイ狙いに変えて第一投目は偽あにじるしアマエビで、6mくらいから順番に探ってゆくと、8mまで落としてアタリが出た。

ツンツン、スーっと穂先が10cmくらい入ったので、少し送り込んでからやや遅合わせぎみに合わせると、バッチリかかって、マダイがあがってきた。しかし結構送り込んだつもりが、針を飲み込んではいなかった。

続いて同じくアマエビで8mに落とすと、またまたアタリがあって、これまた同じようにして合わせるとまたマダイがあがってきた。今度は口の皮一枚だった。

どうもあまり食いは良くないようだ。

第三投目、今度は、一回だけチョンと穂先がおじぎして、それきりアタリは止まってしまった。

そこでエサをシラサに変えて見るも、あたりなし。

少しタナを上げて6mにしてみると、つつくようなアタリが出た。何度か誘いをかけていると、また穂先がツンツンと反応して、竿をさげて送り込んでゆくと、穂先がスーっと入ったので合わせると、ばっちりかかって、これはシャープな引きで上がってきたのは、シマアジだった。

その後、同じように6mでシラサでやってみたが、もうシマアジはかからなかった。そこでえび団子の素にかえて、何度もしつこく誘っていると、またようやくアタリが出だした。しかしなかなか穂先が引きずり込まれない。

さそったりしてようやく食い込んだ感じだったので合わせるとバッチリかかった!そして順調にうかせて来て、マダイが見えてきたあたりでマダイが一回反転してもぐろうとするが、この時に針がはずれてバレてしまった。

今回はこのパターンのバラしがとても多かった。マダイの顔をおがんで、さあもうちょっとでタモ入れなのに、マダイ最後の反転をかわせずにその時にバレてしまうことが多かった。

うーむ、慣れない西海9号で合わせ方がおかしいのか、それとも、やっぱりオキアミカラーの着色針は刺さりが悪いのか!?

まあともかく、まだこの時は合わせ方を調整することで何とかなると思っていたので、竿も針も変えずにやっていたら、結局最後までこれで通してしまった。もっと早く変えたほうが良かったかも。

まあ、この時はまだそんなにバラすとは思っていなかった(というか、そもそもそんなにアタリが多く出せるとは思っていなかった)ので、引き続きこのスタイルでやっていた。

さて、バラした後はエサを変えることにして、今度はえび団子の黄色から赤にかえて底近くまで落としてやるが、アタリは出ず。

最初の放流前にもう一匹マダイを追加したかもしれないが、朝一は3?4匹釣ったところでアタリが完全になくなってしまった。

その後、最初の放流。マダイやシマアジ、ソイやイサキなどがまずまずの量放流された。

放流後、最初は対面でイサキなどがあがりだして、その後Jackyさんの前の角にイサキが移動してきたようでkawamuraさんが何匹か連続してあげられた。

こっちへはなかなか来なかったが、しばらく待っているとようやく待望のアタリがでて、たしか魚かしの黄色い団子だったと思うが、穂先が引きずり込まれてマダイを上げることができた。

その後、えび団子の素や黄色団子でマダイを1匹追加。その後同じ事をしたらまたアタリがあったが、いれはバラしてしまったので、目先を変えるためにエサをアオイソメにしたら、穂先が一気にはいるくらいの今日はじめてのしっかりしたアタリが出た。

結構強くシャープに引くからシマアジかと思ったら、これはシオだった。ラッキー。

しかし、その後、アタリは止まってしまい、しばらくは誘ってもアタリが出ない状態が続いた。

ところで仲さんが、ソイを連発されている。聞くとタナは底でエサはシラサとのこと。私も青物用に使っていたホリデーメイトをハリス8号から4号に変えて、真ん中近くの底を狙って、ソイまたは運が良ければヒラマサあたりがかからないかと思ってやってみたら、ソイが1匹釣れた。

その後は釣れなかったが、仲さんはシラサでもアマエビでもえび団子でも生きアジでもソイが釣れていたのでびっくりした。生きアジを食うほど大きなソイではなかったのだが・・・。ソイとは目の前にエサを持って行けば何でも食べるんではないか。

さて、しばらくして2回目の放流。青物が中心・・・かと思いきや、9人の貸し切りでブリを入れて貰ったので、青物はいつもほどではない印象で、かわりにマダイや何かが結構たくさん入った。

それでも気にせず、ブリを狙う。家の冷蔵庫にまだカツオのハラワタが残っていたので、こいつを投入。しかし、最近魚かしでもサバやらカツオを売っていて、魚も慣れてしまったのか、アタリは来なかった。

どうやら生きアジに軍配があがったようで、隣のJackyさんが次々にヒラマサ・ヒラマサ・カンパチと青物をしとめて行く。ちょっと皆からブーイングの嵐!

いやー、恐れ入りました。私はハラワタやイワシで狙っていたが、Jackyさんが生きアジで次々に釣り上げるのを見て私の行きアジにチェンジした。

すると、入れた瞬間に竿先が引きずり込まれた!やったー、と思って「青です!」コール。

・・・しかし何だかそれほど重くない。と思ったらシオだった。うーむ。自分でタモ入れして、またまた生きアジを投入。しかし、その後アタリはなかった。

結局、今回は青物(ヒラマサ・ブリ・ワラサ・カンパチ)は釣れず。少しだけ竿のせいにしたいと思ったが、まあ今回は運が悪かったのかどうなのか。

その後もしばらく青物を狙ってみたが、あきらめてマダイ狙いに戻した。すると、こちらはすぐにアタリがでた。ササミをつけて8m以下まで落とすと、ガツンガツンと乱暴なアタリが出た。合わせるとしっかりのって、あんがい素直にマダイがあがってきた。めずらしくエサを飲み込んでいた。この日、エサを飲み込んでくれたマダイは、たしかこの1匹だけだったと思う。

そして同じくササミでもう一匹マダイがあがった。そしてもう一匹・・・と思ったら今度は上がってきたマダイと目と目があってマダイが反転した瞬間に針がはずれてバラしてしまった。

このあたりから、どうもこの針はささりがやっぱり悪いのかなあと思い始めていたが、次に飲み込まれて針を変える時にでも別のにしてみようと思って面倒くさくなってそのままにしてしまった。

しかし、その後もアタリはどんどん小さくなり、どうにか食わせて針にかけるが、釣り上げても皮一枚とか、タモ入れ直前にパチーンというはげしい音を立てながら針がはずれてバレたりとか、食いが浅くて、飲み込まれるなどと言うことはなかった。

その後、マダイを釣ってはバラし、そしてアタリが止まり、また必死で誘い倒してようやくアタリが出たと思っても食い込まず、ようやく食い込ませて1匹釣って活性があがったかと思ってもう1匹かけると、それはバラしというパターンが続いて、イライラがつのる。

2回目の放流以後、マダイに関してはかけたうちの半分くらいしかタモに入らなかったような気がする。

入れ食いということはまったく無く、小さいアタリに苦労してバラしは多いながらも、どうにかパラパラと釣り上げていたので、最終的に数としてはまあまあ釣れていたが、しかし少ないアタリを着実にものにする釣りよりも、アタリは多いがバラしも多いほうがストレスというか何とも苦々しい気持ちでちょっと後味が悪かった。

雑な釣りをしたつもりはなく、むしろいつもよりかなり丁寧に、常に立って竿を持って誘い通しでやったのだが、肝心の仕上げのところでヘマが多かったことが悔やまれる。

今回バラしが多かったのは、ひさしぶりに竿を西海にしてみたことなのか、針のささりが悪いのか、はたまた食いが浅いのか、それとも何度かバラすと体がこわばってさらにバラしが増すという私の悪いクセが出てしまったのか、これらの要素が複合的にからみあっているのかよくわからないが、何か対策を考えたいと思う。

それとは別に、今回は天気もとてもよく、みなさんもまずまずの釣果だったようで、とても楽しい時間をすごすことができた。

kawamuraさん、皆さん、どうもありがとうございました。

(結果)
マダイ9匹、シオ2匹、シマアジ1匹、ソイ1匹

061223chouka.jpg


(アタリエサ)
えび団子の素 or 魚かし団子?マダイ3
偽あにじるしアマエビ orササミ?マダイ5
アオイソメ?マダイ1、シオ1
シラサエビ?ソイ1、シマアジ1
生きアジ?シオ1

(タナ)
マダイ:7?9m
シオ、シマアジ:6m
ソイ:9m以下


(道具・仕掛け)
マダイ用
 竿・リール ? 西海9号、チヌマチック1000XT
 道糸・ハリス ? ちぬイカダかかり3号通し
 ハリ・オモリ ? くわせグレオキアミカラー7号、8号・ゴム張りガン玉B、2B

青物用
 竿・リール ? シーパラさぐり3.9m、シマノAENOS-XT3000
 道糸・ハリス・針 ? 海上釣り堀用マーク付きナイロン道糸10号・グランドマックス8号・ヒラマサ針11号

釣り | Comments(5) | Trackbacks(-)

明日はひさしぶりの釣り堀

明日はひさびさの釣り堀だ。

ひさしぶりというほどでもないかな。

このところ、毎回あと一歩という釣果なので、そろそろ爆釣したいが、たぶん無理だろう。

どうも私一人だと爆釣できないので、一部では今年爆釣したのは全部YUKAで、私は釣果をごまかしているというウワサもあるようだが・・・

そのウワサを払拭するためにも、爆釣したいところだが、まあそこそこ色んな魚種が釣れれば満足としようか。クエ(ハタ?)が釣れたら日曜はYUKAの両親もまねいてクエ鍋パーティーをする予定だ。

って、すごい妄想が膨らんでいる。

しかし、どうも青物が爆釣しそうな気がする。

ブリにヒラマサにカンパチにワラサ。

クーラーに入りきらなかったらどうしようか・・・。なんちゃって。

明日ご一緒のみなさん、よろしくお願いしますー。

釣り | Comments(2) | Trackbacks(-)

世界の日本人ジョーク集

最近、書店で良く平積みにされていて、結構売れているらしいこの本をちょっと読んでみた。
世界の日本人ジョーク集 世界の日本人ジョーク集
早坂 隆 (2006/01)
中央公論新社

この商品の詳細を見る


先日私は、「日本は世界中から嫌われている」と思っている知人に「どうしてそんな事を思うのか」と批判したが、この本を書店で見かけたとき、実は私も「どうせ日本人の悪口ばっかり書いてあるんだろう」と思って、読もうなどとは思わなかった。

が、知人からおもしろいと勧められたので、読んでみるとこれが確かに面白い。

まだ全部読んだわけではないし、やっぱり日本人を拝金主義者の守銭奴みたいに思っているようなジョークがありはするものの、だいたいが悪いことばっかりではなく、誤解混じりではあるが、それなりに特徴を捉えたジョークが結構ある。有名で聞いたことのあるものもあったが。

たとえば・・・

鼻の穴
(問い)ユダヤ人の鼻の穴はなぜ大きいのか?
(答え)空気はタダだから。

(問い)日本人の鼻の穴はなぜ小さいのか?
(答え)タダだから遠慮しているため。


早く飛び込め

ある豪華客船が航海の最中に沈みだした。船長は乗客達に速やかに船から脱出して海に飛び込むように、指示しなければならなかった。

船長は、それぞれの外国人にこう言った。

アメリカ人には「飛び込めばあたなは英雄ですよ」
イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士ですよ」
ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則となっています」
イタリア人には「飛び込むと女性にもてますよ」
フランス人には「飛び込まないでください」
日本人には「みんな飛び込んでますよ」


抗議

レストランで出てきたスープにハエが入っていたら・・・

ドイツ人・・・「このスープは熱いので十分に殺菌されている」と冷静に考え、スプーンでハエを取りだしてからスープを飲む。

フランス人・・・スプーンでハエを押しつぶし、ダシを取ってからスープを飲む。

中国人・・・問題なくハエを食べる。

イギリス人・・・スプーンを置き、皮肉を言ってから店を出てゆく。

ロシア人・・・酔っぱらっていてハエが入っていることに気づかない。

アメリカ人・・・ボーイを呼び、コックを呼び、支配人を呼び、あげくに裁判沙汰になる。

日本人・・・周りを見回し、自分だけにハエが入っているのを確認してから、そっとボーイを呼びつける。

韓国人・・・ハエが入っているのは日本人のせいだと叫び、日の丸を燃やす。


日本を怒らせる方法
各国の政治家が集まって「どうやったら日本を怒らせることができるか」について話し合った。

中国の政治家が言った。
「我が国は潜水艦で日本の領海を侵犯した。それでも日本は潜水艦を攻撃してこなかった。

韓国の政治家が言った。
「我が国は竹島を占領した。それでも日本は攻撃してこない」

ロシアの政治家が言った。
「我が国はもう長きにわたって北方領土を占拠している。それでも日本は攻撃してこない。

それらの話を黙って聞いていた北朝鮮の政治家が、笑いながらこういった。
「そんなこと簡単ですよ。我々が核兵器を日本に使いましょう。そうすれば、さすがの日本も怒るでしょう」

するとアメリカの政治家が首を横に振りながらこう言った。
「無駄だね。それはもうやったもの」


それから、ジョークではないが、この本の著者がルーマニアで体験したエピソードが印象的だった。ざっと内容を略して書くとこんな感じだった。

著者が日本とルーマニアで幼稚園の交流を図るためのイベントをしていたときに、たまたま日本の幼稚園から送られてきた写真を見たルーマニア人女性がこう漏らしたそうだ。

「なんだかチャウシェスク時代みたいね」

それは日本の幼稚園児たちがきちんと整列して写っている写真で、我々日本人が見ても特別どうということのないものだが、ルーマニア人が見ると、チャウシェスク独裁の暗黒時代のように見えるらしい。

ルーマニア人女性曰く「みんな同じ制服を着ているじゃない。同じ帽子もかぶって。それできっちりと列に並んで写真に写っている。チャウシェスクの頃のルーマニアがまさにそうだったわ」

別のルーマニア人も「その人の言うとおりだよ、チャウシェスク時代に僕は学生だったけど、同じ服を着せられてそれに番号を付けられた。番号で呼ばれたことだってあったんだぜ。まったくひどい話さ」

それを聞いた著者は、自分の中学生時代の話をルーマニア人にしてあげたそうだ。

「私の中学時代、生徒はみんな揃いの学生服だったし、体育の時は同じジャージ、ジャージには生徒番号の書かれたゼッケンが縫いつけられていて、時には教師からゼッケンの番号で呼ばれることもあった。頭髪は校則で男子は全員丸刈り、靴下の色は白、靴も学校指定のものと定められていた」

それを聞いたルーマニア人はびっくりしてこう言った
「まったく信じられない!チャウシェスクよりずっとひどいじゃないか!日本は自由な国だと聞いていたが!」

結局、欧米人というのは日本人のような集団主義には耐えられないのだろう。だからチャウシェスクは国民の反発を買って処刑された。処刑の理由は、当初はチャウシェスクが虐殺をやったとか不正蓄財をしているとか言われていたが、実はそれは後からどうもウソだったようだと言われているようだし。

やっぱり日本人は特殊なのだろう。その特殊性を生かして国際社会で活躍すれば良いのに、外国人にあわせて真似ばかりしようとするから、その強さを自分たちで捨てているとしか思えない。

外から良い物を吸収して身につけるという適応力も、今のように過剰適応になってしまっては、グローバリズムに飲み込まれるだけでしかないだろう。

驚き・恐怖 | Comments(0) | Trackbacks(-)

ノロウイルス

今年はノロウイルスが爆発的に流行しているようです。

これは牡蠣などを食べて発症する嘔吐と下痢をともなう食中毒のような症状を発症させるウイルスで、人から人へはそう簡単には感染しないと言われていたのが、そうではなくて、今年のノロウイルスは爆発的に感染力が強いという話です。

しかし、本当なのでしょうか?

いや、人から人に感染するのはその通りなのでしょうが、たぶんこれまでもこういう事はザラにあったのではないかと思います。

ノロウイルスの簡単で迅速な検出方法が確立されたのは2003年で(http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/noro/noro.html)、それが今年くらいになってようやく全国に広まってどこでも検出できるようになっただけなのじゃないかと思います。

でもノロウイルスの簡単で迅速な検出方法が確立されたのは、ほんと去年くらいですから。検出方法というのは急激に進歩します。

ダイオキシンが騒がれるようになったのも、あれも超微量でも検出できるようになったからです。

まあ、ノロウイルスに関しては例年よりもノロウイルスが猛威をふるっているのは間違いないのかもしれませんが。

しかし、おそらく今までにもこういう事があっても、単に牡蠣にあたったとか、風邪だとか言ってすまされていたのだと思います。その程度ではニュースにはなりませんから。

それが、今年あたりからその原因をノロウイルスだと簡単に同定できるようになったから騒がれているという事もあるんではないかと思います。

でも、本当は逆だろうと思います。

原因がわからない腹痛やゲリが蔓延しているのなら大騒ぎして心配しなければならないでしょうが、ノロウイルスだとわかっているなら、。

迷い・不可解 | Comments(0) | Trackbacks(-)

我が愛車はおかしかったのか!?

このところ、シフトをドライブに入れるとエンジンというか車体の下のほうから「キー」という金属的な雑音がしていて、だんだんと大きくなっているような気がしていました。

ニュートラルに入れると消えるのですが、ドライブまたはバックに入れると「キー」というか「シャー」というかそういう金属的な音がしていました。

窓を閉めると聞こえないのですが、停車中や車庫入れの時に窓をあけると聞こえてきて、結構気になっていました。

まあ古い車ならありふれた音かもしれませんが、まだ新しいおに結構大きい音がするので、またディーラーに行ってきました。すっかりクレーマーと思われているかもしれません。

まあついでにVICSのビーコンユニットの取り付けなどしてもらう用事もあったのですが。

それで見てもらうと、どうもエンジンとマフラーのつなぎ目の部分から異音がしているということで、その部品を交換してみますということだった。

で、1日車をあずけて帰ってきて乗ってみると、音が無くなっていただけでなく、エンジンのレスポンスも良くなっていました。

さらにそれだけでなく、実は買ってすぐから、どうもハンドルの動きがぎこちない、ちょっと重いのと、主に低速で運転しているときにしかわからないですが、変なひっかかりみたいのがあると思って、以前にそれも言って見てもらったのですが、「特に異常なし」ということでそのままだったのが、今回、その症状まで治っていました。

ハンドルが少し軽くなって、不自然はひっかかりみたいのが消えて操作しやすくなったのです。

うーむ、本当にマフラーとエンジンのつなぎ目の部品を変えただけなのだろうか?

何か根本的におかしい部分があったのじゃないだろうか?

まあ、おかげで今やハンドリングは一層スムーズになり、エンジンのレスポンスも良くなり、とにかく運転した感じが劇的に向上したわけですから、まあ良かったのかな。

こまめにクレームはつけてみるものですね。

マツダの車はかなり個体差があるようです。

自動車日記 | Comments(0) | Trackbacks(-)

ひさびさのヒット

ひさびさにミスチルのCDをレンタルしてきた。

しるし しるし
Mr.Children (2006/11/15)
トイズファクトリー

この商品の詳細を見る


なんか子供が妊娠する不気味なドラマの主題歌らしいが、そんな事は気にしない。

あいかわらず甘ったるいラブソングのたぐいだし、曲に無理矢理歌詞をはめこんだような感じなのはちょっとどうかと思うが、しかしそれでも抵抗しがたく気に入ってしまった。

車の中で歌いまくっている。外からはきっとキ○ガイにしか見えないんだろうなあ。

これが昔からの私のストレス発散法になっている。別にストレスは無いんだけれども。

音楽 | Comments(0) | Trackbacks(-)

のだめ

以前まで月曜の夜9時には「ビートたけしのTVタックル」を見ていたのだが、なんだか飽きてきたのと、あれによく出ている若手議員(路上キス男G.H.とか、他に口先男たちI.Y、T.K、H.Sなどなど)が生理的にどうも受け付けないので見なくなっていた。

そこにたまたま「のだめカンタービレ」というドラマが放送されるようになったので、放送第二回から(YUKAは第一回から)見てきたが、なかなか面白い。次が最終回かな。

クラッシック音楽をテーマにしたドタバタ喜劇で、もともとクラッシックが好きでオケの経験もある私にはなかなか面白い(ちなみにオケの経験はないがYUKAもバイオリンを弾く)。

当初TBSで放送予定で、上野樹里の主演はかわらないが、男優のほうはジャニタレになる予定だったとか、テーマ曲がJ-POPになるはずだったのが、原作者がそれにNOをつきつけて、放送はされなくなったようだ。(こちら参照)

それをフジテレビが放映権を買い取って、原作者の意向をきっちり汲んで、テーマ曲もベートーベンの交響曲7番とガーシュインのラプソディー・イン・ブルーといういちおうクラッシックにして、内容も原作に忠実に映像化されている。

出ているタレントにジャニーズは一人もいない。最近ではめずらしい。そのぶん無名な役者ばかりが多いが、でも結構よくできている。

昨日の「ペトルーシュカ」が途中で「今日の料理」になってしまったのは笑った!

それにしても、あれは原作がマンガということだが、音の出ないマンガでよく人気が出たものだと不思議に思う。

のだめカンタービレ(1) のだめカンタービレ(1)
二ノ宮 知子 (2002/01)
講談社
この商品の詳細を見る

喜び・楽しみ | Comments(0) | Trackbacks(-)

嗚呼、母よ・・・

日頃から母親にたいして、遠くに離れていて完全にほったらかしで、まあその事に多少はやましさを感じていて、その気持ちを糊塗するために毎月小銭を振り込んだりしてるのだが、今回ボーナスが出たので多少は多めに小銭を振り込んだら母から電話がかかってきた。

母も携帯を持ち、メールを使えるようにもなったのだから、そんなことでいちいち電話などくれなくても良いのだが、まあこっちから電話することも滅多にないので話をしたかったのかもしれず、それならば良いのだが・・・

しかし、こんな事は言って欲しくなかった。

「いやー、いつもすまないねえ、たくさんすまないねえ」

全然たくさんじゃないので、普通なら「皮肉か!」と怒るところだが、そういう事を言う母ではないので、本気でありがたがっているようで、しかもその言い方がちょっと下から言い過ぎなのが気にかかった。

こういう事も、サラっと言って流してくれればどうということないのに、あまりにもへりくだった調子で言いうものだから、少々気が重くなった。

これっぽっちのことでそこまで言われたら、憂鬱になる。親なんだから堂々としてくれ!

別に私の送る小銭などなくても生活して行けるのだし、何より母親ならば私に向かって

「お前は本当に兄弟の中で一番親に精神的にも金銭的にも苦労かけたんだし、こんな事くらいじゃあとてもそれを返した事になどならないんだけど、せっかくだからありがたく貰ってやるよ」

と冗談交じりに言うとか、まあそんな機転が効くほうじゃないからそれは無理だろうが、しかし、子供が親にたいしてしたことには、軽く礼を言ってサラっと流すくらいで十分だろうと思うし、あまり下から卑屈な調子でものを言うような態度はやめてほしい。

私のように、育て方を一歩間違えればどれだけとんでもない人間になってしまったかわからないような子供を、とりあえずは普通の社会人くらいには育てあげたんだから、もっと堂々とその事を誇ってくれよ!ん?誇れないのかなあ、やっぱり。

小銭でごまかすのではなく、たまには母に手紙でも書くか・・・でもめんどくさいしなあ。急にそんなことをしても、今度は逆に母から気持ちワルがられるだけだろうし、まあこれまで通り放っておこう。魚がたくさん釣れたら送る以外は・・・。

哀愁 | Comments(0) | Trackbacks(-)

ブリ茶漬け

みなさん、NHKのためしてガッテンで「ブリ」を取り上げているのを見られていたようですが、何と私も見ていました。

冷凍してしまっていたのですが、幸いまだブリが残っていましたので、そのブリトロの部分を使って、ためしてガッテンで紹介されていたレシピをYUKAにためしてもらってガッテンしたいと思いました。

選んだのは「ブリ茶漬け」です。

061217burityazuke.jpg


ためしてガッテンのサイト(★ブリ!驚異の美味しさアップ術)からレシピを引用。

(材料 )
*ぶり(天然) 40グラム
(重さの5%の塩を振り、30分置いてから塩水でさっと洗ったものを焼いておく。皮目に細かな隠し包丁を入れて、皮目から焼く)

*柴漬け(みじん切り) 10グラム
*三つ葉 適量
*ご飯 1膳分
*昆布だし(お吸い物くらいの塩分にする)100ミリリットル

(作り方)
1. ブリは手で食べやすい大きさにする。
2. 器にご飯を盛り、[1]のブリを盛りつけだしを張り、柴漬け・三つ葉を盛る。

※好みで柚子胡椒でいただくとさらにおいしい。



焼きたてのジュージュー言っているブリに熱々のダシをかけると、旨味が出て最高に美味しい(YUKA談)ということです。

「皮目に細かな隠し包丁を入れて、皮目から焼く」というのがポイントのようです。焼けた皮が香ばしくて食欲をさらに増してくれます。

ゆずこしょうも味をひきしめてくれました。

滅茶苦茶、美味かったです。我が家の定番になりそうです。が、ブリはしょっちゅう釣れるものではないので、貴重です。

またブリ釣れないかな?。年内はあと2回、傳八屋と辨屋にそれぞれ出撃予定です。

料理 | Comments(4) | Trackbacks(-)

女子フィギュア残念

私はそれほど関心なないほうだが、YUKAはフィギュアが、それも女子フィギュアを見るのが大好きだそうで、応援していた。

しかし結果は残念無念。こんな話もあるようで・・・

日本勢に謎の症状…体調不良者が続出 フィギュアGPファイナル

フィギュアスケートのグランプリ(GP)ファイナルは16日までロシアのサンクトペテルブルクで行われ、男子2選手、女子3選手が出場して期待された日本勢は男女とも優勝を逃した。

 男女ショートプログラム(SP)で2位につけた高橋大輔(関大)と安藤美姫(トヨタ自動車)は、ともに風邪のような症状でフリーは力を発揮できなかった。高橋は演技が進むにつれて動きが鈍り「滑っているときにおなかが気持ち悪くなり、寒気がしてきて、やめようかと思った」。安藤も腹の具合が悪く「試合に入ったらいけるかと思ったが、震えがきてしまった」と話した。

 高橋はフリー3位ながら銀メダルに踏みとどまったが、安藤はフリー最下位と崩れて5位に転落。6度跳んだ3回転ジャンプが2度しか決まらず「ふらっときそうになった。初めての経験だった」と控室で泣きじゃくったという。

 女子SP1位から逆転負けした浅田真央(愛知・中京大中京高)も鼻声。本人は「風邪ではないと思う」と変調を否定したが、日本チーム関係者は「彼女は頑張るけど、ちょっと様子がおかしかった」。女子4位となった村主章枝(avex)も「体調的に良くなかった。毎日眠れなかった」と話すなど、日本勢は謎の症状に襲われた。(共同)


まあ、こんな国だから
狙われる「ロシアの敵」 暗殺増大、手口は旧KGB流
今回ロシアの選手は出てなかったようだが、別にロシアに限らず、日本から外に出たら諸外国は何でもやってくるらしい。

元バレー選手の河合俊一だかが誰かが前に言っていたのを聞いたことがあるが、外国ではスポーツ選手が「謎の体調不良」に苦しめられるのはよくある話だそうで、だから食い物などには気をつけなければならないとか言っていたが・・・。

政治家も財界人もマスコミ関係者も外国で女を抱かされて弱みを握られているなんてザラだとか。

何たって、まあ最近亡くなったが、中国人のスパイとつきあっていた元首相がいたくらいだから・・・。

アメリカも日本の政治家や官僚など、自分たちが交渉しなければならない相手の素行を徹底的に調査して、いざとなったらその諜報活動から得た情報で圧力もかけてくるとかザラらしい。

こんな惨状だから、我が国の政治家たちが諸外国の言いなりになるのは当然なのかもしれない。

拉致問題が長年解決しないどころか、存在すら認められなかったのも、そういう背景もあると、ある国会議員から聞いたことがある。東京佐川のヤミ献金と巨額脱税で失脚した金丸信など、金庫の中に大量の「無印の金塊」を所持していたという件もあったし(「1.4失脚」参照。

国の中枢の人間がそういう有様ならば、国際舞台で頑張るスポーツ選手を魔の手から守ろうなどと、思いもつかないのかもしれない。

哀愁 | Comments(0) | Trackbacks(-)

ミリオンダラー・ベイビー

ちょっと前にクリント・イーストウッド監督・出演の映画「ミリオンダラー・ベイビー」をテレビでやっていたので、録画しておいたのをようやく見ることができた。

とにかく色んな賞を受賞しまくった映画らしい。

ミリオンダラー・ベイビー ミリオンダラー・ベイビー
クリント・イーストウッド (2005/10/28)
ポニーキャニオン

この商品の詳細を見る


これも「父親たちの星条旗」なんかと同じく、見ていて決して「楽しい」部類の映画ではないけれども、なんとなしに「生きる」ということについて考えさせられる映画であるという点では多少共通点があるのかなあとも思った。

そして、どちらの映画も、もっとお涙頂戴的な、泣ける映画にしようと思えば簡単にできそうな内容なのだが、敢えてそうしていないと思える部分も似ているような気がする。

なんとなしに見た後に、軽い憂鬱さを伴うというか、悲しくせつないがそれに耽溺できないので余計に未消化な何かが後まで残るというか、ともかく何かを考えさせられる映画だ。

いや、このミリオンダラーベイビーは、前半から中盤までは、いわゆるサクセス・ストーリーのたぐいで、これだけならありふれたアメリカン・ドリームの一種で単なる娯楽で終わるものなのだろうが、そこの描写にしても、今から振り返ってみると、ちゃんと力を入れて描かれているとは思えない、むしろラストに向けての伏線でしかないようにも思える。

そして、この映画は、おそらくラストの盛り上げ方というか見せ方を工夫すれば、もっと観客を号泣させられるようにいくらでもできるような内容であるのに、敢えてそうしなかったように見える。

まあ、アメリカ人にはああいう感じのほうが嗜好にあっているのかもしれないので、そこらあたりはよくわからないが、おかげで色々と考えさせられる。

やはりクリント・イーストウッドはすごい。すごいとしか言いようがない。

おかしな詮索をする前に、とにかく「硫黄島からの手紙」は必ず観に行かなければならないと思った。

映画・TV | Comments(0) | Trackbacks(-)

美味しい焼き肉屋さん

以前は住吉大社の近くに美味しくて値段も手頃なお気に入りの焼肉店があったのだが、最近、肉の質量ともにとてつもなく悪化したので、もうそこには行けないと思っていた。

その後、2、3軒さまよったが、値段はそれなりの店でも決して美味しいとは思えず、まあ焼き肉など滅多に食べないからそう気にもしていなかったのだが、YUKAが友達に「安くて美味しいから」と教えてもらった焼き肉屋に行ってきた。

それがまた、値段が手頃でとても美味しい店だった。

焼肉万両東天満店

駐車場は道をないので、道をはさんで向かい、高架道路をはさんで対向車線側にあるコインパーキングが停めるとよい。

肉のトレーサビリティー(=追跡可能性?)表示をしていて、使っている国産の牛肉の産地から牛の個体までしっかりわかるようになっている。

ホルモン系も結構あったが、私はホルモンは苦手なので普通の肉を食べた。ハラミが一番好きなので、ハラミだけ塩とタレの両方をたのんだ。

その他、タン塩、ロース、バラなどなど、まあ二人だしYUKAも小食だからそんなにたくさんは食べなかったのだが、それでもかなりお腹いっぱいになって、しかも肉質もとても良く、1人前の量も結構あって、大満足だった。上ハラミがとても美味しかった。

二人でこれだけでお腹いっぱい。

061216manryou.jpg


さらに嬉しいのが、ウーロン茶など何種類かの飲み物が無料であるということ。これはありがたい。おかげで酒を飲まない我々はかなり安くあがる。店は大丈夫なのかな?

土曜の夕方ということもあって店は満員。土日はおそらく少し前に予約してゆかないとかなり待たされることになるんではないかと思う。

これからは焼き肉が食いたくなったら彷徨わずに、もうここに来ることにしよう。

料理 | Comments(0) | Trackbacks(-)

鍵の壊れたトイレ

ふと思い出したが、今年だったか、水宝へ行ったときに、トイレに行ったら鍵がこわれていたのか、誰か入っていたのに扉が開いてしまった。女性が入っていた。

おもいっきり尻をこっちに向けていた。でも、どうやら頑張っている最中だったのか、開いたのに気づかなかった様子(そんな馬鹿な!)

こちらはオシッコが完全に引っ込んでしまった!その後、かなりブルーになった。何故だろう。

そういえば、学生時代、オケの打ち上げで居酒屋で飲んでいてトイレに行ったら、鍵が壊れていたわけではないが、力一杯引っ張ったら鍵がはずれて開いてしまったことがある。

中にはホルンの同級生の女子Tが尻をこちらにむけていた。ああいう時ってキャーと叫んだりせずに、茫然自失になるようだ。無防備な格好だし。

その時、私の顔はたぶん見られなかったと思えたので、すぐに扉を閉めて、そ知らぬ顔をしてその後も酒を飲み続けた。

その後、悪酔いしたのは言うまでもない。

その他、あと2回ほど間違って開けてしまったことがあったが、いずれも入っていたのは女性。もちろん、わざと開けたわけではない。その2回は、ドアを全開にすることがなく、ちょっと開けてすぐ気づいたので、おかしなものを見ずにすんだ。

それにしても、どうして私が使用中のトイレのドアを間違って開けると、入っているのはいつも女性なのだろうか。

男女共用のトイレはやめるべきだ。え?その前にもっと気をつけろって?おっしゃる通りでんなあ。

哀愁 | Comments(4) | Trackbacks(-)

感謝してもしきれない!

学生時代以来、一人暮らしがわりと長かったのだが、そのころは、当然部屋の掃除とか洗濯とかを自分ですべてやっていた。

でもめんどくさがりなので、まあ客が来る時以外は部屋は散らかっていたし、トイレも、まあ汚いとか腐臭を放つということまではなかったが、ユニットバスの浴槽とあわせて水垢がついたり、汚れたりしていることが多かった。

それらが目に余ってくると、一念発起して掃除するという感じだった。

それで、トイレというのはだんだんと汚れがついて水垢もついて汚れるもの、汚れが目立ってきたら掃除するものと思っていたのだが、結婚してYUKAと一緒に生活するようになって、いつまでたってもトイレも汚れないし、風呂も汚れない。水垢がついたりとかそんな形跡すらない。

そこで私は思わず「このマンションのトイレと浴槽は、汚れを付けないための特殊コーティングでもしてあるのかなあ」とボソっとYUKAに言ったことがあるのだが、そこでYUKAは笑いながら「私が掃除しているから汚れないんだよ」と教えてくれた。

うーむ、掃除というのは汚れてから、もしくは汚れた形跡が出始めてからやるものだと思っていたのだが、YUKAの感覚では汚れが付く前にこまめに掃除するということらしい。

うちの母親なんかも粗雑なほうだったからそこまでしていなかったので、カルチャーショックというか尊敬というか。

布団のシーツも汚れる前にまめに変えてくれるし、しょっちゅう布団を干したり掃除もまめにしてくれる。

本人曰く、綺麗だと自分が気持ちよいからだけでなく、この私にも快適に暮らして喜んで欲しいからだって・・・

いやあー、こんな俺程度のつまらん男のために、そんな事を言ってくれるとは・・・ホント涙が出るよ。

喜び・楽しみ | Comments(2) | Trackbacks(-)

青物狙いの生きアジ仕掛けについて

smileさんが色々と書かれています。

要するに、青物狙いで生きアジをつけるときの仕掛けでは、オモリの重さがあんまり軽すぎるとアジが動き回って他の人の仕掛けとオマツリして迷惑になるという話です。

こういう事をする人は、マナーが悪いのではないか、というお話ですが、私は、マナーというか他の釣り人への配慮が完全に欠けているだけでなく、そもそもこんな釣り方では、むしろ釣れないんじゃないかと思います。

もちろん、魚の活性や魚種によっては、生きアジが自由に元気に泳ぎ回ったほうが釣れやすいということもあるのかもしれませんが、それはむしろ例外的な場合だろうと思います。

まあ、私みたいに青物を釣るのがたいして上手くもない人間の言うことが信用できないと言われるかもしれませんが、これは私よりもっと青物を釣るのが上手い人も言っていることです。

つまり、天然の青物をノマセ釣りで狙う場合ならいざしらず、養殖の魚なんて言うのは補食がそもそも下手くそなのですから、あんまり自由に元気にアジを泳がせすぎると、むしろ釣れなくなるんじゃないかという事です。

それだけでなく、オモリが軽すぎると、そもそも狙ったタナに生きアジが到達しません。また横のネットから外に脱走しようとして根がかりしたり、他の人とオマツリしたりして、結局は釣りの時間を無駄に浪費してしまうことになります。

自分で根がかりして自爆するだけなら勝手にやっていれば良いでしょうが、他の人のしかけと祭ると迷惑です。

生きアジに関しては、狙ったタナに落ち着かせることができる程度には、しっかりと重さを取って、しかもアジからオモリを離しすぎないほうが良いと思います。

某カンパチ名人は私に教えてくれました。オモリの位置は生きアジから離しすぎないほうが良い。タナが決まらないからと。

とにかく、生きアジ仕掛けに軽すぎるオモリやアジからあまりにも離した位置にオモリをつけるのは、他の釣り人の迷惑になるだけでなく、デメリットのほうが多いのです。


・横網にかかったり他の人とオマツリして自分の貴重な釣り時間をロスする

・狙ったタナに生きアジを持って行けないのでいい加減な釣り方になる

・アジが自由に元気に泳ぎ回りすぎると、補食の下手な釣り堀の青物はむしろ釣れにくくなる事のほうが多い

これらを合わせて考えれば、乗り合いのイカダでアジを勝手に泳ぎまわらせても絶対に良い釣果は望めないはずだと思います。

釣り | Comments(0) | Trackbacks(-)

税制改正、本当の目的は何?

政治についてあまり関心がなかった頃は、まあ実際の政治というのはそれなりにやられていて、マスコミが批判するほどにはおかしくないんだろう、くらいに思っていたのですが、どうもやっぱりそうではなくて、かなりおかしい事が多いようです。

まあ、これも人から講釈を受けた話しで、100%私が理解できているわけでもないですが、とにかく今度の税制改正にも裏があるとしか思えないわけです。

政府与党の「平成18度税制改正大綱」を見ると、一見して、サラリーマンだけじゃなくて、事業者にもちゃんと課税するんですよ、ということが言いたいようで、まあそれはそうなのかもしれないですが、裏にはやっぱりおかしな目的があるとしか思えないのです。

大企業減税、個人(事業者およびサラリーマン)増税という不公平だけが問題なのではなく、おかしな目的があるとしか思えないのです。

まず、このように言ってサラリーマンを煽っておきます。

国家が一番税金を取りやすいのは、源泉徴収と年末調整で納税が完結するサラリーマン層です。

サラリーマンの納税プロセスは、

収入が入る→税金を払う(差し引かれる)→残ったお金で消費する

対して、個人事業者や法人の納税プロセスは、

収入が入る→消費する→残ったお金に税金をかける

この流れに大きな違いがあります

同じ収入・同じ支出でも、サラリーマンと事業者を比較した場合、残るお金に大きな差が出ることになります

※説明をわかりやすくするため、所得控除等は含まず


こう聞くと、サラリーマンは不満に思うはずです。

さて、このようにして煽っておいて、この不公平感を改善するためどうするか・・・

政府与党の「平成18度税制改正大綱」によると、いわゆる、「法人成り」による「節税」を押さえ込もうと言うわけです。

これによって、役員給与への大幅な課税強化になります。

その内容をおおまかにまとめると

同族会社オーナーやその関係者が90%以上の株式を保有し通常業務に従事する役員を兼務している、いわゆる、実質一人会社のオーナー役員に対して支払う給与については、給与所得控除相当分を損金に算入できなくする。

ただし、以下の条件を満たす場合はこの適用から除外されますので通常の役員給与を損金算入できます
1.同族会社の法人所得が800万円以下(法人税率22%)の場合
2.同族会社の法人所得が800万円超3000万円以下(法人税率30%)の場合で、オーナー給与の占める割合が法人所得の50%以下の場合

上記どちらかを満たす場合は、今まで通り役員給与は全額損金で落とせます。


・・・ということは、当分は法人所得800万円以下の法人であれば、様々な節税が可能ですが、このような法人成り節税をけん制する税制改正の動きを考えると、年間所得800万円という基準も、いずれ消えて無くなるかもしれません。

このような動きは、新会社法で最低資本金制度が完全に撤廃され、個人から法人成りがさらに容易となり、「法人経費と個人の給与所得控除」という二重控除を狙った節税を防ぐためとのこと。

まあ、一見してよさそうですが、しかし政府は一体何がやりたいのか、政策が矛盾しています。

つまり、これまでの政府の方針は、ベンチャーを育成して起業家を育てるために新会社法で最低資本金制度を完全に撤廃したりしていたわけですが、これは、法人成りのメリットがあるから可能になる部分があったはずです。

これだったら、うまいこといった企業は、株式をいずれは上場しなくければ損するからと言って、結局は株式の上場を招くことになるでしょう。

別に上場がすべて悪いという訳ではありませんが、しかし最近の流れを見ると、どうも裏で美味しい思いをする人たちというのが糸を引いているような気がせずにおれません。

結局、株式公開が進んででおいしい思いをするのは、何も創業メンバーだけじゃなく、幹事証券会社、監査法人なども、かなりおいしいビジネスのネタになるでしょう。

そして、これらは大体が、外資か、外資が何割かの資本参加をしているところばかりです。

さらに、株式公開が進めば、結局はうまくいったベンチャー、成功した企業は常にM&Aの対象にされるというリスクがつきまとう事になるのです。

そこで、アメリカ仕込みの法律家とコンサルタントの出番となります。また、買収に対抗するにも資金がいりますから、例のリーマン・ブラザースとかゴールドマン・サックスのようなところが重要となってくるわけです。ハゲタカ外資の独壇場でしょう。

(ちなみに、ゴールドマン・サックスに関してはこんな記事「米ゴールドマン太っ腹、社員ボーナス平均7300万円」もあります。儲けまくりなわけです。どこの金で儲けているのか!?)

そうなると、ともかくそれらの報酬にかかる課税額というのは、オフショア税制をうまく使うと簡単に回避できるそうです。キャピタル・ゲイン課税にいたっては、現状ではたったの10、変更後でも20%。

そして・・・いつのまにやら、銀行融資なんかの間接金融から、直接金融が主流となり、我が国も、とうとう直接金融重視の国に、つまり貯蓄より、株、なんて国になるのです。

そして、成熟した内部留保の多い、現・優良企業のみならず、将来有望なベンチャーまでもが、外資に青田買いされやすくななってしまう・・・。

と、結局のところは、外資を優遇する目的、日本を売り払う目的が透けて見える税制改革なわけです。

これもすべて、アメリカ流こそすぐれているという思いこみとアメリカの要求と圧力にまともに交渉すらせず腰砕けになっている日本の現状があるからだと思います。

このような裏の目的が透けて見える税制改革は決して日本のためにはならないものだから、いくら私がサラリーマンであるとは言え、到底支持することはできないのです。

戦争というのは、今や「硫黄島の戦い」みたいな武器を手にした殺し合いではなく、国家間における経済的利益の奪い合いという形ではあっても、この現代でも未だに繰り広げられているのです。

日本はその点、アメリカと戦う気概を持った人材などほとんどおらず、またアメリカと戦おうとすれば後ろから撃たれる、つまり国内から「アメリカ様を怒らせちゃなんねぇ」と批判される、それどころか、自ら進んでアメリカ様に己の尻の穴を差し出すような、そんな政治家や官僚ばかりなのです、と言ったらちょっと言い過ぎかな・・・。

ついでにこの記事も
改正政治資金法:成立し外資比率50%超企業の献金可能へ
こんな事を認めている国は他にありません。

迷い・不可解 | Comments(4) | Trackbacks(-)

インフォームドコンセント

最近、やたらとインフォームドコンセントなどと言われます。訳すると、「説明の上での同意」ということのようですが、とにかく医者は治療方法について、患者に十分に説明した上で同意を得なければならないということでしょう。

それは大いに結構ですし、これまでの医師がどちらかと言うとろくすっぽ説明もせずに勝手に治療したり患者の不安に十分答えていなかったということもたしかにあると思います。

また、このような事が言われるようになったのは、最近の医療ミスに関する報道などでわかる通り、医療への不信感のあらわれなのでしょう。

しかし、世界的に見れば日本ほど医療技術も進んでいて保険制度も整っていて、安い医療費ですんでいる国はありませんし、これほど能力も高くて信頼できる医師が多い国も他にはない、日本の医療は質的にも量的にも世界一であると言って良いと思います。

それでも医師への不信感が増幅されているというのは、やはり公正に報道されていない部分があるからだと思います。ネガティブな部分ばかりにスポットがあたるのは仕方ない事かもしれません。

そういう事情もあってか、最近テレビに出ている医者なんかも「医者の側は患者さんに理解してもらえるようにきっちり説明して、最終判断は患者さんにしてもらうようにする」なんてことを平気で言うようになったことですが、これってどうなのでしょうか?

まさに手塚治虫の「ブラックジャック」とは対極の姿勢です。

最近はなんでも素人がしゃしゃりでて来ることが「民主的」と言われるご時世で、裁判員制度なんてのも導入されようとしています。

でも、私は最終判断はやっぱりプロである医者がするべき、医者に任せるべきだと思います。目の前の医者が信頼できないなら別の医者にすれば良いのであって、そこは素人である患者が自分で判断して本当に良いのか、私は疑問です。

結局、最後は患者に治療法を選んでもらうことにすれば、何かあったときに、医者の責任は回避できるということもあるのです。

最近はとにかくマスコミの影響を受けてか、医師への不信感ばかりつのらせている人が多いですから、とにかく医療に関する訴訟がどんどんと増えています。

もちろん、医者だって人間ですから、中にはろくでもない医者だっているのは確かでしょうが、この訴訟が増えるということは、そればっかりのせいでもありません。この事がかなりの弊害にもなってきています。

中にはいいがかりとしか思えないような件で訴訟に巻き込まれる医師も増えています。それは、人の命がかかっている事ですから、患者の側だって身内の死に遭遇すれば正常な判断力を失って、その責任をどこかに無理矢理求めてしまうという人間の弱さもあるのです。そこに最近のマスコミによる医師への不信感を煽るような報道の数々があるのですから、そういうものに拍車がかかっています。

それによって、とにかく訴訟のリスクの高い産婦人科や外科だとか、そういう科の医者になろうという人間が激減しているのです。

「医者がそんなことでどうする!」と言えばその通りかもしれませんが、自分なりに精一杯やっても訴えられたりするなんて事があるんなら、そんなのアホらしいと考えてしまうのもやむを得ないと思います。

とにかく最近では、医者の側も訴訟リスクを回避するために、いろいろな方法を模索しているということがあります。

その一つがインフォームドコンセントの徹底ということなのだろうと思いますが、これも「患者との信頼関係をしっかりと作る」、そのための「説明と同意」なのだと捉えれば良いことなのでしょうが、しかし、それが行き過ぎて、もしくは歪められて、「医者はとにかく説明だけはしっかりするけれども、治療に関しての最終判断は患者がする、患者が治療法を決める」なんてことまでしていまうと、結局は「そのかわり結果については患者の自己責任」ということになります。これでは、無茶苦茶です。

いくら勉強したって患者の大半はしろうとですしまともな判断などできっこないのです。「わかりやすい説明」にしたって限界があります。

私はインフォームドコンセントのように「患者に正しい知識と治療法について説明して同意を得る」ということよりも、「説明する姿勢を見せることによって患者との信頼関係を築こうとすること」のほうが大事だと思います。

あまりにも技術や法律などに偏重した考え方というのは、非人間的になりがちです。

医者は、患者に対して、人間的に信頼されるような態度を忘れないこと、治療法に関する決定権とそれに伴う責任はプロである医師がひきうけること、このセンは崩してはいけないと思います。

迷い・不可解 | Comments(0) | Trackbacks(-)

新型クラウンの覆面PC

さて、今日は午前中に用事があったので、昼から出勤です。

面倒だったので阪神高速に乗って職場に向かうことにしました。

阪神高速神戸線を走ります。ここはやたらとオービスがあるので、追い越し車線でもゆっくり走ります。

たまたま空いていたので追い越し車線の先頭を走っていたのですが、後ろにくっついたクラウンが何か変でした。さっきまで走行車線をトロトロと走っていたので、思いっきり横を追い越したのですが、今度はピッタリと後ろをついてきています。

現行型のクラウン・ロイヤル系(白)でしたが、バックミラー越しにどうも違和感があると思ってよく見たら、ナンバープレートの両サイドに不自然な白い補助灯のようなものがついています。

こりゃあ、たぶん覆面だなと思って道をゆずることにしました。追い越しぎわに中を覗くと、制服を着たおまわりさんが二人乗っていました。

その後、また追い越し車線にもどってその覆面パトカーの後ろをおとなしく走っていると、後ろからカローラがあおってきたので、まあ私も大人ですから、熱くならずに素直に道をゆずりました。

そのカローラ(アリオン?)は、オービスの群れがなくなったあたりから、その覆面パトカーを左から追い越して、かっ飛ばしはじめました。

しかも、そこはちょうど取り締まりポイントだったのでしょう。合流車線があったりして、ちょうど車を停めて取り締まりしやすいゾーンになっているあたりです(このへん)。

案の定、覆面PCは赤灯をまわして、そのカローラは停められていました。

061214pato.jpg


現行型クラウン・ロイヤルの覆面パトカー。はじめて生で見ました。フロントのナンバープレートの左右にある白くぬられた補助灯(たぶん回転灯をまわすと赤く光るのだと思います)が目印です。

自動車日記 | Comments(0) | Trackbacks(-)

大阪ダークサイド

昨日の晩、いつもとは違う道を通って帰りました。1本隣の大きな筋です。

信号待ちで停まっているときに、ふと見るとこんな看板がありました。

kakuseizai.jpg


「覚醒剤特別取締実施中」

いやー、すごいですね。「交通特別取締実施中」ならわかりますが、覚醒剤って・・・。

でも以前にテレビで見ましたが、このあたりで売買されているようですね。

ちなみに、ある国会議員が言っていましたが、今、大阪での覚醒剤の末端価格が10倍にはねあがっているそうですね。かなり品薄になっているようです。

どうも今年の8月以降、北朝鮮への経済制裁によって船舶の入港が禁止されてから、徐々に値上がりして、今やこの値段らしいです。経済制裁には思わぬ効果があったということのようです。

いやー、びっくりですね。

驚き・恐怖 | Comments(0) | Trackbacks(-)

夫婦間における文化の違い

下の話の続きです。

YUKAとちょっと議論になってのですが、YUKAはお人好しの善人だということもあるのですが、なるべくネガティブな言葉は言いたくないと思うタイプのようです。

まあ実際彼女とて好き嫌いは結構あるほうなのだと思いますが、でも仕事とか直接利害がからまない限りは人のことを悪く言うことはありませんし、素晴らしく心優しいところがあると思います。

そんなにポジティブ思考でもないのですが、なるべく人を傷つけるような事は言うべきでないというとても優しいところがあります。

一方の私は、どうもネガティブというか、物事、何に対しても批判的で不平不満が多い人間です。

しかも、一番嫌いなのが「きれいごと」と「偽善」ときていますから、それらを嫌うあまり、偽善者になるくらいなら悪人でいたほうが良いと思ったりすることがあるほどです。

実際には偽善者にも悪人にもならずに善人になる努力をすれば良いのですが、まあ人間である以上は善人にはそう簡単になれないと思っているので、生き方において右往左往しているわけです。

自分が善人になった気がすると気持ちよいものです。ある種の快楽を得ることができます。だから人は誰しもステレオタイプなきれいごとを言ったり、小銭を寄付してみたりと、ごくちっぽけなことで安易に善人になった気分に浸ろうとしがちなのです。

まあ、そういう事すらしようとしない人は、そもそも知性においても品性においてもかなり劣っていると思いますが。

だから私の場合は、そういう事をしても、絶対に「俺は良いことした」などと思わないようにしています。

そこらへんがストイックですし、そう簡単に善人などにはなれないのだから、安易に善人になった気分に浸るのは自分を騙すことになるのだと考えて、警戒するようにしています。

それと同時に、普通の人よりは「真・善・美」について、自分なりにではあっても、それなりに真剣に考えてもいるんだという自負もあります。だから余計に「偽・悪・醜」については文句を言わずにおれないのです。

ということで、私は善人ではないけれども、悪人でもないんだということを、もっと理解してほしいなー。

迷い・不可解 | Comments(0) | Trackbacks(-)

夫婦、相和し・・・

よく、似たもの同士の夫婦がうまく行くとか、全然違う組み合わせのほうがうまく行くとか反対のことが言われますが、似た部分とお互いに欠けている部分とがバランス良く混じっているのが一番うまく行くのではないかと思います。

しかし、お互い、育った環境が違うのですから、最初は理解するために努力が必要だと思います。

特に、会話の文法というか話法そのものが違うのですから、早いうちにお互いに共通の言語を見つけておかないと、コミュニケーションが成り立たずにうまくゆかなくなるでしょう。

たとえば、私とYUKAはお互いの家族の性格や育ちが全然違います。北海道と関西という方言の違いではなく、育った家庭の違いによる文化的な背景がまったく違いますから、会話の文法も全然違うものでした。

わかりやすい話で言うと、私は平気で「ガキ」とか「じじい」「ばばあ」なんて汚い言葉を使うのですが、YUKAの家族には誰一人そんな汚い言葉遣いの人はいません。

まあ、私も育ちが悪いとは言っても親にむかってこんな言葉を吐いたりタメ口聞いたりなどはさすがに一度もなかったくらいに普通ではあったのですが、でも人を褒めるよりは悪口や批判ばっかり言うほうですし、まるきり会話の文法からして違っていると言っても良いでしょう。

でも私がきたない罵り言葉みたいのを使ったり人の批判や悪口が多かったりしても、心底その人を嫌ったりして言っている場合はあまりなくて、まあその時の気分で言っているだけなのですが(実際、私は嫌いな人というのがそんなにいない)、しかし、YUKAからすれば表面上の言葉であったとしても、そういうことを言われるとびっくり仰天するようでした。

今ではお互いにそういう文化的な違いを理解して、まあどちらかと言うと私のほうが会話の文法を多少修正する形でお互いに誤解のないように接しているつもりです。

それはお互いの試行錯誤によってようやく達成されたわけです。

まあ、そうやって会話ができる相手が一人見つかっただけでも、私は幸福なのかもしれません。

喜び・楽しみ | Comments(0) | Trackbacks(-)

自立とは

私は、子供の頃からどちらかと言うと、親に甘やかされて育ってきたように思います。

経済的にはそうでもありませんが、精神的には、たぶんどちらかと言うと甘やかされて育ったほうです。

母はお人好しで世話好きなほうですし、祖母とも同居していて、祖母にもかなりかわいがられました。弟と妹がいましたが、今から振り返って考えてみると、祖母にはどうみても私が一番かわいがられていました。抜きん出て。

まあ厳しく怒られたり、時には父に体罰をうけたりした記憶もあるにはありますが、逃げ足が早かったので、たいていはうまく逃げて祖母にかくまってもらったりしていましたし、口は親より私のほうが達者でしたから、一休さんみたいに屁理屈で逃げていました。そこで鉄拳が飛んできそうになると逃げるというパターンでした。

今でもそうですが、昔から「自分の考え方こそ世界で唯一正しい」という感じがありましたので、親や教師の注意もほとんど聞きませんでした。

だから、まあ物質的にはどちらかと言うと貧困家庭でしたが、精神的にはやっぱり過保護に育てられたほうだと思います。

そのくせ、「頼んでもいないのに俺を産んで人生を生きるという苦痛を与えられた」などととんでもない親不孝な考え方をしていた時期もありました。

最近になって知ったのですが、親が子供を甘やかして過保護に育てれば育てるほど、むしろ子供というのは親に感謝しなくなるそうです。

厳しく育てられた子供ほど親孝行に育つ傾向が多いという話を聞きました。そうかもしれません。

もちろん子供の性格によってケースバイケースなんでしょうが、私の場合は親のやさしさが仇になったのは間違いなさそうです。いや、私の性格が悪いということが最大の要因であるのは間違いありませんが。

しかし、大学に入学して親元を離れて一人暮らしするようになれば、すぐに親のありがたみがわかりました。

その後も私は、「金を稼ぐためだけになんか働きたくない」「俺は俺の好きなことをやって生きてゆくんだ」「自分に合った仕事しかやらない」という一歩間違えるとニートになってしまうような考えだったので、というか、いつまでも大学に残って好きな研究をやり続けたい、好きなことをやるにはむしろ給料をもらえるような立場ではなく、自由な研究員として大学に残り続けたいなどと、一歩間違うとプー太郎になってしまうような考え方でした。

ところが、父もなくなり家から仕送りしてもらうわけには行かず、大学院に進学もできなくなってので、仕方なしに就職を探したという訳なのです。

それによってかなり私なりには苦労もしましたが、結果的に私の歪んだ人生観は修正され、精神的にも自立できたように思えます。

私の場合は親が財産など持っていなくて、自分が働かざるを得なかったことがむしろプラスに作用したのです。

親に財力があれば、いつまでもダラダラと大学に残ってオケをやったり自分の気の向いた学問だけつまみ食いしたりと、それこそ面白おかしく暮らせたかもしれませんが、そういう人生を歩まなくて本当によかったと今では感謝しています。

親が財産を残してくれなかったことに、むしろ感謝している、というと強がりに思われるかもしれませんが、子供に財産を残すことが良いことばっかりとも限らないと私は思います。

喜び・楽しみ | Comments(0) | Trackbacks(-)

「談合」という言葉の意図的な誤用

宮崎県知事や和歌山県知事が談合で逮捕されたとかいう話を聞きます。でも実際は談合というより贈収賄とか汚職と言ったほうが正確な案件まで談合と言われているようなのですが、これは何らかの意図があってのことなのでしょうか?

ともかく、この「談合」というやつについてちょっと考えてみたいと思います。

談合行為とは辞書的な意味で言うと「競売や入札に関して、入札者が事前に相互間で入札価格などと協定すること」なのであって、宮崎県や和歌山県知事の逮捕はやはり汚職の一種であって、本来の日本語で言うところの「談合」ではないと思います。

でも法律だとあれも談合に含まれのかもしれません。どうも今日本中で検察が政府の意向か世論の動きかマスコミの報道姿勢を受けてか何か知りませんが、必死で「談合」のイメージを悪くしようとしているのだろうと思います。

そして、とにかく徹底的に競争しろというのが最近の流れのようです。私は競争を否定はしませんが、日本人は何でも極端から極端に振れがちですから、談合一辺倒から競争一辺倒に向かわないか心配です。

そもそも談合のもともとの意味は談じ合う、つまり「話し合って決めること」であって、これは聖徳太子の十七条憲法以来、とにかく「話し合って決める」というのが日本人の知恵になっているわけです。

この日本人の習性は、対外的には話し合いでなんでも決着がつくと勘違いして諸外国を信じすぎるためにかなり弊害も多く大変なことになっているのですが、国内的には平和で平等で安定した互助的な社会を形成するのに役立ってきたと言えます。

何事も戦って白黒はっきり決着をつけ、勝った者が総取りするというのはアングロサクソン系の文化であって、農耕民族の日本人は、話し合いで利益を広く薄く分け合って共存をはかろうとしてきたのだろうと思います。

談合は古くからの日本人の商習慣であるだけでなく、一つの大きな慣習であると言えるでしょう。

ただし、慣習には「良き伝統」と「悪しき旧弊」とがあって、問題は談合が伝統の知恵なのか排除すべき悪癖なのかという点です。そこをもっと考えるべきでしょう。


ところで最近、談合がいけないとことと声高に言われるようになったのは何故なのでしょうか。

マスコミで一番言われている理由に、『談合で業者が公共事業を高額で落札することによって暴利をむさぼっていて、それが税金の無駄遣いとなり国や地方の財政悪化の要因になっている』、という指摘があるようです。

たしかに、不当に落札価格を釣り上げて暴利をむさぼるような業者もいるのかもしれないし水谷建設みたいに特に悪質な業者は逮捕されて当然でしょう。

しかし、広く一般的に行われてきた談合によって、膨大な額の税金が無駄遣いされたと考えるのは、たぶん嘘話だろうと私は思います。

ちゃんと計算したりデータに基づいて言っているわけではないですが、ほとんどの業者は、ぼったくる目的ではなく、共存共栄のため、広く薄く利益をわけあうために談合していたのであって、暴利をむさぼっているわけではないでしょう。

そもそも行政の側はあらかじめ予算を決めなければならなので、「予定落札価格」というのがあります。この予定落札価格の決定さえきちんと決められて、それをオーバーせずにかけ離れていない額で落札されたのであれば、談合していようが何であろうが、税金の無駄遣いにはならないはずです。

ただし、予定落札価格を決めるための能力が役所にないから、当然、業者にあたって、どれくらいの額が妥当か決めるために接触しなければならなくなるのですが、そこで癒着や汚職が生まれやすくなっているということはあるかもしれません。そういうのは汚職として堂々と取り締まれば良いだけの話です。

そしてむしろ、ルールをちゃんと作って談合を堂々とオープンな形で公正にやるしくみにすれば、やりようによっては良い制度、行政による良い調整方法になる可能性すらあると思います。

また、徹底的な競争よりも談合のほうに利点がある事だってあるわけです。それは少し考えてみればわかります。

まず、とことん競争すれば、入札価格はたぶんかなり下がって、とりあえずの税金からの支出をかなり削減できるというのは正しいでしょう。しかし、それはあくまで目先の短いスパンで物事を見ているにすぎません。

これはまさに最近よく見られる「目先のことしか考えないものの見方」の一種です。とことん自由に競争すれば、当然潰れる業者も出てくるし、最終的には市場は独占状態になります。そして独占状態になれば競争が生じなくなるのです。そうして落札価格はふたたび高騰するでしょう。 また市場が寡占状態になり業者が少なくなれば、むしろ談合はしやすくなります。

もうひとつのパターンとして考えられるのは、そこまで行かなくても、競争をすれば大手が勝つに決まっているわけです。そこで中小は大手の仕事の下請けをやるしかなくなります。大手が落札して中小に滅茶苦茶安くやらせる。その結果、中小企業が潰れるだけならまだしも、中小企業だって潰れたくないから、必死で努力するでしょうが、それとて限界があるから、やっぱりやってはいけない手抜き工事が頻発するようになるでしょう。結局、安全性が犠牲になるわけで、後からコストがかかるのです。

実際、長野県では談合を防止するためにいろいろな政策が取られていますが、落札価格が予定落札価格よりもあまりにも安すぎた場合(たしか80%以下の場合)は、その入札は無効になるのです。

また、広く自由にどんな業者にも入札できるようにするのも問題があるでしょう。公共事業には、これはもちろん副次的な機能であるとは言え、所得の再分配、富の再分配という機能もあるのです。だから地元の業者ではなく、中央の大手業者に発注したり、もっと極端な事を言えば、外国の企業に発注したりしたのでは、地元や国内に金が還元されなくなってしまいます。

長野県でも公共事業の金額によって、色々なブロック内の業者のみが入札できるような形で、完全にどこの業者でも入札できるようにはなっていません。

また、過去の実績から判断するという長期的な信頼関係を行政と業者が持つということも大事でしょう。少し前に、公営住宅のエレベーターが入札制度になったようです。その結果、受注額がさがって税金の節約になったという側面があると思いきや、シンドラー社のエレベーターが安かろう悪かろうであったために、逆に後から大変なコストを負担しなければならない事態も生じているのです。

だから、ある程度限られた地元の業者による談合で公共事業を受注するしくみというのは、談合する業者側に利益があるだけでなく、社会の安定化という側面で、かなりの利点もあるということですし、とことん自由な競争が目先の税金の支出さえ抑えたからと言って、長期的に見て良い結果につながるわけではないのです。

規制や談合による事前調整型の社会というのはそのありがたみがわかりにくいのだろうと思います。どんどん事後チェック型に社会を改造していっています。事後チェックだと、努力と関係なしに運の良し悪しで勝負が決まってしまいます。

私は別にすべての談合が良いことだとまで言うつもりはありませんし、実際にやりすぎた業者、暴利をむさぼった業者もいたのかもしれませんし、そういうのは取り締まって当然と思いますが、談合については全体としてはもっとケースバイケースでちゃんと見たほうが良いと思います。 そしてむしろ、談合をオープンな形でルールを作って公正にやるのならば、それはむしろ良い調整方法になると思います。

それから、所得再分配という話でもう少し言えば、日本全国では各業種において土木建築業が占める割合は1割ほどもあると聞きました。そしてそれに関連する会社を入れればもっと多いでしょう。今現在土建業で国が回っているという現実があるのです。これを急激に産業構造を転換するというのは乱暴な話です。やるならば、長期計画にのっとって徐々にやるべきです。

この土建国家の基礎を作ったのは田中角栄でしょうが、それ以後にもそのしくみを利用して国の経済を運営してきたのは間違いありませんし、それはかなりうまく行っていたのだろうと思います。

ところが、レーガンの頃からか、アメリカは巨額の対日貿易赤字をかかえて、それを解消するために、日本に内需拡大を強く求めてきました。ほとんど内政干渉と言えるようなレベルで日米構造協議、年次改革要望書などなどを通じて、圧力をかけてきたわけですが、それを受けて自民党政府がやってきたことといえば、莫大な量の公共事業を、効果も考えずに乱発するばかりでした。そこから空回りしだしたのだと思います。 小沢一郎が幹事長をしていた頃でしょう。その後の小渕内閣の時も似たようなことをしていたと思います。

国が率先して膨大な規模の無駄な公共事業を行うことで財政を悪化させておきながら、それをいつのまにか業者の談合のせいで税金が無駄遣いされ財政が悪化したなどと言って責任転嫁しているのです。

マスコミも無意識にそうしたキャンペーンに加担しています。

政府の無策から公共事業に依存して食ってゆく人をさんざん増やして、それで金が回ってゆく社会を作っておきながら、今度はそういう人たちを悪者にしたてあげて自分たちは改革の騎手であるかのごとく名乗って彼らを過激に切り捨てるというのは、かなり乱暴な話です。

結局、最近やたらと談合が摘発されるようになったのは、政治や官僚がどんどんアメリカの言いなりになってきているからという事もあるのではないでしょうか?アメリカはとにかく日本を徹底した競争社会に変えようとしています。その隙をついて自国の業者をねじ込もうというわけでしょう。徹底的な競争ならアメリカの民間企業はお手の物のはずです。会社法の改正から何から、すべてアメリカの要求通りに小泉政権は改革を続けてきました。

現にその成果は保険業界で大成功していて、今や保険会社は外資ばかり。ガン保険なんて、アメリカの保険会社を優遇するために、日本の保険会社にはしばらく規制されていて販売できなかったほど優遇されてきていたのです。

日米貿易摩擦ということばを聞かなくなって久しいですが、これこそ日本政府がアメリカ政府と経済関係でまともに交渉していない証拠だろうと思います。

上でも書きましたが、アメリカは多額の対日貿易赤字を解消するためにクリントン時代に「日米構造協議」を開始しました。これはようするに、アメリカの貿易赤字を減らすために障害となる日本の経済構造を「改革」するための内政干渉をはじめたわけです。それ以来、アメリカによる日本への「内政干渉装置」と言えるようなしくみができあがってしまいました。

小泉構造改革にしても、財政健全化に効果のある改革をやるどころか、アメリカにとって邪魔な日本の経済構造の改革ばかりやっているものだから、逆に日本の財政赤字を増やしてきました。

それは結局、日本を過激な競争型社会にすることによって、アメリカの企業のビジネスチャンスを広げようと圧力に屈した改革でしかなかったためなのではないでしょうか?

しかも、さらに悪いことに、もともとこういう政策をやろうとしていたのは、今の民主党の党首である小沢氏ですから、政権が交代しても改善されるとは到底考えられません。まさに絶望的です。

今の「談合」騒ぎにしても、談合を徹底的に取り締まってとにかく競争させて、その混乱に乗じて自国のビジネスを展開させようというアメリカ政府の要求という背景を、もっと日本人は知らなければならないでしょうし、そういう事に関して今の政府は全然「国を守る」という意識が欠けているのです。

日本の政府がだらしなかったのは、何も中国や北朝鮮に対してだけではなく、アメリカにたいしても同じなのだと思います。

外交とは本来どこの国に対しても、右手で握手しながら左手で殴り合うようなかけひきが必要なものです。しかし日本はどこの国にたいしても、べったりと寄り添って仲良くしようとばかりしています。交渉力の無さのあらわれではないでしょうか。

迷い・不可解 | Comments(0) | Trackbacks(-)