カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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行く年来る年

今年も残りすくなくなりました。

来年は今年よりは釣りに行きたいと思っていますので、皆様よろしくお願いいたします。

今年をふりかえるのはとりあえずやめておきます。

皆様にとって、来年が良いとしになりますように。
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来年の目標

今年一年を振り返って、人間的にはほとんど成長していないなあという感じがする。

まあ、この年になって、いまさらそう人格が磨かれるなんて事も無いんだろうが。

しかし、今年はちょっと偉そうな事を言う機会が増えたのだが、「言葉」と「行動・人格」がどんどん乖離してゆくのを強く感じていた。

あんまりそういう事をしていると、精神がおかしくなりそうなので、偉そうな事を言うからには、もっと自分を磨かないとだめだろうなあ(溜息)。

ということで、来年の目標は人格の向上のため努力することにしよう。

たぶん無理だと思うが・・・。
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年賀状が・・・

年賀状が絶望的な状態にある。

今日中に出せるかどうかは、かなりきわどい(涙)。

毎年こうなるのはわかっているのだが・・・。
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さらば、松井よ・・・

松井秀WBC辞退決断 王監督に伝える

ああ、松井よ、君は日本のプロ野球よりも、ヤンキースのほうにより強い帰属意識を抱いているのか!?

ヤンキースに対する責任感のほうが、日本のプロ野球に対する責任感を上回っているというのか!?

さらば、松井よ。

せいぜい、ヤンキーのために頑張ってくれ。
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地震で崩れる

耐震偽装の問題がいまだに騒がしい。

震度5強に耐えられないとか。緊急に生命の危険があるからといって住民は避難しているようだ。

震度5強の地震というのは、日本中で約1年に1回の確率でおこるようだ。

日本全体で年に1回だから、自分の住んでいる地域にそんな大地震が起こる確率はかなり低い。

ただ、あれだけ偽装建築があれば、年1回の割合の地震がどこかにおこって、倒壊するかもしれないのは確かである。でも確率は、たぶん交通事故に遭う確率よりはるかに低いだろう。

そもそも、震度5強の地震が起こったら、かなりの建物は倒壊する。実は日本中には震度5強の地震で倒壊すると言われている住宅・建物は4軒に1軒の割合で存在するらしい。約1000万戸とか。

1981年の建築基準法改正以前に建てられた建物は、確実にもたないとのこと(昨日のテレビでやっていた)。

何か、騒ぐところを間違っているような気がする。

以前に、スマトラ沖の津波の時だったか、釣り堀屋に「地震がおきて津波が来たら救助体制は整っているのか?」などと糾弾調の書き込みがあったが、おそらく自分の家で寝ていて、建物が崩れて下敷きになる可能性のほうが高いだろう。

どう考えても、自分の家にいる時間が一番長いだろうし(職場という人もいるかな)、そしてそのうち寝ている時間が一番長いわけだから。

まあ立派な家に住んでいれば別だが。ああいう文句を釣り堀屋の掲示板に書き込んだ人は、きっと立派な耐震設計の家にすんでいるんだろう。うらやましいな~。
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ズッコケさせた

フランス料理のコースを食べた後、

「どれが一番美味しかったですか」と聞かれ

「生牡蠣」と答えたら、ズッコケていた。


いや、他の料理も美味しかったのだが・・・。

ただ、その生牡蠣にしても、ワインビネガーで出されたのだが、「これよりも旭ポン酢のほうが美味いのでは?」という考えが頭に浮かんで離れなかった。

どうもフランス料理は私にはもったいないようだ。
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資本主義とキリスト教

徹底した自由・平等および市場原理主義というのは、宗教から出てきたものである。自由も平等も相反する要素をはらみ実際にはありえない絵空事である。それらを正当化するには神の存在を持ち出してくる必要がある。

また、経済活動を市場にゆだね、個人が利益をとことん追求すればそれでうまくゆくという思想は「神のみえざる手」の存在が前提である。

資本主義の精神は、キリスト教のプロテスタントの一派であるカルヴァン派が、「予定説」というものをぶちあげたことにはじまる。カルヴァン一派は、「人間がどんなに善行を重ねても、どんなに人格を磨いても、どんなに教会に寄進してお祈りをささげても、神によって救済されるかどうかには無関係であり、救済されるかどうかは神の意志によりすでに予定され、決まっているものである」と言い始めた。当時の教会の権威を破壊するためである。

いくら教会の権威を否定するためと言って、ここまで極端な考え方を、大多数のヨーロッパの人々はさすがに信じなかったようで、彼らは迫害されたりしたのだが、そのような人々(ピューリタン)が、自分たちの(ある種異常な)信仰の自由を守るために、新大陸に逃れてアメリカという国を作った。

で、彼らカルヴァン派の流れをくむ「改革派(ピューリタン)」らによれば、そもそも神の意志など知りようもないのだから、「自分はあくまで救われる側に入っていると確信し、神から義務として与えられている天職に励む」という考え方になり、そこからさらに、「利益のチャンスがあったらそれは神が意図し給うたものだから、積極的にそのチャンスを生かすべし」として、金儲けに倫理的栄光が与えられた。

こうして、それまでキリスト教のどの宗派も、どちらかと言うと金銭は不浄なモノと考えていたのとは違って、市場経済を積極的に押し進め、金銭至上主義、拝金主義ともよべるような一派が勢力を伸ばした。それがプロテスタントの中のカルヴァン派の流れをくむ人たちであり、大多数のアメリカ人である。

このようにカルヴァン主義が資本主義を進めたという見解は、マックス・ウェーバーが「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」という本で明らかにしているとのこと。

で、確かにこれら資本主義は共産主義に勝利し、経済的には成功した。しかしアメリカを筆頭に、いわゆる先進国とよばれる資本主義諸国が例外なく社会の荒廃という問題をかかえている点を考えてみても、資本主義が決して完全なシステムであるとは言えない。それはただ、共産主義よりましなものであるという程度である。アメリカが成功したと言っても、国内ではごく一部の人が極端に富を独占し、多くのアメリカ人は貧困にあえいでいる。

日本人は結果の平等を求めすぎる、あくまでチャンスの平等が大事だなどと言われる。そのために自由が大切であると。しかし、経済活動の自由をとことん保証すれば、競争の結果は当然不平等になる。そしてその結果の不平等が新たにチャンスの不平等を生むのはあたりまえの事である。そこで自由のまま野放しにしたのでは、チャンスの平等などは存在しなくなる。本当の意味でチャンスの平等を保証するためにはあるていど自由にたいする規制をもうけなければならない。

人間の能力というのは平等ではない。何か一つの能力について見た場合、能力に恵まれた人というのはごく一部であり、教育や訓練をうけなければ、その分布はほとんどの場合ピラミッド状になる。天賦の才能に恵まれた人はほんの一握りであり、圧倒的多数の人間は、ピラミッドの底辺に位置する。スポーツだって勉強だって何だってそうだろう。だからこそ、学校で教育され、訓練される必要があり、それによってピラミッド状の分布を、もう少しましな、楕円形に近いものにすることができるのだ。

経済活動においても同じである。今しきりに二極化と言われているが、はっきりいって二極化というより、ピラミッド化と言ったほうが良い。

政府が経済活動に介入してある程度規制もしつつ富の再分配をおこなわなず自由放任にすれば、所得構造というのは確実にピラミッド状の分布に近づくだろう。

これまでの日本は中間層がもっとも厚い、言ってみれば「ひし形」だった。それが日本の社会に安定と活力をもたらしてくれていた。それを破壊すれば日本もアメリカのような社会になる。貧困者はまともな教育もうけられず医者にもかかれず、そもそも成功するチャンスさえも得られず、永遠に貧困から抜け出せない。そのような貧困層の拡大は、着実に社会を荒廃させ、不安定なものにする。

アメリカで貧困層が成功する可能性は限りなくゼロに近い、というか、そもそも成功しようなどという発想すら浮かばない。もちろんごくまれに成功する人もいる。その宝くじより確率の低い成功例をアメリカンドリームなどと言ってもてはやしているにすぎない。

今アメリカは世界の市場経済にグローバルスタンダードなどと言いつつアメリカンスタンダードを押しつけて回っている。私は経済のくわしいしくみまではよくわからないが、「デリバティブ」なるものが投機目的でよく用いられるようになったらしいが、これによって実体のない経済がどんどんふくらんでいるようだ。

経済というのはそもそも共同幻想に基づくものである。その幻想を誰も信じなくなった時、巨大なバブルがはじける。市場で実体のない金がどんどんふくらんでいずれ時限爆弾のように爆発する可能性があると言う話も聞く。

資本主義や市場経済にたいする過信は危険である。資本主義は、ただ共産主義や社会主義より多少ましだっただけであって、完全な経済システムなどありえないわけだし。

アメリカ人は市場にゆだねれば「神のみえざる手」によってすべてがうまくゆくという宗教的な理由で「市場」というものを過信しているようなもので、実はかなり危なっかしいものだ。

何でもアメリカ流がすぐれているとか、日本式が遅れているなどという発想はいいかげんやめたらどうだろうか。
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スケート興味ない

じょうずな人が年齢制限でオリンピックに出場できないとか!?

ルールなら仕方ないんじゃないかね。ここでまたコロコロ都合良くルールを変えたら、まるで節操のない欧米人と同じじゃないか。

彼らは日本が国際試合で強くなると、自分たちに都合の良いルールにさっと変えてしまう。

そんな卑怯な奴らと同じことをするのは、あまり好きではない。

というか、私がそもそもオリンピックとかワールドカップとかああいうのにほとんど興味が無いからそう思うだけかもしれないが。

ワールドカップと言えば、やっぱりカズを連れて行くべきじゃないのかね?
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小学校からのパソコン授業という愚行

小学生に学校でわざわざパソコンなどさわらせる必要はない。

小学校からパソコンの操作を覚えれば、パソコンを使いこなせるようにはなるだろう。
しかし、それが何になるのか?

子供の頃からパソコンの操作に時間を費やせば費やすほど、間違いなく、パソコンそのものを作れる人間は将来的に減ることになるだろう。

パソコンの操作なんかできたって、パソコンソフトやパソコンそのものを作ることはできない。

重要なのは中身を作れる人を増やすことだろう。

パソコンのソフトに関してはインド人がすばらしい能力を発揮している。未だにインドは非常に貧しい国である。子供の頃にパソコンをさわったことのある人間など、ほとんどいない。

にもかかわらず、パソコンソフトを制作できるすばらしい人材が多く育っている。

何故か?

子供の頃からパソコンをいじるような無駄な時間を費やさず、しっかりと算数の基礎を学校で徹底的に教えているからである。

子供の頃からパソコンをいじっても、ただ将来のパソコンの消費者が増えるだけである。

このまま行けば、日本はいずれ、世界に通用するモノを制作する能力の無い、たんにモノを消費するだけの能力しかない無能な人間ばかりの社会になってしまうだろう。
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感謝

昨日はれがーさんに、カンパチとシマアジとツバスをいただいた。

今晩、刺身などで食べる予定。ひさびさのシマアジとカンパチで、楽しみだ。

れがーさん、ありがとうございます。

いむらという釣り堀ができていたとは知らなかった。

昨日の釣果欄もなんだか見たことのある名前が・・・。
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小学生からの英語教育という愚行

最近は、小学校でも英語を教えているとか・・・

バカじゃなかろうか。そんなもの教える暇があったら、国語を教えるべきだ。古典まで読めるくらいしっかりと国語をみにつけさせるべき。

英語というのは手段にすぎない。中身があってはじめてそれを伝える手段が有効に機能するのに。

表現する手段より、表現する内容をまず身につけなければ、空っぽの人間になってしまう。

日本人にとって国語は単なる手段ではない。しっかりした国語力をみにつけて本を読み、知識を吸収しつつ、思考力を身につける。

そうしてはじめて表現すべき内容が身に付くのである。

小学校のような初等教育で英語についやす時間など、本来ないはずだ。とにかく本を読ませ、日本の歴史や伝統・文化を教え込み、日本人としてのアイデンティティーを確立させつつ、しっかりとした基礎知識と思考力をもった人間をそだてるべきだ。

英語の勉強なんか中学からで十分である。
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アマチュアリズムが国を滅ぼす

最近は子供がターゲットになった犯罪が増えている。自分より力であきらかに劣っている相手に手を出すというのが私には理解できない。

塾というのを教育機関と勘違いしている人が多すぎるんじゃなかろうか。塾なんて民間の中小企業にすぎない。

「ゆとり教育」という愚かな教育改革が行われたわけだが、そうなると普通の親なら学校の授業だけでは不安に思うのは当然のこと。自然のながれとして塾で勉強する比重が増す。塾の役割が大きくなってしまった。

これだって、「官から民へ」という流れとおんなじだ。偽装設計にしたって、ただ民間に丸投げするからああいうことになる。建築設計の検査は、もともと行政がやっていて、それがあまりに効率が悪すぎるから、民間がやるようにしたわけだが、民間にまかせるなら性悪説でやらなければ、あのように暴走するのは当然な事。

「官から民へ」と金科玉条のごとくかかげて何でもうまく行くかのような馬鹿の一つ覚えでは、社会の秩序は崩壊する。

行政改革をやったアメリカ・イギリス・ニュージーランド、いずれも今日本がやっている改革みたいな事をすでにやって、大失敗している。特に破壊されつくしたのが「教育」と「医療」だ。悲惨なことになっている。特に「教育」と「医療」には税金を投入して国が責任を持ってやるべきだ。社会がすさむ。「教育」と「医療」に市場原理など持ち込めるはずがないのである。

まあ、国の財政はちょっとばかりましにはなったようだが、そのぶん社会が大きく荒廃してしまった。財政再建ばかりに目が行くと、同じ事をくりかえしかねない。やるなら慎重にやるべきだ。特に「医療」と「教育」は慎重にしなければならない。

日本の医療制度はWHOの報告によれば、世界一なのである。国がほとんど何もしていないアメリカより医療にかかるコストは安く、しかも質が高い。医療に市場原理を持ち込むと、無意味に薬や治療が高騰し、結局割高になるのである。そのぶん民間の製薬会社と保険会社が儲かるというしくみになっている。

「教育」も日本では特に重要だ。日本みたいに資源のない国の財産は「人材」しかないのだから、人間の育成がほかの国よりも重要なのだ。だから「教育」にはもっと金をかけるべきだ。

・・・話を塾にもどすと、結局、今の塾は個別指導とか少人数指導を取り入れて、「きめ細やか」な指導を売り物にしているが、そうなれば、講師の数がたくさん必要になってくる。

その一方で専任講師はごくわずかで、ほとんどが大学生のアルバイトである。そうでなければ、一民間企業である塾などの経営が成り立つはずもない。普通の教育機関なら行政から何らかの補助を受けているわけだが、塾は文部科学省の所轄の教育機関ではない。

塾講師の時給は、ほかのバイトに比べれば、たしかに高いほうだが、しかし、実際のところはそうでもない。

私も学生時代に塾でバイトをしていて、時給3000円ほどもらっていたが、1時間の授業をするために1時間は事前の予習が必要である。その他雑用などあるので、本当のところの時給は、千数百円程度だ。

だいたい、今の世の中、素人やアマチュアがでかい顔しすぎなのである。素人がでしゃばるとろくな事がない。法案のなかみなど読む能力もない大衆にむかって、一法案の是非を問うような選挙をやったり、政治が大衆に媚びている。

もうすぐ裁判に陪審員制度が取り入れられるらしい。やる事が逆だろう。しっかりしたプロを養成することを考えるべきだ。素人が裁判に介入するなんておそろしいことだ。アメリカみたいな弁護士の口のうまさだけで判決がかわったりするような裁判制度がよいと言うのか?

これ以上大衆を増長させてはいけない。素人がでしゃばるのではなく、しっかりしたプロを養成してゆかなければならない。そして、プロにまかせることだ。

しろうとが出しゃばる社会など、ろくなものではない。
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期待の映画

今週末から劇場公開予定の映画、「男たちの大和」を見に行こうと思っている。

いや、私はべつにミリタリーマニアとかではない。ただ、大和は、子供の頃私がはじめてプラモデルを完成させた思い出がある。あの形の美しさに一目惚れして、夢中で作ったものだ。

しかし、私というのはもともと非常に根気のない人間である。子供の頃は特にひどかった。もっと簡単な空母みたいやつのプラモデルでさえも、完成させることができずにいつも途中で投げ出していた。

それが、大和だけは完成させることができたのだ。1m近いかなりでかい奴だった(50センチくらいかな?子供には大きく見えたが)

絵も戦艦大和とか零戦やらそんなのばかり書いていた。結構リアルに書いていた。皆捨ててしまったが・・・。

私が小学校低学年の頃に夢中になっていた本といえば、宇宙・地球・昆虫図鑑と、旧日本軍の戦艦やら巡洋艦などの本だった。それらを見て、その絵ばかり描いていた。図鑑を買うので金を使い果たしてしまっていたので、紙に絵を描くくらいしか楽しみがなかった。

というわけで、この映画では実物大のセットを作ったそうだから、なおさら楽しみだ。まあそれよりも、込められたメッセージがどのようなものか、そちらのほうが気がかりだが。

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試写会を見に行った人の話を聞いたところ、特撮などはちょっとチャチい部分があるらしいが、話そのものは感動的とのことだった。それを聞いて、まあ見に行ってみようかと思うようになった。年内には見に行きたい。
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偽装設計

ほとんどつきあいの無いいとこの話しだが、そこの旦那が一級建築士で建築設計事務所をやっていたらしい。それが1-2年前に倒産したそうな。

もしかして、偽装設計に応じなかったから仕事がこなくなったのでは?とか思ったりして。

そう考えると、偽装設計のほうが普通だったりして・・・。

まあ、あんまり安いものは食い物でもなんでも毒があると思ったほうが良い。

妙に相場より安いマンションというのも、やっぱりうさんくさいと思わなければ。何だって適正価格というものがあるだろう。

ただ、逆に、値段が高いとそれだけで良い品物と勘違いしてしまう事がある。
トヨタのレクサスはそのセンを狙っていると思われる。まあこの場合はいい物が普通に高いというごくあたりまえの事にすぎないという可能性もあるかもしれないが。

アパレル業の知人にむかし聞いた話では、流行遅れの服が売れ残って、いくら値引きしても売れないときには、逆に定価よりもはるかに高い値段をつけたりすると、一瞬で売れてしまうことがあるそうだ。

人間の心理の盲点を見事についた商売のしかただと思った。

値段が高いから良いかというと、そうでもないという話しだろう。

良い品物で適正な価格の品物を、いかに売り手にだまされずに買うか。

これからは消費者は賢くならなければならない。買い手は売り主に「信用」などというものを期待してはいけない。

いやー、住みにくい世の中になりましたなあ。


と、こんなふうに猜疑心の強い私のような人間が詐欺にあわないかと言うとそんな事はなく、疑り深い人間ほど、その疑いがクリヤされた時には一気に信じ込みやすいという習性があり、騙される時にはもうどっぷりはまりこんでしまっているというパターンではないかと思う。

今まで詐欺にあって金をだまし取られたことは特に思い当たらないが、まあ経済的にリスクの伴う行為はなるべくやるまいと思っている。

しかし、銀行の利子に20%の税金がかかるのに、株で儲けたバブリーな金には10%しか課税されないなんて、国が率先してハイリスクハイリターンの生き方を国民に奨励している変な国になりつつある。

いやー、住みにくい世の中になりましたなあ。
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レシピ一覧

YUKAの美味しいレシピで、土曜日に完成させたレシピ一覧について、YUKAが「ほとんど手伝ってもらった」と書いているが、これは、「すべて私(カーク船長)が一人でやった」というのが正確な表現である。もう、100%私がやった。アップするところまで私がやった。

と偉そうに言っても、実際はたいした手間ではなかったが・・・。で、YUKAはその間、洗濯したり家を掃除したりしていたので、どちらが偉いかとかそういう話はしないほうが良い。私は家の掃除など全くしたことが無いし、洗濯にしても、ごく希に洗濯物を干したり取り込んだりするのを手伝うくらいである。料理も一切しない。私は「社会的性別による役割分担を推奨する会」の会長である。会員は私1名だが。


で、それはそうと、一覧を作るのがたいした手間ではなかったというのは本当である。

ブログの管理画面でカテゴリー別の一覧が表示でき、その画面を表示したまま、I.Eの表示メニューにある「ソース」を選べば、管理画面をHTML表示することができる。

それをコピーペーストしてから、あとは、不要な部分を削除するだけで、完成!

ものの30分ほどでできあがりである。

しかし、この作業をした後から体調が悪くなり、寝込んだ。

(実際にはインフルエンザだったと思われる。日・月とまる二日寝込んだらすっかり良くなったが・・・)
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今日は何の日?

次は負けないぞー。

と私一人が言ってみただけでどうにもならない。

武器を取って戦うことだけが戦争ではない。戦後もずっとアメリカには負けっぱなしの日本。

ああ、悲しい・・・。
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すもうとプロレス

相撲もプロレスも、今はあんまり好きじゃないが、小学校の頃までは結構好きでよく見ていた。

でも、どうも本気でやってないんじゃないかという気がしてきて、見なくなった。いや、本当のところはどうか知らないので偏見かもしれないが。

だって、どう見ても空中元彌チョップなんかで鈴木何某かが倒れるなんておかしすぎるじゃないか。しかも別に「空中」じゃなかったし。鈴木君にしっかりだっこされてチョップしていたじゃないか。

たぶん鈴木君はちゃちな元彌チョップで倒れたんじゃなくて、元彌の股間の悪臭に耐えかねてダウンしたに違いない。それか、元彌が屁でもこいたんだろう。八百長でないなら、そうとしか考えられない。
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この試合では、元彌が廃人にされる事を期待していたのに、完全にうらぎられた。あ、あれはプロレスじゃなかったのかな?

まあ、ほんと、プロレスというより、まさに「狂言」という感じだった。


で、相撲は、八百長臭いこともあるが、太った男の裸を見るのにうんざりして嫌いになったということもある。

しかし最近、朝青龍がなんとなく気になってきている。力士というか横綱らしくないとか言われるが、なんか本気でやっているという気がして、私としてはずっと好感を抱いている。

素行の悪さも落ち着いてきて、ただ強いだけのモンゴル人が日本の相撲から何かを学んで人間的にも成長したんなら、なんとなくうれしいじゃないか。

琴欧州だって、いまどき日本人でもやらないチョンマゲを白人が結って、いまどきの日本人にはとれも耐えられないような日本的な古いしきたりだらけの世界で頑張っているというのも、なんか愉快じゃないか。

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秋の京都を満喫

この日は京都へ行って来た。もともと用事があったのだが、それは1時間くらいで済むものなので、どうせ京都まで行くなら紅葉を見に行こうということで、朝早く出ることにした。

時々、仕事というかバイト関係で週末にちょっとだけ京都に来ることがあるのだが、いつもは用件だけすましてさっさと帰っている。たまには観光もして行こうかと。昔京都に住んでいたので、私はどうもイマイチありがたみを忘れてしまっているところがあるようだ。

実は11月の初旬も同じように京都に用事があって、ついでに京都見物と思ったのだが、どこも人や車であふれかえっており、断念した。

今回は気合いをいれて朝6時半に起きて、現地に8時過ぎに着くように出発することにした。

で、そこまでして行ったのだが、雨だったからか、空いていた。寒かった。

永観堂と南禅寺を見てきた。紅葉もかなり終盤だったし天気も悪かったが、それでも綺麗だった。その後、用事をすませて昼過ぎには帰ってきた。

学生時代にも来たことがあったが、京都に住んでいたからほとんどありがたみを感じなかった。ひさびさに来た京都らしい風景がなんとも懐かしく感じた。

学生時代には、このあたりなら自転車でも見に来ることができたのだが、同じ景色でもこうやって大阪からわざわざ見に行くほうがありがたみがある。

残念なのはカメラを忘れてしまったこと。三脚だけカバンにいれて、カメラを忘れた。

と思ったら、家に帰ってかばんの中身をよく見ると、ちゃんとカメラが入っていた!

俺は一体何をやっているんだ!?

ということでどんな感じかはこちら参照。
おでかけ | Comments(0) | Trackbacks(-)

カニ星雲

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http://uchukan.satsumasendai.jp/data/gallery/ippan/sae-m1.html

超新星残骸 M1星雲

おうし座にある超新星残骸M1星雲です。超新星とは、太陽の8倍以上の質量を持った恒星が、その寿命を終えるときに 大爆発を起こす現象です。M1星雲は有名な超新星残骸で、小型の望遠鏡でもその姿を見ることが出来ます。 中心部には、正確な周期で電波を発するパルサーと呼ばれる中性子星の存在が確認されています。
この星雲は、容貌がカニに似ているとして、「カニ星雲」の愛称で親しまれています。


http://dailynews.yahoo.co.jp/photograph/pickup/

NASAのハッブル宇宙望遠鏡が撮影したカニ星雲(上の写真)。超新星爆発によってできたもので、1054年に地球上で肉眼でもよく見えたことが、歌人藤原定家の日記、明月記にあり、中国や北米先住民の記録にもある(1日)
(AFP=時事)14時36分更新
自然と科学 | Comments(0) | Trackbacks(-)

腰痛・・・

私は肩こりとか腰痛とかとは無縁だと思っていたのだが・・・。

まあ、あいかわらず肩こりはほとんどないが、少しまえから時々腰に違和感を感じる事が増えてきた。

で、昨日あたりから、腰の右側が、足をまげたり動いたりすると痛い、というか突っ張る感じがする。

腰の右側から右足にかけて、何かがおかしい。

立っているのが一番楽で、イスに座っているのがしんどい。

一体どうしてしまったのだろうか。

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