「分祀」って何?
トヨタの会長がA級戦犯の分祀について、発言したそうな。そもそもこの「分祀」という言葉は本来存在しない。マスコミの造語らしい。一度神様になってしまったものを、後からその資格(?)を剥奪するという事が神道として可能なのか素朴に疑問。死んだ人を生き返らせるのと同様に不可能な事じゃなかろうか。
それから、A級戦犯について調べてみた。
以下、「国際派日本人養成講座」からの引用。
(このサイトの優れている点は、伝聞部分にすべて発言当事者や引用先が提示されている点で真偽を問い、検証することが可能なので信頼できると思う。)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog206.html
■5.「講和条約で日本は東京裁判を受諾?」■
講和条約とは、戦争後の国家間の一種の手打ち式であるから、
領土、賠償、戦争犯罪などについて、和解合意するものである。
それゆえに今日問題となっている戦時捕虜の補償問題や、「A
級戦犯」を祀った靖国への参拝問題などは、このサンフランシ
シコ講和条約での枠組みに戻って考えねばならない。
たとえば、「講和条約で日本は東京裁判を受諾している以上、
首相はA級戦犯を合祀している靖国神社に参拝すべきでない」
という意見がある。条約第11条には東京裁判や連合国での
「戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、・・・これらの法廷が課した
刑を執行するものとする」とあり、A級戦犯を合祀した靖国参
拝は「裁判受諾」に違反する行為だという。
しかしこの「裁判を受諾し」というのは日本語原文のみの表
現であり、英語原文では受諾したのは"Judgements"、すなわち
「判決」である。仏語、スペイン語原文でも同様の表現になっ
ている。これは日本政府が判決にしたがって、刑の執行を継続
することであり、「裁判」全体、すなわちそのプロセスや判決
理由についてまで同意したという意味ではない。佐藤和男・青
山学院大学名誉教授は昭和61年の国際法学会でこの点を当代
一流の国際法学者たちと議論したが、すべての外国人学者がこ
の見解に同意したという。
そもそも講和条約が和解の当然の帰結として、アムネスティ
(国際法上の大赦)、すなわちすべての戦争犯罪の責任を免除
することは国際法学会の通説であり、この11条自体がこの長
い歴史を持つ慣習に逸脱したものだという強い批判があった。
講和条約条文はその後、赦免、減刑などは判決を下した国
(東京裁判の場合は、判決に加わった国の過半数)が決定する
と定めている。我が政府はこの11条を誠実に順守して、国民
4千万人にものぼる釈放請願署名と、社会党を含めた圧倒的多
数による国会決議をもとに各国と交渉し、服役中の同胞救出を
実現したのである。
ちなみに、メキシコ代表は次のように東京裁判そのものに同
意しない旨の発言を行っている。アルゼンチン代表も同様の発
言をしている。[2,c]
われわれは、できることなら、本条項[講和条約第11
条]が、連合国の戦争犯罪裁判の結果を正当化しつづける
ことを避けたかった。あの裁判の結果は、法の諸原則と必
ずしも調和せず、特に法なければ罪なく、法なければ罰な
しという近代文明の最も重要な原則、世界の全文明諸国の
刑法典に採用されている原則と調和しないと、われわれは
信ずる。
・・・という事らしい。なるほどね。国際法的に言ってもA級戦犯は犯罪者ではないという事らしい。国内的には共産党や社会党まで賛成して国会で決議して、彼らを犯罪者ではないと決めたというくらいだから。当時よりも現代のほうが彼らを犯罪者であるかのように言う日本人が増えたのは、一体なぜなんだろうか。たぶんGHQの当初の洗脳を新聞や文化人が引継ぎ、国民をジワジワと洗脳してきたのだろうと思う。
トヨタの会長も、車を作って売ることはよく知っていても、日本の歴史はあまり知らないようだ。
それから、A級戦犯について調べてみた。
以下、「国際派日本人養成講座」からの引用。
(このサイトの優れている点は、伝聞部分にすべて発言当事者や引用先が提示されている点で真偽を問い、検証することが可能なので信頼できると思う。)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog206.html
■5.「講和条約で日本は東京裁判を受諾?」■
講和条約とは、戦争後の国家間の一種の手打ち式であるから、
領土、賠償、戦争犯罪などについて、和解合意するものである。
それゆえに今日問題となっている戦時捕虜の補償問題や、「A
級戦犯」を祀った靖国への参拝問題などは、このサンフランシ
シコ講和条約での枠組みに戻って考えねばならない。
たとえば、「講和条約で日本は東京裁判を受諾している以上、
首相はA級戦犯を合祀している靖国神社に参拝すべきでない」
という意見がある。条約第11条には東京裁判や連合国での
「戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、・・・これらの法廷が課した
刑を執行するものとする」とあり、A級戦犯を合祀した靖国参
拝は「裁判受諾」に違反する行為だという。
しかしこの「裁判を受諾し」というのは日本語原文のみの表
現であり、英語原文では受諾したのは"Judgements"、すなわち
「判決」である。仏語、スペイン語原文でも同様の表現になっ
ている。これは日本政府が判決にしたがって、刑の執行を継続
することであり、「裁判」全体、すなわちそのプロセスや判決
理由についてまで同意したという意味ではない。佐藤和男・青
山学院大学名誉教授は昭和61年の国際法学会でこの点を当代
一流の国際法学者たちと議論したが、すべての外国人学者がこ
の見解に同意したという。
そもそも講和条約が和解の当然の帰結として、アムネスティ
(国際法上の大赦)、すなわちすべての戦争犯罪の責任を免除
することは国際法学会の通説であり、この11条自体がこの長
い歴史を持つ慣習に逸脱したものだという強い批判があった。
講和条約条文はその後、赦免、減刑などは判決を下した国
(東京裁判の場合は、判決に加わった国の過半数)が決定する
と定めている。我が政府はこの11条を誠実に順守して、国民
4千万人にものぼる釈放請願署名と、社会党を含めた圧倒的多
数による国会決議をもとに各国と交渉し、服役中の同胞救出を
実現したのである。
ちなみに、メキシコ代表は次のように東京裁判そのものに同
意しない旨の発言を行っている。アルゼンチン代表も同様の発
言をしている。[2,c]
われわれは、できることなら、本条項[講和条約第11
条]が、連合国の戦争犯罪裁判の結果を正当化しつづける
ことを避けたかった。あの裁判の結果は、法の諸原則と必
ずしも調和せず、特に法なければ罪なく、法なければ罰な
しという近代文明の最も重要な原則、世界の全文明諸国の
刑法典に採用されている原則と調和しないと、われわれは
信ずる。
・・・という事らしい。なるほどね。国際法的に言ってもA級戦犯は犯罪者ではないという事らしい。国内的には共産党や社会党まで賛成して国会で決議して、彼らを犯罪者ではないと決めたというくらいだから。当時よりも現代のほうが彼らを犯罪者であるかのように言う日本人が増えたのは、一体なぜなんだろうか。たぶんGHQの当初の洗脳を新聞や文化人が引継ぎ、国民をジワジワと洗脳してきたのだろうと思う。
トヨタの会長も、車を作って売ることはよく知っていても、日本の歴史はあまり知らないようだ。
坂の上の雲
あにさんが大好きだという司馬遼太郎の「坂の上の雲」を買おうと思って先日書店へ行った。昔の本だからてっきり文庫であるだろうと思ったら、文庫のほうは廃刊になって、新装本として再度単行本化されていて、1冊1700円くらいする。おまけに全8巻だというので、全部買うと莫大な金額になってしまう・・・。
という事で、とりあえず買うのをやめて、どこか古本屋で文庫版を探そう。私は古本屋は本を書いてくれた人に印税が入らないので、あまり好きではなく、なるべく利用しないようにしているのだが、司馬遼太郎はもう死んでるから、まあ良いだろう。
ところで、この本は歴史小説という事になるんだろうか?私は小説というのはフィクション性が強いものばかり中心に読んでいたので、こういうジャンルのは初めてだ。井上靖はよく読んだけど、あれにしたってたぶん完全なフィクション(敦煌は歴史小説か?、しろばんばや夏草冬濤は自伝だったっけ?)だと思うし。まあともかく長編歴史小説ははじめて。歴史じたいが嫌いだったから避けていたが、最近、近代史を勉強するのが趣味になっている。歴史を勉強して米・中・韓など諸外国にガツンと言ってやろうと思っている。

司馬遼太郎 坂の上の雲(Wikipediaより)
坂の上の雲(さかのうえのくも)は司馬遼太郎の長編小説である。1968年(昭和43)から1972年(47年)にかけて産経新聞に連載。
(・・・私の生まれた年に連載開始らしい)
「坂の上の雲」とは、坂を上ったとしてもまだその上にある雲のような手の届かない存在として日本と欧米列強の差を意味している。
(う〜ん、こういう意味だったのかー。なんかイイ感じじゃないですか)
(オマケ)
司馬は作品の映像化に対して否定的であったが、死後に著作権継承者である夫人の許可を得、NHKは2006年度を予定に大河ドラマとは別枠で「21世紀スペシャル大河ドラマ」として放送する予定だったが、2004年脚本担当の野沢尚の不慮の死に伴い、製作の継続が検討課題となっていた。が、2007年度以後の放送を目指して製作が継続されることになった。
という事で、とりあえず買うのをやめて、どこか古本屋で文庫版を探そう。私は古本屋は本を書いてくれた人に印税が入らないので、あまり好きではなく、なるべく利用しないようにしているのだが、司馬遼太郎はもう死んでるから、まあ良いだろう。
ところで、この本は歴史小説という事になるんだろうか?私は小説というのはフィクション性が強いものばかり中心に読んでいたので、こういうジャンルのは初めてだ。井上靖はよく読んだけど、あれにしたってたぶん完全なフィクション(敦煌は歴史小説か?、しろばんばや夏草冬濤は自伝だったっけ?)だと思うし。まあともかく長編歴史小説ははじめて。歴史じたいが嫌いだったから避けていたが、最近、近代史を勉強するのが趣味になっている。歴史を勉強して米・中・韓など諸外国にガツンと言ってやろうと思っている。

司馬遼太郎 坂の上の雲(Wikipediaより)
坂の上の雲(さかのうえのくも)は司馬遼太郎の長編小説である。1968年(昭和43)から1972年(47年)にかけて産経新聞に連載。
(・・・私の生まれた年に連載開始らしい)
「坂の上の雲」とは、坂を上ったとしてもまだその上にある雲のような手の届かない存在として日本と欧米列強の差を意味している。
(う〜ん、こういう意味だったのかー。なんかイイ感じじゃないですか)
(オマケ)
司馬は作品の映像化に対して否定的であったが、死後に著作権継承者である夫人の許可を得、NHKは2006年度を予定に大河ドラマとは別枠で「21世紀スペシャル大河ドラマ」として放送する予定だったが、2004年脚本担当の野沢尚の不慮の死に伴い、製作の継続が検討課題となっていた。が、2007年度以後の放送を目指して製作が継続されることになった。
カークとピカード
私のハンドルネーム「カーク船長」とはスタートレックの第一作の主人公から取ったもので、ほとんど著作権侵害に近いかもしれない。
それはどうでもよくて、ゴールデンウィーク中にスーパーチャンネルで「スタートレックまるごと20時間」というのをやっていた。この企画、まいとしされているのだが、毎回ビデオテープが何本も必要だし、ぶっ通しで24時間やった時など、6時間ごとにテープを入れ替えなければならず、大変だった。今回は3日にわかれての放送だったし、HD-DVDを買ったので録画が楽だった。買って良かったとしみじみ思った。
放送されるスタートレック各シリーズのエピソードはだいたい見たことあるものも多いが、たまにまだ見ていないものも入っている。それよりも、特別企画として「声優対談」をしたり、スタートレック関連の特集番組を放送したりするのが注目だ。
今回は「セレブリティーファイル」という番組で、ウィリアム・シャトナー(カーク船長役)とパトリック・スチュワート(ピカード艦長役)について特集した回のものを放送していた。ちなみにこの「セレブリティー」という単語は一時よく使われた「セレブ」のことだが、これは「芸能人」とか「有名人」みたいな意味なので、そこらへんの無名の主婦がいくら贅沢でハデな暮らしをしようが、無名であるかぎりはどうあがいてもセレブには成り得ないのだが、意味もわからず使っているバカ女がいかに多いことか。

話がそれた。それで面白かったのは、ウィリアム・シャトナーは波瀾万丈の人生。スタートレックで有名になったが、シリーズ終了と同時に離婚して慰謝料で一文無し。そのごも移動の車の中で寝起きするような生活をしてドサ周りしたり。スタートレックの映画で再び脚光を浴びて再婚したものの、奥さんはアルコール依存症で、プールにて溺死。シャトナーが殺したのではとの噂が・・・。しかし、その後、もっと若い女性と再婚。SF小説家として、またテレビのコメンテーターとして力量を発揮して、70歳をすぎても未だに現役中。
パトリック・スチュワートはシャトナーに比べればまだ堅実なほうだが、それでも若い頃は長いこと貧乏劇団で苦労していた。イギリス人なのだが、新スタートレックの艦長役に抜擢されると家族を残して単身渡米。これが大人気シリーズになってしまったので、7年間にもわたっての別居生活となってしまい、それが原因で離婚。まあその後別の女性と再婚している。こちらはスタートレック以後、舞台をこなしたり他の作品に出演して賞をもらったりと役者としての地位を着実なものにしていった。最近ではX-MENにプロフェッサーX役で出演していたのが印象に残っている。

一番笑った、というかちょっと気の毒だったのが、彼は何と19歳からほとんどツルっ禿げになってしまったという事。父も兄二人も完全にハゲていた。そしてスチュワートの息子もスキンヘッドだった。
それはどうでもよくて、ゴールデンウィーク中にスーパーチャンネルで「スタートレックまるごと20時間」というのをやっていた。この企画、まいとしされているのだが、毎回ビデオテープが何本も必要だし、ぶっ通しで24時間やった時など、6時間ごとにテープを入れ替えなければならず、大変だった。今回は3日にわかれての放送だったし、HD-DVDを買ったので録画が楽だった。買って良かったとしみじみ思った。
放送されるスタートレック各シリーズのエピソードはだいたい見たことあるものも多いが、たまにまだ見ていないものも入っている。それよりも、特別企画として「声優対談」をしたり、スタートレック関連の特集番組を放送したりするのが注目だ。
今回は「セレブリティーファイル」という番組で、ウィリアム・シャトナー(カーク船長役)とパトリック・スチュワート(ピカード艦長役)について特集した回のものを放送していた。ちなみにこの「セレブリティー」という単語は一時よく使われた「セレブ」のことだが、これは「芸能人」とか「有名人」みたいな意味なので、そこらへんの無名の主婦がいくら贅沢でハデな暮らしをしようが、無名であるかぎりはどうあがいてもセレブには成り得ないのだが、意味もわからず使っているバカ女がいかに多いことか。

話がそれた。それで面白かったのは、ウィリアム・シャトナーは波瀾万丈の人生。スタートレックで有名になったが、シリーズ終了と同時に離婚して慰謝料で一文無し。そのごも移動の車の中で寝起きするような生活をしてドサ周りしたり。スタートレックの映画で再び脚光を浴びて再婚したものの、奥さんはアルコール依存症で、プールにて溺死。シャトナーが殺したのではとの噂が・・・。しかし、その後、もっと若い女性と再婚。SF小説家として、またテレビのコメンテーターとして力量を発揮して、70歳をすぎても未だに現役中。
パトリック・スチュワートはシャトナーに比べればまだ堅実なほうだが、それでも若い頃は長いこと貧乏劇団で苦労していた。イギリス人なのだが、新スタートレックの艦長役に抜擢されると家族を残して単身渡米。これが大人気シリーズになってしまったので、7年間にもわたっての別居生活となってしまい、それが原因で離婚。まあその後別の女性と再婚している。こちらはスタートレック以後、舞台をこなしたり他の作品に出演して賞をもらったりと役者としての地位を着実なものにしていった。最近ではX-MENにプロフェッサーX役で出演していたのが印象に残っている。

一番笑った、というかちょっと気の毒だったのが、彼は何と19歳からほとんどツルっ禿げになってしまったという事。父も兄二人も完全にハゲていた。そしてスチュワートの息子もスキンヘッドだった。
感謝
昨日は警察を批判するような事を書いたが、あれはもちろん交通取り締まりに関して文句を言っただけで、警察全般を批判したわけではない。私は過去の経験から警官にたいしては、どちらかと言うと好感をいだいている。
しかし、最近の、簡単に拳銃を奪われてしまう警官の話とか、ちょっと前の、犯人がおそいかかって来たらビビって逃げたりした警官の話を聞いたりすると、なんともがっかりしてしまう。
おっと、何となくまた警察の悪口になってしまっている。そんな事を書きたかったのではなく、私がおまわりさんにお世話になった話(もちろん良い意味で!)を書きたかった。
旧日記で一度書いたことがあるから、昔から読んでくださっている方にはくりかえしになるが、昨日は批判を書いてしまったので、公平を期するため(?)に、また書くことにした。
もう17〜8年前になるか、北海道の田舎から受験のために京都に出てきて、河原町近くのホテルに滞在していた。前日には市バスに乗って受験する大学の下見をすませ、河原町を少しぶらついてから宿に帰った。
ところが、気が付くと財布が無かった。どこかで財布を落としてしまったのだ。すべてのお金と帰りの航空券まで入っていたので、かなりパニックになってしまった。一文無しになってしまった。
とりあえず、ホテルから一番近い四条河原町の交番に行って、遺失物届け(?)を出すことに。
届けを出した後、交番のおまわりさんに「お金が無いので困っているなら、郵便局の電信なんとかで家からお金を送ってもらう方法がある」という助言をいただいた。
「私用電話は本当はダメなんだけど」などと言いながらも、北海道の自宅まで交番の電話を使わせてくれた。
しかし、家は留守だった。母親はパートに行っていたので夕方まで帰らないのだ。仕事先の電話番号もわからない。
私が困り果てていると、対応してくれていたおまわりさんが、
「じゃあ・・・これ貸してあげるから」
と言って自分の財布から千円札を出してくれた。
これはうれしかった。泣きそうになった。
で、感謝とショックで半ば呆然になりながら、借りた千円からお金を出して、また市バスに乗ってその日自分がたどった道をもういちどさかのぼりながら、財布を捜してみたが、みつかるはずもなく、宿に帰ってしばらくは放心状態になっていた。
しかし、ふと、もしかしてバスの中に落としてはいないかと思い、ダメモトで、京都の市バスに電話してみると、何と
「壬生の掃車場に届いてますよ!」
とのうれしい知らせが!!!
車庫に入って車内の掃除をしていた運転手さんが見つけてくれたとのこと。
もうすっかり夜になっていたが、それから速攻で、また市バスに乗って壬生まで行き、無事に財布が帰ってきた。
で、その足でまた四条河原町の交番に行って、千円かしてくれたおまわりさんに返しに行ったら、おまわりさんも喜んでくれた。
京都のおまわりさんと市バスの運転手さんには本当に助けられた。
このことで、修学旅行以来これが2度目だった京都の街にたいして、さらにに良いイメージを強く持った。
しかし、財布が戻って来たことで、すべての運を使い果たしてしまったようで、この年の受験には失敗して、不合格だった・・・(涙)。
しかし、最近の、簡単に拳銃を奪われてしまう警官の話とか、ちょっと前の、犯人がおそいかかって来たらビビって逃げたりした警官の話を聞いたりすると、なんともがっかりしてしまう。
おっと、何となくまた警察の悪口になってしまっている。そんな事を書きたかったのではなく、私がおまわりさんにお世話になった話(もちろん良い意味で!)を書きたかった。
旧日記で一度書いたことがあるから、昔から読んでくださっている方にはくりかえしになるが、昨日は批判を書いてしまったので、公平を期するため(?)に、また書くことにした。
もう17〜8年前になるか、北海道の田舎から受験のために京都に出てきて、河原町近くのホテルに滞在していた。前日には市バスに乗って受験する大学の下見をすませ、河原町を少しぶらついてから宿に帰った。
ところが、気が付くと財布が無かった。どこかで財布を落としてしまったのだ。すべてのお金と帰りの航空券まで入っていたので、かなりパニックになってしまった。一文無しになってしまった。
とりあえず、ホテルから一番近い四条河原町の交番に行って、遺失物届け(?)を出すことに。
届けを出した後、交番のおまわりさんに「お金が無いので困っているなら、郵便局の電信なんとかで家からお金を送ってもらう方法がある」という助言をいただいた。
「私用電話は本当はダメなんだけど」などと言いながらも、北海道の自宅まで交番の電話を使わせてくれた。
しかし、家は留守だった。母親はパートに行っていたので夕方まで帰らないのだ。仕事先の電話番号もわからない。
私が困り果てていると、対応してくれていたおまわりさんが、
「じゃあ・・・これ貸してあげるから」
と言って自分の財布から千円札を出してくれた。
これはうれしかった。泣きそうになった。
で、感謝とショックで半ば呆然になりながら、借りた千円からお金を出して、また市バスに乗ってその日自分がたどった道をもういちどさかのぼりながら、財布を捜してみたが、みつかるはずもなく、宿に帰ってしばらくは放心状態になっていた。
しかし、ふと、もしかしてバスの中に落としてはいないかと思い、ダメモトで、京都の市バスに電話してみると、何と
「壬生の掃車場に届いてますよ!」
とのうれしい知らせが!!!
車庫に入って車内の掃除をしていた運転手さんが見つけてくれたとのこと。
もうすっかり夜になっていたが、それから速攻で、また市バスに乗って壬生まで行き、無事に財布が帰ってきた。
で、その足でまた四条河原町の交番に行って、千円かしてくれたおまわりさんに返しに行ったら、おまわりさんも喜んでくれた。
京都のおまわりさんと市バスの運転手さんには本当に助けられた。
このことで、修学旅行以来これが2度目だった京都の街にたいして、さらにに良いイメージを強く持った。
しかし、財布が戻って来たことで、すべての運を使い果たしてしまったようで、この年の受験には失敗して、不合格だった・・・(涙)。
交通取り締まりに不満
警察に対して反感を抱くのはどういう時か。交通取り締まりである。あれほど不公平な取り締まりはない。しかし、これほどまでに車の量が膨大になり、しかも法律で定める内容が現実に即していない状況では、公平な取り締まりをすれば、ほとんどすべての車を捕まえなければならない。
だから、見せしめ的に、もしくは抑止効果を狙って、あくまで取り締まりやすい場所で、取り締まる側の都合にあわせてやってるんだろう。
そんな場面を二日連続で目撃した。
ある国道を走っていると、たまたまパトカーがあらわれ、しばらく私はそのパトカーの後ろを走っていた。信号が赤になると、パトカーは先頭で停止、私もそのすぐ後ろで停止した。
信号は赤だが、右折可のやじるしが出ていて、右折レーンの車が右折していった。しばらくしてやじるしが消えた。しかし、やじるしが消えて信号が赤になったにもかかわらず、その後も2〜3台の車が悠々と右折していった。パトカーはマイクで警告さえしなかった。
私はおもわず前のパトカーに軽く「ピッ」とクラクションを鳴らしてしまった。まあ怒られない程度に。「捕まえないのか!?」そう言う意味を込めて。しかし無視された。
翌日、その近くの交差点で、今度は私が右折しようとして、右折専用レーンに入ったらすぐに右折可のやじるしが消えた。ふと見ると直進車線にパトカーがいた。信号が完全に赤になってから、またしても信号無視して2台の車がパトカーのすぐ横を通り抜けていった。
オイオイ!俺は昔、黄色い線をちょっとまたいだだけで捕まった事があるのに、信号無視を放っておくとはどういう事だ。俺が黄色い線をまたいだのは、ガラガラで他に車も走っていないような道での話だ。どう考えても信号無視のほうが危ないだろう。
たぶん、この交差点の先をしばらく行ったら警察署があるから、もう帰りたかったんだと思う。夜8時前くらいだったし。
という事で、その時取り締まりをせずに放置したパトカーを激写!

↓一方、こちらはオマケ。翌日見かけたパトカー。上の文章とは何の関係もありません。
だから、見せしめ的に、もしくは抑止効果を狙って、あくまで取り締まりやすい場所で、取り締まる側の都合にあわせてやってるんだろう。
そんな場面を二日連続で目撃した。
ある国道を走っていると、たまたまパトカーがあらわれ、しばらく私はそのパトカーの後ろを走っていた。信号が赤になると、パトカーは先頭で停止、私もそのすぐ後ろで停止した。
信号は赤だが、右折可のやじるしが出ていて、右折レーンの車が右折していった。しばらくしてやじるしが消えた。しかし、やじるしが消えて信号が赤になったにもかかわらず、その後も2〜3台の車が悠々と右折していった。パトカーはマイクで警告さえしなかった。
私はおもわず前のパトカーに軽く「ピッ」とクラクションを鳴らしてしまった。まあ怒られない程度に。「捕まえないのか!?」そう言う意味を込めて。しかし無視された。
翌日、その近くの交差点で、今度は私が右折しようとして、右折専用レーンに入ったらすぐに右折可のやじるしが消えた。ふと見ると直進車線にパトカーがいた。信号が完全に赤になってから、またしても信号無視して2台の車がパトカーのすぐ横を通り抜けていった。
オイオイ!俺は昔、黄色い線をちょっとまたいだだけで捕まった事があるのに、信号無視を放っておくとはどういう事だ。俺が黄色い線をまたいだのは、ガラガラで他に車も走っていないような道での話だ。どう考えても信号無視のほうが危ないだろう。
たぶん、この交差点の先をしばらく行ったら警察署があるから、もう帰りたかったんだと思う。夜8時前くらいだったし。
という事で、その時取り締まりをせずに放置したパトカーを激写!

↓一方、こちらはオマケ。翌日見かけたパトカー。上の文章とは何の関係もありません。

人類の文明は滅びる?
遠からぬ未来に人類文明は滅びる
松井孝典という地球物理学者の書いた文明論的な本を読んだ。


多くの科学者、環境学者、文明論者たちの予想によると、人類の文明は最も悲観的な予測であと数十年、楽観的なものでも2−3百年だそうな。
だいたい100年前後のうちに地球環境から何らかの大きなしっぺ返しを受けて、人類の文明圏・生活圏に壊滅的な打撃を被る、場合によってはほとんど滅亡するというのが多く一致した見解らしい。
さらに、このこととあわせて、以下の本でアメリカについて色々皮肉っているのだが

アメリカの悪口などは別にして、この本の宣伝のサイトを見て思ったのだが、もし世界中の国がアメリカになったら、世界の石油はあと7年しかもたないそうだ。ここをクリックすると出ている。今のペースでも44年と試算されているらしい。
これは、ようするに世界中の国が今のアメリカやそして日本その他の先進国並に工業化がすすんだ場合、エネルギーを石油に依存し続けているかぎり、先は長くないというふうに考える事もできるだろう。もし中国やインドなど莫大な人口をかかえる国が先進国並みに成長したとすれば、それらの国々でエネルギーは間違いなく不足するし、排出CO2の量など京都議定書が吹っ飛ぶくらいのものになるだろう。そして資源をめぐって壮絶な奪い合いがおこるかもしれない。その一つ、中国が狙いをつけている日本の領海内に埋蔵されている海底資源だろう。中国のエネルギー問題は深刻になりつつある。
松井氏の説にしたがって考えると、このままでは、資源の奪い合いによる戦争や資源そのものの枯渇、さらには地球温暖化など環境の激変によって文明の破滅を招くのは遠くない未来の話ということになる。では、一体どうすれば良いのか。松井氏の主張だと、世界中がもっと人口を減らして日本も江戸時代並の生活にもどらなければならないという事なのだが、それが果たして可能かどうか。悩みどころですな。
松井孝典という地球物理学者の書いた文明論的な本を読んだ。


多くの科学者、環境学者、文明論者たちの予想によると、人類の文明は最も悲観的な予測であと数十年、楽観的なものでも2−3百年だそうな。
だいたい100年前後のうちに地球環境から何らかの大きなしっぺ返しを受けて、人類の文明圏・生活圏に壊滅的な打撃を被る、場合によってはほとんど滅亡するというのが多く一致した見解らしい。
さらに、このこととあわせて、以下の本でアメリカについて色々皮肉っているのだが

アメリカの悪口などは別にして、この本の宣伝のサイトを見て思ったのだが、もし世界中の国がアメリカになったら、世界の石油はあと7年しかもたないそうだ。ここをクリックすると出ている。今のペースでも44年と試算されているらしい。
これは、ようするに世界中の国が今のアメリカやそして日本その他の先進国並に工業化がすすんだ場合、エネルギーを石油に依存し続けているかぎり、先は長くないというふうに考える事もできるだろう。もし中国やインドなど莫大な人口をかかえる国が先進国並みに成長したとすれば、それらの国々でエネルギーは間違いなく不足するし、排出CO2の量など京都議定書が吹っ飛ぶくらいのものになるだろう。そして資源をめぐって壮絶な奪い合いがおこるかもしれない。その一つ、中国が狙いをつけている日本の領海内に埋蔵されている海底資源だろう。中国のエネルギー問題は深刻になりつつある。
松井氏の説にしたがって考えると、このままでは、資源の奪い合いによる戦争や資源そのものの枯渇、さらには地球温暖化など環境の激変によって文明の破滅を招くのは遠くない未来の話ということになる。では、一体どうすれば良いのか。松井氏の主張だと、世界中がもっと人口を減らして日本も江戸時代並の生活にもどらなければならないという事なのだが、それが果たして可能かどうか。悩みどころですな。
成長!
今日、はじめて「きみたけ」が言葉をしゃべってくれた。
きみたけとは、ブログペットの事。
http://kirksenchou.blog8.fc2.com/blog-entry-45.html
5月15日以来、育てている。
このページの画面を下にスクロールしてゆくと、一番下にいる、バーチャルなペットのパンダである。
更新のたびに言葉をおぼえて、クリックすると喋るはずだったのが、何故かずっと「むにゃむにゃ」しか言わなかった。しかしさきほどになって、ようやく言葉を覚えてしゃべってくれた。まだカタコトの単語を断片的に言うだけだが。
これからもっと成長して、流ちょうにしゃべるようになるんだろうか。
きみたけとは、ブログペットの事。
http://kirksenchou.blog8.fc2.com/blog-entry-45.html
5月15日以来、育てている。
このページの画面を下にスクロールしてゆくと、一番下にいる、バーチャルなペットのパンダである。
更新のたびに言葉をおぼえて、クリックすると喋るはずだったのが、何故かずっと「むにゃむにゃ」しか言わなかった。しかしさきほどになって、ようやく言葉を覚えてしゃべってくれた。まだカタコトの単語を断片的に言うだけだが。
これからもっと成長して、流ちょうにしゃべるようになるんだろうか。
ブルックナー 交響曲第8番ハ短調
私は中学からブラスバンドでトロンボーンを吹いており、クラッシックが好きだったから大学ではオケに入った。中でもブルックナーが大好きだったので、できればオケでブルックナーを演奏したいと思っていた。それで実際、交響曲第4番を演奏することができて、もう何も思い残すことはないのだが、演奏会のプログラムにブルックナーを取り上げるよう工作活動を色々と行っていて、どうにも弦楽器の人たちからの評判がよろしくなかった。金管楽器は出番が多く、演奏しがいのある曲なのはたしかだが、私はそれだけでブルックナーが好きなわけではない。
弦楽器の友人に言わせると、「ブルックナーなんてあんなトレモロばっかりさせられる曲はいやだね」「同じリズムばかりくりかえして、しつこくて鈍重だ」「なんかダサイ」「つまらん」「やたら演奏時間が長い」など、もう最悪の評判だった。まあ、なかには結構好きだと言ってくれる弦楽器奏者もいたが、それでも「あまり演奏したいとは思わない」との事であった。こうして私の親しい弦楽器の人間にはさんざん不評だったブルックナーだが、すべての弦楽器奏者がブルックナーの音楽を嫌いなはずはない。ベルリンフィルの第一コンサートマスター安永徹氏は、ブルックナーの音楽のすばらしさについて以下のように語っている。
ブルックナーの8番と言えば、彼の9曲の交響曲の中でも最も重厚長大で、巨大な音楽である。7番の成功に続いてこの8番も大成功をおさめブルックナーの評価を決定づけたわけで、もっとも脂ののった時期に作られた彼の代表作と言っても良いだろう。私個人としては未完成な9番が一番好きだが、もちろんこの8番も大好きな曲だ。
安永氏が上で語っているジュリーニは、見た目がちょっとやさしいクリント・イーストウッドみたいな感じのイタリア人指揮者で、ウィーンフィルとの録音が手元にある。8番については私のお気に入りの1枚でもある。またカラヤンの演奏については、私はベルリンフィルとのものよりも、晩年のウィーンフィルとの録音のほうが気に入っている。



弦楽器の友人に言わせると、「ブルックナーなんてあんなトレモロばっかりさせられる曲はいやだね」「同じリズムばかりくりかえして、しつこくて鈍重だ」「なんかダサイ」「つまらん」「やたら演奏時間が長い」など、もう最悪の評判だった。まあ、なかには結構好きだと言ってくれる弦楽器奏者もいたが、それでも「あまり演奏したいとは思わない」との事であった。こうして私の親しい弦楽器の人間にはさんざん不評だったブルックナーだが、すべての弦楽器奏者がブルックナーの音楽を嫌いなはずはない。ベルリンフィルの第一コンサートマスター安永徹氏は、ブルックナーの音楽のすばらしさについて以下のように語っている。
(前略)カラヤン指揮、ベルリンフィルで、ブルックナーの「第八番」を聞いたときには心から感激した。最前列で聴いていたのだが、途中から、身体をのり出し、手はひざをつかみ、涙があふれてきて、天井がゆれ出したのだった。自分自身演奏家を志していたから、音楽にはいつも接していたが、自分自身がこれほど感激してしまう、ということが信じられなかった。(中略)演奏を聴きながら頭の中に現れてくる情景は、この世のものとは思えなかった。いつの間にか、神に感謝するような気持ちにさえなっていた。 自分が演奏をしながら同じ様な感動を覚えたのも、やはり「八番」だった。カルロ・マリア・ジュリーニの指揮で、コンサートマスターとして弾いた時である。(中略) 弾きながら自ら感激してしまうと、引くときの動きに余分なものがなくなり、耳と身体(腕や指)に全感覚が集中する。そして知らないうちに、「こう演奏すべきだ」という啓示をうけ、そこに迷いもなく導かれてゆく。(中略) 聴ていても演奏していても感激させるものがブルックナーの中にはある。彼は人の進むべき道を音楽を通して示してくれる哲学者のようにも思える。 |
ブルックナーの8番と言えば、彼の9曲の交響曲の中でも最も重厚長大で、巨大な音楽である。7番の成功に続いてこの8番も大成功をおさめブルックナーの評価を決定づけたわけで、もっとも脂ののった時期に作られた彼の代表作と言っても良いだろう。私個人としては未完成な9番が一番好きだが、もちろんこの8番も大好きな曲だ。
安永氏が上で語っているジュリーニは、見た目がちょっとやさしいクリント・イーストウッドみたいな感じのイタリア人指揮者で、ウィーンフィルとの録音が手元にある。8番については私のお気に入りの1枚でもある。またカラヤンの演奏については、私はベルリンフィルとのものよりも、晩年のウィーンフィルとの録音のほうが気に入っている。



私の苦手
私の苦手なもの、シリーズ。
みのもんた
顔が脂っこいとか暑苦しいという点は特に気にならない。
あの、「ファイナルアンサー」みたいに、妙に間をとってじらすところが苦手である。イライラしてすぐにチャンネルを変えてしまう。
私はせっかちなので、じらされたり、もったいつけられたりするのが一番嫌いである。
だったらいらんわい!となってしまう。
みのもんた
顔が脂っこいとか暑苦しいという点は特に気にならない。
あの、「ファイナルアンサー」みたいに、妙に間をとってじらすところが苦手である。イライラしてすぐにチャンネルを変えてしまう。
私はせっかちなので、じらされたり、もったいつけられたりするのが一番嫌いである。
だったらいらんわい!となってしまう。
整形
お隣、韓国では、大統領までが整形している。パッチリお目目の二重まぶたに整形した。この手術は病気の治療だと言ってやっていたが、しかしこの大統領、何年か前にシワを取る整形もしているから、本当に治療目的かどうか、あやしいと思っている。
それにしても、大統領が整形までして、国民から反感や不信を買わないのかと思っていたら、韓国では整形はごくありふれた事らしい。
昨日のテレビを見ていたら、韓国人の女子学生の50%以上が何らかの整形をすでにしているとの事。
いやー、噂では聞いていたが、本当だったのでびっくりした。
不細工な顔をさらしたままなのが恥か、整形して顔を都合良く修正することが恥か、どうなんだろうか。まあ恐ろしく不細工ならしかたない思うから、これは程度にもよると思うが、たいして不細工でもないのに整形するというのは、やっぱり問題だろう。
とは言っても、現代の価値観がそうさせているところもあり、かならずしも本人だけの問題ではないというのがややこしい。
それにしても、大統領が整形までして、国民から反感や不信を買わないのかと思っていたら、韓国では整形はごくありふれた事らしい。
昨日のテレビを見ていたら、韓国人の女子学生の50%以上が何らかの整形をすでにしているとの事。
いやー、噂では聞いていたが、本当だったのでびっくりした。
不細工な顔をさらしたままなのが恥か、整形して顔を都合良く修正することが恥か、どうなんだろうか。まあ恐ろしく不細工ならしかたない思うから、これは程度にもよると思うが、たいして不細工でもないのに整形するというのは、やっぱり問題だろう。
とは言っても、現代の価値観がそうさせているところもあり、かならずしも本人だけの問題ではないというのがややこしい。
ド○キホーテ
私は「ド○キホーテ」が嫌いである。
あの、風車にむかって行く人のお話ではなく、ディスカウントストアのほうである。
数年前、伊丹にできた時に、これがうわさの「ド○キホーテ」かー、という事で入ってみたら、頭が痛くなって吐き気がした。何故かわからないが。
とにかく、店内がごちゃごちゃしていて、商品もものすごく高く積まれていて、配置も無秩序で通路は迷路のようだった。
入った瞬間に、「今、地震がおきたり火事になれば、間違いなく俺は死ぬなー」そう感じた。
まあ、ここまで考えてしまうのは、ちょっと病的で、私は観覧車ですら恐怖で凍り付くほどのチキン野郎だし、昔から飛行機に乗ると緊急時のビデオを真剣に見てしまったり、電車に乗るときも先頭車両を避けたりするタイプだから、私自身の問題かもしれない。
それで、昨日ひさしぶりに、別の店舗ではあるが「ド○キホーテ」に行ってみた。通りがかりにたまたまあったので、ちょうど買いたい物があったから寄ってみた。本当は電気店かコーナンに行きたかったのだが。コーナンは好きだ。
そして駐車場に車を入れようとしたら、駐車場に入ってくる車の通り道と出てゆく車の通り道が交差しているから、これh危険だと感じた。そして店内に入ってみると、あいかわらず商品がぐちゃぐちゃと無秩序に陳列されていて探すのに苦労した。店員の質もとても低い。何より客の質が低かった。どうみてもヤンキーのような客ばかりであった。居心地の悪い事、この上なしである。結局目当てのものはなかったし。
おまけに、テナントで入っている定食屋が「宮本むなし」・・・って、何だこの名前。むなしいのはこっちだよ。
あの、風車にむかって行く人のお話ではなく、ディスカウントストアのほうである。
数年前、伊丹にできた時に、これがうわさの「ド○キホーテ」かー、という事で入ってみたら、頭が痛くなって吐き気がした。何故かわからないが。
とにかく、店内がごちゃごちゃしていて、商品もものすごく高く積まれていて、配置も無秩序で通路は迷路のようだった。
入った瞬間に、「今、地震がおきたり火事になれば、間違いなく俺は死ぬなー」そう感じた。
まあ、ここまで考えてしまうのは、ちょっと病的で、私は観覧車ですら恐怖で凍り付くほどのチキン野郎だし、昔から飛行機に乗ると緊急時のビデオを真剣に見てしまったり、電車に乗るときも先頭車両を避けたりするタイプだから、私自身の問題かもしれない。
それで、昨日ひさしぶりに、別の店舗ではあるが「ド○キホーテ」に行ってみた。通りがかりにたまたまあったので、ちょうど買いたい物があったから寄ってみた。本当は電気店かコーナンに行きたかったのだが。コーナンは好きだ。
そして駐車場に車を入れようとしたら、駐車場に入ってくる車の通り道と出てゆく車の通り道が交差しているから、これh危険だと感じた。そして店内に入ってみると、あいかわらず商品がぐちゃぐちゃと無秩序に陳列されていて探すのに苦労した。店員の質もとても低い。何より客の質が低かった。どうみてもヤンキーのような客ばかりであった。居心地の悪い事、この上なしである。結局目当てのものはなかったし。
おまけに、テナントで入っている定食屋が「宮本むなし」・・・って、何だこの名前。むなしいのはこっちだよ。
ブログ・ペット
ブログ・ペットというのを飼っている。
ページの一番下に飼っている。
ブログを更新していくと、言葉を覚えて、しゃべるらしい。
動物をクリックすると、言葉をしゃべる。実際YUKAのページでも飼っていて、そちらはクリックすると言葉をしゃべる。
しかし、私の2匹のペットのほうは、いつまでたっても「むにゃむにゃ」しかしゃべらない。
何故だ!?
ページの一番下に飼っている。
ブログを更新していくと、言葉を覚えて、しゃべるらしい。
動物をクリックすると、言葉をしゃべる。実際YUKAのページでも飼っていて、そちらはクリックすると言葉をしゃべる。
しかし、私の2匹のペットのほうは、いつまでたっても「むにゃむにゃ」しかしゃべらない。
何故だ!?
サメの脳味噌
今日もまた「魚の雑学事典」を元ネタに、魚の知能について。私も以前から魚の行動というのはどこまでが本能で、どこからが学習によるものなのか不思議に思っていた。そもそもあんなシンプルな脳で物事を学習して結果を予想するような行動がどうやってとれるものなのだろうかと不思議に思っていた。こうした複雑な行動は、人間などの高等動物では大脳新皮質という領域が司っている。
この大脳新皮質という領域によって、人間は概念化された目標を達成しようとする行動をとることができる。論理的な判断や順序立てて目標に向かう作業、たとえば食べ物を料理するなんてのもそうだし、子育てなどもその一種と言われる。
大脳新皮質は、もともとは、予測のための補助器官にすぎなかった。たとえば、目の前にある餌を今すぐに食べてしまうよりも、どこかに隠して確保しておき、後で食べた方が有利であるとか。そうした予測を適切に行えば個体の生存に有利となるから、進化の過程で巨大な大脳新皮質を持つ種が誕生し、人間に至るというわけ。
ところで魚にはこの大脳新皮質がない。は虫類や鳥類は小さいながらもあるが、魚類には全く無い。ということは、魚の行動のほとんどが本能的なもので、生まれがらにあらかじめプログラムされた動作という事になる。
ところが、実際に魚を観察してみると、年をとった魚は用心深くなるし、補食技術も上達するので、ある程度魚も経験によって学習しているのは確からしい。卵を守ったり子育てに近い事をする魚もいる。実際の魚の脳のどのあたりがそういう事をしているかはよくわかっていないみたいだが。
たとえばイシダイは水族館でバレーボールなどの芸までするそうだから。まるでほ乳類であるイルカのようだ。イシダイは魚体がマダイとほぼ同じ大きさだが、マダイに比べて脳がかなり大きく、視覚と運動感覚を司る領域が発達しているとのこと。

あと、森元首相は自分の事を「サメの脳味噌」などと言っていて、これは要するに知能が低いという意味で自嘲的に使ったつもりなのだろうが、サメは魚の中でも脳が非常に大きく、知能も高いことが知られているから、自画自賛ともとれる。自分の事を「サメの脳味噌」と言った森首相に対して、某新聞では「サメはそれほどバカではありません」と(あくまで科学的な見地から?)わざわざ注釈が付けられていたそうだ。
・・・何だか話がわけわからなくなってきたが、海の生き物ではほ乳類を除くとタコが群を抜いて賢いらしい。そう言えば、ひねって開けるタイプの瓶のフタをタコが器用にこじ開けて、中に閉じこめておいたカニを食べる様子を以前にテレビで見たことがある。
この大脳新皮質という領域によって、人間は概念化された目標を達成しようとする行動をとることができる。論理的な判断や順序立てて目標に向かう作業、たとえば食べ物を料理するなんてのもそうだし、子育てなどもその一種と言われる。
大脳新皮質は、もともとは、予測のための補助器官にすぎなかった。たとえば、目の前にある餌を今すぐに食べてしまうよりも、どこかに隠して確保しておき、後で食べた方が有利であるとか。そうした予測を適切に行えば個体の生存に有利となるから、進化の過程で巨大な大脳新皮質を持つ種が誕生し、人間に至るというわけ。
ところで魚にはこの大脳新皮質がない。は虫類や鳥類は小さいながらもあるが、魚類には全く無い。ということは、魚の行動のほとんどが本能的なもので、生まれがらにあらかじめプログラムされた動作という事になる。
ところが、実際に魚を観察してみると、年をとった魚は用心深くなるし、補食技術も上達するので、ある程度魚も経験によって学習しているのは確からしい。卵を守ったり子育てに近い事をする魚もいる。実際の魚の脳のどのあたりがそういう事をしているかはよくわかっていないみたいだが。
たとえばイシダイは水族館でバレーボールなどの芸までするそうだから。まるでほ乳類であるイルカのようだ。イシダイは魚体がマダイとほぼ同じ大きさだが、マダイに比べて脳がかなり大きく、視覚と運動感覚を司る領域が発達しているとのこと。

あと、森元首相は自分の事を「サメの脳味噌」などと言っていて、これは要するに知能が低いという意味で自嘲的に使ったつもりなのだろうが、サメは魚の中でも脳が非常に大きく、知能も高いことが知られているから、自画自賛ともとれる。自分の事を「サメの脳味噌」と言った森首相に対して、某新聞では「サメはそれほどバカではありません」と(あくまで科学的な見地から?)わざわざ注釈が付けられていたそうだ。
・・・何だか話がわけわからなくなってきたが、海の生き物ではほ乳類を除くとタコが群を抜いて賢いらしい。そう言えば、ひねって開けるタイプの瓶のフタをタコが器用にこじ開けて、中に閉じこめておいたカニを食べる様子を以前にテレビで見たことがある。
魚にとっての味とニオイ
先日、皆で釣りをしている時だったか、正確には忘れたが、魚の味覚と嗅覚の話になった。人間が感じる「ニオイ」というのは、空気中の物質が鼻粘膜でついて、脳に伝えられる。味は、食べ物が口を通過する時に、唾液などの液体にとけた物質が舌にある味蕾を刺激して、そこから脳に伝えられる。
しかし、魚にとっては味もニオイも区別する必要がないように感じた。というのは、水中では味もニオイも、どっちも水に溶けている物質を感知するわけだから、あまり区別されないのではないか、味覚も嗅覚もごっちゃなのではと思っていた。
しかし、魚にとっては味もニオイも区別する必要がないように感じた。というのは、水中では味もニオイも、どっちも水に溶けている物質を感知するわけだから、あまり区別されないのではないか、味覚も嗅覚もごっちゃなのではと思っていた。
人気者、房総に死す。報道の暴走!
東京湾にやってきた人気者のクジラが定置網にかかって死んだ話について昨日ここで書いた。
湾内を彷徨った末に運悪く網にかかってしまったのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。どうも、マスコミのヘリがクジラを追いかけ回したために、クジラが逃げ回って、その末に網にかかって死んでしまった・・・という事のようだ。
湾内を彷徨った末に運悪く網にかかってしまったのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。どうも、マスコミのヘリがクジラを追いかけ回したために、クジラが逃げ回って、その末に網にかかって死んでしまった・・・という事のようだ。
三島由紀夫「春の雪」映画化、秋頃公開予定
「春の雪」映画化の続報について。この件についてはここで一度書きましたが、その後この記事を見かけたので。
主演が妻夫木聡と竹内結子で、監督が行定勲という豪華(?よくわからない)スタッフで映画化される事が決まり現在撮影中のこの作品。竹内結子と言えばできちゃった結婚するみたいだが、撮影には影響がないんだろうか。 それはともかく、三島由紀夫をホモだとか単なる右翼だとか誤解されている方は是非見て頂きたいです。もちろん作品の中にはかならずしもオススメでないものもありますが、この作品については迷わずオススメできます。ぜひ小説も読んでいただきたいです。メロドラマです。大正ロマンです。上手く映像化すれば絵的にも見物です。ラストは(たぶん)泣きます。 東映のサイトによると、この作品は
しかし、いずれも大正時代を正確に映像化するのは不可能として断念している。 三島由紀夫は、海外で一番有名な日本人作家です。多くの国・言語で数多くの作品が翻訳されています。生きていれば間違いなくノーベル文学賞を受賞していたはずです。何たって大江健三郎くらいでも受賞できたんですからね。ご存じの通り、ノーベル賞というのは生きている人だけが対象です。 生前も受賞を期待されていました。ところが下馬評とは違って川端康成が先に受賞したもんだからがっかりしてしまった。「政治家の地位は石原慎太郎に、ノーベル賞は川端康成に」持って行かれて、欲しかったものどちらも得られずに、密かにかなり落ち込んだという話で、それが自決の遠因であると指摘する人もいるくらいですから。 あらすじ(東映のサイトから転載)
車検
日〜月と車を車検に出していた。
クーラント、エンジンオイル、ATオイル、フロント・ブレーキパッドなどを交換した。 一番交換して良かったと思えたのは、点火プラグかな。エンジンの回転が非常にスムーズになった。 そのせいか、シフトショックまで軽くなった。たぶんATオイルを交換した事よりも、点火プラグの交換でエンジンの調子が良くなったことのためだと思う。というのは、以前にATオイルを交換した時に、これといって何も違いを感じなかったから。 どうにもエンジンの吹け上がりが以前より悪くなっていて、気になったからガソリンに添加剤を入れてみたりしたが、たいして変わりなかった。 今回点火プラグを交換して、みちがえた。よく考えたら、いままで10万キロ走って、一度も交換していなかった(たぶん)。 ということで、車検に出して車も調子よくなった気がするから、あと1−2年くらい、頑張って乗ることにしよう。 ![]() 上の写真は昔父が乗っていて、その後弟へ渡った、旧(C33型)ローレル。ちなみに、ディーゼルエンジンでマニュアルという稀少車。FRだから雪道がものすごい走りにくく、その上マニュアルなものだから、弟はかなり苦労していた。 100円寿司
回転寿司についてこんな記事を見かけた。
朝日新聞の記事
返品
職場の売店では、返品は3日以内ならば受けつけてくれるという事らしい。レジの前に注意書きがあり、レシートがあれば、返品可能という事らしい。
では、サンドイッチを買って、3日後に返品してみようかな・・・。 ご冗談を・・・
今朝、出勤のために国道を車で走っていると、1台、ものすごく軽快に、というか、あおりまくりの追い越ししまくりで爆走しているトラックがいた。
たまたま信号で停まった時に、そのトラックの後ろについた。 ふと後部のバンパーの上あたりを見ると、何やらステッカーが貼ってあった。 「エコドライブ実施中」 ・・・・・ ウソつけ!と思い切りツッコんでおいた事は言うまでもない。 水の都 大阪
連休中、初日に釣り堀に行った以外はこれといって出かけていなかったので、昨日はYUKAの希望によってどこかへ出かけるという事になった。家族サービスという言葉はどうにも好きになれないし、同居の家族といえば妻のYUKAだけだから、「家族サービス」などと言ってもピンとこないが、しかし、私は本来自分が興味のある事しかしたくないタイプだし、興味のある場所へしか出かけていきたいと思わないタイプなので、彼女主導の外出は、私にとってサービス的な要素がないわけではない。
それで、どこへ行くか色々議論したが、ともかく、人の多いところには行きたくないと、私はこれだけ強く主張した。では、大阪市内なら、連休中は逆に空いているのではないかと思い、大阪城近くから出ている水上バスにのって大阪見物をしようという事になった。たっぷり1時間、クルージングできる。 ![]() 家を出るのがちょっと出遅れてしまったために11時の船に乗ることになってしまった。1時間に1本である。10時の船はガラガラに空いていたから、もっと早くでていればのんびりできたのだが・・・。 11時の船はほぼ満員に近かった。この船の最大の欠点は、座席がテーブルを挟んで向かい合う格好になっているので、混んでいる時は、見知らぬ人と面と向かって座らされるという事。 この水上バス、7−8年前だったか、母が来たときに一度乗ったことがあるのを忘れていた。あの時も、私と母は並んで座らされ、小さなテーブルをはさんで見知らぬ人たちが目の前に面と向かって座る格好になって、不快な思いをした。 今回もまさに同じであった。知らない人と面と向かわされる苦痛というのは、もう私にとってものすごい大きい。おまけに、座った席が、進行方向と反対側を向いた席だった。ずっと首を片方にむけて窓の外を眺めて、しかも景色が反対方向に流れていく。 ・・・完全に酔ってしまった。1時間が地獄のように長く感じた。 なぜ、座席を全部進行方向へ向けないのか?あんなちゃちなテーブルは不用だろう。テーブルをはずして、普通の遊覧船のように、全部の座席を進行方向へむけるように配置すべきである。 私は気分が悪くてぐったりなってしまったので、写真はすべてYUKAが撮った。 ![]() 懐石ディナー
堺のリーガロイヤル25階にある日本料理「なにわ」で夕食に懐石をごちそうになりました。
![]() 自分で金を出していないので、余計に美味しかったです。 まあ、一番安い5000円のコースだったのですが。 料理長おすすめの旬彩懐石料理(くぐり) <先付> 海素麺 蒸し雲丹 <前菜> 水雲 川海老 鯉人参 手毬寿司 粽麸 八幡巻き <吸物> 清水仕立 皐月豆腐 独活 旬菜 <造 り> 鯛 鮪 あしらい一式 山葵 土佐醤油 <煮物> 冬瓜 茄子 旬の子 おくら 海老餡掛け <揚物> 海老天ぷら 鱧天ぷら 野菜 抹茶塩 <食事> チリメンご飯 香の物 味噌汁 <果物> アイスクリーム 吸い物がとても美味しかったです。鯛のおつくりも、自分で釣って調理したものより数段美味かったですね。包丁さばきの差?それとも素材の差? 下の写真は8000円のコースの写真です。 ![]() 配線
YUKAの両親の家に行ったら、テレビを映るようにしてくれと言われた。
一年間も小さなテレビで我慢していて、大きなテレビに配線できずに放っておいたらしい。電気屋に来てもらわないと・・・などと言っていたから、「そんな事で電気屋にたのまたくても・・・」と言ったら、やってくれと言われたので、やってみた。 それで、ただアンテナ線をケーブルテレビのチューナーにつないで、あとはテレビとビデオデッキもそれぞれつないで、どれも使えるようにした。 たったこれだけの事をしただけで、えらくヒーロー扱いされてしまった。YUKAの姉夫婦もできなかったみたいだ。 私の家の場合は、ケーブルテレビとビデオデッキの他に、HD-DVDと、スカパー(今は休止中)もあるので、それに比べたら簡単だった。 たったこれだけのご褒美かどうかわからないが、夜は堺のリーガロイヤルホテルの26階にある和食の店で懐石料理をご馳走になった。実に美味かった。 ↓料理店の窓からの眺め。 ![]() 冠水
昨日は朝から我が家の上空をヘリコプターが飛んだりして、なにやら騒がしかった。
どうやらこういう事だったらしい。 水道管が破裂、冠水で路面電車ストップ 大阪 3日午前6時45分ごろ、大阪市阿倍野区の府道交差点付近で水道管が破裂して水が噴出し、約1500戸が断水。付近の道路が冠水して現場を通る路面電車が一時運転を取りやめるなどの影響が出た。 大阪市水道局は午前9時半ごろ、水道管のバルブを閉めて漏水を止め、給水車2台を出すとともに原因調査と復旧工事を始めた。同水道局によると、破裂した水道管は直径457ミリの鋳鉄管で1931年以前に埋設されたという。 現場はJR大阪環状線天王寺駅から南へ約500メートルの商業地域。 夜に近くを通った時も、まだ周辺道路を通行止めしていた。 ![]() 竿が折れてた・・・
先日の水宝での釣りで、ウキ釣り以外にズボでもやっていたのだが、その時、シーパラの3.9mを使っていた。
帰って、竿を洗っていて気づいたが、何と、穂先がズタズタになっていた。 知らぬ間に、穂先に仕掛けを巻き込んでいたのかもしれない。 それもこれも、皆、水宝のタモの柄が短いせいである! ・・・え?私が下手くそだって?おっしゃる通り(涙)。 穂先だけ買いに行かねば・・・。たしか2,3千円くらいしたハズ。 ![]() 潮干狩り潮干狩り関係の本を発見。購入してしまった。潮干狩りのやりかた、潮干狩りの歴史、貝の知識、貝の調理法、全国の潮干狩り場など非常にくわしくのっている。ただし、天然のアサリが捕れる場所などはのっていない。しかし、巻末に掲載された「2005〜2006年全国潮干狩り指数」などは、いつ潮干狩りにでかければ良いかを判断するのにとても参考になる。 著者の経歴が面白い。 原田 知篤 1949年10月山口県生まれ。1969年フランス給費留学生としてパリ国立音楽院入学。1972年パリ・エコール・ノルマル卒業。1974年ニューヨーク日系人国際コンクール入賞。1974年より現在まで東京芸術大学オーケストラ講師。1981年より横浜ノネットのメンバーとしても活躍中。日本オーボエ協会常務理事。日仏音楽協会会員。日本クラシック音楽コンクール審査員。本業はオーボエ奏者であるが、潮干狩り熱が高じて1997年に潮干狩りのホームページ「史上最強の潮干狩り超人」をオープン。
カーク船長へメッセージを送る
記事分類
コメント
最新記事リンク
自己紹介SEARCH |













