過去を暴く!〜昭和60年(1985年)1月の私
自分の過去の日記を読むのは面白いものだ。妙なことを書いている。今と同じである(爆)。
そのうち、どうにか人に見られても大丈夫そうな部分をアップしてゆこうと思う。政治的には今とは正反対の考え方だったり、明らかに間違ったりしていることも結構あって、ちょっとみっともないのも多いが・・・。
まあでも、誰も真剣には読まないだろうから、あまりに不敬と思われることが書いてあるところだけは塗り潰したが、あとは少々恥ずかしくてもそのまま載せることにしよう。
1985年1月1日、2日

正月から、かなりヤバイことが書いてある。しかし新聞やテレビのニュースなどをまじめに見ている子供なら、大なり小なりこういう考え方に誘導されるものだったろうと思う。
私の今の猛烈なマスコミ嫌いの原因は、このように、「自分はマスコミに騙されていた」という気持が強いせいもある。
1月3日、4日

1月5日、6日

これを読むと当時を思い出す。エリマキトカゲだのコアラだラッコだと世の中が騒いでいたのが、いやでいやでしょうがなかった。
1月7日、8日

正月がどうしてめでたいのか、そういうことすらわからない、まさに歴史感覚が不在の人間であった。子供には伝統行事についてはその意義きっちり教えるべきである。でないと、私のように反抗的な人間は、むやみやたらと何事も見下してニヒリズムに落ち込んでしまう。その良い見本だろう。
1月9日、10日

ポストに勝手に入れられていた共産党のビラを熱心に読んでいたこの頃。その影響がうかがえる。知らず知らずに洗脳されているという恐ろしさ。純粋な子供ほど簡単に染まる。どれだけ回り道したことか!
1月13日、14日

1月15日、16日

当時から、善とか悪とか、ようするに真善美のような哲学的なことにも興味を持っていたが、あまりにも底の浅いレベルでしか考えられていなかったのは恥ずかしい。
1月17日、18日

なりたいものには残念ながら、あと1歩でなれなかった・・・。逆に、なりたくないもののほうばかりに近づいているというのは面白い。
なんせ今はサラリーマンだし、予備自衛官補というのになろうとしたこともあったし、どちらかと言うと右翼的な考え方である。なりたいものにはなれずに、なりたくなかったものに近づいているというのは面白い。若気の至りである。
1月19日、20日

この頃、ダーティー・ハリーのシリーズがものすごいお気に入りだった。ダーティーのスペルが間違っているのは笑える。この頃の私は、この後のほうの日記でも出てくるが、死刑制度に疑問を抱くようなことを考えていたようだが、一方でダーティー・ハリーみたいに悪と言っても問答無用で撃ち殺すのを見てスカッとしていたのだから、やはり幼稚な偽善者だったと言える。
1月21日、22日
>
グリコ森永事件というのが当時あって、「かい人21面相」というのが世の中をさわがせていた。22日のほうの日記は、若者らしいエネルギーの暴発が見て取れる(笑)。
1月23日、24日

寒さにこたえていたようだ。しかし今思い出してみると、ももひき(パッチ)もはかずに過ごしていたのだから、すごい。
24日のほうは、自殺肯定論者の友人に反論するために書いたようだが、それにしても、この頃から、世の中は腐っていて自分だけは純粋で綺麗な人間だと思いこんでいたようだ。恥ずかしい話。今でもその傾向はある!?
1月25日、26日

戦争についての子供っぽい短絡思考は、読んでいて恥ずかしくてたまらない。
1月27日、28日

当時はテレビで映画ばかり見ていたようだ。
1月29日、30日

人生の壁うんぬんの理屈が面白い。当時から屁理屈は得意だったようだ。また、ここでも自分だけがキレイで純粋で、世の中は腐っていると思っていたようだ。恥ずかし〜〜〜。
また、ここらあたりから、平和への考え方がちょっとおかしくなってきている。
1月31日

高校1年の冬には、全く勉強などしていなかったようだが、不安感だけはあったようだ。
そのうち、どうにか人に見られても大丈夫そうな部分をアップしてゆこうと思う。政治的には今とは正反対の考え方だったり、明らかに間違ったりしていることも結構あって、ちょっとみっともないのも多いが・・・。
まあでも、誰も真剣には読まないだろうから、あまりに不敬と思われることが書いてあるところだけは塗り潰したが、あとは少々恥ずかしくてもそのまま載せることにしよう。
1985年1月1日、2日

正月から、かなりヤバイことが書いてある。しかし新聞やテレビのニュースなどをまじめに見ている子供なら、大なり小なりこういう考え方に誘導されるものだったろうと思う。
私の今の猛烈なマスコミ嫌いの原因は、このように、「自分はマスコミに騙されていた」という気持が強いせいもある。
1月3日、4日

1月5日、6日

これを読むと当時を思い出す。エリマキトカゲだのコアラだラッコだと世の中が騒いでいたのが、いやでいやでしょうがなかった。
1月7日、8日

正月がどうしてめでたいのか、そういうことすらわからない、まさに歴史感覚が不在の人間であった。子供には伝統行事についてはその意義きっちり教えるべきである。でないと、私のように反抗的な人間は、むやみやたらと何事も見下してニヒリズムに落ち込んでしまう。その良い見本だろう。
1月9日、10日

ポストに勝手に入れられていた共産党のビラを熱心に読んでいたこの頃。その影響がうかがえる。知らず知らずに洗脳されているという恐ろしさ。純粋な子供ほど簡単に染まる。どれだけ回り道したことか!
1月13日、14日

1月15日、16日

当時から、善とか悪とか、ようするに真善美のような哲学的なことにも興味を持っていたが、あまりにも底の浅いレベルでしか考えられていなかったのは恥ずかしい。
1月17日、18日

なりたいものには残念ながら、あと1歩でなれなかった・・・。逆に、なりたくないもののほうばかりに近づいているというのは面白い。
なんせ今はサラリーマンだし、予備自衛官補というのになろうとしたこともあったし、どちらかと言うと右翼的な考え方である。なりたいものにはなれずに、なりたくなかったものに近づいているというのは面白い。若気の至りである。
1月19日、20日

この頃、ダーティー・ハリーのシリーズがものすごいお気に入りだった。ダーティーのスペルが間違っているのは笑える。この頃の私は、この後のほうの日記でも出てくるが、死刑制度に疑問を抱くようなことを考えていたようだが、一方でダーティー・ハリーみたいに悪と言っても問答無用で撃ち殺すのを見てスカッとしていたのだから、やはり幼稚な偽善者だったと言える。
1月21日、22日
>グリコ森永事件というのが当時あって、「かい人21面相」というのが世の中をさわがせていた。22日のほうの日記は、若者らしいエネルギーの暴発が見て取れる(笑)。
1月23日、24日

寒さにこたえていたようだ。しかし今思い出してみると、ももひき(パッチ)もはかずに過ごしていたのだから、すごい。
24日のほうは、自殺肯定論者の友人に反論するために書いたようだが、それにしても、この頃から、世の中は腐っていて自分だけは純粋で綺麗な人間だと思いこんでいたようだ。恥ずかしい話。今でもその傾向はある!?
1月25日、26日

戦争についての子供っぽい短絡思考は、読んでいて恥ずかしくてたまらない。
1月27日、28日

当時はテレビで映画ばかり見ていたようだ。
1月29日、30日

人生の壁うんぬんの理屈が面白い。当時から屁理屈は得意だったようだ。また、ここでも自分だけがキレイで純粋で、世の中は腐っていると思っていたようだ。恥ずかし〜〜〜。
また、ここらあたりから、平和への考え方がちょっとおかしくなってきている。
1月31日

高校1年の冬には、全く勉強などしていなかったようだが、不安感だけはあったようだ。
青春の思い出!?
実家に帰ったら、捨てられてしまったと思っていた私の高校時代の日記がでてきた。どうも母がこっ
そりと読んでいたのではないか?と思えてならない。
引っ越しのときに「どうして俺の日記とか大切な本とかを捨てたのか!」とちょっと攻めたら「日記はとってあるよ」と言って戸棚から日記を出してきた。
母は「とても読めたもんじゃないよ」などと言っていたが、この発言こそ読んだ証拠ではないか。正直、殺意に近いものを感じるというのは冗談だが、何か手厳しいことを言ってやろうと思ったが、母もみるみる弱ってきているので、だまって許してやった。いや、もしかして母が急激にふけたのは、自分の日記を読んだせいではないか!?と思ったり。というのも冗談。
ともかく、高校時代に自分が何を考えていたか、今現在とどれほど違っているのかよくわかって、面白かった。ただ、とてもすべてを人には見せられない。まあ見せてもどうということも無いといえば無いのかもしれないが、見せる必要もないだろう。恥ずかしい内容が多いので、恥ずかしくない部分だけ見てもらいたいと思うのが人情というものだ。
何よりYUKAはみたいだろうから、無難な部分から小出しに紹介してゆくことにしようと思う。
読んだ感想としては、20年以上もたって、私自身、変化はしているが進歩はしていないことがよくわかった。
今日は無難な内容のものだけ紹介して終わろう。今のブログに輪をかけて誤字脱字などが多い。
1985年4月から5月にかけて(高校2年の春)の日記から。この時期のには無難な内容のものが多い。
どうも当時の私は、テレビで映画などを見たり、本を読んだりしたことについてかなりたくさん書いている。あとは友人と議論した政治や社会の問題についてなどの記述が多い。
それぞれ、クリックで拡大。


ここからは、多少固い話が多くなる。

神がどうこうと書いているのは、この頃に、友人の家にキリスト教の宣教師(今から考えるとプロテスタント)が出入りして私もふくめて布教しようとしていて、何度か議論していたことがあるために、こんなことを書いたものと思われる。
残念ながら私も友人もどちらかと言うとアンチ・クライスト、というか、当時の私は科学万能主義者で宗教を完全否定し、人間はひたすら論理に従って生きるミスタースポックのようになるべきだと考えていたので、キリスト教に限らず、宗教というと、「いかにして脱宗教化させるか」という否定的な目でばかり見ていたということもあった。
しかし、大人になって、科学について多少知識が増えると、科学万能主義などばかげていることもわかり、伝統宗教にもそれなりの意味や役割や価値があることなどもわかってきて、ずいぶんと考え方もかわったが、かなりまわりみちをした。
それは北海道という歴史不在の土地柄のせいもあるだろうが、私自身の性格が一番大きく作用していたと思う。


自分は思いこみの激しい人間であることを自覚していたので、何事も信じすぎないように、ある意味価値相対主義の「ポストモダン」的な思考を、誰に教えられたわけでもないのに、この頃にしていたというのは、興味深い。
だから、爆笑問題の太田とかを見ていると、いまだに自分の高校時代のレベルの奴がテレビで偉そうなことを言ってるなあと思ってしまう。
あと、この頃は熱烈な巨人ファンだったが、その形跡が日記の至る所に見られる。「巨人が負けすぎて悩んで体調が悪くなった」と書いているところすらあるほど!
しかし、いつからか、プロ野球の応援はやめた。
野球選手らは、ファンのために頑張っているなどと言いながらFAだ何だと、金の多くもらえるチームに自分から平気で移籍したりメジャーへ行ったりと、応援していた身からすると裏切りとしか思えないような行動を平気でするプロ野球選手たちをみて、彼らも所詮は自分のためにやっているにすぎないとわかったから・・・というのが理由の一つ。
別にそのことを、つまり自分のために野球をやっていることを非難しようというのでは無い。今の日本ではそれは平凡な行動だし、自分とてそうふるまっている。でも、有名選手には人の手本になるような行動を期待してしまうのも、また人情というものだろう。
おまけに、昔のスポーツ選手というのは、かなり真面目でストイックで礼儀正しく、子供達の手本になるような人が多かったが、最近のはどうなっているのか?バレーの選手だろうが何の選手だろうが、見た目からして茶髪だったり態度も悪かったりで、こんなのを日本代表として海外に出すのは恥ずかしいとしか私には思えない。頼むから日本人と思われないようにふるまってくれと思う選手の多いこと多いこと・・・。
そういうことが積もり積もって、もちろん例外もたくさんあるが、基本的にはあまりに虚しいのでスポーツ選手を応援するのはやめた。まあ、頑張っている立派な選手もいるのはその通りだし、そういう人にはホント頑張って欲しいが・・・。
そもそも他人の応援をしているほど、自分の人生には余裕などない。自分を応援してくれる人をさがして、自分で自分を応援しつつ、人生を頑張らねばならない。
そういえば、自分の昔の日記を読んで、やたらと「頑張らねば」と書いているのに気づいた。そうやって気合いを入れ続けないとくじけてしまうほどに、私という存在は弱いものなのだろう。
・・・と話もそれてきて、今回のはあまり面白くないのが多かったので、次回はもうちょっと面白そうなのを探して(もしあれば)出してみよう。
そりと読んでいたのではないか?と思えてならない。
引っ越しのときに「どうして俺の日記とか大切な本とかを捨てたのか!」とちょっと攻めたら「日記はとってあるよ」と言って戸棚から日記を出してきた。
母は「とても読めたもんじゃないよ」などと言っていたが、この発言こそ読んだ証拠ではないか。正直、殺意に近いものを感じるというのは冗談だが、何か手厳しいことを言ってやろうと思ったが、母もみるみる弱ってきているので、だまって許してやった。いや、もしかして母が急激にふけたのは、自分の日記を読んだせいではないか!?と思ったり。というのも冗談。
ともかく、高校時代に自分が何を考えていたか、今現在とどれほど違っているのかよくわかって、面白かった。ただ、とてもすべてを人には見せられない。まあ見せてもどうということも無いといえば無いのかもしれないが、見せる必要もないだろう。恥ずかしい内容が多いので、恥ずかしくない部分だけ見てもらいたいと思うのが人情というものだ。
何よりYUKAはみたいだろうから、無難な部分から小出しに紹介してゆくことにしようと思う。
読んだ感想としては、20年以上もたって、私自身、変化はしているが進歩はしていないことがよくわかった。
今日は無難な内容のものだけ紹介して終わろう。今のブログに輪をかけて誤字脱字などが多い。
1985年4月から5月にかけて(高校2年の春)の日記から。この時期のには無難な内容のものが多い。
どうも当時の私は、テレビで映画などを見たり、本を読んだりしたことについてかなりたくさん書いている。あとは友人と議論した政治や社会の問題についてなどの記述が多い。
それぞれ、クリックで拡大。


ここからは、多少固い話が多くなる。

神がどうこうと書いているのは、この頃に、友人の家にキリスト教の宣教師(今から考えるとプロテスタント)が出入りして私もふくめて布教しようとしていて、何度か議論していたことがあるために、こんなことを書いたものと思われる。
残念ながら私も友人もどちらかと言うとアンチ・クライスト、というか、当時の私は科学万能主義者で宗教を完全否定し、人間はひたすら論理に従って生きるミスタースポックのようになるべきだと考えていたので、キリスト教に限らず、宗教というと、「いかにして脱宗教化させるか」という否定的な目でばかり見ていたということもあった。
しかし、大人になって、科学について多少知識が増えると、科学万能主義などばかげていることもわかり、伝統宗教にもそれなりの意味や役割や価値があることなどもわかってきて、ずいぶんと考え方もかわったが、かなりまわりみちをした。
それは北海道という歴史不在の土地柄のせいもあるだろうが、私自身の性格が一番大きく作用していたと思う。


自分は思いこみの激しい人間であることを自覚していたので、何事も信じすぎないように、ある意味価値相対主義の「ポストモダン」的な思考を、誰に教えられたわけでもないのに、この頃にしていたというのは、興味深い。
だから、爆笑問題の太田とかを見ていると、いまだに自分の高校時代のレベルの奴がテレビで偉そうなことを言ってるなあと思ってしまう。
あと、この頃は熱烈な巨人ファンだったが、その形跡が日記の至る所に見られる。「巨人が負けすぎて悩んで体調が悪くなった」と書いているところすらあるほど!
しかし、いつからか、プロ野球の応援はやめた。
野球選手らは、ファンのために頑張っているなどと言いながらFAだ何だと、金の多くもらえるチームに自分から平気で移籍したりメジャーへ行ったりと、応援していた身からすると裏切りとしか思えないような行動を平気でするプロ野球選手たちをみて、彼らも所詮は自分のためにやっているにすぎないとわかったから・・・というのが理由の一つ。
別にそのことを、つまり自分のために野球をやっていることを非難しようというのでは無い。今の日本ではそれは平凡な行動だし、自分とてそうふるまっている。でも、有名選手には人の手本になるような行動を期待してしまうのも、また人情というものだろう。
おまけに、昔のスポーツ選手というのは、かなり真面目でストイックで礼儀正しく、子供達の手本になるような人が多かったが、最近のはどうなっているのか?バレーの選手だろうが何の選手だろうが、見た目からして茶髪だったり態度も悪かったりで、こんなのを日本代表として海外に出すのは恥ずかしいとしか私には思えない。頼むから日本人と思われないようにふるまってくれと思う選手の多いこと多いこと・・・。
そういうことが積もり積もって、もちろん例外もたくさんあるが、基本的にはあまりに虚しいのでスポーツ選手を応援するのはやめた。まあ、頑張っている立派な選手もいるのはその通りだし、そういう人にはホント頑張って欲しいが・・・。
そもそも他人の応援をしているほど、自分の人生には余裕などない。自分を応援してくれる人をさがして、自分で自分を応援しつつ、人生を頑張らねばならない。
そういえば、自分の昔の日記を読んで、やたらと「頑張らねば」と書いているのに気づいた。そうやって気合いを入れ続けないとくじけてしまうほどに、私という存在は弱いものなのだろう。
・・・と話もそれてきて、今回のはあまり面白くないのが多かったので、次回はもうちょっと面白そうなのを探して(もしあれば)出してみよう。
かぶりもの
ふと思い出したのだが・・・
他の部署の人で、割と親しくさせてもらっていた人が、この春に昇進したということで、わざわざ私のところまで顔を出して挨拶してくれた。
それが、最初は誰かわからなかった。何度も会って仕事も一緒にさせてもらったことがあったのに、である。
なぜわからなかったか!昇進をきっかけに、頭にか「ぶりもの」を召されたからである。
本物そっくりであり、とても見分けがつかない。10歳以上は若返った感じである。
しばらく話してようやく誰かわかったものの、頭は一体どうしたのですか!?とも聞けずに生返事ばかりしていると、むこうからその話題についてふってくれた。
どこのメーカーの「かぶりもの」かとか、どんなタイプの「かぶりもの」かは教えてもらえなかったが、「かぶりもの」をしたことについては自己申告してくださったので、一安心である。
最近は見慣れてきて、さっきトイレで会っても何の違和感もなかった。
慣れとは恐ろしいものである。
薄毛でお悩みの方は、最新技術を味わってみてはどうだろうか。私ならばハゲたら短髪にするが・・・。
他の部署の人で、割と親しくさせてもらっていた人が、この春に昇進したということで、わざわざ私のところまで顔を出して挨拶してくれた。
それが、最初は誰かわからなかった。何度も会って仕事も一緒にさせてもらったことがあったのに、である。
なぜわからなかったか!昇進をきっかけに、頭にか「ぶりもの」を召されたからである。
本物そっくりであり、とても見分けがつかない。10歳以上は若返った感じである。
しばらく話してようやく誰かわかったものの、頭は一体どうしたのですか!?とも聞けずに生返事ばかりしていると、むこうからその話題についてふってくれた。
どこのメーカーの「かぶりもの」かとか、どんなタイプの「かぶりもの」かは教えてもらえなかったが、「かぶりもの」をしたことについては自己申告してくださったので、一安心である。
最近は見慣れてきて、さっきトイレで会っても何の違和感もなかった。
慣れとは恐ろしいものである。
薄毛でお悩みの方は、最新技術を味わってみてはどうだろうか。私ならばハゲたら短髪にするが・・・。
パパと呼ばないで
もう半分くらい諦めているのだが、私はなかなか父親にはなれない。
子供ができたら、ああだこうだで、と色々と考えたりはしてきたのだが、まあ、もうどちらでも良いし無理はしないことにした。
別に占いを信じているわけではないが、どうも私が運勢的に子供に縁がない、子供できたとしてもすぐに子供と縁がなくなるような、そんな星の下に生まれてしまったようである。申し訳ないことである。
最近では妙な親が増えている。子供が落第したら親が学校に来て「おまえらの教え方が悪いからうちの子が落第したのだ」と怒鳴りこんでくるような、いわゆる「モンスターペアレンツ」が身近にもあらわれているが、そんな、「親の資格」に重大な欠陥があるとしか思われない人間でも簡単に親になれているというのに、神様というのは不公平なものである。
それはどうでも良いが、実は子供ができたら、一つだけ強烈に決めていたことがある。絶対に「パパ」などとは、もう口が裂けても呼ばせないつもりでいた。
聞くところによると、皇族までパパとかママとか呼んでいるとか?日本も終わりである。もう皇族をイギリスに留学させるのなんかやめろ!・・・っ書くと不敬だろうか。
では子供に何と呼ばそうと思っていたか。「とうちゃん」と呼ばそうと心に決めていた。
そんなふうに思っていたら、ある釣り友のご子息(J君)が、何と「とうちゃん」と言っていたではないか!
今時めずらしい、素晴らしい親子だと思った次第。
子供ができたら、ああだこうだで、と色々と考えたりはしてきたのだが、まあ、もうどちらでも良いし無理はしないことにした。
別に占いを信じているわけではないが、どうも私が運勢的に子供に縁がない、子供できたとしてもすぐに子供と縁がなくなるような、そんな星の下に生まれてしまったようである。申し訳ないことである。
最近では妙な親が増えている。子供が落第したら親が学校に来て「おまえらの教え方が悪いからうちの子が落第したのだ」と怒鳴りこんでくるような、いわゆる「モンスターペアレンツ」が身近にもあらわれているが、そんな、「親の資格」に重大な欠陥があるとしか思われない人間でも簡単に親になれているというのに、神様というのは不公平なものである。
それはどうでも良いが、実は子供ができたら、一つだけ強烈に決めていたことがある。絶対に「パパ」などとは、もう口が裂けても呼ばせないつもりでいた。
聞くところによると、皇族までパパとかママとか呼んでいるとか?日本も終わりである。もう皇族をイギリスに留学させるのなんかやめろ!・・・っ書くと不敬だろうか。
では子供に何と呼ばそうと思っていたか。「とうちゃん」と呼ばそうと心に決めていた。
そんなふうに思っていたら、ある釣り友のご子息(J君)が、何と「とうちゃん」と言っていたではないか!
今時めずらしい、素晴らしい親子だと思った次第。
ジーゼル
今や、日本人の誰しもが、「ディ」という音を発音できるようになった。
しかし、ちょっと前まで「ディ」という発音ができなかった。
だから「ディズニーランド」ではなく「デズニーランド」と言っていた。
デズニーをディズニーなどと発音するのは、ちょっと気取った奴であった。ところが今や・・・
そして、「ディーゼル」は「ジーゼル」と発音していた。
「昔はジーゼルって言っていたよなー」とまわりの人間に言ったら、驚いたことに、誰1人として通じない、逆に「ジーゼルって何のことですか!?」と聞かれてしまった。10歳くらいしか離れていないのに。
「ジーゼル」が通じたのは私より年上の人間だけである。通じなかった人間には、私がまるで化石人間みたいな目で見られてしまった。
あまりに腹が立ったので、広辞苑で調べたらちゃんと「ジーゼル」はのっているのである(最新版には載っているかどうか不明だが)。
「ジーゼル」はちゃんと市民権を得ている単語なのだ!
ディーゼルをジーゼルと言うのはクリスチャンを切支丹と言うのと同じなのか!?
しかし、ちょっと前まで「ディ」という発音ができなかった。
だから「ディズニーランド」ではなく「デズニーランド」と言っていた。
デズニーをディズニーなどと発音するのは、ちょっと気取った奴であった。ところが今や・・・
そして、「ディーゼル」は「ジーゼル」と発音していた。
「昔はジーゼルって言っていたよなー」とまわりの人間に言ったら、驚いたことに、誰1人として通じない、逆に「ジーゼルって何のことですか!?」と聞かれてしまった。10歳くらいしか離れていないのに。
「ジーゼル」が通じたのは私より年上の人間だけである。通じなかった人間には、私がまるで化石人間みたいな目で見られてしまった。
あまりに腹が立ったので、広辞苑で調べたらちゃんと「ジーゼル」はのっているのである(最新版には載っているかどうか不明だが)。
「ジーゼル」はちゃんと市民権を得ている単語なのだ!
ディーゼルをジーゼルと言うのはクリスチャンを切支丹と言うのと同じなのか!?