北海道最終日 千歳→神戸
(7月30日 水曜日)
この日は昼過ぎの便で千歳空港を発つ予定になっていたので、ちょっと早めの午前10時すぎに空港に到着。
この写真は関係のない飛行機。

みやげものを物色することに。私はみやげというのは有名というか名の知れたお菓子があるならそれを買って行けば良いのであって、あれこれ選ぶのは労力ほどには喜ばれないと思っているタチだから、「白い恋人」で良いじゃないかと思っていた。
いつもは弟の勤めている「森もと」というところのお菓子を買って帰るのだが、憎き偽善者マスコミに偽裁のレッテルを着せられた白い恋人も守ってやりたい、そんな気持もあったのだが、でも面倒だからやっぱりYUKAに何か適当に選んでんでもらおうかと思ったりもしていた。
ところで、私はそんなことを考えていたが、YUKAのほうは、北海道に来るたびに、あとこり探しては売り切れている「じゃがポックル」が買いたかったようだ。
あともう一つ、最近話題のもの、つい先日、脅迫事件に発展したほどに人気の出た田中義剛「花畑牧場」の生キャラメルを買いたかったらしい。
生キャラメルのほうは、ロビーに直売所が出店されていると聞いたので見に行ってみると、なんと11時から販売のために1時間近くも前からすでに行列になっていた。

11時近くにはこの3倍ほどの行列にふくれあがっていた。
私は行列に並ぶのが大嫌いだし、そういうみじめな真似をYUKAにもしてほしくなかったので、やめるように強く言った。
それであきらめて、ちょっと早めの昼ご飯を食べることにした。食べ終わって11時すぎ、YUKAはまだみやげを物色したいと言う。私はみやげもの店ばかり見てもつまらないから、イスに座って本を読んでいることにして、その間にYUKAはいろいろまた見に行った。
そして5分ほどして喜んでもどってきたと思ったら、何と、生キャラメルが買えたと言っていた。どういうことか聞くと、直売所ではなく、普通のみやげもの店で突然売り始めたらしい。
ということで、そんなに簡単に買えるのならと私も行ってみたら、空いていた。こんな感じ。

せっかくなので私も2つ買ってきた。1人5個までだそうだ。YUKAは5個も買っていた・・・。
で、ラッキーだったねー、などと言っていたら、今度は「じゃがポックル」を突然売り始めて、こちらもラッキーなことにまったく並ぶことなく、簡単に買えてしまった。こちらは1人3箱まで。
このように、自分にとっては「どうでも良い」程度のことで運を使い果たしてしまったようで、もったいないような、ラッキーなような、複雑な気持ちである。
それにしても、じゃがポックル、帰ってから食べてみたが、ものすごく美味しかった。似たお菓子に、「じゃがりこ」とか「じゃがビー」とか言うのがあるが、あれの100倍くらい美味しい。


家に帰ってから生キャラメルを食べてみた。うーむ。1時間も並んで買うほど価値があるかどうかは微妙。


さて、今回の帰省で収穫というかおもしろいものを発見した。私が高校時代に毎日書いていた日記である。

これは、8割方、公開してもどうということはなさそう、かなり妙なこと、アブナイことを書いているが、まあどうにか若気の至りで許して貰えそうな感じなのがあと1割で、残りの約1割は、猛烈に恥ずかしい内容なので、YUKAにも見せられない。
なので、公開しても大丈夫そうで面白そうなのをピックアップして、ブログのネタが無い時に公開してゆこうと思う。
とりあえずちょっとだけ。こんな内容。
クリックで拡大。

この日は昼過ぎの便で千歳空港を発つ予定になっていたので、ちょっと早めの午前10時すぎに空港に到着。
この写真は関係のない飛行機。

みやげものを物色することに。私はみやげというのは有名というか名の知れたお菓子があるならそれを買って行けば良いのであって、あれこれ選ぶのは労力ほどには喜ばれないと思っているタチだから、「白い恋人」で良いじゃないかと思っていた。
いつもは弟の勤めている「森もと」というところのお菓子を買って帰るのだが、憎き偽善者マスコミに偽裁のレッテルを着せられた白い恋人も守ってやりたい、そんな気持もあったのだが、でも面倒だからやっぱりYUKAに何か適当に選んでんでもらおうかと思ったりもしていた。
ところで、私はそんなことを考えていたが、YUKAのほうは、北海道に来るたびに、あとこり探しては売り切れている「じゃがポックル」が買いたかったようだ。
あともう一つ、最近話題のもの、つい先日、脅迫事件に発展したほどに人気の出た田中義剛「花畑牧場」の生キャラメルを買いたかったらしい。
生キャラメルのほうは、ロビーに直売所が出店されていると聞いたので見に行ってみると、なんと11時から販売のために1時間近くも前からすでに行列になっていた。

11時近くにはこの3倍ほどの行列にふくれあがっていた。
私は行列に並ぶのが大嫌いだし、そういうみじめな真似をYUKAにもしてほしくなかったので、やめるように強く言った。
それであきらめて、ちょっと早めの昼ご飯を食べることにした。食べ終わって11時すぎ、YUKAはまだみやげを物色したいと言う。私はみやげもの店ばかり見てもつまらないから、イスに座って本を読んでいることにして、その間にYUKAはいろいろまた見に行った。
そして5分ほどして喜んでもどってきたと思ったら、何と、生キャラメルが買えたと言っていた。どういうことか聞くと、直売所ではなく、普通のみやげもの店で突然売り始めたらしい。
ということで、そんなに簡単に買えるのならと私も行ってみたら、空いていた。こんな感じ。

せっかくなので私も2つ買ってきた。1人5個までだそうだ。YUKAは5個も買っていた・・・。
で、ラッキーだったねー、などと言っていたら、今度は「じゃがポックル」を突然売り始めて、こちらもラッキーなことにまったく並ぶことなく、簡単に買えてしまった。こちらは1人3箱まで。
このように、自分にとっては「どうでも良い」程度のことで運を使い果たしてしまったようで、もったいないような、ラッキーなような、複雑な気持ちである。
それにしても、じゃがポックル、帰ってから食べてみたが、ものすごく美味しかった。似たお菓子に、「じゃがりこ」とか「じゃがビー」とか言うのがあるが、あれの100倍くらい美味しい。


家に帰ってから生キャラメルを食べてみた。うーむ。1時間も並んで買うほど価値があるかどうかは微妙。


さて、今回の帰省で収穫というかおもしろいものを発見した。私が高校時代に毎日書いていた日記である。

これは、8割方、公開してもどうということはなさそう、かなり妙なこと、アブナイことを書いているが、まあどうにか若気の至りで許して貰えそうな感じなのがあと1割で、残りの約1割は、猛烈に恥ずかしい内容なので、YUKAにも見せられない。
なので、公開しても大丈夫そうで面白そうなのをピックアップして、ブログのネタが無い時に公開してゆこうと思う。
とりあえずちょっとだけ。こんな内容。
クリックで拡大。

北海道4日目 実家@札幌
(7月29日 火曜日)
さて、今日は昼頃から弟の家族がやってくることになっていたので、1日実家ですごすことに。
その前に午前中に家の近所を散歩してみた。母は今、札幌の藻岩というところにすんでいるが、ここは、もともと私が生まれ育ったところではないのでまわりのことはよく知らない。
藻岩山から見下ろす景色。

ズーム。結構自然が多い。

ちょっと散歩してみたところ、札幌とはいっても、山なので周りにはかなり自然がたくさんあることがわかった。それは私が生まれ育った田舎と同じであった。植物のふんいきも懐かしい感じがした。6月頃には花が咲いてキレイだそうだが、今はうっそうとしたジャングルのような感じだった。
白樺(しらかば)。

これは寒い地域に多い木だろうか。この木を見ると、千昌夫の「北国の春」という歌を思い出す。
子供の頃に流行っていた曲で、演歌の一種?なので当時子供だった私は歌ったことなどなかったが、不思議と歌詞は今でもおぼえていて、1番なら完璧に歌える(ホントに歌ったことは無いが・・・)
「♪しらかば〜、あおぞーら、みーなーぁみぃかーぜー」コロッケか誰かがものまねで歌っていたような気がする・・・。
白樺 青空 南風
こぶし咲くあの丘 北国の
ああ 北国の春
季節が都会ではわからないだろうと
届いたおふくろの小さな包み
あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
子供の頃は他人事の歌詞だったが、ある程度大人になると意味がわかってきた感じがする。
さて、昼前くらいに弟家族が到着。
弟と息子。

なんか弟も顔つきが良くなってきた。父になるとやはり変わるのだろうか。私はいまだに子供っぽい性格が抜けきれない。
オマケ。

3月に生まれたので、まだ4ヶ月くらいか?どうもかなりでかい赤ん坊らしい。私のほうの家系の影響だろうか。私の兄弟はみな図体がでかい。祖母が170センチくらいあったらしいから、その血かもしれない。大女で大酒のみだったらしいが・・・。
その祖母が後にボケて、私はこのボケた状態しか知らないのだが、みんなして「酒を飲み過ぎたからボケたんだ」ということばかり聞かされて私は育ったので、未だに酒を積極的に飲みたいと思えない。
ちなみに今回私は赤ん坊には指一本触れなかった。落っことしても困るし。小さな赤ん坊は正直苦手である。というか、正直に言うと、話の通じない小さい子供が私はかなり苦手である。どう扱って良いものか。が、最近は大学生でも話が通じないので誰が相手でも同じであるが(爆X3)。
みんなで記念撮影。

昼飯は家でジンギスカン。食べるのに夢中で写真を撮り忘れた。
その他、サラダなど。ふつうのレタスが妙に甘かったり、トマトがくだもののようだったりと、食材そのものが美味しいので、そういう点でも良かった。
あと、妹といとこに買ってもらったタラコや甘エビも登場、美味しかった。これも写真を取り忘れ。
その後、これは叔父に買ってもらった毛ガニをみんなで食べる。

写真ではわからないが、毛ガニにしてはかなり大きなものだった。
母は食い物への執着心はかなり薄いほうで、毛ガニは足の1本も食べれば満足する。
私も弟もカニはあまり好きじゃない。だからみんなで1つあれば十分である。しかし、私と弟の違いは、弟は本当に好きではなくてあまり食べなかったのだが、私は好きじゃないといいつつ、結構食べた、というあたりだろうか?
弟の嫁さん(なおちゃん)はカニが大好きということで、彼女にたくさん食べていただいた。

こうやってみんなが集まっていようが、ネコはしらんぷりで二階でのんびり昼寝。

まあ夜行性の動物だから。不思議なことにこのネコ、「ガックン」だが、人の輪に入ってきたり、人の食べ物を欲しがったりということがまったくない。
人間よりも上に立っているのか?人間と自分は別の生き物であると悟っているとしか思えないふるまいをする、ある意味人間並に賢いネコである。
食事を終え、このあとしばらく、弟ともいろいろと話をして有意義な時間をすごすことができた。
この翌日は千歳空港から神戸空港へ帰る日である。つづく。
さて、今日は昼頃から弟の家族がやってくることになっていたので、1日実家ですごすことに。
その前に午前中に家の近所を散歩してみた。母は今、札幌の藻岩というところにすんでいるが、ここは、もともと私が生まれ育ったところではないのでまわりのことはよく知らない。
藻岩山から見下ろす景色。

ズーム。結構自然が多い。

ちょっと散歩してみたところ、札幌とはいっても、山なので周りにはかなり自然がたくさんあることがわかった。それは私が生まれ育った田舎と同じであった。植物のふんいきも懐かしい感じがした。6月頃には花が咲いてキレイだそうだが、今はうっそうとしたジャングルのような感じだった。
白樺(しらかば)。

これは寒い地域に多い木だろうか。この木を見ると、千昌夫の「北国の春」という歌を思い出す。
子供の頃に流行っていた曲で、演歌の一種?なので当時子供だった私は歌ったことなどなかったが、不思議と歌詞は今でもおぼえていて、1番なら完璧に歌える(ホントに歌ったことは無いが・・・)
「♪しらかば〜、あおぞーら、みーなーぁみぃかーぜー」コロッケか誰かがものまねで歌っていたような気がする・・・。
白樺 青空 南風
こぶし咲くあの丘 北国の
ああ 北国の春
季節が都会ではわからないだろうと
届いたおふくろの小さな包み
あの故郷へ帰ろかな 帰ろかな
子供の頃は他人事の歌詞だったが、ある程度大人になると意味がわかってきた感じがする。
さて、昼前くらいに弟家族が到着。
弟と息子。

なんか弟も顔つきが良くなってきた。父になるとやはり変わるのだろうか。私はいまだに子供っぽい性格が抜けきれない。
オマケ。

3月に生まれたので、まだ4ヶ月くらいか?どうもかなりでかい赤ん坊らしい。私のほうの家系の影響だろうか。私の兄弟はみな図体がでかい。祖母が170センチくらいあったらしいから、その血かもしれない。大女で大酒のみだったらしいが・・・。
その祖母が後にボケて、私はこのボケた状態しか知らないのだが、みんなして「酒を飲み過ぎたからボケたんだ」ということばかり聞かされて私は育ったので、未だに酒を積極的に飲みたいと思えない。
ちなみに今回私は赤ん坊には指一本触れなかった。落っことしても困るし。小さな赤ん坊は正直苦手である。というか、正直に言うと、話の通じない小さい子供が私はかなり苦手である。どう扱って良いものか。が、最近は大学生でも話が通じないので誰が相手でも同じであるが(爆X3)。
みんなで記念撮影。

昼飯は家でジンギスカン。食べるのに夢中で写真を撮り忘れた。
その他、サラダなど。ふつうのレタスが妙に甘かったり、トマトがくだもののようだったりと、食材そのものが美味しいので、そういう点でも良かった。
あと、妹といとこに買ってもらったタラコや甘エビも登場、美味しかった。これも写真を取り忘れ。
その後、これは叔父に買ってもらった毛ガニをみんなで食べる。

写真ではわからないが、毛ガニにしてはかなり大きなものだった。
母は食い物への執着心はかなり薄いほうで、毛ガニは足の1本も食べれば満足する。
私も弟もカニはあまり好きじゃない。だからみんなで1つあれば十分である。しかし、私と弟の違いは、弟は本当に好きではなくてあまり食べなかったのだが、私は好きじゃないといいつつ、結構食べた、というあたりだろうか?
弟の嫁さん(なおちゃん)はカニが大好きということで、彼女にたくさん食べていただいた。

こうやってみんなが集まっていようが、ネコはしらんぷりで二階でのんびり昼寝。

まあ夜行性の動物だから。不思議なことにこのネコ、「ガックン」だが、人の輪に入ってきたり、人の食べ物を欲しがったりということがまったくない。
人間よりも上に立っているのか?人間と自分は別の生き物であると悟っているとしか思えないふるまいをする、ある意味人間並に賢いネコである。
食事を終え、このあとしばらく、弟ともいろいろと話をして有意義な時間をすごすことができた。
この翌日は千歳空港から神戸空港へ帰る日である。つづく。
北海道3日目 墓参り→富良野
(7月28日 月曜日)
さて、今回はいつもより1日多い日程にしてあるので、YUKAが前から行きたがっていた富良野へラベンダーを見に行くことにした。7月上旬が見頃だが、ぎりぎり最後という感じだろうか。
札幌からだと方角的に、私がもともと住んでいた田舎からさらに行ったところにあるので、午前中に墓参りをして、その後に富良野に向かうことにした。
ちなみに、皆さん、フラノを「フラノ」というふうに、フにアクセントを置いて発音するようだが、ただしくは「フラノ」つまりラにアクセントが来るように発音する。
ちなみに、弟の名前は「ヒロシ」だが、これも本州では「ヒロシ」と発音するが、北海道では「ヒロシ」である。
他に、佐藤や加藤などの苗字もすべて真ん中の「ト」にアクセントが来る。それが北海道風の発音になっている。
ということで、まずはもともと住んでいた田舎の隣町、砂川市というところにある父の墓へ墓参り。

同じ管理墓地内にある母方の墓もお参り。その後はもともとの田舎である上砂川町にある本家のほうの墓にもお参り。
これが終わった時点で11時であった。ちょっと予定よりも遅くなってしまった。母の車があまりにボロだったので、高速で80キロ以上は出さずに走ったため、かなり遅くなったのである。
ともかく、そこから富良野までは1時間半ほど、12時半に着いたが、ともかく腹が減ったので、ソバ屋に入った。
そこで「あなご天ソバ」を頼んだら、でっかい穴子が3本も乗っていて、腹一杯になった。

うまかった。ちなみに北海道はソバの産地で、ソバは美味しいが、今ソバの花が咲いている時期だったので、この日食べたソバは北海道産ではないかもしれない。
その後は、日の出公園というところへ立ち寄った。


ここでは、私とYUKAと母の3人が並んだ写真を撮って貰うために、カップルにシャッターをお願いしたら、日本語がまったく通じなかった。カタコトの英語で話したところ、台湾人観光客のようだ。英語のレベルは日本人と同程度かそこらへんの日本人よりは話せる感じ。
台湾人は見た目や服装の感じが日本人に近いので区別がつかない。中国人だとすぐにわかるが・・・。やはり中国と台湾はまったく別の文化圏だと改めて思った次第。もちろん中国自体が巨大なので、いくつかの異なる文化がむりやり一つの国にされているということもあると思うが。
ともかく、ここのラベンダーはちょっと時期はずれというか、見頃を少しすぎていた。花がやや枯れぎみであった。他の花は綺麗だった。YUKAも母もよろこんでいた。
それにしても、女性は花を見ると妙によろこぶようだ。もちろん私もキレイだとは思うが、生物学的に言えば花は植物の性器であるから、性器をじろじろ見て喜ぶのは破廉恥じゃないかと冗談を言って冷やかしたくなる。
そのあと、ファーム富田というところへ行ったら、平日にもかかわらずすごい人で、何台もの観光バスが乗り付けて、台湾人観光客の集団を運んできていた。
そういえば、余市に行ったときに積丹の寿司屋で隣に座った家族連れも台湾人だった。この暑いのにみんなして鍋を食べていた。最近の北海道は台湾人観光客が多いようだ。
ここもラベンダーは若干見頃を過ぎた感じだった。が、やはり他の花などが綺麗だった。




さて、その次は彩花の里とか言うところへ行った。ここのラベンダーがいちばん見頃だった。

こちらは空いていて良かったが、ここもやはり台湾人観光客が多かった。
これで一通りラベンダーを見て、そのあとワイン工場みたいのも見たが写真を撮るのを忘れた。
夜は札幌にもどって弟と夕食を一緒に食べる予定になっていたので、夕方前にひきあげて札幌へと帰った。帰りは頑張って80キロ以上で走ろうと思ったが、ホイールバランスも狂っているようで、100キロ近くなるとハンドルが振動するので、これまたゆっくり高速を走った。
あらゆる車に追い越されて、何とも不思議な体験であった。そして、ようやく着いたかという感じで、弟と回転寿司に行ったが、今回は写真を撮るのを忘れた。そして、寿司をたらふく食うと弟は妻と子供の待つ我が家へと帰っていったのであった・・・。
富良野はもうちょっと見足りない感じがしたので、こんどはここらへんに1泊する予定にして美瑛もふくめてゆっくり見たいと思った。来年は来られるだろうか!?
これにて北海道3日目は終了。
この翌日、北海道4日目は弟と嫁さんと赤ん坊が来ることになっていたので、どこへもでかけずに、実家でのんびりした。この模様は明日以降の更新で。
さて、今回はいつもより1日多い日程にしてあるので、YUKAが前から行きたがっていた富良野へラベンダーを見に行くことにした。7月上旬が見頃だが、ぎりぎり最後という感じだろうか。
札幌からだと方角的に、私がもともと住んでいた田舎からさらに行ったところにあるので、午前中に墓参りをして、その後に富良野に向かうことにした。
ちなみに、皆さん、フラノを「フラノ」というふうに、フにアクセントを置いて発音するようだが、ただしくは「フラノ」つまりラにアクセントが来るように発音する。
ちなみに、弟の名前は「ヒロシ」だが、これも本州では「ヒロシ」と発音するが、北海道では「ヒロシ」である。
他に、佐藤や加藤などの苗字もすべて真ん中の「ト」にアクセントが来る。それが北海道風の発音になっている。
ということで、まずはもともと住んでいた田舎の隣町、砂川市というところにある父の墓へ墓参り。

同じ管理墓地内にある母方の墓もお参り。その後はもともとの田舎である上砂川町にある本家のほうの墓にもお参り。
これが終わった時点で11時であった。ちょっと予定よりも遅くなってしまった。母の車があまりにボロだったので、高速で80キロ以上は出さずに走ったため、かなり遅くなったのである。
ともかく、そこから富良野までは1時間半ほど、12時半に着いたが、ともかく腹が減ったので、ソバ屋に入った。
そこで「あなご天ソバ」を頼んだら、でっかい穴子が3本も乗っていて、腹一杯になった。

うまかった。ちなみに北海道はソバの産地で、ソバは美味しいが、今ソバの花が咲いている時期だったので、この日食べたソバは北海道産ではないかもしれない。
その後は、日の出公園というところへ立ち寄った。


ここでは、私とYUKAと母の3人が並んだ写真を撮って貰うために、カップルにシャッターをお願いしたら、日本語がまったく通じなかった。カタコトの英語で話したところ、台湾人観光客のようだ。英語のレベルは日本人と同程度かそこらへんの日本人よりは話せる感じ。
台湾人は見た目や服装の感じが日本人に近いので区別がつかない。中国人だとすぐにわかるが・・・。やはり中国と台湾はまったく別の文化圏だと改めて思った次第。もちろん中国自体が巨大なので、いくつかの異なる文化がむりやり一つの国にされているということもあると思うが。
ともかく、ここのラベンダーはちょっと時期はずれというか、見頃を少しすぎていた。花がやや枯れぎみであった。他の花は綺麗だった。YUKAも母もよろこんでいた。
それにしても、女性は花を見ると妙によろこぶようだ。もちろん私もキレイだとは思うが、生物学的に言えば花は植物の性器であるから、性器をじろじろ見て喜ぶのは破廉恥じゃないかと冗談を言って冷やかしたくなる。
そのあと、ファーム富田というところへ行ったら、平日にもかかわらずすごい人で、何台もの観光バスが乗り付けて、台湾人観光客の集団を運んできていた。
そういえば、余市に行ったときに積丹の寿司屋で隣に座った家族連れも台湾人だった。この暑いのにみんなして鍋を食べていた。最近の北海道は台湾人観光客が多いようだ。
ここもラベンダーは若干見頃を過ぎた感じだった。が、やはり他の花などが綺麗だった。




さて、その次は彩花の里とか言うところへ行った。ここのラベンダーがいちばん見頃だった。

こちらは空いていて良かったが、ここもやはり台湾人観光客が多かった。
これで一通りラベンダーを見て、そのあとワイン工場みたいのも見たが写真を撮るのを忘れた。
夜は札幌にもどって弟と夕食を一緒に食べる予定になっていたので、夕方前にひきあげて札幌へと帰った。帰りは頑張って80キロ以上で走ろうと思ったが、ホイールバランスも狂っているようで、100キロ近くなるとハンドルが振動するので、これまたゆっくり高速を走った。
あらゆる車に追い越されて、何とも不思議な体験であった。そして、ようやく着いたかという感じで、弟と回転寿司に行ったが、今回は写真を撮るのを忘れた。そして、寿司をたらふく食うと弟は妻と子供の待つ我が家へと帰っていったのであった・・・。
富良野はもうちょっと見足りない感じがしたので、こんどはここらへんに1泊する予定にして美瑛もふくめてゆっくり見たいと思った。来年は来られるだろうか!?
これにて北海道3日目は終了。
この翌日、北海道4日目は弟と嫁さんと赤ん坊が来ることになっていたので、どこへもでかけずに、実家でのんびりした。この模様は明日以降の更新で。
北海道2日目 余市町
(7月27日 日曜日)
この日はゆっくり起きて、妹も都合もあり昼頃に余市に到着するように、10時半頃に家を出発。
札幌→小樽→余市とすすみ、昼すぎに妹の家に到着、その後、昼飯を積丹半島のほうへ。しばらく進むと妙な岩があった。


日曜だからか結構道が混んでいたが、余市から40分ほどで積丹町美国のふじ鮨・積丹本店へ到着。ここで私は生うにちらしを注文して食べた。美味かった。

醤油も何もかけずにそのまま食べるのが美味い。本物の生ウニなのでこれが一番美味しい。甘みがあって最高!

YUKAはうに・いくらちらしを注文。塩味が無いと物足りないという人にはこちらのほうが良いかもしれない。いくらに味がついているので。
その後はいとこの家にお邪魔した。このいとこの父親、つまり私からみて叔父さんには生前とても世話になった。なので、帰省したときは可能な限りこちらにも足を運んで仏壇と墓をお参りさせてもらっていたが、今は妹がいとこに世話になっているので、もう必ず挨拶に寄るようにしてる。
いとこ宅の前にて。

いちばんでかいのが私の妹。左側はいとことその娘。
さて、その後、妹の職場見学・・・店の名は「シュール」とか。いとこがやっている店である。若い頃に朝から晩までモーレツに仕事をしまくって金をためてはじめた店だそうで、そんなに頑張りやさんだったとは知らなかった。
私と同じ年(学年は私が一つ下)なのだが、少しは頑張りを見習わないと。私はいまだに怠け者体質が抜けきらないところがある。何でもイマイチ頑張れない。


それにしても、20人も入ると満員になるような小さな店だが、いとこがなかなかのやり手らしく、この手の店としては、この町一番らしい。はじめはウソだと思っていたのだが、どうも本当のようだ。
最初に話の出たヤンキー先生義家氏も常連とか!うかつに悪口は言えない(爆)。
おみやげに甘エビを一箱買ってくれた。

大半を冷凍して他のみやげと一緒に宅急便で送った。とうぶん釣り堀のエサ用の甘エビには不自由しないが、せっかく買ってくれた妹に、そういう使い方(釣りのエサに使用)もするとはちょっと言えないのである(汗)。
あと、冷凍のタラコなどなどたくさんいただいた。感謝。
その後帰宅して、夕食は軽くラーメンにしておいた。

すみれの本店へ・・・。ものすごい行列だったが、店員に効いたら15分くらい待ちだそうで、行列大嫌いな私だがYUKAがどうしてもと言うので、我慢して並んだら実際そんなものだった。
ちょっと脂っこい目で体調が悪いとしんどそうだが、味はなかなか美味しかった。弟の嫁さんの弟(ややこしい!)の話によると、最近はかなり味が落ちたそうな。何故だろうか。
それよりも店内のクーラーが利いておらず、汗だくになってしまったのが辛かった。
我が家のネコ、「ガックン」。

これで北海道2日目は終了。
さて、この翌日、北海道3日目はもともと住んでいた田舎で墓参りをした後に富良野(ふらの)でラベンダーを見た。
更新は明日以降で!
この日はゆっくり起きて、妹も都合もあり昼頃に余市に到着するように、10時半頃に家を出発。
札幌→小樽→余市とすすみ、昼すぎに妹の家に到着、その後、昼飯を積丹半島のほうへ。しばらく進むと妙な岩があった。


日曜だからか結構道が混んでいたが、余市から40分ほどで積丹町美国のふじ鮨・積丹本店へ到着。ここで私は生うにちらしを注文して食べた。美味かった。

醤油も何もかけずにそのまま食べるのが美味い。本物の生ウニなのでこれが一番美味しい。甘みがあって最高!

YUKAはうに・いくらちらしを注文。塩味が無いと物足りないという人にはこちらのほうが良いかもしれない。いくらに味がついているので。
その後はいとこの家にお邪魔した。このいとこの父親、つまり私からみて叔父さんには生前とても世話になった。なので、帰省したときは可能な限りこちらにも足を運んで仏壇と墓をお参りさせてもらっていたが、今は妹がいとこに世話になっているので、もう必ず挨拶に寄るようにしてる。
いとこ宅の前にて。

いちばんでかいのが私の妹。左側はいとことその娘。
さて、その後、妹の職場見学・・・店の名は「シュール」とか。いとこがやっている店である。若い頃に朝から晩までモーレツに仕事をしまくって金をためてはじめた店だそうで、そんなに頑張りやさんだったとは知らなかった。
私と同じ年(学年は私が一つ下)なのだが、少しは頑張りを見習わないと。私はいまだに怠け者体質が抜けきらないところがある。何でもイマイチ頑張れない。


それにしても、20人も入ると満員になるような小さな店だが、いとこがなかなかのやり手らしく、この手の店としては、この町一番らしい。はじめはウソだと思っていたのだが、どうも本当のようだ。
最初に話の出たヤンキー先生義家氏も常連とか!うかつに悪口は言えない(爆)。
おみやげに甘エビを一箱買ってくれた。

大半を冷凍して他のみやげと一緒に宅急便で送った。とうぶん釣り堀のエサ用の甘エビには不自由しないが、せっかく買ってくれた妹に、そういう使い方(釣りのエサに使用)もするとはちょっと言えないのである(汗)。
あと、冷凍のタラコなどなどたくさんいただいた。感謝。
その後帰宅して、夕食は軽くラーメンにしておいた。

すみれの本店へ・・・。ものすごい行列だったが、店員に効いたら15分くらい待ちだそうで、行列大嫌いな私だがYUKAがどうしてもと言うので、我慢して並んだら実際そんなものだった。
ちょっと脂っこい目で体調が悪いとしんどそうだが、味はなかなか美味しかった。弟の嫁さんの弟(ややこしい!)の話によると、最近はかなり味が落ちたそうな。何故だろうか。
それよりも店内のクーラーが利いておらず、汗だくになってしまったのが辛かった。
我が家のネコ、「ガックン」。

これで北海道2日目は終了。
さて、この翌日、北海道3日目はもともと住んでいた田舎で墓参りをした後に富良野(ふらの)でラベンダーを見た。
更新は明日以降で!
北海道初日 出発
(7月26日 土曜日)
今回は往復ともに神戸空港を利用することにした。午前中に神戸で用事をすませ、ポートアイランドへ。出発までの時間にかなり余裕があったので、ポートピアランド跡地にできたIKEAとか言うスウェーデンだかどこだかの雑貨店に寄った。こういったモノのたぐいに執着心どころか関心すらない私からすると、退屈を通り越して苦痛であるが、YUKAが弟の赤ん坊へのおみやげを何点か買ってくたので感謝。
そのあと、空港の駐車場へ。
神戸空港は飛行機を利用する場合には駐車料金が大幅に割り引きされる。24時間まで無料、その後は1日最大1000円となっている。今回、4泊5日で駐車料金は3000円だった。

この飛行機に乗ったわけではなく、実際には全日空だったが、午後3時すぎ発の便で千歳には夕方5時すぎに到着、その後に札幌の家に着いたのは7時前だった。
この日はもう遅いこともあり、家で食事。ホッケやらタラコやらがメインでの夕食で地味だったが、美味しかった。
その後、家の風呂は狭いので、近所の温泉へ・・・
帰りにコーチャンフォーという大きな書店に寄った。かなり大きな書店。専門書もたくさん置いてあり、おもわずあれこれ買いそうになったが、荷物になるのでやめて、この2冊だけにした。
こちらの本には、まさに私が日頃から思っていた通りのことが書いてあった。レジ袋をなくしてかわりにエコバックを売りつけるというのは、環境にとっては何の良さもない、たんに商売でやっているだけということが暴かれている。
レジ袋というのは、石油製品を作る過程で余った材料を有効利用するために技術革新で作られるようになったもの。それを節約しても石油の節約にはならず、ゴミとして捨てられるだけである。一方、エコバックはそれを作るのに新たにエネルギーを消費するとのこと。
割り箸が余った木材から作られているのでMY箸などエコでも何でもないのと同じ、むしろ国産の割り箸を使うことが林業への収入を増やし、森林を守ることになるというのは有名な話だが、レジ袋の削減もこれと似たところがある。
さて、関係無い話はこれくらいにして、旅の疲れもあり?この日は10時半に就寝。明日は妹やおばさんの住んでいる余市町へ。
余市町と言えば、以前は宇宙飛行士の毛利さんの出身地と言っていたが、最近はあまり通じなくなってきたので、義家とか言う元ヤンキー先生の母校、北星学園余市高校のあるところと言うとわかってもらえる場合がある。
今回は往復ともに神戸空港を利用することにした。午前中に神戸で用事をすませ、ポートアイランドへ。出発までの時間にかなり余裕があったので、ポートピアランド跡地にできたIKEAとか言うスウェーデンだかどこだかの雑貨店に寄った。こういったモノのたぐいに執着心どころか関心すらない私からすると、退屈を通り越して苦痛であるが、YUKAが弟の赤ん坊へのおみやげを何点か買ってくたので感謝。
そのあと、空港の駐車場へ。
神戸空港は飛行機を利用する場合には駐車料金が大幅に割り引きされる。24時間まで無料、その後は1日最大1000円となっている。今回、4泊5日で駐車料金は3000円だった。

この飛行機に乗ったわけではなく、実際には全日空だったが、午後3時すぎ発の便で千歳には夕方5時すぎに到着、その後に札幌の家に着いたのは7時前だった。
この日はもう遅いこともあり、家で食事。ホッケやらタラコやらがメインでの夕食で地味だったが、美味しかった。
その後、家の風呂は狭いので、近所の温泉へ・・・
帰りにコーチャンフォーという大きな書店に寄った。かなり大きな書店。専門書もたくさん置いてあり、おもわずあれこれ買いそうになったが、荷物になるのでやめて、この2冊だけにした。
![]() | 生命進化8つの謎 (2001/11) ジョン・メイナード スミス エオルシュ サトマーリ 商品詳細を見る |
![]() | 偽善エコロジー―「環境生活」が地球を破壊する (幻冬舎新書 (た-5-1)) (2008/05) 武田 邦彦 商品詳細を見る |
こちらの本には、まさに私が日頃から思っていた通りのことが書いてあった。レジ袋をなくしてかわりにエコバックを売りつけるというのは、環境にとっては何の良さもない、たんに商売でやっているだけということが暴かれている。
レジ袋というのは、石油製品を作る過程で余った材料を有効利用するために技術革新で作られるようになったもの。それを節約しても石油の節約にはならず、ゴミとして捨てられるだけである。一方、エコバックはそれを作るのに新たにエネルギーを消費するとのこと。
割り箸が余った木材から作られているのでMY箸などエコでも何でもないのと同じ、むしろ国産の割り箸を使うことが林業への収入を増やし、森林を守ることになるというのは有名な話だが、レジ袋の削減もこれと似たところがある。
さて、関係無い話はこれくらいにして、旅の疲れもあり?この日は10時半に就寝。明日は妹やおばさんの住んでいる余市町へ。
余市町と言えば、以前は宇宙飛行士の毛利さんの出身地と言っていたが、最近はあまり通じなくなってきたので、義家とか言う元ヤンキー先生の母校、北星学園余市高校のあるところと言うとわかってもらえる場合がある。

