カーク船長の娯楽日記

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「まんがで読破」激安セール

amazonではたまに謎のセールをひっそりやっていることがあるようです。以前に何冊か購入したことのある「まんがで読破」シリーズのkindle版が激安セールをしていました。1冊が11円とかです。

とりあえず11円になっているものをすべて購入しました。11円になっていないものもあり、普通に500〜800円前くらいもしますので、勢いでまちがってクリックして一旦購入してしまったものが何冊かあり、そこまでお金を出して買いたくは無いので、それらはすぐ返品しました(笑)。

kindle本の返品は購入履歴のページからはできず、カスタマーサービスからの手続きなので一見わかりにくいですが、手続きそのものは簡単です。間違って購入したと言う理由で7日以内なら返品可能です。

手当たり次第に購入した11円のものは以下の通りですが、今確認したら10円に値下がりしているものや、もとの値段(数百円)にもどってしまったものなどもありました。ジャンルは色々です。



①小説

宮沢賢治「銀河鉄道の夜」


原作の小説は小学校の頃に読みましたが、主人公の名前くらいしか覚えていませんでした。


太宰治「人間失格」


読了。この原作は高校の頃に読みましたが、ほとんど覚えておらず、こんな内容だったかなぁ・・・


小林多喜二「蟹工船」


未読。原作も読んだことがない。


夢野久作「ドグラ・マグラ」


未読。原作も読んだことがない。


シェイクスピア「ヴェニスの商人」


読了。あらすじはなんとなく知っていたが、このマンガを読むとユダヤ人への偏見を植え付ける作品と言うか、当時の人々はユダヤ人の金貸しをこういうふうに捉えていたのか!?金貸しが悪く思われるのはわからないでもないが、それが「ユダヤ人だから」みたいな理屈は正直意味不明と言うか、差別以外の何者でもないでしょう。

シャイロックが極悪人みたいに書かれているが、たしかに金貸しとして強欲なのは間違い無いが、ベニスの商人に差別されたのだから、その仕返しをしたくなるのも当然なので、なんかちょっと気の毒な感じがしないでもない。少なくともヴェニスの商人の側が正しいとか正義とも思えない微妙な内容だとあらためて確認しました。


ドストエフスキー「罪と罰」


読了。これについては以前に書いた?マンガであらすじだけなぞると、たいした話ではなくなってしまう(笑)。小説のほうは高校の頃に途中まで読んで挫折して放り出した記憶が・・・。ドストエフスキーやトルストイなど、ロシアの文豪の作品はとても手に負えませんでした。


プルースト「失われた時を求めて」


未読。原作も読んだことがない。


セルバンテス「ドン・キホーテ」


未読。


ジョージ・オーウェル「1984年」


読了。これについては、昨年に原作の小説も読んだところだったので、マンガでまた内容を確認したことになるが、マンガにしてしまうとやはりあらすじだけ追う感じにしかなっていない。



②宗教・道徳・歴史・神話

新渡戸稲造「武士道」


読了。このマンガ版を読むと、武士道と言うのがものすごい陳腐で自己満足的な道徳(私徳)のゴリ押しにしか思えませんが、新渡戸稲造が書いたものは、本当にこんな内容なのでしょうか!?元の著書の現代語訳を持っていますが、まったく読んでいないので、そのうち読んで確認したいと思います。


宮本武蔵「五輪書」


未読。


カーマ・スートラ


11円なので、なんだかわからずに買ってしまい、まだ読んでいないが、ちょっとヤバそうな内容みたい(笑)。


司馬遷「史記」


未読。中国の歴史物は三国志も含めて疲れそうなのであまり読みいとは思わないのだが、11円だから買ってしまった・・・。


旧約聖書


読了。うーん、ちょっと大ざっぱすぎ!?もの足りない内容。


コーラン


未読。今確認したら、もう11円ではなく元の値段788円になってました。


般若心経


読了。般若心経の現代語訳をマンガにしたものではない。なんか一休さんみたいな坊主が出てきて説教臭い子供向けっぽい部分もあるが、仏教の教えの説明は結構難しいと言うか本格的な内容で文字も多い。そういうところはとりあえずちゃんと理解して読まず、読み飛ばしたので、そのうちまたじっくり読む予定。


論語


未読。


古事記


未読。


日本書紀


未読。


平家物語


未読。



③思想・政治・経済・哲学


ルソー「エミール」


未読。11円だから買ったが、子供の教育論らしい・・・。ルソーの教育論は正直、あまり興味が無いので買ったのは失敗だったかも。ルソーと言えばやはり政治思想の「社会契約論」が有名なので、それを読みたかったが、そっちは11円じゃないので買わず。


マキャベリ「君主論」


未読。


ユング「分析心理学 自我と無意識」


未読。今で言うところのニセ科学かな!?


ヒトラー「我が闘争」


読了。しかし、これは、ちょっと・・・。ヒトラーがどうやってナチスを台頭させ、どうやってドイツを支配したか、その一連の流れをダイジェストでマンガ化しただけであって、ヒトラーの思想がたいして書かれていない。なので、オリジナルの「我が闘争」とはまったく別物の内容なのではないかと思われる。

オリジナルのほうは、高校の頃、家に遊びに来る友人を威嚇するためにマルクスの「資本論」などと一緒に本棚に並べていたが、どちらも中身を読んだことは無かった。

マルクス「資本論」


未読。上で書いた通り、オリジナルの本を高校の頃に本棚に並べてあったが、一度も読んだことは無い。


ケインズ「雇用・利子および貨幣の一般理論」


これは以前に購入して読んだことをすでに書いた。


アダム・スミス「国富論」


未読。


カント「純粋理性批判」


これも未読。


デカルト「方法序説」


未読。

まだ読んでないものは、引き続き通勤電車の中で読む予定・・・
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読書の秋

読書の秋?にはまだ少し早いと思いますが、最近読んだ本・・・

まずはマンガから・・・

雇用・利子および貨幣の一般理論 (まんがで読破 MD134)イースト・プレス
ジョン・メイナード・ケインズ(著)



さすがにちゃんとしたケインズの著作を読むのは無理なので(図書館にでも行けばあるかな!?)、とりあえずマンガで読みました。やはりケインズは素晴らしいですね。なぜ日本がデフレ脱却できないか・・・ケインズ通りにやっていないからです。

ケインズは不況時の失業問題を解決する経済学の理論を構築しましたが、その当時は世界恐慌で、実際にはケインズの理論とは独自にアメリカのニューディール政策や日本の高橋是清の政策などが行われて、内容は同じ、金融緩和と財政出動をやって、世界恐慌によるデフレから脱出することができました。

ところが、戦後、1970年代の不況はインフレの行き過ぎによる不況や失業です。高インフレの時にデフレ脱却を目指す(つまりインフレにする)ケインズの理論にもとづいて不況を克服しようと思っても、無理どころか逆効果になります。あたりまえ。

それをろくに理解もせずにやるものだから、ケインズの考え方はものすごい批判にさらされて、新古典派経済学が勢力を伸ばすことになり、そこから派生した新自由主義が暴走して、デフレもしくは低インフレによる不況下においてインフレ対策と言う真逆の政策を行っているから世界中が滅茶苦茶になっているわけですし、日本もデフレ脱却できないのです。

安倍政権がやっているのは金融緩和と財政引き締めです。これはアクセル踏みながらブレーキも踏んでいるのと同じことです。うまく行くわけがない。まだケインズは蘇っていないと言うことです。

でも、アメリカはリーマンショックから回復しました。オバマ政権は、金融緩和だけでなく、財政出動もかなりやったからです。そうしないと「日本みたいになってしまう」とわかっていたようです。日本はなんと情けない国になってしまったのでしょう。



機動戦士ガンダム C.D.A 若き彗星の肖像 コミック 全14巻 (角川コミックス・エース )
北爪 宏幸(著), 矢立肇・富野由悠季 (原案)



思い切って全巻セットで買いました。大人買い!?でも新品を買うと高いので古本で買いましたから届くまで怖かったですが、かなり綺麗で良かったです。内容もかなり面白かったので満足です。

福井晴敏なんかにガンダム作らせて映像化するのはやめて、こちらをやって欲しいです。

ただ、不満と言うか理解できないのは、ハマーンの人格が変わりすぎで、しかも、突然豹変したように思いますが、その豹変の理由がイマイチ弱いかなと思います。幼少期の設定から間違いでしょう。そこだけ不満ですが、でも考えてみたら結構大きい欠点かな!?



機動戦士ガンダム 逆襲のシャア ベルトーチカ・チルドレン(6) (角川コミックス・エース)
さびし うろあき (著), 柳瀬 敬之 (著), 出渕 裕 (著), 矢立肇・富野由悠季 (原案)


これは1巻から電子書籍で買ってしまったので、そこだけ後悔・・・。まだ6巻までで未完です。もうじき7巻が出て完結かな!?

アニメのほうの「逆襲のシャア」はアムロもブライトも出ているので見ましたが、正直、理解不能の作品です。このコミカライズ版は映画版とはちょっと内容が違っていて、富野由悠季の原案に近い内容と言うことで、違いの確認のために読んでみましたが、本質的な違いは無いように思います。

大きく違うのは、ベルトーチカが登場してアムロの子供を身籠もっていること、これはこれでびっくりですが。あとはナナイとかギュネイの名前が違っていることぐらいでしょうか?

あいかわらず地球に隕石を落とす理由が私には理解できません。

「人類は地球を汚している。だから地球上に人間が住めなくなるように隕石を落とす。」って、隕石を落としたほうが地球は滅茶苦茶になるでしょう。多くの種も絶滅するでしょう。

人間が住み続けて少しずつ地球の環境を破壊し続けるのと、隕石を落として滅茶苦茶に破壊するのと、どっちがマシか・・・と言う話なのかもしれませんが、頭のおかしな奴の発想としか思えませんね。

これが例えば、人類だけを生存不可能にする特殊なウイルスのような生物兵器を地球上にばらまく、とかならまだ話に整合性はあると思いますが・・・ようするに、地球に住んでいる人間を根絶やしにしたいと言う意味で、民族浄化みたいなことをしようとしていると言う話になるでしょうから。

でも、隕石落として核の冬で寒冷化して地球上に人間が住めなくなっても、それはそれで地球環境は滅茶苦茶になるわけですし、人間以外の生物の大量絶滅もを招くでしょう。そうなると、地球を人間から守りたいからやると言う話だったのに、地球の一体何を守りたくてやっているの!?ってことです。

そうじゃなくて、人間を地球から開放して無理矢理宇宙に住ませたらみんながニュータイプに進化するとか言う理由かな?こっちはもっと狂っていて、進化を理解していませんね。厳しい環境にさらせば自然に人類みんなが適応して進化するとか、そんな訳ありません。



機動戦士ガンダムUC 虹にのれなかった男 (カドカワコミックス・エース)
福井晴敏(シナリオ), 葛木ヒヨン(コミカライズ), 矢立肇・富野由悠季 (原案)


これは面白かった!福井晴敏のガンダム・ユニコーンは面白かったですが、ヤマト2202ですっかり嫌気がさしていたのでどうかと思ったら、ガンダムは良いですね。おそらくガンダムのほうが設定にいろいろ縛りが多いので、福井晴敏もあまり好き勝手できないからちょうど良いのかもしれません。ヤマト2202のほうは滅茶苦茶になっています。

いずれにしろ、これは面白い。個人的にも、私くらいの年齢になるとブライトには共感しやすいです。シャアは上にも書いた「逆襲の〜」で頭がおかしくなったとしか思えない行動に出るので



シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感 (幻冬舎新書)幻冬舎
中野信子(著)


この本はAmazonではなく、hontoと言う「丸善、ジュンク堂、文教堂などの店舗とネット通販、電子書籍が連動したハイブリッド総合書店」のほうの電子書籍版を購入。

半額セールみたいのをやっていたので、電車の中とかで読むのにちょうど良いかと思って買いました。なかなか面白かったですが、たぶん以下の本の一般大衆向け版みたいなものではないでしょうかね!?

シャーデンフロイデ: 人の不幸を喜ぶ私たちの闇 勁草書房
(原著), リチャード・H. スミス (著), 澤田 匡人 (翻訳)


こちらは高いですし買ってませんし買う気もないですが、中野信子氏の著書のほうは面白く読みました。

他人を引きずり下ろす、バッシングする、嫉妬する、これらの感情はすべて共同体を守るために人間に埋め込まれた感情であり、それは「オキシトシン」と言う神経伝達物質の作用によるもの・・・だそうです。ちなみに、いじめもオキシトシンの作用らしいです。

オキシトシンは脳下垂体後葉から分泌されるホルモンで、子宮収縮や乳汁分泌などの末梢作用がありますが、男子にもあり、神経伝達物質としても働いていて、俗に「幸せホルモン」などと呼ばれていて、スキンシップなどで分泌が高まり、ストレス軽減と多幸感を与えてくれたり、目の前の相手に愛着を深めたりする作用があるとのこと。

それと同時に、共同体の中で目立つ相手に嫉妬してひきずりおろそうとしたり、異質な者を排除しようとしたり、または愛するもののために命がけの行動に出たりするなど、これらはオキシトシンの作用とのことです。

まあ、ここまで来るとホンマカイナ!?と思いますが、日本社会では「絆」などと言って皆が助け合う強い気持ちがあるのと同時に、マスコミでは常に誰かしらをバッシングしていたり、学校や会社ではいじめが蔓延しているなど、これらは同根で切り離し不可能と言うことのようです。それは私も以前からなんとなく思ってました。

学校のいじめも、学校がもっと個人主義でみながバラバラになればなくなるものだろうと思います。小・中学校よりも個人の結びつきの弱い大学のほうがいじめが少ないことからもそれは明らかです。

でも、そうやって共同体を破壊すれば、お互いに仲間意識を持って助け合ったりと言うこともなくなるわけです。共同体がなくなって困るのは結局は一人で自立して生きて行けない弱い人たちでしょう。

そう考えると、いじめやバッシングの対象者と言うのは、大多数の人間が共同体を形成して生きて行くための生け贄なのではないかと思えます。



それをお金で買いますか (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
マイケル・サンデル (著), 鬼澤 忍 (翻訳)


ずいぶん前に電子書籍を買って、ちびちび読んでいてやっと読み終わりました。どうして時間がかかったかと言うと、読むのが苦痛の部分が結構多かったからです。

アメリカでは市場主義が行き過ぎて、そんな物まで市場で取引しますか、と言うことがものすごい多いのです。経済学者がなんでもかんでも市場化して、それを経済的合理性とか、諸問題の解決方法とか言って恥ずかしげもなくプッシュしているわけです。

まあ、日本もアメリカのことを言えないくらいかなりヤバイのですが。




一番最初に取り上げたケインズの本と、サンデルの本とは多くの日本人、特に政治家や官僚などに読んでもらいたいですね。あと、日本経済新聞の記者とかにも。まあ、読んでも無駄かな。

特にケインズの本は財務官僚に読んで欲しいですが、財務省では(ケインズ的な政策をやった)高橋是清ではなく(今で言う緊縮ネオリベ的政策の)浜口雄幸らしいですから絶望的ですね。浜口雄幸は緊縮財政と金融引き締め(金解禁)で日本をデフレに逆戻りさせた人物です。財務省では代々の官僚たちが彼を崇め奉り続けて来たらしいですから・・・

そう言えば、石破茂も総裁選の前に浜口雄幸記念館を訪問して何か言ってた見たいですが、この人、本当にダメですね。

石破氏「政治は正しく」=浜口元首相引き合いにアピール-自民総裁選

安倍晋三も財政出動せず金融緩和しかやらないので経済については50点ですが、石破茂は金融緩和にも否定的で、この状況でさらに緊縮財政を安倍政権以上に進めると言うことですから、マイナス100点で、日本経済は一気に終わります。まあ、徐々に終わるか一気に終わるかの違いだけかもしれませんが。

この人を見るたびに、アインシュタインの言葉を思い出します。

「問題をつくりだした時と同じ考え方では、その問題を解決することはできない」

本当にアインシュタインがこの通りに言ったのか、私が思っている意味と同じなのかわかりませんが、とにかく、石破氏のやろうとしているのは、まさにこの言葉通りです。

彼はさかんに「地方創生」と言ってますが、地方が疲弊したのは新自由主義による競争主義、所得再分配の否定、規制緩和、緊縮財政によるものです。

そもそも税収の少ない地方で中央からの補助を減らして努力しろと言ってみたところで、出来ることなどしれています。競争をすれば、都市部に負けるに決まっている。その結果、すべて東京に集中してしまい、事態はさらに悪化しているわけです。

なのに、彼の解決方法、地方創生の方法は、地方の「競争」と「自立」なのだそうです。背景にある考えは言うまでも無く新自由主義と緊縮財政です。

しかし、この考え方こそが地方の疲弊と衰退と言う問題を作り出したわけです。なのに、その問題を作り出した考えそのもので問題を解決しようというのだから、もう笑い話にもなりません。まあ、新自由主義と緊縮財政しか頭にない人ですから。

ちなみに、安倍首相でも大差ありません。野党を入れてもみんな同じです。

ただ、安倍首相は緊縮財政が間違いであることに気づいているフシがあります。一見、そのぶん少しマシなように思いますが、結局は財政出動しようとしても、あいかわらず財務省が怖いのと、「国の借金ガー」なマスコミ世論に叩かれて支持率が下がりますから、「賢い」彼はそういうことはやる気が無いのです。これが愛国者でしょうか?安倍支持者のみなさん。

安倍首相も、所詮は自分が首相の間だけそこそこの景気でしのげればそれで十分であって、財務省やマスコミや世論を敵に回してまで財政出動しようとは思っていないのです。あれだけネット上には「シンパ」みたいな勢力がいるのに、です。

それが日本にとって必要だとわかっていてもやる気が無いのだから、そもそもバカでわかっていない石破よりタチが悪いと私は思います。だから、どっちでも期待できないことには変わりません。

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いずれにしろ、政治家なんか支持してもだめで、救世主などいないと言うことです。

うーん、話がそれた・・・

世の中、対案もなければ解決方法も無い(正確には、解決方法はあるけど多数派や主流派の理解が得られないから実現できない)問題などゴロゴロしています。どうにもなりません。無関心になるのがストレス少なくて良いのでしょうが、そうできないのが困ったところです。
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日本に「リベラル」は見当たらない

最近よく「リベラル」と言う言葉を聞きますが、なんかおかしな使われ方をしています。政治的な主義・主張における「リベラル」の本来の意味と、たとえば「民進党のリベラル派」などと言うときの「リベラル」の意味は違っているように私には思えます。辞書的には「liberal : 寛容な〜、自由主義の〜」のような意味ですが。

日本では主に「護憲派、安保法反対派」もしくは「ハト派」のことをリベラルと言っていますが、本来の意味とは違います。「タカ派とハト派」的な構図は多少はどこの国もあるかもしれませんが、護憲派と改憲派と言う対立軸そのものが、日本独特のものですし、いずれにせよ、世界的には「ハト派」が「リベラル」と一致するとは限りません。

また、リベラルは多様な価値観を尊重するわけですから、自分が「善」と思わないものを「善」と信じる他者とも共生しようと努力する考え方なので、自分の信じる「善」を振りかざして、相手を排除するのはリベラルな態度ではありません。この基準に当てはまるような政治家・言論人等は、ほとんど見当たりません。私は改憲派・護憲派の両方の言論を見ていますが、どちらも相手を口汚くののしり悪者にする人たちばかりです。「多様な価値観を尊重せよ」と「リベラル」なことを言っている人たち自身が自分たちと違う価値観の人を悪として排除しようとしているくらいです。

さらに、「リベラル」ならば「福祉国家」を目指す「大きな政府」になりますし、経済的弱者の救済を優先しますので、逆進性の強い消費増税などするはずありません。財政規律より財政出動を優先するのが他国の「リベラル」です。

ところが、日本の「リベラル」と言われている政治家たちは、自民党とかわらず財政健全化という名の「緊縮財政路線」=「小さな政府」なので、つじつまがあいません。まあ、日本人のほぼ全員が「日本は財政危機」と言うウソを信じているせいで「小さな政府」路線しかなくなっているのかとは思いますが。山本太郎ですらこの財務省発のウソに最近では気づき始めたようですが・・・放射能より怖い放射脳な彼が言うと逆効果なので心配です(笑)。

いずれにせよ、日本のリベラル派と言われる人たちは、おそらく憲法とか安保とかばかりに熱心で、弱者と言ったら差別されているような極端な弱者のことだけ(これも大事ですが)で頭がいっぱい、一般の国民が徐々に貧しくなり中間層が貧困層に転落しているような「地味」な弱者の増加問題には関心が薄いのではないかと思います。ここらへんは、実は世界のリベラル派にも共通しています。そのために、左派のサンダースやメランションだけではなく、右派のトランプやルペンが支持を増やしたわけです。主に先進国で貧しい労働者階級が増えているのに、既存のリベラル勢力は無力です。

それはともかく、日本に本当の意味での「リベラル」勢力は見当たりませんし、世界的にも「リベラル」は退潮ぎみです。では、本当の意味でのリベラルとは何か!?

政治哲学者のマイケル・サンデルは、リベラルな思想=リベラリズムを、政治を行う上での基礎となる価値観(政治哲学)の一種に分類しています。そうした価値観にはリベラリズムの他にも3つあり、順番にサンデルの分類に従って紹介したいと思います。



この本に書かれていることですが、要約はこちらを参考にしました。



政治哲学の基礎となる4つの「主義」

(1)「功利主義」、(2)「リベラリズム」、(3)「リバタリアニズム」、
(3)「コミュニタリアニズム」


人々の「幸福」について何を重視するかによって上記の4つに分かれるようです。その基準は、「幸福の総量」か「権利」重視か「義務」重視かです。



(1)幸福の総量重視
「功利主義」(ジェレミー・ベンサム)

「功利主義」は、個々人の喜びを増やし苦しみを減らすことで、社会全員の幸福の総和を最大にしようという考え方です。一人一人の喜びや苦しみを「量」として把握した上で、喜びから苦しみを引くとその人の幸福がわかる。その量を合計し、最大にするのが正しい行為であり政策だという考え方です。


→「最大多数の最大幸福」と言う考え方だが、二つの点でおかしい。

①「幸福」が定量可能であると考えている点がおかしい。
②いじめが正当化されてしまう。

特に②は致命的で、例えば10人で構成されている社会があると仮定して、その10人全員が幸福度70点の社会は合計700点ですが、例えば10人中の9人が80点で1人だけ0点の社会では合計720点となって、こちらのほうがよりよい社会と言うことになってしまいます。多数がより幸福なら少数は不幸でも良いと言うことになりかねません。



(2)個人の権利重視・その1
「リベラリズム(自由主義)」(ジョン・ロールズ)

「リベラリズム」は、通常の基本的人権として考えられる結社の自由、言論の自由といった政治的自由を尊重するとともに、いわば福祉の権利も重視します。そういう意味では福祉国家の思想ということになります。


→「自由」「平等」「友愛」と言うフランス革命のスローガンに1番近い考え方かと思います。私なりに解釈すれば、政治的には「弱者」=マイノリティの保護や権利の保障などを重視し、経済的には規制や所得再分配などの福祉政策により「弱者」の自由を政府が保障すべきとする考え方になると思います。

つまり、「弱者」「少数者」の自由や権利を政府が保障する(そのため強者の権利は一部制限される)と言う考え方です。当然ながら、強者を規制するわけですから、政府の権力が強くなければそれはできません。「強い政府・大きな政府」路線と言って良いでしょう。



(3)個人の権利重視・その2
「リバタリアニズム(自由至上主義)」
(ロバート・ノージック)

「リバタリアニズム」は、政治的自由とともに経済の領域における自由を重視します。自分が労働によって正当に得た物は自分のものと考えて、所有権を非常に重視しています。例えば、福祉のためとはいえども累進課税で国家が強制的に取り上げることには反対します。規制緩和、民営化の思想でもあります。


→「超」小さな政府の考え方です。政府は個人の価値観や経済活動に干渉すべきではないとの考え方。政治面・経済面いずれも自由放任が良くて政府はなるべく個人や市場に介入するなと言う考えです。

政治面では「リベラリズム」と共通点もあるが(古い価値観や因習・道徳にしばられない自由)、私の印象としては、それよりもむしろ、社会規範の否定、価値観の自由、法律による縛りも最小限にすべきで「人に迷惑をかけなければ何をしても良い」と言う超個人主義・自由放任主義の考えのように思います。

結局、リバタリアニズムは、リベラリズムと同じく「個人の権利」を重視してはいますが、誰の権利なのかが違い、「弱者の権利」を重視するリベラリズムとは真逆で、「強者の権利」を重視していることになるので、実際はほとんど真逆の思想のように思えます。

この思想は公権力・政府を信用せず、むしろ邪魔なものとみなす思想でもあり、無政府主義に近いように思います。日本で反政府・反権力を唱える人は、その政府・権力を潰して自分に都合の良い政府・権力と取り替えようとしているだけであり、政府や権力そのものを不要とは思っていないでしょう。

リバタリアニズムの基本的な理念は、17世紀のイギリスの政治思想家ジョン・ロックにまでさかのぼり、彼の考え方はアメリカの建国理念の一翼を担っているわけですから、こういう思想が出てきても当然かなと思います。

アメリカで銃を持つ権利を重視するのは、「市民はいざとなったら政府に(武力で)抵抗する権利がある」と言うロックの思想とつながっているそうです。だから銃を持つのは自分の身を守るためだけではなく、政府が市民の敵になるならば銃を手にとって抵抗するためでもあるようです。

そう、アメリカ人は「政府」と言うものを信用していないんですね。元々イギリス政府に抵抗して独立したわけですから、政府はいつか自分たちの敵になるかもしれないとどこかで思っているのかもしれません。なので、「お上」意識の強い日本人にはあてはまらない思想だと思います。



(4)共同体の価値を重視
「コミュニタリアニズム(共同体主義)」
(マイケル・サンデル)

権利を重視する3つ目の考え方が、美徳を中心に正義を考えるやり方です。サンデルはこの考え方です。リベラリズムやリバタリアニズムはあくまでも人権というように個人を中心に考えますが、コミュニタリアニズムは人々が共にあることに注目し、共に考え、共に行動する共通性を重要視しています。

また、コミュニタリアニズムの特徴として「善き生」──善き生き方を考えることが、正義を考える上でも大事、という点が挙げられますね。共通性と善のふたつに注目し、政治の目的を「共通善(何がコミュニティにとって善いことかという考え方)」に置いています。


→サンデルはこの4つめを支持している人です。そして、私も実は日頃から言っていることとは矛盾しますが、この4つめが1番まともかなと思っています。サンデルの本を読むとそうなります(笑)。

コミュニタリアニズムは、直訳すれば「共同体主義」になります。共同体の人々に共通の価値観(正義・道徳など)を重視しましょうと言う考え方です。

ただし、共同体の価値を重んじるとは言っても、個人を共同体に隷属させ共同体のために個人の自由や権利を犠牲にしても全く構わないというような全体主義・国家主義の主張とは違います。

とは言っても問題点もあり、一つは、共同体の価値観に反する者は排除すると言う考え方にもつながるでしょう。

もう一つは、果たして、国家レベルの大きな共同体に、共通の価値観など構築可能なのか!?と言う疑問も当然出てくると思います。

そういう不完全さはあっても、人間は社会的動物であり、お互いに助け合ってしか生きて行くことができない存在、そのようにして発展してきた生き物だと思います。

むしろ、共通の価値観どうしの集団でゆるくまとまって、その最大公約数の最小単位を国家とすべきかなと思います。そして、同じ国民は仲間同士なのだから、助け合うのが当然と考えるのが自然ではないでしょうか?実際、日本人の多くはそのように行動しています。これは、ある種のナショナリズムであり、最近注目されつつある「リベラル・ナショナリズム」と言う考え方に近いと思います。

リベラル・ナショナリズムの立場では、国家は個人の権利を抑圧する装置ではなく、個人の権利を守るための存在であり、少なくとも同じ国民は仲間同士なのだからお互いに助け合うものと言う考え方になります。この考え方によれば、社会保障や福祉政策にともなう累進課税や所得再分配の根拠に、「同じ仲間同士だから困っている人がいたら助けるのが当然で、それを負担するのは余裕のある者の役割」と言えるわけです。

まあ、しかし、実際には難しいですね。特に日本では自分と考え方が違う相手を徹底的に攻撃して排除しようとするのが左右ともにさかんで、国民同士で足のひっぱりあいばかりしています(これこそリベラルとは真逆の態度!)。とても、「同じ国民なのだから」と言うことでまとまるのは難しそうです。だから、党派的にまとまって敵をたたくと言う発想が私は嫌いなのです。

途中から、コミュニタリアニズムとリベラル・ナショナリズムがごっちゃになってしまいました。このへんの区別はまだ勉強不足です。まあ、別に結論を急ぐ必要はないので、もう少し考えてみたいと思います。
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意志決定は誘導される

脳科学とか言われているものには、心理学のようなものや、科学とはいいがたい怪しいものなども含まれており、怪しげな「脳科学者」もかなり多いように思います。もともとまともだった人でも、M木K一郎氏のように脳科学者としてテレビに出て有名になると、脳科学以外の分野ではそこらへんのオッサンと同レベルな知識・見識しか無いことを忘れてしまうのか、ツイッターで愚にも付かないことばかりつぶやいて炎上をくりかえすようになる人もいます。

そんな中、怪しくない脳科学者と言うかまともな脳研究者のコラムを読んでなるほどと思いました。タイトルは以下です。

なぜ能力の低い人ほど自分を「過大評価」するのか

このタイトルを見れば誰しも、自分のまわりに実際にいる「能力が低いのに自分を過大評価している誰か」を思い浮かべると思いますが(笑)、実際はそういう話ではありません。

このコラムで書かれている内容は、要するに、「自分で自分の無能な部分に気づくことはできない(難しい)」と言う意味のことです。そう、ある意味このコラムは、自分自身のことを言っているのかもしれないのです。実際、私もそうでした(汗)。

「自分のダメなところには自分ではなかなか気づけない」と言う、まあ言ってみればあたりまえの話です。これも脳科学と言うより心理学みたい話ですが。

それはさておき、このコラムの後半に書いてある、「どうすれば収入を増やせるか」のところの「おとり効果」の話のほうが私は面白かったです。

カレー屋のメニューが

普通カレー ¥1000

特製カレー ¥1500

の二つだと、¥1000のカレーを注文する人が多かったとしても、選択肢を1つ増やして

普通カレー ¥1000

特製カレー ¥1500

極上カレー ¥3000

とすると、この「3000円のカレー」を注文する人はほとんどいなくても、1500円のカレーを注文する人が激増するらしいです。

もっとすごいのがこちらの例。米マサチューセッツ工科大学のアリエリー博士ら実験です。

経営学専攻の学生に英経済誌『エコノミスト』を定期購読してもらいました。

ウェブのみ購読  $59

冊子&ウェブ購読 $125

という選択肢では、冊子とウェブの同時購入を選んだ学生は32%だったのですが、選択肢を増やし、

ウェブのみ購読  $59

冊子のみ購読   $125

冊子&ウェブ購読 $125

としたら84%の学生が冊子とウェブの同時購入を選びました。冊子の値段を「冊子&ウェブ」と同一に設定することで、見かけ上のお得感を狙っているわけです。

実際、この効果は絶大で、おとり選択肢を一つ増やしただけで、40%以上の収入増となりました。


そう、「人は意志決定を自分で行っていない」と言うか、自分で決めているように思っていても、かなり誘導されていると言うことです。


さらに、以前に聞いた話ですが、これはScienceと言う有名な学術雑誌に載った研究ですが・・・
死後の臓器提供の意志を示した人の割合を欧州11か国で調査した結果、比率が以下の通り両極端になっている理由を調べたものです。

死後の臓器提供の意思を示した人の割合
 オーストリア 99.8%
 ベルギー 98%
 フランス 99.91%
 ハンガリー 99.97%
 ポーランド 99.5%
 ポルトガル 99.64%
 スウェーデン 85.9%
――――――――――――――――
 オランダ 27.5%
 英国 17.17%
 ドイツ 12%
 デンマーク 4.25%

これを見ると、極端に高い国(スウェーデンより上)と低い国(オランダより下)とにはっきり分かれています。これは何故でしょうか!?

文化や国民性の違い?ではドイツ12%とオーストリア99.8%で真逆になるはずがありません。オランダでは元々もっと低かったのが、国中やマスコミが全勢力を上げて運動を展開して提供に同意する人を増やすべく頑張ったにもかかわらず、27.5%止まりでしたが、スウェーデンより上に書いた国ではそれほど努力はしていないのに高い%です。

では一体何の違いでこんなに差が出たのか!?答は意外に簡単なことと言うか単純な、たった1つのことでした。

臓器提供意志表示カードの様式の違いです。

極端に高い国(スウェーデンより上)の臓器提供意志表示カードの形式は「臓器提供の意志がない場合には✓」の形式に、極端に低い国(オランダより下)は「臓器提供の意志がある場合は✓」の形式になっているのです。

つまり、スウェーデンより上の国では、提供したくない人は✓をつけて、未記入の人は提供する意志があるとみなされるから高くなり、オランダより下の国は、✓をつけない限り提供の意志はないとみなされるので低くなるわけです。

こういうのを「オプトイン/オプトアウト」と言うようです。

オプトイン(opt in)とは、参加すると言う意味、明確に同意することです。一方、オプトアウト(opt out)とは、参加をやめること、脱退することです。

これはまあ良いのですが、怖いのは、「オプトアウトをしないかぎり同意をしたものとみなす」のも、オプトアウトに含められてしまっている点です。

臓器提供を拒否しない限り、提供に同意したものとみなす・・・と言うのはかなり乱暴なような気がしますが、スウェーデンより上ではそうしているのです。でも当人はチェックしないと提供の意思表示をしたことのなるのが分かっているわけですから、質問の形式が意思決定を誘導したことになるでしょう。

ちなみに、日本の運転免許証の裏面にも臓器提供の意志表示を記入する欄がありますが、これは面白いことに、

1.心停止と脳死で臓器提供
2.心停止の場合のみ臓器提供
3.臓器提供しない

の3つが書いてあり、希望するものに○をつける形式になっています。記入しない場合は判断保留と言うことになるようですが、実際には日本はオプトイン型なので、提供する意志を示していなければ、提供しないことになります。これは意思表示を誘導しない良心的な形式だと思います。

少し話がそれてきた気がしますが、自分でものごとを判断していると思っても、実際にはかなり誘導されていると言うのは興味深いですね。
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サンデルを読んでる

気象庁によれば、ようやく近畿地方も「梅雨明けしたとみられる」と言うことらしいですね。昔みたいに梅雨明け宣言などせずに、少しぼかして表現するようになったところは進歩だと思います。未来は確率的にしか予測できませんので、梅雨明けしたと断定するのはそもそも無理な話なのです。

さて、すっかり夏のようで蒸し暑くてイライラ。釣りに行けないのにタコやカツオが爆釣でイライラ。仕事でもイライラ。テレビを見てもイライラ。まあ、テレビはほとんど見ませんが。



さて、冷静に・・・頭を冷やすために考えましょう。

以下、長文かつ哲学的内容を含んでおります乱文ですので、超ヒマで忍耐力のある方だけどうぞ・・・
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