カーク船長の娯楽日記

周回軌道上から地球を眺めつつしたためた恒星日誌
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まだガンダム

6日 なんばパークスシネマにて「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 激突 ルウム会戦」のイベント上映を、仕事帰りに寄り道して見て来ました。

その前に夕食・・・夕方の6時ちょうどくらいだったので、店はまだ空いてます。

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パン食べ放題だが、冷えたパンなのでそれほど食えず・・・

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ハンバーグまあまあ美味しかったですが、店が空いていたので何より快適でした。しかし、食べた直後にお腹がいたくなり10分くらいトイレにこもってました。前日からお腹の調子が悪かったので・・・

幸い、その後は大丈夫だったので映画鑑賞に支障はなかったから良かったですが。

さてさて、劇場内に入り着席、となりのオッサンが足を組んでいてその靴底が私のヒザの近くに来てイライラ。触りはしなかったが、近い・・・顔も無神経そうな感じでした。

肘掛けも、2人分あるのですが、隣のオッサンはギリギリまでこっち側に肘を出して来ている。少しでも触れたくないので私は体をひねって見る格好になるので疲れます・・・

電車でも隣の人と肩とかが触るのがものすごいストレスになるので最近は座らなくなりました。股を広げているやつに至っては殺意すら感じます。肩幅以上に足を広げるのはダメでしょう。

いずれにしろ、他人が自分のそばにいるのがストレスです。公衆トイレで横に人が来るとオシッコ出ないし(笑)。このデリケートさは一生治らないんですねー。治るならもう治ってるでしょうから、もうこの年ですので。

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その隣のオッサン3人組、ぐちゃぐちゃしゃべってウザいです。良い年してゾロゾロ連れだって行動する人間が理解できない。幸い、本編中は静かにしていたので一安心。

客の大半がオッサンばかりです。ほぼ老眼が発症している年齢のオッサンばかりが見に行く映画のパンフレットなのに・・・文字が小さすぎ!

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文字が小さくないところもありましたが、小さい文字の部分があるのが困ります・・・

見た感想を列挙。あくまでガンダムのことなどろくに理解していない私の個人的な感想なので、本作の熱烈なファンの方、気を悪くされませんように(読まないほうがいいかも)。

・セイラの声が変
→旧作のセイラの人(すでに逝去)の声と違いすぎる。旧作の声が好きだったので、あまりに違いすぎて残念・・・まるで別の人としか思えない(実際、別の人ですが)。今作でセイラを演じているのが旧作ララアの声をやっていた超有名な声優の潘恵子の娘らしいが、母親と比べると平凡すぎる。

・カイの人格が変わっている
→まるで別人の性格。ガキ大将のようにふるまってリーダーシップを発揮している。こんな性格だったっけ!?私のイメージとは違う。しかし、声優さんは70歳を超えたと思えないくらいいまだに素晴らしい!シャアの声の人も70歳近いのに、どちらも青年の声としてさほど違和感はない(ゼロではないが)。

・ハモンの歌はいらない
→臭すぎるシーンに思えた。歌も歌い方も好みじゃないので(個人の感想です)。少なくともフルコーラス歌わして時間を費やす必要もないように思うが。歌っているハモンの表情の描写もイマイチだったし。

・ストーリーが断片的すぎ
→前々作くらいまではシャアを軸に主役がわりとはっきりしたストーリー展開だったが、戦争へ向かう大きな話の流れ中で小さなエピソードが個々に展開するのを寄せ集めた群集劇(群像劇?)のようにならざるを得ないからしょうがないとは思うが、1話の映画として見た時に、ストーリー進行の起伏がおかしい。

・話がすすまなさすぎ
→ルウム会戦がはじまって、シャアが出撃したところでブッツリを終わるのはどうなのか・・・あまりに切りの悪いところで終わっているので、見終わった後に不完全燃焼のようなモヤモヤが残る。

・戦艦や艦隊戦、モビルスーツの動きなどは良かった
→子供の頃に見た印象として、ガンダムに出てくる戦艦は、ヤマトに出てくる戦艦(とくにヤマト2)と比べてあまりにダサいと思っていましたが(特にムサイなど、スタートレックのエンタープライズ号をさかさまにしたような形)、今作ではかなり改良?されたのか、ムサイも昔よりマシに見えますし、マゼラン級などはなかなか格好良く見えました。艦隊戦のビーム砲の射撃もなかなか良かったです。

なんか、完全に雑記になってしまった・・・




5月末にイサギを釣ってから、その後は忌中で釣りを控えており、7月に入って以降はタコかイカ釣りのみだったので、もう3ヶ月以上も「魚」を釣っておりません・・・

だから、と言うわけでもないですが、この時期の大阪湾のイワシは脂がのって美味しいらしいので、買ってきてもらいました。

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確か、「金太郎イワシ」とか呼ばれていたと思うのですが、「金時イワシ」になってました・・・

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なんにしろ、脂がのっていて美味しかったです。写真でわかりにくいですが、皮を引くと真っ白でした。ちょっと小ぶりなので処理は面倒ですが、手間をかける値打ちがありました。
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I want to believe. / Trust no one.

なんでそんなに簡単に物事を信じられるのか・・・とか下で書きましたが、私も、若い頃には根拠の乏しいことを色々と信じていましたので偉そうには言えません。

その一つが、「オカルト」です。雑誌「ムー」も高校までは読んでました。はっきり言って、信じやすいタイプでしょう(笑)。

でも、何も信じないと言うのもまた極端な話ですから、では何をどう信じたら良いのか!?と考えた時に、科学的・論理的に考えると言うことと、十分な証拠や根拠が出てこないうちには結論を出さないと言う姿勢が大事なのかと思います。

実は、この、結論を保留すると言うのはかなり難しいのです。人間の脳は、わからない状態で置いておくのがストレスになるのか、何らかの解釈をして結論を出してしまいたがるようです。

それで思い出したのが、今から20年くらい前にやっていたSFドラマ「X-ファイル」です。何と、昨年には続編のテレビシリーズ「X-ファイル2016」も製作されています。

FBIの捜査する事件において、超常現象(超能力、心霊現象、UFO、UMAなど)がかかわっているために未解決になっている事件のファイルをまとめたものが「X-ファイル」です。もちろん架空の設定です。

この「X-ファイル」の事件を捜査する二人のFBI捜査官のうち、1人は超常現象に肯定的な男性捜査官モルダーで、もう一人は懐疑的な女性捜査官スカリーです、この一見対照的に見えるコンビのやりとりが面白いです。

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モルダーが不思議な事件を超常現象として解釈すると、それを否定するためにスカリーはかなり強引に「現実的な解釈」をするのですが、私からすればスカリーの解釈・説もオカルト並にありえないことばかり言うので、どっちもどっちだと思って笑って見ていました。まあ、スカリーからしたら、超常現象と解釈するよりはマシと言いたいだけなのかもしれませんが。それにしても、仮説にしてもあり得ないだろうと言うレベルです。

で、この物語でX-ファイル課のモルダーの机の後ろに張ってあるポスターが、これです。



↑AMAZONで見つけたので買おうかどうしようか悩み中ですが(笑)、ちょっと本物とはUFOの形が違うようなので、やっぱりやめようかな!?

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このモルダーがとても魅力的なキャラクターで、私は大好きです。モルダー捜査官は、オックスフォード大出身で犯罪心理学に精通しておりプロファイリングさせたら超一流でFBIの中でも腕利きの捜査官だったにもかかわらず、X-ファイルに興味を持ち始めてからはそちらにのめりこんで変人扱いです。あだ名が「変人モルダー」、英語では「Spooky Mulder」、スプーキーとは薄気味悪いとか不気味とかオカルト的みたいな意味だそうです。

捜査官としてかなり有能なのに、超常現象がらみの変な事件ばかり追いかけることに夢中で過労気味だが寝るのはベッドではなくソファーの上、数少ない友達と言えばオタク3人組、長身で二枚目なのに彼女もおらず女性も口説かず、ポルノビデオと昔のホラー映画を見るのが趣味(笑)。

そのモルダーが貼っているUFOのポスターに書いてある言葉が

I want to believe. (信じたい)

です。

あと、もうひとつ。異星人の地球への入植とそれにかかわるアメリカ政府の陰謀を扱った一連の話で出てくるキーワードが

Trust no one. (誰も信じるな)

です。

でも誰も信じないと言うのは不可能です。自称「疑り深い人」と言うのをたまに見かけますが、そういう人たちでも、たいがいは自分だけは信じています。たんに主観が強く客観性に乏しいだけの人にしか見えません。

X-ファイルで言えば、モルダーやオタク仲間がスカリーのことを「疑り深い相棒(Skeptical partner)」と揶揄していますが、超常現象をかたくなに否定する=超常現象はありえないと信じているわけです。しかも、物語の世界の中では明らかに超常現象が存在していて、その証拠を目にしてもまだ否定するのは、もはや疑り深いのではなく、「超常現象が存在しない」と信じたい、と言う状態です。

なので、「疑り深い人」と言うのも結局は「Trust no one.」ではなく「I want to believe.」なのです。と言うか、無自覚な「I believe myself.」にすぎないでしょう。

私も昔は疑り深いほうだと自分では思っていましたが、高校の倫理・政経の時間に哲学者デカルトの「我思う故に我あり」を習って以降、自分もそれほど疑り深いわけではないなと気づきました。

疑り深いと思われている人ほど詐欺にあいやすいそうです。これは、そういう人は、他人を信じなくても自分の判断そのものを疑うことがないからでしょう。そういう相手には、自分で判断したと思わせることが出来れば、かえってだましやすいと言うことです。

やっぱり、自分の判断は本当に正しいのかと常に疑っていないと、間違ったものを信じることになります。でも、上に書いた通り、判断を保留しておくと言うのはかなりのストレスです。

本当に何が正しいのかを判断しようと思うと、かなりの苦痛がともなうのだと言うことですし、だから宗教なりイデオロギーなりが人々には必用なのかもしれないなあと思う今日この頃です・・・

しかし、私は今のところ信じられる宗教やイデオロギーには出会えてません。うまく私を騙してくれるものがあれば、信じたいとは思うのですが(笑)。

なんのこっちゃ!?
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古谷一行の金田一耕助

最近、本当にテレビを見なくなりました。リアルタイムで見るのは朝と晩のNHKニュースくらいで、他は録画しておいて見る感じです。

ここ最近見ているのは、CSのAXNミステリーチャンネルとかで今やっている、「古谷一行の金田一耕助」シリーズです。

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Wikipediaによると、古谷一行が金田一耕助を演じたテレビシリーズは3期ぶんあるらしく・・・

(1)横溝正史シリーズI(1977年)
(2)横溝正史シリーズII(1978年)
(3)名探偵・金田一耕助シリーズ(1983年 - 2005年)

(1)と(2)は名作ぞろいらしいですが、今回、放送しているのは(3)の一番新しいシリーズで、1983年から2005年にかけて不定期に放送されていたもののようで、今のところ駄作が多いです。

高校時代に横溝正史の原作も何冊か読みましたが、挫折・・・。もっぱら、テレビで放送される石坂浩二&市川崑の映画版が好きでそれだけ見てました。なので、古谷一行の金田一はほとんど見てませんから、最初は少し違和感ありましたが、慣れました。

ただ、どうしてもテレビドラマですから低予算なのか、石坂&市川の映画版の豪華さにくらべると、全体の雰囲気に安っぽい感じが漂ってしまうのはしょうがないでしょうかね。

古谷一行の金田一はキャラクター的に、刑事コロンボに近いです。ヨレヨレで小汚い格好をしていて、人なつっこいがなめられやすいキャラクターです。元々原作でもそういうキャラですが、古谷も石坂も原作よりは二枚目すぎる点だけ違いますが、それでも古谷版のほうがより人なつっこい感じが出ていて親しみやすい感じです。

しかし、今回放送されているシリーズは、かなりの駄作も多いように思います。今のところ見た中では・・・

第1作 「本陣殺人事件」(1983年)・・・◎
第2作 「ミイラの花嫁」(1983年)・・・○
第3作 「獄門岩の首」(1984年)・・・○
第4作 「霧の山荘」(1985年)・・・△
第5作 「死仮面」(1986年)・・・×
第6作 「香水心中」(1987年)・・・△
第7作 「不死蝶」(1988年)・・・△
第8作 「殺人鬼」(1988年)・・・×

と、だんだん駄作ばかりになってます。「本陣殺人事件」は有名ですし名作ですが(殺し方がちょっと凝り過ぎ?)、他はあまり聞いたこと無い作品ばかりですから、原作から駄作なのでしょう。

ミステリーで一番大事なのは、人間ドラマの部分です。トリックの巧妙さとか謎解きとかではありません。と言うか、私個人の考えですが。なので、あまりミステリーは見なくなくなりました。謎解きはあまり興味ありませんので。

殺人事件を扱っているわけですから、そこでリアリティを持たせるために一番重要なのは殺人の動機です。動機に説得力を持たせる人間ドラマがしっかりしていないと、見ていてつまらない。あとは、主人公のキャラクターです。

まだ見ていない以下のわりと有名な作品が楽しみです。

第11作 「悪魔の手毬唄」(1990年)
第13作 「八つ墓村」(1991年)
第14作 「悪魔が来りて笛を吹く」(1992年)
第16作 「病院坂の首縊りの家」(1992年)
第25作 「獄門島」(1997年)

ただ、2時間ドラマとしての放送枠なので(実質1時間40分)、「八つ墓村」とか「悪魔の手毬歌」とかわりと長めの話のやつは内容をすっ飛ばす感じになってしまわないか心配ですが・・・。

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最近見た映画とテレビ

(最近見た映画・その1)「時計じかけのオレンジ」



最近はamazonであまりモノは買ってませんが、amazon primeに加入してしまったので、たくさんの映画が見放題ですから見ないと会費がもったいないと言うことで、以前から見たいと思っていた、スタンリー・キューブリックのこの作品を見てみました。


「時計じかけのオレンジ」の紹介:1971年アメリカ映画。荒廃した近未来のイギリスの街。夜の街にはギャングがのさばり毎夜闘争が繰り広げられる。ギャングをひきいるアレックスは高校生。学校には通わず昼夜逆転の生活。彼が率いるギャングの悪行は日に日にまして、そして彼は・・・。


原作は1962年発表のイギリスの小説家アンソニー・バージェスによるディストピア小説だそうです。手塚治虫のマンガで「時計仕掛けのりんご」と言うのがありますが、内容は全然関係無いそうです。タイトルを真似しただけでしょう。

「ディストピア」とは「ユートピア(理想郷)」と逆の社会のことで、SFの舞台設定としてよく使われています。

SFでよく見られる「ディストピア」の例としては、「表面的には秩序だって管理の行き届いた世界に見えるが、その内実は極端なまでの管理社会であり、言論の自由や選択の自由などがない社会」のようなパターンです。

この元祖?にあたるのが、全体主義に支配された社会を描いたジョージ・オーウェルの「1984年」です。高校の頃に読んで、最近また読みましたが、まあSFというより、(書かれた当時の)近未来ポリティカル・フィクションと言う感じでしょうか。それ以外にも、最近のSF映画でもよくある設定です。

「時計じかけのオレンジ」もSFではなく、暴力がはびこる近未来で、政府が凶悪な暴力犯にたいして人権無視の洗脳のような治療方法によって暴力性を抑えようとするが・・・というような内容です。

暴力とレイプにあけくれる主人公が仲間の裏切りで逮捕されて、刑期短縮のかわりに「ルドビコ療法」というものの実験台になって、人格改造により善人になると言うものです。

このルドビコ療法とは、拘束服でイスに縛り付けられて眼球を強制的に見開かされた状態で、暴力やレイプの映像を見せながら、投薬によって吐き気や不快感を植え付けるというものです。この時に、なぜかベートーベンの第九を聴かせながらやるので、ルドビコ療法と名付けられています(ルートヴィヒ・ファン・ベートーベンの「ルートヴィヒ」のイタリア語)。

その治療の結果、主人公は、暴力や性衝動を感じると、そのとたんにゲーゲー嘔吐してしまって何もできなくなり、ボコボコにされても抵抗できなくなってしまいます。これをもって「治療が成功」と判断されますが、耐えられなくなって自殺を試みた結果、一命を取り留めて、治療効果も消えており、以前よりも悪くなったことを暗示して終わると言う内容です。

この「ルドビコ療法」と言うのは、暴力性や残虐性を「治療する」と称して、本人の選択の自由を奪って生理的な嫌悪感を植え付けることで犯罪性を抑止しようとするものです。暴力的場面と身体的不快感をパブロフの犬のように条件付けすることで、主人公のの暴力的傾向を抑えるものとして描かれています。

従って、表面上は善人のようにふるまったとしても、内面から改心しての行動ではない、自らの自由意志による選択の結果としての更正ではなく、トラウマを植え付けることによってそうふるまうように強制されているにすぎません。そういう点で考えさせられる部分があります。

暴力や性的なシーンがあるので要注意とのことでしたが、どちらもたいしたことないので大丈夫でした。やっぱり映画が古いから、当時は衝撃だったのかもしれませんが、今の時代に見ると、暴力シーンはちょっとコントのように見えてしまいます。レイプシーンもエロくないのでどうってことないです。むしろ滑稽に描かれている?そう見えるだけかも。

まあ、正直、古い映画で今見るとたいしたことないではないか、と言うのが全体の印象でした。あと、見ていて楽しくはないです。

スタンリー・キューブリックと言えば、私にとっては「2001年宇宙の旅」の映画監督であり、これが同じ人物の撮った映画なのかとびっくりでしたが・・・




「ソラリス」



これまた、AMAZON primeに加入したので無料で見ました。本当はタルコフスキーの「惑星ソラリス」のほうが見たかったのですが(有名なので)、この作品はそのリメイクと言って良いでしょう。



原作は、ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの「ソラリス」です。



私が見たのは、2002年にアメリカの映画監督スティーブン・ソダーバーグによりリメイクされたほうで、主演はジョージ・クルーニーです。内容は、あらすじから判断すると、原作の再映画化と言うより、タルコフスキー版のリメイクと言ったほうが良いでしょう。

あらすじ

海と雲に覆われた惑星ソラリスを探索中の宇宙ステーション「プロメテウス」との通信が途切れたことから、心理学者のクリスは調査のために派遣される。

「プロメテウス」に到着したクリスが目にしたのは、友人の自殺死体、いないはずの人物の痕跡、そして知性を持つ有機体である海が及ぼす、不可解な現象の数々であった。

どうやら、この不可解な現象は惑星ソラリスを覆いつくすソラリスの海がなんらかの知的活動を行っており、その結果として引き起こされているものである可能性が見出された。はたして人類は「ソラリスの海」との間にコミュニケーションすることができるのか。ソラリスの海が考えていることを人類は理解できるのか。形而下的で形而上的な課題がたちあらわれる。


タルコフスキー版も、ソーダーバーグ版も、どちらも主人公と主人公の亡くなった妻(ソラリスが主人公の記憶の中から再合成して送り出してきた存在)との関係に話が集中しています。

しかし原作では、それ以上の大きなテーマとして、「人間と、意思疎通ができない生命体との、ややこしい関係」について思弁的な物語が展開されているそうなので、力点がずいぶん違うようです。SFのテーマより表現重視の芸術作品?

私としては芸術作品を見たいわけではなく、SFとして面白いものが見たいので、たぶんタルコフスキー版を見てもつまらないと思うでしょうし、高校時代に原作の小説は持ってましたが、途中で放り出した記憶があります。なので、「ソラリス」はもういいです(笑)。

・・・と言うことで、AMAZON primeで見た映画2作品は、いずれもハズレでした(笑)。




(最近のテレビ)

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ヤマトのどこが面白い!?


宇宙戦艦ヤマトは、私にとっては特別な作品と言いますか、自分が物心ついて人生で最初に夢中になったものです。

このヤマト、初回の放送時は低視聴率のため50話以上の予定が26話に短縮されたほどですが、再放送をやっているうちに人気が爆発して後に社会現象にまでなったのある程度の年齢以上の方はご存じでしょう。このヤマトですが、何と私は初回の放送から見ていたのです。まだ6歳でしたが。

当時、ヤマトの裏番組には、高視聴率番組の「アルプルの少女ハイジ」と、そこその人気の「SFドラマ・猿の軍団」とがあり、まだ小学校入学前の私は、おぼろげな記憶では「ハイジ」を見たり「猿の軍団」を見たりしていたように思いますが、3、4歳年上のいとこが札幌から法事か何かでやってきた時に、「これを見るべし」と言って「宇宙戦艦ヤマト」を教えてくれたのがきっかけで見るようになり、それからの私は、親に「ヤマトきちがい」と言われるほど熱心に見ていたようです。

初回放送は低視聴率でも、再放送ごとに人気がでて、本放送をただつなぎあわせただけの映画が大ヒット、そして続編「さらば宇宙戦艦ヤマト・愛の戦士たち」が製作されてこれまた爆発的なヒットとなったわけです。

と、ここまでは良かったのですが、「さらば宇宙戦艦ヤマト・愛の戦士たち」の内容をテレビシリーズにした「ヤマト2」では途中からちょっと話がかわっており、映画のほうではほぼ全滅した主要キャラクターが、このテレビシリーズのほうでは生き延びており、映画で泣かせておいて、こっちでは生き残るとはちょっとどうなのかと。

まあ、それはまだ良いとして、ここからはパラレルワールドになるのか、その後に続編がどんどん作られて、そのたびにだんだん飽きられてしまい、人気はジリ貧でした。

まあ、こっちもどんどん年を取ってSFもいろいろ見たり読んだりして目が肥えてきてますから、基本的に同じような話(地球が侵略されてヤマトがそれを救う)の繰り返しですから、続編を作ってもなかなか厳しいものがありますし、しかもヤマトは設定上の矛盾やらご都合主義などが多くてツッコミどころ満載なのですから人気低下も当然でしょう。ただ、その割には私はどの作品も夢中で見てましたが。

ヤマトは設定が緻密なハードSFではありません。当時としては目新しい宇宙を題材にしたSF作品ではありますが、見所は、科学的合理性ではなく、むしろ浪花節的なドラマ部分です。ヤマト主題歌2番の歌詞に「地球を救う 使命を帯びて、戦う男、燃えるロマン。誰かがこれを やらねばならぬ。期待の人が 俺たちならば〜」とある通りです。

宇宙の描写、浪花節的ストーリー、メカデザインの秀逸さ、そして素晴らしい音楽・・・と、見所はこれくらいでしょうか。だからストーリー進行や設定上の細かいツッコミどころなど気にせずに夢中で見ることができたのです。

まあ私が当時一番夢中になったのは、宇宙の絵と戦艦などのメカデザインでしたが。テレビを見終わった後に必死で形を思い出してヤマトの絵を一生懸命に書いてました。

その後にある程度の年齢になって見返した時にすばらしいと思ったのは、音楽です。劇中のBGMの種類がものすごい多いうえに、それがまた美しいメロディーのものがたくさんです。チャイコフスキーやブラームスもびっくりな旋律、たまに70年代歌謡曲のような旋律もありますが、それがまた素晴らしいのです。

違法動画ばかりなので、いずれ消えるでしょうが、旧作と2199版とでの演奏の違いを比べると面白いです。作曲はすべて宮川泰(ひろし)氏によるもので、2199のほうは息子の宮川彬良氏が耳コピーで楽譜を再現して演奏したものです。

正直、旧作と比べて2199の演奏ほうが各楽器の演奏レベルはかなり高くなっていますが、演奏そのものはイマイチです。感情が入っていない!?

旧作の演奏がバーンスタイン/ニューヨークフィルなら、2199版はアバド・ベルリンフィル・・・みたい感じです。まあ、好みの問題かな!?

無限に広がる大宇宙(旧版)


無限に広がる大宇宙(2199版)


→これは、圧倒的に旧版の演奏のほうが良いなあ・・・。



悲しみ 沖田の死(旧版)


哀しみ 沖田の死 (2199版)


→私が一番気に入っているBGMです。

この演奏と、この次の曲の演奏は2199版のほうが良いように思う。どちらも弦楽器のみの演奏なので、楽器の種類が少ないほど奏者の演奏レベルの差が大きく出すぎるせいかも。



美しい大海を渡る(弦)(旧版)


美しい大海を渡る(弦)(2199版)




美しい大海を渡る(2199版)


→これは旧版と2199版とで比較的差が小さい気がするが、旧版の動画がみあたらず残念。



元祖ヤマトのテーマ(旧版)


元祖ヤマトのテーマ(2199版)


→なぜか2199版のほうが音質が悪いが(サントラ盤CDそのものが音割れして最悪)、それを抜きにしても私には旧版のほうが圧倒的に良いような気が・・・。2199版のトランペット前に出過ぎな上になんか音程が低く聞こえるが、どうなんでしょう!?



夕日に眠るヤマト(旧版)


夕日に眠るヤマト(2199版)


→これも2199版のほうのトランペットがなんか音程おかしく聞こえるが!?



悲しみのヤマト(旧版)


悲しみのヤマト(2199版)


→この二つを比べて確信しましたが、2199版のトランペットはダメですね。旧版のトランペットは音がちょっとかすれぎみですが、演奏は悪くないです。2199版のトランペット奏者は、楽器はよく鳴っているがちょっと汚いしビブラートもやりすぎでダメです。



大いなる愛 -導く魂(2199版)


→この曲は、たぶん「ヤマトよ永遠に」か「ヤマトIII」とか、もっと後の作品で使われた曲ではないかと思うのですが・・・。



Yamato Into the Vortex(2199版オリジナルアレンジ)


→このアレンジはイマイチではないかな!?2199オリジナル、つまり宮川息子オリジナルアレンジと思うが。あと、やっぱりトランペットがところどころ音程おかしいように聞こえるが・・・



それにしても、ヤマトの主題歌はいろんなアレンジすることで、勇ましい感じになったり哀愁を帯びて悲しげになったりと、そう考えるとすごい曲だとあらためて関心した次第です。
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